まるで物語のワンシーンのような
映画やマンガに登場しそうなBARがあります。コンクリート打ちっぱなしの外観は隠れ家的、というか隠れ家そのもの。
その1階にある入口の周辺には目立った看板はなく、扉横に店名が刻印されたプレートがかろうじてあるのみ。
ここにBARがあるということを事前に知らなければ、一見客が偶然に迷い込んでくるということはまずないでしょう。
「ほんとうにここがそうなのか?」
恐る恐る扉を開けると、そこには……あれ、店じゃない?
玄関のような小スペースがあり少し、拍子抜け。
ふう、気を取り直して二枚目の扉を開けると……。
そこには地下のワインセラーを思い起こさせる暗い昏い空間。
木の香とアルコールが混じるアロマも漂っているのでなおさらです。BGMにはヴァイオリンの調べがほのかに流れています。
闇に目を慣らしつつ、左手に目を向けるとバーカウンターの奥に静かにたたずむマスターの秋山哲夫さんと、ずらり並んだ特別なウイスキーがあなたを待っていることに気づくことでしょう。
「人に紹介したくない店」を紹介する理由
こんにちは。メシ通ライターの飯炊屋カゲゾウです。
誰にでも「とっておき」あるいは「人に紹介したくない」お店があると思います。
所沢(埼玉)にある「BAR OAKs(バー・オークス。以下“オークス”と略)」はカゲゾウにとってまさにそんなお店です。
ではなぜ紹介するのか? 実は以前、このお店から徒歩5分くらいのところで気ままな一人暮らしをしていました。
しかし今は家族もできて引っ越してしまい、年に数回行けるかどうかの状況に。
自分のかわりに、メシ通読者の方がこのお店に足を運んでくれたらうれしいからです。
シングルモルト・シングルカスクとは
外観や店内の雰囲気にも増して特別なのは、バックバーに並ぶボトルです。
ほとんどすべてがシングルモルト(「モルト=大麦麦芽」だけを原料とし、単一の蒸留所で作られたウイスキー)ですが、そのなかでもシングルカスクと呼ばれるウイスキーがメインとなっています。
秋山:例えば有名な「ボウモア」も「ラフロイグ」も、いつどこで飲んでも同じ味ですよね。
シングルモルトの銘柄は、商品の特性を保つため、蒸留所でいくつかの樽をブレンドし一定の味にして出荷しています。つまり個性的な味で知られる銘柄であっても、ある種の「味の平準化」がなされています。
秋山:ウチにあるのはシングルモルトなんですけど、そのなかでもシングルカスクを中心に置いてあります。
──「シングルカスク」とは、どういったものですか?
秋山:日本語だと「樽出しの原酒」というんですけど、他の樽と混ぜられることなく、世界に1つの樽でしか存在しないものです。それが瓶詰されてここにやってきています。だから、大抵のものは「もう二度と飲む機会がないお酒」だと思います。
「カスク」とは「樽」の意味であり、シングルカスクはシングルモルトの中でも他の原酒と交わらないスタンドアローンなウイスキーということになります。
あの有名な某ウイスキーのコピーではないですが、文字どおり「なにも足されず、なにも引かれない」のがシングルカスクなのです。
初級者でも上級者でもオークスでは平等におもしろい
秋山:オフィシャルのものを飲まれていて、だからこういう味だよねっていわれても全然違うんです。だから気後れすることなく誰でも楽しめるお店です。
「オフィシャル」とは販売するウイスキーを自前で作っている蒸留所のこと。同じ蒸留所の同じ銘柄であったとしても、レギュラー品のボトルと、シングルカスクのそれとでは、まるで味わいが異なるといいます。
秋山:シングルカスクは樽によって香りも味もまったく違います。なので「私はウイスキーの知識なんか全然ないから……」などと敬遠されずに。逆に「あの銘柄だからこういう味だよね」というのが当てはまりませんので、知識はあまり役に立ちません。
──よかった。バーで飲む時って「お酒の知識がないと笑われちゃうかな」って気後れしちゃうので。
秋山:その時になるべく合うものを……合わないかもしれませんけど、頑張って見つけますので。皆さんの好みを言っていただいて楽しむためのお酒ですね。
通常のセオリーが通用しないからこそ、初心者も上級者もこの店では等しく未知の島に降り立った探索者なのである。
では、どうやってオーダーすればよいのか?
