仏教とカレーに救われた──。カレー坊主さんに聞く「煩悩を取り払うには」

Twitterなどでも話題の「カレー坊主」こと吉田僧侶にインタビュー。ご自身のカレー愛はもちろん、知られざる半生や煩悩(=現世の欲望)との付き合い方についてじっくりお話をうかがいました。

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画像提供:吉田武士さん

「カレー坊主」さんをご存知でしょうか?

てるてる坊主、海坊主、やんちゃ坊主……など、○○坊主という言葉は数あれども、坊主の前に料理名が入っているのが面白く印象に残る言葉です。

その正体は、長崎県にある浄土宗白龍山長安寺に勤める吉田武士さん。

「仏教をもっと多くの人に知ってもらいたい」と、Twitterで仏教にまつわる面白い話から深い話まで積極的に発信されているお坊さんです。かなりの数拡散されたTweetもあるので、目にされたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

その名のとおりカレーにまつわる投稿も多数。しかし、一体なぜカレー坊主と名乗っているのでしょうか? SNS等で積極的に仏教について発信するお坊さんはいらっしゃいますが、吉田さんはなぜカレーをからめて発信しているのか気になります。

そこで、インタビューをお願いすることに。どうしてカレーなのか? いかにしてカレー坊主は生まれたのか? さらに、仏教離れといわれている今、改めて仏教の教えやどう仏教と付き合っていけば良いのか、聞いてみたいと思います。

 

もちろん「カレー」を食べながら

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▲会う約束をしたのは長崎県大村市のカレー料理店「キングココ」。吉田さんのおすすめスリランカカレーのお店

 

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▲カレー坊主・吉田武士さん。初対面で緊張しましたが、物腰柔らかな吉田さんの雰囲気のおかげでリラックスしてお話できました

 

──今日はありがとうございます! いつもこのくらいの時間にお仕事が終わるのですか?

 

吉田さん:休みは不定期ですが、大体18時頃には一日の仕事が終わりますよ。

 

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▲カレーを前にして嬉しそうな吉田さん

 

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▲「スペシャルスリランカプレート」(1,500円)を注文。5~6種類のカレーがワンプレートに盛り付けられており、少しずつ混ぜて味の変化を楽しみながらいただく。スープカレー、ミニサラダ、キトゥルティー付き

 

お釈迦様の誕生日をクリスマスのように有名にしたい

──吉田さんは、実家がお寺というわけではないのですよね?

 

吉田さん: 21歳で今のお寺に就職して僧侶見習いからスタートしました。いわゆる「サラリーマン僧侶」です。カレー坊主の活動は、本業とは別のプライベートの時間で行っています。

 

──個人での活動だったのですね! カレーとお坊さん、この組み合わせがすごく気になっていました。カレー坊主はいつ、いかにして生まれたのですか?

 

吉田さん:きっかけになったのはお釈迦様の誕生日、4月8日の花祭りをもっと多くの人に知ってもらいたいという思いです。クリスマスは日本でこんなに盛り上がっているのに、お釈迦様の誕生日はほとんどの人が知らない。だから花祭りをもっと知って欲しいと思っていました。

 

──たしかに、日本ではキリストの誕生日とされているクリスマスは街全体がお祭りモードになるのに、お釈迦様の誕生日に何かしようという人は少ないですよね。

 

吉田さん:そうなんです。そこで、一緒にフットサルをしている友人を誘って、「花祭りを盛り上げるために何ができるか」と企画会議をしました。その時、ただ話し合うのもつまらないからカレーを作りながら話そうということになって。コミュニティセンターのキッチンを借りて男5人くらいでカレーを作ったのですが、みんな適当だからものすごい量になってしまいました(笑)。

 

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▲マイスプーン持参の吉田さん。ご自身でデザインしたもので、仏様の手をイメージした『すくいのて』。お皿の上のすべてをすくいとる

 

──カレーって、ついたくさん作っちゃいますよね。

 

吉田さん:そこで、近くを歩き回って知らない人に「カレーがあるんですけど、よかったら食べてくれませんか?」と声をかけたらたくさん人が集まってくれて。これ自体が企画として面白いと思い、「いきなりカレー」というイベント名で定期的に開催するようになりました。

 

カレーと仏教の意外な共通点とは「いい意味での曖昧さ」?!?

吉田さん:そうしてカレーイベントを定期開催しているうちに、野菜を提供してくれている方から「そのうちカレー坊主って言われるよ!」と (笑)。それで、ああカレー坊主ってネーミングが良くて面白いなと思い、その人の許可をいただいて自分で名乗るようにしました。その瞬間にカレー坊主が生まれました。2年前くらいかな。

 

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▲カレーをいきなり作って食べるだけ! 予約不要、出入り自由。開催日もいきなり決まります 画像提供:吉田武士さん

 

──そうだったんですね。カレー以外の食べ物でイベントをしようとは思わなかったのですか?

