ここ数年、ブームと言えるような盛り上がりを見せているコーヒーの世界。
自宅でドリップしてコーヒーを楽しむという人もずいぶん増えました。
でも、みなさん本当に美味しいコーヒーを淹れることが出来ているでしょうか?
コーヒーの抽出器具にも様々な物があります。
それぞれの器具の特性を知って、もっと美味しいコーヒーを淹れる方法を学ぼうというのがこの企画。
さて第1回目は、「名門フィルター」の正しいドリップの仕方について勉強しましょう。
一般には「コーノ式ドリッパー」とも言われる名門フィルターの実力はコーヒー通には以前から定評のあるところ。
というわけでやって来たのは、東京は巣鴨にある名門フィルターの製造元である珈琲サイフオン株式會社さんの本社。
お、かなり年季の入った社屋ですね……。
いや、名門フィルターといったらコーヒー好きなら知らない人はいない、円錐フィルターの元祖。
世界的にも評価の高い企業なんですよ。
しかも、珈琲サイフオン株式會社さんは大正時代に世界に先駆けコーヒーサイフォンを開発、発売したという老舗ですよ!
なにしろ会社じゃなく會社なんすから。サイフォンじゃなくサイフ「オ」ンなんすから、もう。
なので、もっとでっかい本社ビルヂングを想像してたわけです。
でも、よく見るとこの建物、すごく味わい深くていいと思いませんか。
日本のコーヒー業界が世界に誇る抽出器具が、この下町の工場(こうば)といった風情の社屋から生み出されているのだと思うと感慨深いものがあります。
そして壁から生えた煙突の林がなにやらスチームパンクなムードも醸し出していますね。
もちろんこれはコーヒー豆を焙煎するロースターの煙突。
知らない人も多いのではないかと思いますが、珈琲サイフオン株式會社さんでは抽出器具だけでなくコーヒー豆の販売もしているんです。独自に焙煎機も開発したり、自家焙煎や珈琲店の開業希望者に焙煎指導もしているんです。
まあ、とにもかくにも引き戸を開けて中にお邪魔してみましょう。
これまた往年の久世光彦ドラマを思わせる家内制手工業な雰囲気がナイスです。
さて今日の先生はこの方。
珈琲サイフオン株式會社で広報を担当する千葉智基さん。
それでは先生、さっそく美味しいコーヒーの淹れ方を教えてください!
「その前にですね、まず、名門フィルターの構造をご説明します」
あ、なんか出ばなをくじかれた感……。
「これを買いさえすれば美味しいコーヒーが飲めますっていうなら話は簡単なんですけどね。まず構造と特徴を理解しないと本当に美味しく淹れることは難しいんですよ」
それは確かにそうですね! それではズバリ、名門フィルターの特徴はと言うと……。
写真を見ていただくとお分かりのように、円錐形の底に大きめな穴が一つ開いていますね。同じペーパードリップでもカリタやメリタのコーヒーフィルターは台形のような形の底に小さい穴が開いています。
名門フィルターは穴が大きいのでお湯の落ちる速度が早いんです。
コーヒーの抽出器具には透過式と浸漬(しんし)式があります。
透過式というのは濾過器のようにコーヒー粉の層をお湯が通りながらコーヒーの成分を抽出するタイプ。ネルドリップがその代表です。
浸漬式は紅茶なんかと同じように、わーっと注いだお湯の中にコーヒー粉が浸かって抽出されるタイプ。サイフォンやフレンチプレスがこちらになります。
カリタやメリタは、名門フィルターとパッと見は似ていますが実は浸漬式と言えます。
名門フィルターは透過式で、使いやすいペーパードリップでありながら、手入れの面倒なネルドリップに近い味わいが楽しめるというのがポイントなんですね。
リブの長さに隠された開発秘話
そしてさらに重要なのがフィルターの内側、下1/3ほどに刻まれた縦型の溝というか突起。
「リブと言いますが、これがあることによりペーパーとフィルターの間に空間が出来て、ここからお湯が落ちて行きます」
つまり、より速やかにお湯が落ちるようになっているんです。だから、お湯を細く注げばゆっくり落ちる、太く注げば早くおちる。
お湯の注ぎ方によって抽出の具合を調節できるようになっているんですね。
「じつは、一つ前のモデルではリブの長さが今よりも長かったんです。今のものよりも早く落ちる。調節の幅が広がるのでプロユースとしてはいいんですが、一般の人には難しい。家庭には注ぎ口の細いドリップ用のポットがなく、ヤカンで淹れることもあるので、これだと早く落ちすぎるんです。それで、誰もが扱いやすい今のリブの長さにしたんです」
さてリブの長さがなぜこれほどに重要なのか、もう少し説明しておきましょう。
そもそもコーヒー豆には美味しい成分とともに、雑味も含まれています。
つまり美味しいコーヒーを淹れるには雑味をカットすればいいわけです。
雑味はアワとともに浮いてフィルターの上部に層を作りますから、これを落とさなければいい。
そのためにフィルターの上部にはリブを入れず、下1/3にあるリブの部分からお湯が落ちるようにしているんです。
「名門フィルターは初期モデルを1968年に一度、発売しています。しかしこれはリブが長すぎて雑味やえぐみが入ってしまい失敗ということで販売を中止。5年かけて改良して1973年に再発売となった経緯があります」
なるほど、改良の末に今の名門フィルターがあるんですね!