答えは簡単である。ガイドであるマスターの秋山さんにどんどん相談すればいいのである。
秋山:初めての方であれば、飲みやすいもの、癖があるものなど好みを伝えていただき、私がさらに深く探っていきます。
──それは助かります。家で飲むのは大衆的なものばかりで、実はあまり銘柄を知らなくって。
秋山:ある程度ウイスキーを嗜まれている方なら、普段飲まれているものの原酒をオススメしたり、何杯か飲まれるようでしたら少し癖があるものを入れたりなどを考えます。
──要望だけ伝えて、あとはマスターにお任せすればいいんですね。
秋山:お値段のばらつきもあるので、3本ぐらいボトルをお出しして、そこから選んでいただくという形にしています。
──好みもそうですが、懐具合も気にかかります。
秋山:最初にご予算を言っていただいて構いません。「3杯でこれくらいの値段で」などでもOKです。とにかくシングルカスクの良さをわかっていただきたいので、できるだけ柔軟にしたいと思っています。
もちろんメニュー表もあるので、ここからじっくり選んでオーダーするのもアリです。
実際にシングルカスクを味わってみよう
カゲゾウはその昔、オークスに通っていたので(とはいえ「常連」と名乗るにはおこがましいくらいの来店回数でしかないが……)ある程度の好みをマスターに把握してもらっています。
また今回は取材なので全部で3ショット、華やかなボトルということでリクエストをしました。そしてマスターがこの日アテンドしてくれたのがこちら。
──こうして並べてもらうと、ウイスキーの色だけでもそれぞれ個性がありますね。やはり熟成が長いほうが色が濃くなるのですか?
秋山:限らないです。2000年代のものでもすごく濃いものもありますし、樽ごとに色も味も全然違うので。
しばし琥珀色の液体をうっとりと愛でた後、いよいよテイスティングに入ってみた。
1杯目 グレンファークラス1977
秋山:こちらはウイスキーフープ(THE WHISKY HOOP)というボトラーズからでている「グレンファークラス1977」です。42年前のお酒ですね。
▲グレンファークラス1977(¥1,600/10ml)
──すみません、ボトラーズというのはなんですか?
秋山:「オフィシャル」が自前のウイスキーを販売しているのに対して、「ボトラーズ」はいろいろな蒸留所から樽を買い付けてきます。その後、独自のコンセプトを元にそれらの樽を熟成させたり、ブレンドしたりして世にリリースする瓶詰め会社のことです。ウイスキーフープもそういったボトラーズのひとつですね。
──うわ、とてもフルーティーで軽やかですね。舌先に触れるとふわっと揮発してしまったかのような。
秋山:70年代のシングルモルトはとても入手が難しいんですね。そのなかでもかなり良質なものです。
秋山:飲んでいただくとわかるんですが、綿あめのような香りがふわーっとするやさしいお酒ですね。白桃系のフルーツのような。私のところまで香りがきてます。
──確かにそう言われると、ほんのりと白ワインにも似た甘みも感じる。加水用の水を少し足して味わいを変えたほうがいいんですか?
