そばを猛烈に愛する女性シェフ
メシ通リポーターの放送作家、吉村智樹です。
この頃「ガレット」をメニューにおくカフェが増えましたね。
フランス北西部ブルターニュが発祥の郷土料理「ガレット」は、実は小麦粉で焼くいわゆる「クレープ」の元祖。
洗練されたクレープと違い、野趣にあふれ、ごつごつとプリミティブな見た目と食感があるのです。
ガレットの最大の特徴は、生地にそば粉を使うこと。
だから焼くと、小麦粉にはない野性味のある香りが広がります。
さらにそば粉の生地は焼くとバリンバリンに硬くなる特性があるのです。
あつあつに焼けた生地をフォークでさすと「ばりっ、ごりっ」と、薄いガラスを割ったようなショッキングな感触が手に伝わります。
クレープとガレットはこのように、似て非なる料理。
武骨で荒々しくて、気取らない。
わんぱく時代の旧友と語らっているような郷愁のある味、それがガレットなのです。
そして京都に、自らそばの栽培にたずさわり、そばを愛してやまない筋金入りの女性ガレット職人がいると聞き、会いに行ってきました。
「うちは麺類を置かないおそば屋さん」
やってきたのは烏丸五条(からすまごじょう)。
京都のオフィス街ですが、路地に入れば古民家や町家がいまなお建ち並ぶ、風情のあるエリアです。
目指す「SOBA Café さらざん」も、静かでおもむきを感じる長屋の一画にありました。
「さらざん」とはフランス語でそばを意味し、重厚な木製の看板にはそばの花が彫られ、早くも「そばLOVE!」の本気度がうかがえます。
この方が女性オーナーシェフの橋本陵加(はしもと・りょうか)さん。
店舗は、築100年を超える町家を父親とふたりで自力でリノベーションしたという労作。
席数は2階を足して18。
内装は、カフェでありながら、和食処のような味わいもあります。
うちは、おそば屋さんだと思っているんです。麺類を置かないおそば屋さん。そば粉100%のガレットと、おそばのスイーツを焼いています。麺にして茹でるだけではなく、焼いたおそばのおいしさを、もっとたくさんの方に知ってほしいんです。(橋本さん)
麺類を置かないおそば屋さん!
そばって「すするもの」という固定概念に縛られていましたが、確かにここはメニューのほぼすべてにそばを使った「おそば屋さん」に間違いない。
その思いはインテリアにも表れ、和紙でできたランプシェードはそばの花と実が染められ、温かみのある灯りがともっています。
そば生産者としての顔も
そもそも橋本さんは、なぜそんなにそばがお好きなんですか?
私がおそばに興味をいだいたのは、京都大学大学院に通っていた26歳の頃でした。院生の頃、友人が滋賀県の休耕田でそばの栽培を始め、その活動に参加することでおそばのおいしさにめざめました。収穫したそばの実で手打ちした麺が、風味がよくて、とってもおいしかったんですよ。(橋本さん)
なんと!
橋本さんは大学院生の時代から自ら農地に立ち、そばの生産に関わっていたのです。
▲自らそばを栽培する橋本さん
そしてそばの味だけではなく、休耕農地の活用、雇用の創出など「そばには未来を開く可能性がある」と感じ、そばを収穫する若者たちのユニット「チームそば」を結成しました。
では、なぜ手打ちそばではなくガレットだったのでしょう?
