「刺身はワインに合わない」
そう思っている人は少なくないし、刺身を食べるときにワインを選ぶ人は少ないかもしれない。
……かくいう私もそうでした。
しかし、その先入観を覆す情報が!
それは、溝の口「Buyer’s Wine House Ishihara」のオーナー・石原さんの「“白ワイン醤油”なら刺身を美味しくして、ワインともよく合う味になるよ」との一言。
初めて聞いた、“白ワイン醤油”なるものに興味津々の私。石原さんに頼み込んでレシピを伝授してもらったところ、これが頭の中に「!」マークがピコンピコンと出現しっ放しになるほどの、簡単&美味のびっくり調味料でした。
普通のワインと刺身を、ほんの一手間でステキな食事に変身させますよ。
▲石原さん。ソムリエの資格を持ち、川崎市内の酒量販店で20年以上ワインのバイヤーだった方。一昨年末、繁華街の外れにオープンしたお店には「石原さんが厳選したものなら間違いない」と夜ごとワイン好きが集まる
美味しくなるのか不安になるくらいの簡単さ
ワイン醤油の作り方
1. 白ワイン50ccを入れる。
2. 醤油50ccを加える。
3. 火をかけて煮きる。
石原さん:ワインは特売のやつで十分です。加熱してしまうんだから、良いのなんて無駄。アルコールが気になる人もいるので、沸騰して少し長めに火にかけて……はい、完成!
えっ!? もうできたの? 早い。……石原さん、何か忘れてませんか? 映えるシーンもなく、本当にこれだけで味が変わるのか疑わしいくらいの簡単工程。
白ワイン醤油の見た目は「やや色の薄い醤油」といった感じ。はたしてその味は……。
いざ実食! ワインと刺身が別次元に飛び出すほど美味しくなる
▲小皿は左から赤ワイン醤油、普通の醤油、白ワイン醤油、塩。刺身は左がカツオ、右がスズキ
刺身は試しやすいように小さめに切って、石原さんの誘導でテンポ良く実食!
石原さん:まずは普通の醤油。スズキの刺身に醤油をつけて、白ワインを飲む。
───……ひどく不味くはないけど、ワインと合ってる感じはなくてバラバラな印象です。何でだろう?
石原さん:刺身の生臭さが合わないんだね。次に、刺身に白ワイン醤油をつけて食べて、白ワインを飲んでみましょう。
───……おぉっ、すごい、何コレ? 味が変わった、美味しい!! 刺身の嫌な匂いは消えてうま味だけが強調される感じ。白ワインにも馴染んでワインの味自体も一層美味しくなりました。面白い。
石原さん:合うでしょ? 白ワイン由来の酸が決め手で、魚の生臭みを消してくれる。さらに白ワインを飲むことで、白ワイン醤油が刺身とワインの仲を取り持って、相乗効果で美味しさが増すんです。
試しに「普通の醤油」と「白ワイン醬油」をそのまま舐めてみました。
刺身とワインの味を劇的に変えた白ワイン醤油は非常にマイルド。普通の醤油はガツンと塩分の刺激が舌先にきますが、白ワイン醤油は塩気が和らいでうま味が増しています。
また白ワイン由来の酸味は、レモンのような強い酸っぱさがありません。醤油をワインで割っているため塩分が半分になるのは当然ですが、その優しい酸味によりうま味が強調されバランスの良い味になっているようです。
▲合わせて飲む白ワインは、酸味が効いた「ボンビーノビアンコ」というイタリアのもの
他の調味料を合わせたら? 赤ワインじゃダメなの?