秋山:こういうものは、飲めるんでしたらストレートの方がいいかもしれません。グラスアロマを楽しんでいただきたいので、ウチはグラスを下げないんです。で、ボトルも一緒に並べておきます。
オークスでは、そのお客さんが帰るまではオーダーしたボトルと飲み終えたグラスをカウンターに置いたままにしてくれます。そのため何杯か飲んだ場合は、目の前に本日のオーダー履歴ができあがります。
秋山:原酒って、水に混ざってないから粘りっ気も強いので、ずーっと香りがグラスに残っているんですよ。
──ほんとだ。膜みたいなものがうっすらグラス内に残ってます。
秋山:そうなんです、そうなんです。それに香りがそのまま残っているので、グラスアロマを楽しみたければあまり水は入れないほうがいいですね。
──味も香りも豊穣だから、それこそ何かで薄めたりしたらもったいない。
秋山:ウチでは3杯飲んでもシングルショット(30ml)程度ですから、度数が高くてもそんなに酔いを気にする必要ないと思います。
2杯目 ローズバンク1990
秋山:「ローズバンク1990」です。ここは1993年にこの世から消えてしまった蒸留所です。だからこれはそこが閉鎖される3年前に蒸留したものですね。
▲ローズバンク1990(¥1,900/10ml)
──こちらは切れ味が良いというかシャープというか、味が強くてすごく若々しい感じがします。
秋山:さっきのは77年、こちらは90年なので感じはぜんぜん違うと思います。
──これと同じボトルが左の棚をびっしり占めてますね。
秋山:「ザ・スコッチ・モルト・ウイスキー・ソサエティ(The Scotch Malt Whisky Society。以下“SMWS”と略)」のボトルです。こちらは25番で“マンサニージャ シェリーのトライフル”という名前がついています。
ここで少し説明が必要かもしれません。SMWSもボトラーズのひとつですが、そのラベルにユニークな特徴があります。
「フレーバープロファイル」でウイスキーがもっと味わい深くなる
均一のボトル、均一のラベルのボトルがずらり並ぶこちらの棚、すべてSMWSからリリースされたもので、中味はどれも異なります。
しかもラベルには「アードベッグ」「グレングラント」といった蒸留所名さえ記載されていません。まるで飲み手に「先入観を持たず、おまえの鼻と舌で判断してみろよ!」と挑発しているかのようです。
とはいえまったく取っ掛かりがないわけではなく、ラベルに秘密があります。
例えば「25.64」とありますが、この「.(コンマ)」の前の数字は蒸留所コード、コンマ後の数字は樽の番号になっています。
「25番」をSMWSのサイトで検索してみると、これが「ローズバンク蒸留所」で作られたものということがわかります。
SMWSは団体名のとおりスコッチウイスキーがメインですが、一部ジャパニーズウイスキーの取り扱いもあり「山崎」なら「119」、「秩父」なら「130」とコードが割り当てられています。
さらに興味深いのは、「フレーバープロファイル」というSMWSが独自つけているテイスティングコメントです。
数字の下の太字がそのタイトル(マスターが「マンサニージャ シェリーのトライフル」といったのがこの部分)で、それにつづく数行のテキストはSMWSならではのユニークな寸評・解説となっています。
前記のメニュー表を見返していただくと、右のページはすべてSMWSのボトル。
「ザラザラした砂が可愛くなる」「浜辺のフジツボの宴会」「泥炭香るハワイ風焼豚」という一風変わったコメントは、フレーバープロファイルのタイトルからの引用です。
なのでSMWSのボトルを飲むつもりなら、来店前にサイトで予習し、素知らぬ顔で「53か64番台のものはありますか?」とオーダーすると通っぽく見えますし、ぶっつけ本番でラベルを読み込んで選んでもいい。
あるいは予備知識なしに味わったあと、家に帰ってからサイトで復習するのも楽しいことでしょう。
3杯目 ハイランドパーク1990
秋山:こちらもウイスキーフープのウイスキーです。「ハイランドバーク1990」ですね。こういう和紙のラベルっていうのはフープの最高級品のボトルだけに使われています。
これも当然にながらうまい(というかすごい)。のですが、それを説明する語彙や感性が追いついてきません。マスターに少し助け舟をだしてもらいました。
▲ハイランドパーク1990(¥1,900/10ml)
秋山:これがウチの常連さんたちが選んだ去年(2018)のナンバーワンのウイスキーです。熟したシェリーに、若干のスモーキーさもあります。とてもフルーティーですよね。でもこっち(ローズバンク1990)のフルーティーさとはちょっと違います。
──シェリーっぽさがあるのは、シェリー樽で熟成させるからですか?