 

吉田さん:カレーと仏教には多くの共通点があります。どちらもインドで生まれて、ほかの国を経て日本に入り独自の変化を遂げました。だからシンボルになる食べ物だなと。あと、どちらも「いい意味での曖昧さゆえに広がった」という点が興味深いです。

 

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▲ちなみに、こちらのスリランカカレーは出汁に「モルディブフィッシュ」という魚の乾物を使用。かつお節と製法も味も近く、日本人になじみやすい味でした

 

──「いい意味での曖昧さ」ですか?

 

吉田さん:カレーって定義が曖昧ですよね。日本の家庭でよく食べられている市販のルウを使ったものも、ナンと一緒に提供されるインドカレーも、今いただいているスリランカカレーも、それぞれ違うけれどすべてカレーです。「これこそがカレーだ、正しいカレーだ」というのを持たなかったから、それぞれの土地の食文化と結びついてこれだけ広まったのかなと思います。

 

──たしかに言われてみればそうですね。ひとつの料理名でこれだけいろんな姿があるのは面白い。

 

吉田さん:仏教も絶対的な正解は与えてくれないんですよ。だからこそ日本で神道や土着の神と混じることができた。そう僕は思っています。

 

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▲食後にキトゥルティー。セイロンティーに孔雀椰子の花の蜜からとったシロップを落としたもの。ほっと一息入れたら仏教の話を掘り下げたいと思います

 

実家の破産を経て、改めて仏教の教えが心に響いた

──仏教のお話もいろいろお伺いしたいと思います。その前に、吉田さん自身、僧侶になった当初はあまり仏教に熱心ではなかったと他の記事で読みました。

 

吉田さん:お寺に就職したものの、仕事が終わったら着替えて僧侶だってわからない恰好にして、居酒屋とかスナックにしょっちゅう遊びに行っていました。帽子をいっぱい持っていましたね。

 

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──そんな吉田さんが、どのようなきっかけで変わったのでしょうか? 

 

吉田さん:「この仕事が無理だと思ったら辞めればいいや」と軽く考えていました。実家が米屋だったので家業を継ぐ道もあると思って。保険みたいに。そしたら28歳の時に実家が廃業してしまいました。

 

──なんと……。

 

吉田さん:さらに負債がかなりあって父親は自己破産しました。金融機関の借金は自己破産で清算できましたが、父親が親戚・友人からも個人的に借金していて。これは自己破産したから清算されるものではなく、本来返さなくてはいけないもの。しかしあてがなくて父親は廃業した後逃げるようにして県外へ出ました。地元にはお金を貸した人たちが残っている、そんな状況です。

 

──それは心苦しいですね……。

 

吉田さん:僕は地元で仕事をしているので、いろんなところへ法事・お葬式へ出ます。あからさまに何か言われるわけではありませんでしたが、「あそこのお坊さんは破産したお米屋さんの息子さんじゃない?」と後ろ指を刺されているような気がして辛くなりました。

 

──並の神経では耐えられないと思います、その状況は。

 

吉田さん:「どうしてこんなことになったんだ」という思いに囚われました。大型店舗が郊外にできて、地域の小売店が衰退していく、その仕組みを頭ではわかっていたはずなのに、いざ自分の身に降りかかると不思議なことに感情が追い付きませんでした。

 

──解決しないとわかっていても、頭の中で「なぜ」を繰り返してしまう状況はわかる気がします。

 

吉田さん:周囲の目も気になるし、自分の中に腑に落ちる答えが見つからなくて苦しみました。時代のせい、父親のせい、といろんなことを責めました。一番苦しい時期で、でもあるときふと、仏教って悩み苦しみを解決していくための道なのに、それを説く自分がめちゃくちゃ苦しんでいる。自転車に乗れない自転車屋さんみたいだな。乗れないのに人に自転車を勧めていて不思議な状態だなと。そこで、改めて仏教書を手に取りました。

 

──仏教書から改めて何を得たのでしょう。

 

吉田さん:「自分の苦しみは自分で作っている」、つまり自業自得ということが単純に書かれていて。今まで「家族はずっと続いていくはずだ」「周りの人はこういう風に見ているはず」と思い込んでいた自分自身が苦しみの原因だと気づきました。原因がわかってもそこでスパッと苦しみが消えるわけではないけれど、不安は和らぎました。例えばお腹が痛くて、病院に行って診断を受けて、薬を処方される。家に帰ってきても痛みは変わらないけれど、原因がわかることで「安静にしていれば治る」とか「薬を飲めば大丈夫」と安心しますよね。それと同じような感覚でした。

 

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▲インタビュー時間が長くなったので飲み物を注文。サヴァハンティー、別名アーユルヴェーダティー(400円)。生姜湯のようにポカポカした温かみが体に残るお茶

 

誤解されがちな「自業自得」本来の意味

──「自業自得」とか「自分の苦しみは自分で作っている」と考えると、さらに自分を責めてしまい辛くなったりするような気もするのですが、そういったことはなかったのですか?

