今回ご紹介するのは、京都の中でもサブカル色の強い、東京で言うところの中央線沿いといった趣のある左京区。
カルチャーのある酒場
そんな左京区のだいぶディープな居酒屋さんとして、ミュージシャンや文化人、同業の方たち、左京区にすまう人たちから評判の「まほろば」です。
場所は、左京区の玄関口である出町柳より、鴨川沿いの川端通を北へ上がったところ。 周りはお店も少なく、車が多い通りにあって隠れ家といった感じです。入り口のこまごまとした飾りや言葉からあふれる、どこか懐かしくて愛おしい雰囲気を感じるのは僕だけではないはず。
看板にあるようにここは、野菜は無農薬もしくは省農薬、魚は天然、化学調味料無添加のものを使用した体にやさしい居酒屋さんとしても知られています。
年月の堆積が見える店内
では店内へ。 いい具合に年月が積み重なっています。
こちらが店主の和田康彦さん、御年57歳。
和田さんが開口一番、「コーヒー余ったんで飲みます?」と。 えっ、ありがとうございます。いや、適当だな……!
でもコーヒーの魅力に甘えてグビリ。
「いやあ、今日は雨なんで、ボウズかと思っていたんですが、良かった」と和田さん。 メニューを受け取り見てみると、定番メニューの他に、日替わりのメニューがとても多くあります。
日替わりメニューの数がすごい。
「基本野菜は露地もの、つまり季節の野菜、その日に仕入れたものを使っていますから、日替わりです。全部自分で行って、見て買ってくるんですよ」 と和田さん。宅配とかじゃなくて、直接行って?
「まあ、暇だから、そんなにいっぱい買わないし」と朗らかに笑います。
「とりあえず、今日買ってきた珍しいプチヴェールでも食べますか?」 いきなり耳慣れない単語が出てきました。プチヴェールってなんですか?
ガサガサ……
冷蔵庫から出していただいたのは、見た目にはレタスにも菜の花にも似た野菜。
プチヴェールとは、ケールと芽キャベツの交配でできた野菜のようです。見た目はレタスに見えますが、キャベツの仲間なんですね。
▲プチヴェールのおひたし 325円(税込)
最初に作っていただいたのはプチヴェールのおひたし。 これがクセも苦味もなく、あっさりとした味。出汁の効いた優しい味です。うまい!
せっかくなので日本酒を何か頼むことに。僕は辛いのが好きなんですが……。
「今は生酒の季節だから、京都・京北の初日の出という生酒はどうですか」と、和田さんがチョイスしてくれました。
大きめの杯にそそいでくれます。
▲初日の出あらばしり 650円(税込)
新酒のフレッシュさと、無濾過独特の濃厚な喉ごし。スッキリとした飲み口で、心地よく喉を潤してくれます。
28年の積み重ね
和田さんはいつもお一人でお店をされています。
最近はお客さんも減ったし、なかなかバイトも雇えなくてね。ライブなんかのイベントがあるときだけかな。まあ気楽といえば気楽なもんですね。このお店ももう28年と5カ月なんだけど、僕がもう老人だからね。未来はないから1年先ぐらいまでのスパンで物事を考えるようになってます。日々を大切にするというか、刹那を生きるというかね。(和田さん)
ネガティブな内容のようですが、話す口調はどちらかというと明るく朗らか。ご自身のことを老人と話すが、まだ50代。とても元気そうにも見えるのだけど。
次はお刺身でも頼みましょう。
「では、シロダイでもどうでしょう」 と和田さんは言うと、一匹の魚を持ち出し、さばき始めました。
不安定なまな板の上でテキパキさばいていきます。
▲シロダイの刺身 550円
さばきたてのお刺身、とてもプリプリとして、ほどよい歯ごたえ。美しい身の色が、薄暗い店内でもよくわかります。 失礼ですが、和田さんの料理は自己流だったりするんですか。
