「備後地方」に根付くご当地ラーメン
広島が誇るグルメ「尾道ラーメン」をご存じだろうか。尾道市を含む隣の福山市や府中市など、広島県東部=備後地方に広く定着しているご当地ラーメンだ。
備後在住の筆者・アサノの経験では、福山市でもラーメン店で醤油ラーメンを頼むと、多くの店で尾道ラーメン、またはその派生系のラーメンが出てくる。
では、その尾道ラーメンの特徴はどんなものだろうか。実は「尾道ラーメン」という名前のほうが後からできたので、明確な定義づけは難しい。
新横浜ラーメン博物館の資料や、街歩きガイド『尾道の本 Ver.2』(備後レポート社)によると、尾道ラーメンと呼ばれるラーメンに共通する特徴として、以下のようなものが挙げられている。
- スープの色は濃いめで澄んだ醤油色
- ダシには最低限、鶏ガラを使用する
- スープ表面に液状の脂が浮く
- スープに豚の背脂のミンチが浮く
- 麺は「平打ち麺」か「中細麺」のストレートで、少加水のものが多い
- 具材はネギ、チャーシュー、メンマくらいのオーソドックスなもの
上記のような共通点に加え、各店がそれぞれ工夫し、個性あるラーメンを提供している。
たとえば、スープのダシは鶏ガラオンリーでなく、豚骨を加えたり、さらに魚介ダシも加えたりする店も多い。尾道ラーメン最大の特徴・豚の背脂のミンチも店によって個性が大きく異なる。
※この記事は緊急事態宣言以前の2020年3月に取材しました
名店「朱華園」が現在のスタイルを決定づけた
尾道ラーメンは、どのように誕生したのだろう。以下に尾道ラーメンの歴史をざっとまとめてみた。
- 昭和3年~ 福建省出身の張(ちょう)氏などが尾道中心部でラーメンの屋台を始める
- 昭和22年 台湾出身の朱阿俊(しゅうあしゅん)氏が尾道中心部でラーメンの屋台を始める。のちに固定店舗となり「朱華園(しゅうかえん)」に
- 昭和30~40年代 朱華園が現在の尾道ラーメンの基本となるスタイルをつくり上げる。また同時期に人気店「つたふじ」も開業。それらのスタイルが徐々に備後地方に広まる
- 昭和35年~ 尾道市の製麺業者がラーメン店の開業サポート事業を展開しはじめる(『びんご経済レポート』平成29年12月1日号)
- 平成5年 福山市の「阿藻珍味(あもちんみ)」が「尾道ラーメン」を発売。ヒット商品となり、尾道ラーメンの名称・スタイルが全国に知られる
また新横浜ラーメン博物館の資料によると、戦前の尾道にあったラーメンのスタイルを朱華園が研究・改良して生まれたのが現在の尾道ラーメンのスタイルだという。つまり、現在知られている尾道ラーメンのスタイルは、朱華園のスタイルが元になっているといえる。
ちなみに朱華園は、福山駅前の支店が平成28年(2016年)に閉店。令和元年(2019年)に本店が休業、福山松永店が閉店。地元のビジネスを紹介する『経済リポート』令和2年3月1日号によれば、残念ながら本店も再開を断念し、閉店することになったという(下記リンクは2019年6月10日号)。
なお、尾道ではほかにも朱華園と同じくらいの歴史を誇る「つたふじ」も有名だ。こちらも尾道ラーメンを語るうえで外せない存在。福山市内に支店も構えており人気だ。
ちなみに、尾道市内にある尾道ラーメン専門店「丸ぼし」の公式サイト(下記リンク)に、尾道ラーメンの歴史が詳しく書かれてある。
「阿藻珍味」の商品のヒットで全国区の知名度に
実は意外なことに最初から「尾道ラーメン」という名称はなく、後から付いたというのが定説だ。
「尾道ラーメン」という名称が広まったきっかけは、景勝地として知られる福山市・鞆の浦にある「阿藻珍味(あもちんみ)」という練り物・珍味を製造販売する会社が土産物商品として「尾道ラーメン」を販売し、大ヒットしたこと。
▲阿藻珍味の尾道ラーメン
このヒットで尾道ラーメンを全国に広めると同時に、地元でもご当地ラーメンがあることを認知させた。
▲株式会社 阿藻珍味 本社
そんな尾道ラーメンを広めた立役者・福山市の株式会社 阿藻珍味。さっそく本社に向かい、ヒット商品「尾道ラーメン」の開発担当者の一人・井上周三(いのうえしゅうぞう)さんに話を聞いてみた。
朱華園ファンで常連だった東京の取引先のひとことが開発のきっかけ
▲株式会社 阿藻珍味 開発部 井上周三さん
──そもそも、なぜ練り物や海産珍味の会社である阿藻珍味がラーメンを出すことになったのですか?