 

吉田さん:仏教用語でいう「自業自得」は決して自分を責める言葉ではなく、自分の行いは自分に現れる。シンプルな現象の名前というだけです。火に触れれば火傷するというような。だから苦しみのメカニズムは自分の心が作り出している。そういう仕組みなんだ、そういう風にできているんだって考えると救われた気持ちでした。

 

辞書で「自業自得」を引いてみました。

「自ら行った行為はその報いを自分の身に受けなければならないということ。また一般的に、自分の行為の結果を自分の身が受けること」

〜「精選版日本国語大辞典」(小学館)より

改めて見てみるとこの言葉自体に善悪の判断はありませんでした。

でも「報い」は悪い意味なのではないかと思い辞書を引いてみましたが「ある行為の結果として身に跳ね返ってくる事柄。善悪いずれについてもいう」(同じく精選版日本国語大辞典 小学館より引用)とのこと。

 

──私は、自分や人を責める言葉のように思っていました。

 

吉田さん:そう使われることが多いですが、原因があって結果があるというシンプルな原理です。でも、自業自得は人に向けてしまうと刃物みたいな言葉。包丁は自分で使うには便利だし、料理ができる。でも人に向けてしまうと凶器になりうる。

 

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どんな感情も、必ず去る

──自分の苦しみは自分で作っていると自覚して、でもそこから脱するのはまた大変なことではないのかと思います。

 

吉田さん:仏教が救いなのは、人間には怒り、貪り、愚かさといった煩悩が備わっていて、それらが勝手に自分の思いを作ってしまうと考えます。だから自分を責めるのではなく「煩悩が出てきているな」と捉えられたら。

 

──煩悩が出てきている……?

 

吉田さん:いろんな感情がただ来て、去っていくだけ。自分の中にいろんな感情が来るのを見守るのが主人としての自分の役割です。苦しむのは、来たものを主人にして、支配されてしまっているから。

 

──確かに、怒りや悲しみなど強く感情が揺り動かされると、他のことが手につかなくなったりします。

 

吉田さん:どんな感情も必ず去っていくので、出てきた感情に対してなるべく優しく見守ることです。無理やり追い出そうとすると、かえってその感情が長引いてしまいます。

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▲吉田さんが籍を置く長崎県の浄土宗白龍山長安寺 画像提供:吉田武士さん

 

私たちは一人で生まれて一人で死んでいく

──人間関係で気持ちが沈んだ時にもうまく対処できるといいのですが……。煩悩が出てきて見守ろうと思いつつ、なかなかうまくいかないことも多いかと思います。

 

吉田さん:まず、分かり合えない前提を持っておくことじゃないかなと思います。期待するからこそ「どうして分かってくれないの」「自分はこんなに辛いのに」と不満を抱いてしまいます。お釈迦様の言葉にもありますが、私たちは一人で生まれて一人で死んでいく。どこまで行っても自分というものは自分しか抱えられない。ドライに聞こえるかもしれませんが、わからない前提に立つ方が人間関係に必要以上に悩まずに済むのかもしれません。

 

──なるほど。

 

吉田さん:でも一つだけわかるのは「僕らはみな幸せになりたい」ということ。だから分かり合えない相手にもそのまなざしは注いであげてほしいなと。仏教でいう「慈悲の心」です。苦手ならそのままでいいんですよ。でも不幸になれって思わないでほしい、思っちゃってもどこか頭の片隅に「この人も幸せになりたい」と根底の部分は認めて。

 

──そうですね。その根底の部分を忘れずにいたら、自分の心の余裕もできるのかもしれない。

 

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画像提供:吉田武士さん

 

未来への不安と過去への後悔が苦しみの原因

吉田さん:そしてもう一つ、人の苦しみの原因になっているのは未来への不安と過去への後悔です。未来を仮定した瞬間に「こうならなかったらどうしよう」と不安が起こったり、今度は「あの時こうしておけばよかった」と過去を悔んだりします。

 