そばの可能性の広がりを感じながらも、麺にして食べることしか知りませんでした。でもせっかく製粉したのに手打ちそばだけでは食べきれなくて、そば粉を腐らせてしまっていたんです。「もったいないなあ」と思って、クッキーやパウンドケーキなど焼き菓子にしてみたら、びっくりするくらいおいしくて。「そばって、焼いたらこんなにおいしいんだ!」って驚いたんです。焼くと独特のくせになる香ばしさがあって、うまみが強い。ほかの粉にはない“ほろ苦さ”も。茹でたそばにはないおいしさがそこにありました。(橋本さん)
そして橋本さんは2008年にそばの洋菓子を焼き、手作り市に初出店したところ、これが大好評。
なによりお客さんが「そばって関西でもとれるんや!」と驚いたといいます。
和食だけではない、麺だけではないおいしいそばの食べ方があると知った橋本さんは、フランス料理のシェフだったお父さんに「ランチやディナーとしてそばを料理できる方法はないか?」と相談し、ガレットにたどりつきました。
そうして2010年、国産そば粉100%のガレットを目玉とした「SOBA Café さらざん」が誕生したのです。
さらに2013年、橋本さんは「そばガレットのカフェ事業による休耕地の活用とそばの総合プロデュース力」が評価され「第1回 京都女性起業家賞」を受賞しています。
▲我が子のようなにそばの実を慈しむ橋本さん。隣のぬいぐるみはそば殻で作ったキャラクター「ガレット太郎」
そう、多くのガレット職人は「フランスに憧れて」「カフェをやりたいから」というのがスタートのきっかけ。
しかし橋本さんは「そばの味の奥深さをもっと知ってほしいから。そのためにはガレットだった」と、あくまで“そばありき”の開幕なのです。
ガレットを焼くカフェは数あれど、自らがそばの生産者だったというシェフは、そうそういないでしょう。
とはいえオープン当時はまだ「そば粉のガレット」を誰も知らなくって。そもそもそばを焼いて食べるということを理解してもらえなくて、お客さんがぜんぜん来ない日々が続きました。当時はお金の工面で苦労していましたね……。(橋本さん)
焼いたそば粉の野性的な香り
そのおいしさが口コミで広がるまでずいぶんと苦節の時間を要した涙のガレット。
さっそく一枚、焼いてください!
わかりました。ではレギュラー16種類の中から具だくさんなトマトグルマンというガレットをセットで召し上がっていただきます(+サラダとドリンクで1,600円。サラダ、ドリンク、デザートのセットで2,000円)。グルマンとはフランス語で「食いしん坊」という意味で、ボリュームがありますよ。(橋本さん)
なるほど、本当に具だくさん。
食いしん坊にはたまりません!
ベーコンは「美山おもしろ農民倶楽部」の逸品。
京都産の豚バラ肉を約2週間、天然塩に漬けこみ、京都美山産の木炭を熱源にして直火式の手づくりロースターでじっくり燻した、防腐剤や発色剤無添加のもの。
トマトなど野菜は京都の森林地帯「京北」エリアの生産者から直接受け取った採れたてを。
チーズはフランス国家最優秀職人・チーズ熟成士エルヴェ・モンスのセレクトチーズを直輸入する京都の名店「フロマージュ ドゥ ミテス」がプロの目で厳選した3種類のミックス。
たまごは美山の大自然で鶏を平飼いする外田養鶏場のもの。
ひとつひとつが珠玉の食材。
それをひとまとめにしてしまうなんて、ガレットってなんて懐が深い料理なんだろう。
では、いよいよ焼きます。
生地は、滋賀県竜王町産のそば3種類。
そのうちひとつは先ごろお亡くなりになった恩人の畑で収穫されたもので、思い入れもひとしお。
そして京都の専門の業者「谷口そば製粉」が石臼で挽いたという手間暇かけた粉です。
ブレンドは橋本さんが1グラム単位まで突き究めたオリジナル。
そば愛が込められています。
じうぅ~。
充分に熱された厚さ9ミリ、直径40センチの専用の鉄板に生地が敷かれます。
そして野球のグラウンドのように「とんぼ」で平らにならしてゆきます。
鉄板は、理想のガレットを焼けるよう、鍛冶屋さんに特注したもの。
湯気がほわ~。
橋本さんが言うように、ぢりぢりと生地が熱を帯びるたびに甘く強い香りがぶわりと放たれ、早くもお祭りの状態に。
そば粉って、小麦粉にはない野生味のある香りなんですね~。
そば粉は油分が加わると化学変化が起きて、いい香りとうまみが出てくるんです。でも鉄板の状態がよくないとそうはなりません。素材はもちろん、ガレットって実は鉄板が命なんです。油がよくなじみ、ギトギトしていない状態。油が少なすぎると生地が鉄板に貼りつくし、多すぎると浮いてしまいます。私はよく「フィール・ザ・鉄板」「鉄板コントロール」って呼んでるんですけど、とにかく「鉄板を感じる」ことが大事なんです。(橋本さん)
フィール・ザ・鉄板!