井上さん:福山駅前に朱華園の支店がありました(平成28年に閉店)。お付き合いのある東京の会社の方が、定期的に新幹線で福山に来ていました。その方が朱華園のラーメンを一度食べてから病みつきになって。それからは新幹線を降りると朱華園に直行し、ラーメンを食べて弊社へお越しいただくのが定番でした。福山に来るたびに朱華園のラーメンを食べるのを楽しみにしていたんですよ。
──朱華園のラーメンは東京の人も熱狂させたと。
井上さん:そうなんです! そしてあるとき、その東京の方が「こんなおいしいラーメンがいつも食べられるなんてうらやましい。土産物にして、東京に持って帰って食べられたらいいのに」と話したんです。この話がきっかけで、尾道ラーメンの「土産物商品化」が動き出しました。
──備後地方に住んでいる人は、自分たちのご当地ラーメンに気付いていなかったのですか?
井上さん:朱華園は地元では有名でしたし、朱華園に似たスタイルのラーメンを出す店は多くありますが、それが備後特有というのは気付いていない人が多かったと思います。そもそも備後地方は名物・銘菓が少ない土地。「とんど饅頭」など、江戸時代からある銘菓などはありますが、あまり知られていなくて……。そこで「ラーメン」を土産物にするのは斬新でいいんじゃないかと思いました。
──なるほど。そもそも尾道ラーメンのようなスタイルは、備後地方特有のものなんですか?
井上さん:そうです! 尾道ラーメンのスタイルは、発祥の尾道市や備後の中心都市・福山市では一般的な独自のラーメンのスタイルですから。まさに備後のご当地ラーメンです。当時はご当地ラーメンという言葉は一般的ではありませんでした。だからこそ、地域特有のラーメンとしてお土産にする価値があると。
定番のスタイルに「魚介」風味をプラス
ラーメンを土産物にするという企画が動き出したが、その道のりは簡単ではなかったという。
──ラーメン商品化にあたり苦労はありましたか?
井上さん:今では各地でたくさん販売されている土産用ラーメンですが、当時はまだなかったんです。店で食べるラーメンともつくり方が違うのでラーメン店に聞くこともできず、相談相手がいませんでした。だから社内の人間だけで試行錯誤を繰り返しながらつくり上げていきました。特に尾道ラーメン最大の特徴でもある、豚の背脂のミンチの再現は難しかったですね。
──目標とする味は、朱華園の味の再現ですか?
井上さん:朱華園の味を再現するだけではおもしろくありません。弊社はカマボコなどの練り物や珍味など海産物を使った食品をつくっています。だから海産物は得意分野であり、強み。だから、朱華園に代表される備後で定番の味に魚介系のダシをプラスして、弊社らしさを出してみました。
──具体的には?
井上さん:小魚ダシです! 鶏ガラのダシに加え、山口県産の平子イワシのダシを使っていました。現在は改良を加えて、平子イワシから瀬戸内産のカタクチイワシのダシに変わりました。ちなみに麺も自家製で、平打ちのストレート麺で少加水にしています。
年間約200万食を売り上げる大ヒット商品に
▲阿藻珍味の尾道ラーメンシリーズ
──尾道ラーメンの発売はいつでしょうか?
井上さん:やっと発売を開始できたのが、平成5年(1993年)8月でした。開発から3年くらい経っていましたね。駅や空港などの土産物売場での販売をしていましたが、平成7年(1995年)には通販も開始しています。発売後、口コミで評判が広がって年間約200万食を売り上げるヒット商品になりました! 最近は、百貨店のギフトとしても好評ですよ。
▲左:現在ダシに使っているカタクチイワシ、右:発売時にダシに使っていた平子イワシ
──当時と今とでは、商品自体は違っていますか?