秋山:そうです、シェリー樽で熟成させたものですね。香りも甘いです。熟した甘さですね。あとちょっと紅茶というか、アールグレイや茶渋とかの香りもあるかもしれないですね。
──ものすごいウイスキーを口にしているのはわかるのですが、それを表す言葉がみつからない。このすごさを読者に伝えられる自信がまるでありません(汗)。
秋山:ウイスキーの味は複雑なので、人それぞれどこを切り取るかは自由だと思います。だから正解ってないと思うんですよね。その方が感じた香り、味わい。口の中に含んでいると度数も弱くなってきますし、また味が変わってきます。
──ごく少量を舌先に乗せただけでも、燎原の火のようにうまさがぐわんぐわん口腔内に広がっていきます。
秋山:ごくんと飲まずにしばらく舌の上で転がしていると、鼻腔の方にグーと香りがあがってくるので、最初の香りとまたちょっと変わってきます。それが表じゃなくて裏からふわーって鼻の方にまわっていきますよね。
──香りが芳醇なだけでなく、余韻もすごい。
秋山:口の中に香りが残っているので、お水がすごくおいしく感じられると思いますよ(笑)。
オークスでのシングルモルトの愉しみ方
──オークスではロック、ハイボールでの提供はしていませんね。
秋山:シングルカスクは蒸留された樽の状態から、お客様の眼の前に提供されるまで何も混ざらずに来ています。原酒は香りがかなり良いので、申し訳ないですけどストレートでご提供しています。
──後でグラスアロマも楽しむなら、なおさらですね。
秋山:ただ、普通ウイスキーって1ショットで30mlなんですけど、それじゃあいくらなんでも飲み切れないと思うのでウチは基本は15mlです。それでもハイクラスなものだと高くなってしまうので、一部10mlをご用意しています。
──ハーフショット(15ml)での提供は一般的なのですか?
秋山:ハーフショットでいいですよってお店と、ダメだっていうお店があります。ただそれでも高くなっちゃいます。ウチはなるべくみなさんに良いものを飲んでいただきたくて。
取引に値するような良質のシングルカスクはもともと高価なのですが、近年の世界的ウイスキー人気の影響で樽の奪い合いになっており、値段がさらに跳ね上がっているようです。
ボトルによっては10万円以上のものや、以前の数倍の値になってしまったものも少なくないのだとか。
オークスではそういった貴重なボトルであっても、できるだけ一般の人が現実的に楽しめる金額に抑えるように心を砕いています。
10ml、15mlという他の店ではあまり提供しない小ロットにしているのは、いろいろな種類を飲んでもらいたいというのが第一義ですが、求めやすい価格に設定できるという思いもあるといいます。チャージ(席料)をゼロにしているのもそんな配慮からでした。
──チェイサーと加水用のお水もついてきます。
秋山:冷やすと香りが閉じてしまうので、常温のお水をおつけしています。どうしてもきつい方は、それでほんの少し加水してみてください。一気に注がないで、ちょっとずつ薄めていっていただければと思います。
──2、3滴落としただけでも、飲みやすさがちょっと増すみたいです。
秋山:ただ、思ってらっしゃるよりも飲めると思うので、時間をかけても構いませんから、ゆっくりちびちびと飲んでいただければいいですね。
詩的に、哲学的にウイスキーを語ろう
自分の五感センサーの感度を最大にし、ウイスキーの色、香り、テイストを存分に味わうのは王道の愉しみ方でしょう。
例えばウイスキーを表現する「モルティ―」「ピーティー」「ソルティー」「スモーキー」「ウッディ」などの語彙をたくさん知っていれば、分解能は上がり、より深く味わえることは間違いありません。
でも語彙や経験値が少ないからといって臆することはありません。
オークスではウイスキーから喚起されるイメージを、直感的な言葉で伝えてくるお客様もいるそうです。
ブローラ1982「今はない星」
秋山:これは「ブローラ1982」といって82年に蒸留されてこの世に生まれたものなんですけど、こちらも蒸留所が83年に閉鎖になりました。ところが、このときにこの樽をゴードン&マクファイル(GORDON & MACPHAIL)というボトラーズが買い取ったわけなんですよ。
▲ブローラ1982(※現在オークスでは非売品)
秋山:まだ若いし1年しか経ってないってことで、ずっと寝かせてから発売したんです。これがすごくおもしろいのは、閉鎖された蒸留所のボトルだからといって、アンティークとかレトロの商品として扱われるわけではないということ。
──ええ、違うんですか⁉
秋山:熟成しているということはまだ製造工程中ですからね。だから発売されるときは新製品として世にでるんですよね。それを知ったあるお客様が「星みたいだな」って。
──星というと、あの夜空の……?