さて、構造を理解したところでいよいよ淹れ方です。
今回は2人分の淹れ方を教えていただきます。なぜ2人分か、というと1人分を淹れるのは難しいんですよ……。
1人分のコーヒー粉は量が少ないので、相対的にリブが長いということになる。さっきの話を思い出してください。リブが長いとお湯が落ちるのが早く調節が難しくなるんです。
どうしても1人分だけ入れたい? 仕方ないなあ。そんな人にはコレ。
90周年記念限定モデル。
上の写真とリブの長さを比べて見てください。
標準モデルよりリブが短くなってますよね。なのでより誰にでも扱いやすく、1人分でも淹れやすいんです。
(珈琲サイフオン株式會社さんのホームページより)
まあ2人分と言ったってマグカップなら1杯ちょっとですから、1人で淹れて1人で飲んじゃってもいいんですよ。
今回は2人分を淹れていきます。
この時の目安ですが2杯分、240ccに対して豆は24g。(つまり10ccあたり1g。4杯分なら48gですが粉が多いと目詰まりして落ちるのが遅くなり、抽出しすぎるので、粉の量が多くなるほど粉の挽き方を少し粗くして調節します)
さて、コーヒー粉を入れたフィルターのフチをとんとんと軽くならして粉を平らにしたら、グラスポットの上にセットしてお湯を注ぎ始めます。
はじめは中央部分にだけ点滴のようにポタポタと落とします。
するとお湯を吸ったコーヒー粉は炭酸ガスを出しながらドームのように膨らんでいきます。
30秒ほどしてガラスポットにコーヒー液が落ち始め、しばらくして底一面に溜まるくらいになったらここからが本格的な抽出。
お湯を落とす範囲を500円玉ほどに広げ、少し太く注いでいきます。この時、コーヒー粉のドームを崩さないことがポイント。
目指す抽出量の1/3が落ちたら、さらにお湯を落とす範囲を広げスピードを上げます。
「1/3が抽出された時点で、コーヒーの美味しい部分はほとんど抽出されています。あとは薄めて行く作業と考えてください」
(このため、1/3の量を抽出してお湯で薄めるという方法もあるんです。これについてはまた今度)
ドームの中心に出来たアワがへこみそうになったらお湯を足す要領で、アワが下まで落ちないようにしながらドリップを続けます。
アワが白っぽくなってきたらお湯を注ぐ範囲をさらに一回り広げ、残り1/3になるまでどんどん注いでいきます。
抽出時のリブの様子。
リブによってペーパーとフィルターにの間にスペースが出来てここからコーヒー液が落ちて行っていることが分かります。
最後は上までお湯を注いでアワと雑味を浮かせたままに
残り1/3になったらフィルターのフチまでいっきに、しかし、静かにお湯を注いで、この状態をキープしたまま目標量を抽出。お湯が一番上まで入っている状態でフィルターをグラスポットから外します。
さっき説明したようにアワと一緒に微粉やアクといった美味しくない成分が浮いた層が出来ているので、これをグラスポットに落とさないようにするんです。
完成したコーヒーを飲んでみると……。コーヒーの風味はしっかりするのに、スッキリして美味しい!
いやー今回の取材はためになったなあ。しかも美味しいコーヒーまで飲めてよかった!
なんてことを考えながら帰り支度をしていると千葉さんが急にこんなことを……。
「今、口の中はどんな感じですか?」
え……!?
言われてみると口の中がさっぱりしてるんですよ。よくコーヒーを飲んだ後、なんだか口の中がキシキシするような感じがあって水を飲みたくなることってありませんか? あの感覚がまったくない。雑味が出ていないクリアなコーヒーだからこそ、なんですね!
美味しく淹れたコーヒーは飲んでいる時だけでなく、飲んだ後まで全然違うのでした。