井上さん:実はヒットしたあともたびたび改良を重ねています。車のモデルチェンジやマイナーチェンジのようなものですね。モデルチェンジ、つまり大きな変更は現在販売しているもので三代目。あと濃厚味などのバリエーション、季節限定の味なども増えました。さきほどお話ししたように、ダシも山口県産平子イワシから瀬戸内産カタクチイワシに変えています。
▲売上上昇中という「味比べ」セット(税込680円)
「鶏ガラ+魚介ダシ」という新たな潮流
──新横浜ラーメン博物館館長を務められた岩岡洋志さんの著書『ラーメンがなくなる日―新横浜ラーメン博物館館長が語る「ラーメンの未来」』(主婦の友社)では、尾道ラーメンには朱華園から派生した系統と、阿藻珍味から派生した系統の2系統があるとされています。
井上さん:朱華園のラーメンをきっかけにして阿藻珍味の尾道ラーメンは誕生したので、あくまで私が考える尾道ラーメン本家は朱華園。別の新しい系統のラーメンを生み出したとは思っていませんね。
──阿藻珍味のラーメンは朱華園のラーメンの延長線上にあると。
井上さん:朱華園はリスペクトしています。ただ、私たちは尾道ラーメンの発展に寄与できたとは思っていますね。阿藻珍味が尾道ラーメンを発売する前までは、備後地方の尾道ラーメンに魚介系のダシを使う店は、非常に少なく、ほとんど鶏ガラや鶏ガラ+豚骨などの動物系のダシでした。朱華園も魚介系は使っていなかったと思います。それが、阿藻珍味が尾道ラーメンの発売をしてから、動物系のダシに魚介系のダシを加える店がかなり増えたんですよ。
──阿藻珍味が土産物用尾道ラーメンで「尾道ラーメン」の名称を初めて使って広めたという話を聞いたことがあります。これは本当でしょうか?
井上さん:「尾道ラーメン」の名称を阿藻珍味が命名したかは断言できないんです。尾道ラーメンの名前の由来には諸説ありますから。しかし「尾道ラーメン」の名前を全国に広め、地元にもその名前を浸透させたという自負はあります!
──ちなみに阿藻珍味の尾道ラーメンは飲食店では食べられないのですか?
井上さん:自宅で調理して食べる土産用のみです。備後地方の駅・高速道路のSAなどの土産物売場、あとスーパーマーケットでも販売しています。全国のみなさんにはぜひインターネットでお買い求めいただきたいです。
──さいごに、井上さんが思う尾道ラーメンの魅力は?
井上さん:「コッテリしているようだけど、アッサリしている」絶妙な味わいですね!
阿藻珍味「尾道ラーメン」を実食してみた
全国に尾道ラーメンを知らしめた阿藻珍味の「尾道ラーメン」。実際につくって食べてみた。
▲食べたのは「尾道ラーメン」(4人前入 税込1,183円)
▲チャーシューやネギ・メンマなどは付属していないので、自分で用意しよう
▲これが鶏ガラに瀬戸内産カタクチイワシのダシを加えたスープ。井上さんによれば「醤油ダレに使っているのは小豆島産の醤油。甘めの味わいが特徴」とのこと
▲たしかにやや甘めの醤油味だ。そしてカタクチイワシのダシの奥深い風味が広がる
▲阿藻珍味の豚の背脂のミンチは細かいのが特徴的。背脂はトロリとした舌触りで、スープにうまみとコクが加わる
▲麺は平打ちストレート麺
井上さんによれば「ラーメン店で使われている尾道ラーメンの平打ち麺よりも、少し細めなのがポイント」とのことだが、食べてみて思ったのは「土産物用のラーメンだからといって侮るなかれ!」。
本格的でおいしい尾道ラーメンが家で、しかも手軽でかんたんに食べられるとは驚きだ。まだ尾道ラーメンを食べたことがないのなら、尾道ラーメン入門編としてぜひ食べてみてほしい。
尾道ラーメンを代表する評判店「丸ぼし」
福山・尾道はラーメン激戦区だ。ラーメン店の乱立する備後地方で、比較的歴史が浅いながらも評判の高い尾道ラーメンの店がある。それが「尾道ラーメン 丸ぼし」。
尾道ラーメンの歴史で紹介したとおり、丸ぼしの公式サイトでは尾道ラーメンの歴史を調査しまとめ、紹介している。尾道ラーメンに対するリスペクトが感じられる店だ。
丸ぼしで店長をつとめる緒方英幸(おがたひでゆき)さんに、丸ぼしの尾道ラーメンについて紹介してもらった。
小鯛の和ダシが効いた丸ぼしの「尾道ラーメン」
さっそく丸ぼしの尾道ラーメンを食べてみよう。
▲これが丸ぼしの「尾道ラーメン」(並盛 税込680円)
──まずはスープを……これはかなり熱い!