鉄板コントロール!
「鉄板を感じる」ことが大事!
焼けた生地に「よつ葉バター」を塗ります。
次いで3種のブレンドチーズと平飼い鶏の生卵。
ベーコン、 茹でたじゃがいも、ソテーしたしめじ、自家製トマトソースなど具材を並べます。
おっと、橋本さん、ボウルをかぶせました。
具材を蒸し焼きにするようです。
ボウルからはみ出たチーズとソースが早くも、くらくらするほどいい香り 。
期待のハードルがぐんぐん上がります。
具材はどれくらいの時間、蒸すのでしょうか?
蒸す時間は決まっていません。心を落ち着けて、耳を澄まして、生地がはぜる音を聞き、時間を見計らいます。たまごを白く濁らせると見た目に悪いので、そうならないよう集中力がいるんです。(橋本さん)
目玉はとろ〜りエッグカット
そして頃合いを見計らい、ボウルを開けたら、ジャスト!
脂がにじみ出たベーコンが、たじろぐほどにいい香り!
チーズがメルティで、たまごの黄身も光沢を失わず、半熟状態で絶妙なコンディション。
さすがです。
大きなパレットナイフで生地の表裏をはさみます。
かっちり端正に 四つ折りに。
パレットナイフで器用に 皿に移します。
完成です!
デ、デカい!
ガレット「トマトグルマン」と京北新鮮野菜のサラダ、そば粉スイーツ、そば茶(ドリンクは選べます)で2,000円。
皿から大きくはみでた、幅24センチのガレット。
そしてガレットのエンタメといえば、ケーキカットならぬエッグカット。
たまごにナイフをいれると……。
「ぷちん」と表面が裂け、とろりと黄身が流れ出ます。
ざくざく食感のビターな生地を黄身にディップ。
これはもう、エロスすら感じさせる、たかまる瞬間です。
そばの生地にみずみずしいグレープフルーツが横たわったフルーツタルトも最高!
がつがつと大騒ぎして食べてしまいました。
どこのご家庭も小麦粉があると思うんです。でもそば粉ってないでしょう。それがとても残念だし、反対にいえば、そば粉ってまだまだ伸びしろがある食材だと思うんです。これからも「そばって、もっといろんな食べ方があるんですよ」という知ってもらうために、おいしいガレットを焼いていきたいですね。(橋本さん)
そう話す橋本さんの手には小さな鉄板がありました。
ガレットを家で、あるいは屋外でカセットコンロでも焼けるよう、ミニサイズの鉄板を特注したのです。
一般家庭にもガレット用の鉄板が常備され、そば粉を焼いて味わう日常が訪れる時代を夢見て。
鉄板は橋本さんにとってそば普及のために立ちあがる円型スタジアム。
橋本さんの熱い闘いは、まだ始まったばかり。
お店情報
【閉店】SOBA Café さらざん(五条店)
住所:京都府京都市下京区鍵屋町通烏丸西入鍵屋町327番2
電話:075-201-3848
営業時間:11:30〜16:00(LO 15:00)
定休日:日曜日~水曜日
ウエブサイト:http://www.sarrasin-kyoto.com/
※焼き菓子のみの「京北店」もあります。
※金額はすべて消費税込です。
※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。
※このお店は現在閉店しています。
※飲食店の掲載情報について。