──確かに今この瞬間のことより、過去や未来への思いであれこれ思い悩むことの方が多い気がします。

 

吉田さん:本来、今この瞬間には悩み・苦しみもないはずなのに、未来や過去に勝手に心を動かして辛くなるんです。今っていうのは非常につかみづらい。でも生きているのは今です。だからこそ、今やっていることに意識的になってみることです。例えば所作をゆっくりにしてみるとか。茶道とかそうですよね。一杯のお茶を、今を、楽しむ。

 

──とはいえ、人間が人間たるゆえんって、未来や過去を考えられるから。だからそう考えると人間は悩みから逃れられないのかなと……。

 

吉田さん:未来や過去を自分の心の中で描いて苦しむ。仏教では苦しみの原因は自分が作り出しているという答えはくれるのですが、そこから先それをどう抱えて生きていくのかは自分で見つけるしかありません。苦しみから逃れる明確な正しさがないのが、仏教の奥深さであり魅力なのかなと。

 

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画像提供:吉田武士さん

 

葬式はどう考えればいいの?

──話は変わりますが、これからはお葬式やお墓をどのように考えていけばいいのでしょうか?

 

吉田さん:お墓もお葬式も、基本的に自由だと思います。ただし、自由っていうのは、思ったよりも不自由なんですよね。レールが引かれていたってことは道があるってことだからそのまま進めばいい。ここから先はレールがありませんと言われると、場合によってはどこへ行っていいかわからなくなってしまう。進んだ先には崖があるかもしれない。制度によって守られていた部分もあるように思います。

 

──確かに自由といわれると、どんな選択肢があるのかわからず悩むかもしれません。

 

吉田さん:例えば悲しみに直面した時に、僕は個人的に、昔からやっていた通りに手を合わせます。おばあちゃんがやっていたから。それをやるだけで救われるとは言わないけど、なんとなく落ち着きます。型のようなもので、型は洗練されて残されています。

 

──なるほど。

 

吉田さん:型のとおりにすることで、その後に気持ちが付いてくるというのもあります。お葬式をして、後から感情が整理される。食事の前に手を合わせて感謝の思いが湧いてくる。スイッチのようなものです。もちろん人間が作った制度だし、時代は変わるから改善しないといけない。使ってもいいし使わなくてもいいけれど、やはり昔から残っているだけの理由もあるんですよね。

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カレーを介して人と繋がる喜び

──仏教って難しく考えていましたが、今を生きるヒントがたくさんあることに気が付きました。お話ありがとうございます。吉田さんはTwitterでは面白い投稿が多いですが、こうして実際にお話しするとまた深い話が聞けて興味深いです。

 

吉田さん:僕に限らずですが、SNSで発信をしているお坊さんって今の仏教の状況を良くしたいと真剣に考えている人が多いような気がします。ユニークな投稿をしている人でも、会ってみると面白くないほどに真面目ですよ(笑)。

 

──Twitterでの活動に対して、周囲はどんな反応ですか?

 

吉田さん:僕の印象ですけど、好意的に見ていただいていると思います。「何やっているんだ」と直接いわれてはいないですね(笑)。仏教関連の集まりでも、カレーにまつわる話が上がるとありがたいことに声をかけていただくようになりました。

 

──カレー坊主を名乗って、カレーのイベントをするようになって、どんなことがありましたか? 最後に教えてください。

 

吉田さん:いきなりカレーのイベントを通して、カレーは一人で食べるのもいいけれど、誰かと一緒に食べるのが好きなんだなと気が付きました。カレーのいいところは大体みんな好きですよね。共通項ができると人間は親近感が湧いて打ち解けやすくなります。誰かと食べるっていうのは、人と人のつながりが生まれるっていうこと。仏教でいう、ご縁を結んでくれる食べ物だなぁと。

 

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カレーはたくさん作っても苦にならないし、まとめて作った方がおいしい。自分自身振り返ってみて、人が集まるときにカレーを作った思い出がたくさんありました。

カレーを介したご縁の場を提供し続けるカレー坊主さんの活動を、これからも楽しみに見ていきたいと思いました。

 

お店情報

キングココ

住所:長崎県大村市坂口町520-2
電話番号:080-2710-8030
営業時間:月〜木曜日、日曜日11:30〜15:00、16:00〜18:00、金・土曜日11:30〜15:00、16:00〜20:00
定休日:火曜日

 

書いた人:横田ちえ

横田ちえ

鹿児島在住フリーライター。九州を中心に取材、WEBと紙の両方で企画から撮影、執筆まで行っています。鹿児島は灰が降るので車のワイパーが傷みやすいのが悩み。温泉が大好きです。

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