秋山:今見ている星の光は、もう滅びて存在しない星のものかもしれない。閉鎖してしまった蒸留所とボトルの関係を星になぞらえておっしゃったので、すごい素敵な表現だなって思いました。
ちなみに秋山さんによれば、その人気ゆえにブローラは2020年頃を目処に復活が決まったとのことで、星は再び輝きを取り戻すことになりそうです。
グレングラッサ1976「同窓会で再会した出世頭」
またあるお客さんは、オークスに来るたびに決まって「グレングラッサ1976」というボトルをオーダーするという。
▲グレングラッサ1976(¥2,400/10ml)
秋山:このボトルと同じ歳のお客様がいらして……ブレンデットだといつ作ったのかわからないですけど、シングルカスクだからいつ作ったかわかるんですね。
秋山:結構高いんですけど、そのお客様は来るたびにこれを注文されるんです。その方は「これを飲むと、同窓会に行ってすごく出世した同級生に会ってるみたいで恥ずかしい……」っていうおもしろいコメントをしていました。
常連さんは、マスターとの対話もウイスキーの隠し味へと変えているようだ。
オークスでの愉しみ方はそれぞれ自由
もちろんオーダー後は、ひとり黙してグラスの琥珀と心ゆくまで向き合うのも構いません(そんな時、マスターはあなたを邪魔することは決してないでしょう)。
おしゃべりする客もいれば、寡黙な客もいる。
毎回1杯だけグラスを注文して飲んで帰る人もいれば、友人と陽気に雑談しながらウイスキーを楽しむ人もいる。
あるいは目の前にグラスアロマがあるのなら、その香りを聞き比べしながら、手元のシングルモルトを堪能するのもいいでしょう。
ここまでに示したのはあくまでも一例。常識的な範囲で振る舞うなら、どんな風にウイスキーを楽しんでもオークスでは自由なのです。
一見高そうなハードルにずっと尻込みしてた
ところで、オークスのオフィシャルサイトを見ると少しビビりませんか? 「完全禁煙・二人連れまで」となってますし、実際に行ってみるとあの外観です。
しかも扉には「QUIET PLEASE! Whisky Sleeping(お静かに! ウイスキーが寝ています)」と注意書きまであります。
──正直に告白すると所沢に引っ越して間もない頃、店の横をしょっちゅう通っていたんですけどなんか怖くて。勇気を出して扉を開けるまでに一年かかりました(笑)。
秋山:ほんとに気取ってるつもりも頑固なつもりもないんですけど、高級レストランでスペシャルなディナーを食べに来るような感じでウイスキーと向き合っていただけたら……。
──それは「特別なお酒に会いにゆく」という心構えのことであって、ことさらフォーマルな格好をしていくとか、立ち振る舞いをかしこまってほしい、という意味ではないですよね?
秋山:お店でお話をされるのはぜんぜん構わないんですけど、ただいつもお酒が主役になっててほしいなって思ってます。それさえわかっていただければグラスをおふたりでシェアされるとか、ひと声いただければボトルを写真に撮られるとか、そういう面はぜんぜん大丈夫ですから、はい。
禁煙なのも、3人連れ以上での入店がNGなのも、「お静かに!」と注意があるのも、すべては他のものに邪魔されずにウイスキーに向き合ってもらいたいからこそ。オークスの主役は、あくまでも一杯のグラスなのです。
逆にそのことさえ心得ていれば誰に対してもウェルカム。安心して扉をくぐってほしいと思います。
このソリッドな空間には幾重もの意図が隠されている
冒頭で触れましたが、初めてオークスを訪れるとその暗さにびっくりするかもしれません。そして飾り気のない店内を見て、「シンプルだなぁ」という印象を受けることでしょう。
広いのに6席しかない贅沢なカウンターの席につくと、暗さ故にテーブル上のピンスポットライトが際立ちます。ライトの中央にはステージの主役としてボトルが屹立する……。BGMのクラシックは、聞き馴染みある曲が流れることはありません。
秋山:手前勝手ですけども皆さんが思っている以上に貴重なお酒なので、それを主役にしてほしい。だから音楽などもわかりきったものではなく、なんだかわからないもの、灯りもそこだけみたいな感じにしています。
カゲゾウが十数年前に通っていた頃は、バーボンをメインにビールなども取り揃えられ、店内にはテーブルサッカーやバックギャモンが置かれていました。