石原さん:他の調味料も合わせてみましょう。塩を白身に乗っけて食べて、白ワインを飲む。
───うん、まあスズキと白ワインです。別々に口に入ってくるだけって感じです。
石原さん:その次は塩とレモン。
───あれ?? 変わる! 塩だけよりもワインが馴染んで合う。
石原さん:まあ、つまり「カルパッチョ」だよね。レモンの酸は白ワインの酸と同じように抗酸化作用があるので、魚の生臭みを消すんです。
本題から外れるけど、赤ワインでもやってみよう。昨夜作っておいた赤ワイン醤油と赤身のカツオで試してみます。赤ワイン醤油をカツオにつけて、赤ワインを飲む。
▲赤はしっかりした渋みのあるワイン
───……赤ワイン醤油はやや濃いけど、白ワイン醤油のような感動はないです。
石原さん:パッとしないでしょう? 赤ワインには白ワインのような酸味がないから、刺身を美味しくしないんだね。じゃあ、生姜やニンニクと合わせて赤ワインを飲んでみて。
─── 一気に相性が良くなった! 赤ワインの香りも刺身のうま味も引き立って、美味しく食べられます。
石原さん:そうだね。赤ワインとカツオは互いに味が強いので、刺激の強い薬味によって仲介されワインと合うようになる、っていうことかな。
石原さん:この実験は適当にやってるんじゃなくて、「ワイン総合研究所」の渡辺正澄先生の教えなんです。
渡辺先生はワインと料理の相性を科学的に検証して、経験値じゃなく理論的に説明してくれる方で、長年先生が開催する研究会に通って勉強し、そこで得た知識をお店で活かしてます。
刺身とワインは“固体”と“液体”。刺身とご飯が「すし酢」で一体となるように、刺身とワインは「白ワイン醤油」で融合して互いの良いところを引き出し、劇的に美味しく生まれ変わりました。
「普段は白ワイン醤油も刺身も置いてないからね」
石原さん:白ワイン醤油は本当に手軽にできるので、ぜひご自宅でも試してみてください。あくまで今回はワインの可能性を知ってもらうための実験です。普段は醤油もお刺身も出していませんからね。
「Buyer’s Wine House Ishihara」の特徴は、1杯600円のお手頃なワインから高級ワインまで、グラスワインが豊富で一人でも楽しめること。
1杯600円と言ってもそこは元バイヤーのお店。ワインとそれに合うチーズや生ハム、パスタなどの良い食材を求めて展示会や専門店を歩き試食して、一味違う美味しいものを選び、提供しているそう。
▲上:グラスで飲めるシャンパーニュ(1,296円)/下:生ハムやチーズなどワインバーの定番も、石原さんの眼に適ったものだけが厳選されている
石原さん:もともと、ワイン好きのお客さんにいらしていただきたいと思って、このお店を始めました。「ワインが飲みたいな」とか「ワインに興味がある」という人なら、初心者でも良いんですよ。
さまざまなタイプのワインを適正な価格で提供することも大切にしています。グラスワインは常に赤白5種類ずつ、10種類は用意しようと決めて始めたんですが、実際にはいま30種類くらいが飲めます。
───初心者から自宅にセラーを持つマニアまで、ワインをより深く楽しんでもらうためのイベントも頻繁に開催されていますね。
石原さん:ワインはまだ日本ではそれほど飲まれていない。だからイベントを通じて啓蒙活動をしたいと思って、開店当初から初心者向け1回と、こだわりのある人向け2回の、合わせて3回程度を毎月開催しています。
大体土曜か日曜の少し早い時間から始めて、ワインを飲んでいただきながら僕が解説するという感じで。
石原さん:僕がお客さんにワイン醤油を紹介したのも、そうしたイベントでのことです。「家で刺身を食べるとき、どんなワインを合せるといいかな?」と迷っている人たちのために、「スーパーのお刺身に何が合う? ワイン会」と題して実験してみたんです。
そこで使ったのがワイン醤油。
───ワイン醤油はそれ以前にも使われていたんですか?
石原さん:僕が高校生の時に、親が「マンズワイン(1962年創業のワインブランド)」の頒布会(会費制で商品を定期的に配る会のこと)に入会していてね。その中に入ってた冊子にワイン醤油の作り方があって、それをずっと覚えていたわけ。
マンズワインの親会社はキッコーマンだから、醤油とワインを組み合わせるなんて当たり前なんだよね。……もちろん当時も作ってみましたよ。ただ、ワインを飲める歳でもなかったし、その時はそれだけ。
※調理目的であっても、未成年のアルコール類購入は禁じられています。
───高校生の時から料理男子だった石原さんの記憶が、約40年の時を経てワインの啓蒙活動で活かされたんですね。
石原さん:うん、そうなりますねぇ。面白いよね。
今回、刺身に合わせたワインは、お店で一番お手頃な1杯600円のワイン。「決して高級品じゃないのにあんなに美味しかったのはなぜだろう? お店の雰囲気に圧倒されただけかも?」と疑り深い私は、さっそく翌日自宅でも挑戦。
夕方のスーパーで特売になっていた刺身の盛り合わせも、白ワイン醤油のお陰でうま味がグッと増し、サーモン、ハマチ、青柳、どれもワインとよく合う味になりました。
白ワイン醤油の口当たりがマイルドな分、わさびと醬油よりも魚の風味が感じられるほど。
スーパーの刺身と、冷えた白ワインさえ冷蔵庫にあったら、さくっと白ワイン醤油を作ってみることで、お家での食事の楽しみが広がりますよ。
お店情報
Buyer's Wine House Ishihara
住所:神奈川県川崎市高津区溝口2丁目 27−4
電話:044-328-5012
営業時間:火~金曜日・祝日/18:00~24:00、土〜日曜日/17:00~24:00
定休日:月曜日