緒方さん:スープを熱々の状態で召し上がっていただいています。注文ごとにスープを手鍋で温めて提供しているんですよ。真夏でも同じ温度です! 熱いほうがダシの風味が楽しめるんですよ。
──尾道ラーメンのスープは醤油の味がグッとくる印象でしたが、こちらの尾道ラーメンはスッキリとしたまろやかな味わいがします。
緒方さん:深みのある味わいのポイントは、ダシに小鯛の煮干しを使っていることです。「和ダシ」ですね。
──尾道ラーメンの最大の特徴である豚の背脂のミンチ。プニプニとしていて、背脂もおいしい!
緒方さん:背脂にもこだわっています。うちは背脂自体にあまり強い味付けをしていませんので、背脂の味はあっさりめですかね。背脂にも小鯛の和ダシが染みこんでいます。
──なるほど。おいしいはずです!!
緒方さん:ただ、ラーメンの中に背脂をたくさん入れすぎると、スープが脂っこくなってしまいます。ラーメンに入れる背脂の量のバランスもポイントですね。あと、背脂特有の甘みやうまみをスープにも混ぜているんです。これも深みのある味わいのポイントになっています。
──麺は軽くカーブしているように見えます。麺の特徴は?
緒方さん:麺にもこだわっています。尾道ラーメンは平打ち麺のストレートが多いです。うちは平打ち麺ですが、緩やかな縮れがあります。うちのスープをおいしく食べられるように調整していて、喉越しがいい麺に仕上がっていますよ。
──たしかに、永遠にすすっていたくなる麺です……。
緒方さん:実は、うちは季節によって麺に使う小麦の種類の配合を変えているんです。気温・湿度などにも配慮して気候に合わせ、それぞれの季節で一番おいしく食べられる配合を考えています!
基本を押さえつつ深みのある味わいを目指す
▲忙しい中取材に応じてくださった丸ぼしの店長、緒方英幸さん
──丸ぼしさんは尾道ラーメンの店としては新しいほうですが、どのような経緯で出店したのですか?
緒方さん:もともと当店のオーナーの佐藤光正は、福山市を中心にいろいろな飲食店を運営してきました。本人は筋金入りのラーメンマニアなんですが、ラーメン店はやったことがなかったんです。ただ、どうせやるなら発祥の地で勝負したいということで、尾道市内で平成28年(2016年)にオープンさせました。
▲丸ぼしは、行列ができる話題の店になった
──ライバル店が多い中、こちらはどんな個性が?
緒方さん:一言でいえば「尾道ラーメンの基本スタイルを押さえながら、丸ぼし独自の工夫をして、味わいに深みと広がりのあるラーメン」ですかね。
──なぜ、そういうラーメンを目指したのでしょうか?
緒方さん:尾道ラーメンって、ストレートな醤油味のスープの店が多いんですが、さらに奥深い広がりを味わいに加えたいと思って行き着いたのが、小鯛を使った和ダシを取り入れることでした。瀬戸内産の小鯛をベースに、瀬戸内産アジ・イワシなどを使ったダシです。
▲ダシに使う小魚(写真提供:丸ぼし)
──地元での評判は?
緒方さん:私たちが目指した「基本を押さえつつ深みのある味わい」との感想をいただきます。「食べ慣れた定番スタイルのラーメンなんだけど、どこかちょっと違った味わいがあっておいしい」と。当店はまだ歴史は浅いですが、尾道ラーメンの本場で好評なのは、純粋にうれしいですね。
尾道ラーメンはその知名度の高さのわりに、研究者や愛好家団体、地域の名物として推進する団体などがほぼ存在しない。また、尾道ラーメンに関する書籍や情報源も少ない。
逆にいえば、尾道ラーメンは備後地方に当たり前のようにずっと存在している地域の食文化だということだろう。
これこそ、真の意味で「ご当地ラーメン」といえるのではないだろうか。コッテリしながらもアッサリな尾道ラーメンを、ぜひ味わってみて欲しい。
※この記事は緊急事態宣言以前の2020年3月に取材しました
店舗情報
尾道ラーメン 丸ぼし
住所:広島県尾道市土堂2-8-16
電話:0848-24-5454
営業時間: 10:30~20:30(売り切れ次第終了)
定休日:水曜日(祝日の場合は営業)