いつもチェーン店で食事を済ますなんて味気ないし、つまらない。それは重々承知しているけれど、自分と合うお店を見つけて常連になるのに、なかなか一歩を踏み出せない。そう思いながら毎日を過ごしている人も少なくないでしょう。
そこで、今回話をうかがったのは、シンガーソングライターの前野健太さん。2007年のデビューから一貫して昭和を感じさせる歌心で多くのリスナーや同業者の心をつかみ、近年は映画、演劇、小説、エッセイ等々、音楽だけに留まらない分野に活動の場を広げている「歌屋」です。
4月25日には、約4年半ぶりに6枚目のオリジナルアルバム『サクラ』をリリース。彼は長年にわたって新宿に住み、大都会新宿の中で個性的な営みを続けるいろいろな飲食店の常連。
彼が今回のインタビュー場所に選んでくれたのは、マッサージを本業としているご主人Qooさんがランチタイムに営業している、「お昼ごはん元気屋」。もともと靖国通り沿いで営業し、その後、二丁目に移転。今年のゴールデンウィーク明けからはさらに大久保へと場所を移し、利益を度外視して健康に良いお昼ご飯を提供し続けているお店です。
前野さんは、靖国通り沿いにあった頃から「元気屋」の常連だったそう。どのようなきっかけでお店を発見し、どこにひかれて常連となったのか。
前野さんが思う、個性的なお店に共通する魅力とは。また、歌にも食にも通じる人の営みとはどういったものなのか?
Qooさんにも参加していただきつつ、前野さんに「常連のお店」というテーマで話してもらいました。
前野健太、「常連のお店」との出合い
――今日は「元気屋」の料理を食べていただきながら、話をうかがいたいと思います。
前野:いやぁ、久しぶりなんで、すごい楽しみにしてきたんですよ。いつもの炊き込みご飯ありますか?
Qoo:ありますよ。この炊き込みご飯は、当日発芽の玄米と当日精米の胚芽米を配合して、8種類のだし汁で炊き上げた人気メニューなんです。
――前野さんは昔から炊き込みご飯を注文されてるんですか?
前野:最初に知った時は、靖国通り沿いの俺が住んでたところの近くにお店があって、今とはお店の名前も違ったんです。確か、「唐揚げ」でしたよね?
Qoo:そうです。「唐揚げご飯元気屋」という名前で。
前野:唐揚げがメインのお店だったんです。4年くらい前にぎっくり腰になって、病院にリハビリに行った帰り道にふと見つけたんですよ。ふらっと入ってみたら、唐揚げがめちゃくちゃうまかった。
Qoo:最初のこと、僕は覚えてないんですよ。当時は妻が料理を作ってましたし。
前野:そうですよね。男のことは覚えてないんですよ(笑)。
――Qooさんとフランクにしゃべるようになったのは何かきっかけがあったんですか?
前野:よく行くようになって、ぽつぽつとしゃべるようになっていきました。一時期、宅配とかもしてもらっていて、自然と親しくなりましたね。外に出られないおじいさんおばあさんに、Qooさんが毎日宅配をされてて、そのついでにたまに届けてもらってました。どうしても「元気屋」の食べ物を体が欲しがるというか、食べないと気合が入らない。
――Qooさんが前野さんのことを歌手だと認識されたのはいつですか?
Qoo:うちの営業時間が昼の3時までなんですけど、いつも3時ぎりぎりに来られるんですよ。この人、何やってる人なんだろうなぁと思って。ヤバい人だったらイヤだなぁって心配になって、「何屋さんですか?」と。
前野:(笑)。唐揚げだけじゃなくて、サラダもおいしかった。野菜もみんなで作ってるんですよね?
Qoo:そうですね。自分達で作ってます。
前野:カレーとかもすごいうまかったんですよ。ここの料理を食べてると、だんだん体が元気になるんで、よく行くようになっていったんですよね。
――お店の掲示にも「新宿一、手作り感満載、超健康で毎日食べれて、日本一栄養バランスの良いお店を目指している」って書いてありますね。
前野:お客様のお声「風邪を引かなくなった(40代男性歌手)」。たぶん俺のことですよ! いや、全然まだ30代だけど!
――ははは(笑)!
前野:自分たちで作った野菜とか発芽玄米とかを使って手間をかけているのに、コストパフォーマンスも良い。こんな安さでは普通出せないですよ。Qooさんは本業がマッサージなんで、日ごろから体のことをすごく考えている。それがご飯にも表れてるんですよね。だから、新宿の人にとってQooさんは病院みたいな人ですよ。街の診療所。
Qoo:二丁目のオネエたちにも、「二丁目の救世主」って呼ばれてました(笑)。今朝も仕込み中に呼ばれて、マッサージしに行ってきたんですよ。
前野:俺もご飯食べて、その後20分くらいマッサージしてもらったことありますよ。そういう人いっぱいいますよ。気づいたら、スーツ着た人とかが後ろでマッサージ受けてる。そんなお店あります?
Qoo:これを本業にしようと思ったら割に合わないでしょうね。少しでも体を気遣ってる人に来てもらえれば、それで十分だと思ってるんです。
前野:いつからそういう感じなんですか?
Qoo:マッサージだけだと人を救えないですから。マッサージで体の状態をイーブンまで持って行くことはできますけど、そこからさらに元気にしようと思ったら、食べ物で中から良くしないと無理なんです。
――なるほど。そういう思いが前野さんの体にも響いたんですね。
前野:そういうことをビジネスにしようとしないのはすごいですよね。何百年か前だったら、村で一番偉い人ですよ! 一番人に必要とされる人。
過剰に丁寧な接客とかを当たり前と思ったり、期待しちゃいけないですよ
――「元気屋」以外でも、こういった常連のお店はあるんですか?