いえいえ、実は僕は京都の大学を卒業して、東京の所沢にあるおそば屋さんで働いていたんです。大学の4年間があまりにも楽しくて、このまま毎日楽しくやっていたらダメな大人になる、と思って、修業に出たんです。
おそば屋さんで3年修行し、高円寺のおそば屋さんで働いて、ちょうど阪神が優勝したのをきっかけに、京都に戻ってきました。
京都に戻ってきてまた知り合いのお店などで働いたり……を経て、友人と共同経営で会社を作ろう、ということになり、1987年の11月にこの場所にまほろばをオープンしました。ワーカーズコレクティブのような感じで時代を先取りしてましたね。(和田さん)
最初は共同経営だったとは、知りませんでした。
ミュージシャンや出版関係の人間が多く出入りするようなお店をイメージしてました。ただ、2人というのはやっぱり息が詰まってしまうもの。そのうち価値観が離れてきてしまって、いまは僕一人になります。早いうちに人を増やして、回るようにすればよかったのかもしれません。
それまでは、小綺麗なお店だったんですが、僕一人になったら好きにやろう、真面目ではしょうがないじゃないかということで、軽い不良性も入れて、社会運動なんかもやっていこうと思ったんです。それが1996年ぐらいかな。だからそれ以前の「まほろば」を知っている人で、最近来た人がいて、汚くなったなと言われたこともあります。(和田さん)
この情報や紙なんかの蓄積が始まったんですね。
「そう、堆積していったわけです」と和田さんが笑いました。
料理だけではなく、絵も描く
堆積が可視化された店内。
▲地鶏串焼き 540円(税込)
続いては肉、地鶏串焼きをオーダーしました。 ジューシーな鶏もも肉が大ぶりに串に刺さった一品。スパイスが効いた肉は、噛めば噛むほど肉汁が口にあふれます。
ところで、この椅子に立てかけてある絵はどなたの絵ですか?
「それは僕の絵です」 と和田さん。絵も描かれるんですね。
これでも一応同志社大学の100年以上の歴史がある美術部出身なんですよ。毎年展覧会をグループでやっていますし、昨年末に実は近くで個展もしました。(和田さん)
墨絵と多少の色がついた、写実と空想が入り混じったような街の風景の絵を何枚か見せてもらいました。
料理に絵に、和田さんは多彩な才能をもっています。
現代美術も好きで、インスタレーションにも興味があります。お店なんてのは、僕にとってみれば、作品そのものだからね。最近は、閉店時間は適当だし、遅くなると眠くなるし、生き方みたいなものがお店に出てると思うよ。
としみじみ話す和田さん。
そのタイミングで、京都にゆかりのあるバンドのアルバムが流れてきました。穏やかな店内のムードによくマッチしています。
お客さんたちに相手をしてもらってるだけ嬉しいね。お店という存在がそもそも受け身ですから、自分の立ち位置を知り、毎日一生懸命やるだけです。あざといのはお客さんにすぐ見抜かれてしまう。(和田さん)
…… 深いお言葉です。
そろそろ締めをいただきましょう。何かごはんモノはありますか? とうかがうと「では、おそば屋さんで覚えた開花丼を」と作りはじめてくれました。
▲開花丼(豚肉の卵とじ丼) 650円(税込)
半熟の卵と豚肉がご飯にぴったりです。出汁の風味に柚子の風味が爽やかなアクセントで、あっという間に食べてしまいました。 ごちそうさまでした。
30年近く経つお店ですが、若さすら感じる不思議なお店が「まほろば」です。時代の流れや流行とは違う、魅力があります。近くにきたら、ぜひ一度足を運んでみてください。
店舗情報
まほろば
住所:京都府京都市左京区高野西開町15 ニシキマンション1F
電話番号:075-712-4191
営業時間:18:30~翌2:00
定休日:木曜
※本記事は2016年4月の情報です。
※金額はすべて消費税込です。