テーブルも兼ねた酒樽で立ち飲みできたり、片隅にはアンティークの蓄音機とブルースのレコード。しかもタバコも葉巻もOKな賑やかなお店でした。
その後、オークスでは徐々にシングルモルトへと軸足を移しました。店内の余計な備品や装飾は少しづつ消えていき、ついにはおつまみでさえウイスキーの味の邪魔になるからとなくしてしまいました。
「一杯のグラス」をとことん楽しんでもらうことを起点に、店という舞台装置は視覚も、聴覚も、嗅覚も、味覚も、触覚も、一杯のグラスに極限までフォーカスするように深化していきました。
秋山:とにかく「それっきり」というのが好きですね。そのために真剣に飲んでくださいと言っても伝わらないと思うので、雰囲気でなんとか察していただきたいと思ってこうなりました。
このソリッドな空間は狙ってそうなったわけではなく、無駄なものをどんどん削ぎ落とした“結果”だったのです。
──そういえば、前は3本のスリット風の窓のところに「OAKs」という緑色に煌々と光るネオンサインがありましたよね? アレ、さっき見たらなくなっていて……。
秋山:「あのネオンはこの店には合ってないんじゃないの?」っていう常連さんの声が多くて、この前調子が悪くなったので、修理せずに取っちゃいました(笑)。
──ついには店の外までソリッドになってしまったんですね(笑)。
BARと茶道に共通するもの
さて、久々にオークスを訪れたのですが、壁の一角に見慣れないものが。はて、これは掛け軸では?
秋山:バーテンダーならやっている人が結構多いんですけど、実はお茶を習ってまして……。
これで合点がいきました。茶道の心得に「一期一会」がありますが、シングルカスクももう再び会えないという意味で「一期一会」です。オークスのサイトにもそのことが謳われています。
最高の一杯を客人に供する。そのために設えも、もてなしもすべてそこに向けて集約させる。BARと茶道は共通する部分は多いですし、茶室にも通底するこの店のある種の潔さは、このあたりに秘密があったようです。
聞けば流派は裏千家で、習い始めて5年ほどになるそうです。現在(2019年4月時点)は日曜日のみのサービスですが、締めに和三盆とお抹茶を出してくれます。
遠方からこの店を目指すのなら、あえて日曜日狙いで来るのも良いかもしれません。
BAR OAKsはシングルカスクである
ある日、この記事を読んでくれたどなたかが、実際にお店に出向き今回ご紹介したボトルをリクエストしてくれるかもしれません。
しかしそのボトルはすでになく、別のものと置き換わっている可能性が大いにあります。あるいは運良く同じボトルがあったとしても……。
秋山:そこが伝わるかどうかわからないですけど、ボトルの中でもやっぱり少しずつ味が変わっていくんですよね。蒸留酒なので、腐ったりまずくなったり、酸化したり酸っぱくなったりはしないんですけど、この味はほんとにもう今宵限り。
それはシングルカスクの宿命。さらにその樽が、そのボトルが消費されてしまえば、もう永久に出会うことはできません。シングルカスクにはある種の儚さが常に伴います。
でもその代わりに、また別の素晴らしいボトルが補充されていることでしょう。その日巡り合ったとびっきりの一杯を心ゆくまで味わって下さい。
バックバーに居並ぶボトル達は同じに見えて、常に変化し続けています。そしてこの店も日々少しずつ姿を変えながら、経年熟成していきます。
そう、BAR OAKs自体もまた、際立った個性を持つシングルカスクなのです。
お店情報
Bar OAKs
住所:埼玉県所沢市旭町2-1モンシャトー壱番館1F
電話:04-2998-6552
営業時間:平日17時~24時、日曜日・祝日15時〜23時
定休日:月曜日
書いた人:飯炊屋カゲゾウ
1974年生まれの二女一男のパパ。共働きの奥さんと料理を分担。「おいしいものはマネできる」をモットーに、料理本やメディアで紹介されたレシピを作ることはもちろん、外で食べた料理も自宅で再現。家族と懐のために「家めし、家BAR、家居酒屋」を推進中。「双六屋カゲゾウ」名義でボードゲーム系のライターとして活動中。「子育屋カゲゾウ」名義で育児ブログも更新中。
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