前野:新宿にはいくつかありますね。バーとか、そば屋さんとか。あとはしょんべん横丁とか。
――どういうお店にひかれるんですか?
前野:他にない心意気、とかですかね。「元気屋」も、これだけ自家栽培の野菜とか発芽玄米とか使って手間かけてるのに、すごく安い。あとは人柄とか、波長ですね。新宿界隈はいろいろと面白いですよ。例えばある喫茶店は、お客さんにこびない。ああいう所だと、個性がないとなかなか続かない。それぞれに個性があって、キャラ立ちしてて面白いです。
――いろんな個性のお店がある中で、共通して感じるものというのもありますか?
前野:「すっと立ってる」っていう意味では同じかもしれないです。それぞれにやり方は違うけど、自分なりにすっと立ってる。その人のスタイルでやってるわけだから、別にお客さんにこびる必要はない。
――お客さんとしても、お店のスタイルを尊重して通じ合える方がいいってことですね。
前野:そういうのは新宿に引っ越した際に学んだことかもしれないですね。過剰に丁寧な接客とかを当たり前と思ったり、期待しちゃいけないですよ。むしろ、お店のスタイルで来てほしいですね。
――前野さんは長いこと新宿に住んでいますが、新宿という街の他にはない魅力は何だと思いますか。
前野:Qooさんみたいな怪しい人が、のびのびと商売できるとこですかね(笑)。たぶん渋谷にはないと思うんですよ。それに新宿でも、街によって全然違う。一丁目は御苑周辺で、二丁目はいわゆる二丁目で、三丁目には伊勢丹とかがあるわけじゃないですか。西新宿になったらまた全然違いますし。そこが面白い。
――そういう隙間があるからこそ、こういう個性的なお店も商売していけるんですね。
前野:自由だし、まだ助け合いとかも残ってる。「人生なんてさ」みたいな雰囲気が街全体にありますよね。
だから、俺は「叙情派」じゃなくて「自浄派」のソングライターなんですよ
――前野さんが作る曲にも、そういった新宿の雰囲気から受けた影響が感じられる気がします。
前野:歌は、自浄作用のために作ってるんですけどね。自分の内にあるモヤモヤしたものを、歌を書くことによってプラスに持っていくというか。現実から受けるショックをちょっとでも良いものにするためです。歌は自分のために書いてる。同じような街で暮らしていて、同じような心の動きを抱えている人がいるなら、少しでも元気になってもらえるのかもしれない。でも、スタートはあくまで自分ですね。
――若い頃から、あくまで歌は自浄作用のためという意識は変わらない?
前野:自浄作用っていう言葉は、最近他の人と話していて聞いたんですね。最近の韓国映画がすごいっていう話をしていて、その人が「国が抱えている問題とかを映画にしていて、韓国映画には自浄作用がある」と言っていたんです。内側にある問題をちゃんと考えて、それを良いものに変えていく。
――最近の韓国映画だと、『タクシー運転手 約束は海を越えて』がまさにそういう映画ですね。
前野:そう、その映画の話もしてました。去年だと、『新感染 ファイナル・エクスプレス』がすごかった。監督のヨン・サンホは、今俺が表現者として尊敬する人ですね。その話を通して、自分が歌を作っているのも、そういうことなんだと気づいた。新しいアルバムに『大通りのブルース』という曲があるんですけど、それは大通りに車が走っていて、うるさくて仕方ないという感情が出発点。
前野:そこから路面電車が走ってたら良かったのになぁとか、いずれここを走ってる車も無くなる日が絶対に来るから、そう考えればこの風景もいとしいものなんじゃないかとか。今までやってきたことも、結局そういう事の繰り返しだった。だから、俺は「叙情派」じゃなくて「自浄派」のソングライターなんですよ。
――なるほど(笑)。自分から出た歌を良いものに変えて、それが同じような思いの人に伝わっていく。そういう意味では、前野さんの言う「すっと立ってる」お店と通じるものがある気がします。
前野:同じ風景を見てもできる歌は人によって違うし、ギター一本で歌っていても全く違う。同じように、人柄は食にも出ますよね。バーに行って、同じウイスキーをグラスに注ぐだけでも人によって味が違う。注ぎ方、グラスの選び方、雰囲気とかで違ってくるんですよね。他のところなら500円で飲めるのにわざわざ1ショット1,000円のお店に行ったりするのはそういうこと。不思議だけど、だからこそ面白い。
――一人ひとりの人柄とか生き様が音楽にも食にも反映されている。
前野:食を提供しているお店って、本当にすごいなと思うんです。だって、言ってみればライヴですよね。しかも毎回一発勝負で、リハーサルなし。お客さんと一回一回ちゃんと向き合っていかないといけない。そういう意味では、常にお客さんの体のことを考えているQooさんは本当にすごいと思います。新宿村一番の偉いさんですよ。元気屋は、保険証がなくても来れる病院です!
前野健太 新作リリース情報
『サクラ』¥2,500+税
前野健太 HP
お店情報
お昼ごはん元気屋
住所:東京都新宿区大久保2-2-16
電話番号:090-3258-0019
営業時間:12:00~15:00
定休日:月曜日・火曜日・金曜日・土曜日・祝日(又は不定休)
撮影:横山マサト
書いた人:青山晃大
1983年三重県生まれ、音楽ライター。2006年からフリーランスで活動。現在は〈ザ・サイン・マガジン・ドットコム〉〈Qetic〉〈CROSSBEAT〉〈Real Sound〉他で執筆しています。