『メシ通』でもレギュラー出演いただいていた漫画家の小林銅蟲先生。
ヒット作『めしにしましょう』(以下、『めし』と表記)に続いて、2020年7月20日に発売された新刊『やせましょう 40歳漫画家が半年で15kg本気(マジ)ダイエットした記録』(いずれも講談社、以下『やせましょう』と表記)は、銅蟲先生のダイエット挑戦の記録が描かれたノンフィクション漫画だ。
わずか半年あまりで15kgという数字もなかなかのインパクトだが、度肝を抜かれたのはその減量方法。脂質摂取やファスティング、ライザップなど、1カ月ごとに異なるやり方を順々に試していく銅蟲先生らしいエキセントリックな内容だ。
苦闘と苦悩にまみれたプロセスを振り返りつつ、独自の食事法や、減量以降の近況などをリモートで聞いてみた(メシ通編集部 ムナカタ)。
電柱から電柱の間すら走れない状態になっていた
──新刊『やせましょう』はどんな経緯で企画されたんでしょう?
小林銅蟲先生(以下、銅蟲):『めし』連載が終わって、次に何かやろうってのは決まってたんですが、ウチの妻が妊娠したので「あまり太い企画はできないね」ってことになって。だったら、『めし』で増えちゃった体重を今度は減らしてみようって話で毎号6ページの連載をやることになりました。
やせましょう単行本発売日です 全国書店に俺の乳首がバラ撒かれております よろしくどうぞ
— 小林銅蟲 (@doom_k) July 19, 2020
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──そういえば、さっきからお子さんの泣き声がかすかに聞こえてきますね。
銅蟲:寝室兼仕事部屋にしかエアコンがないので。
──全然気にならないので大丈夫です。ところで銅蟲先生はそもそも若い頃、どんな体型だったんですか?
銅蟲:昔、師匠の漫画を手伝っていた頃、僕がアシスタントとして漫画に登場していた時期があって、ガリガリに描かれていたんですよ。20代はロードレーサーに乗っていたこともあって50kg台前半とかだったんじゃないですかね。ただ、筋肉はつきにくい体質で、見た目ヒョロヒョロでした。
▲筆者が初めて銅蟲先生に出会った2016年頃の写真。当時は『めしにしましょう』連載開始前だからか、メタボな印象はなかった。ちなみに撮影場所は今はなき東京・練馬のギークハウスである
──『めし』連載が始まってから体重がどかどか増えてった、と。
銅蟲:そうなりますね。ごく単純な話、連載やり始めてお金に余裕ができるとおいしいものが食べられるからどんどん食っちゃうっていう。そもそも趣味と実益(仕事)を兼ねているので、生きているだけで常に食べる状況が生まれてくるわけです。
──漫画家という職業自体、ほぼ100%デスクワークですもんね。
銅蟲:だんだん体がなまってきて、しまいには電柱から電柱の間すら走れなくなってしまって。『めし』連載終了時点で80kgあたりをウロウロしていました。
痩せるほどネームがつまらなくなる悪循環
▲表紙(左側)もインパクトがあるが、裏表紙(右側)のブロッコリーのイラストも実に「らしい」
──新刊『やせましょう』では、半年間で15kgの減量を目指して5種類のダイエットを試されています。まず最初の1カ月(2019年8月)は脂質摂取。これって単純な話、炭水化物なんかに含まれる糖質をなるべく摂らないと理解していいんでしょうか?
銅蟲:とも言えますね。糖質の代わりに脂質で人体を活動させようという考え方です。そうすることで、(体に脂肪が定着する原因となる)インシュリンが抑えられるっていう理屈。
──肉類や卵、バターはOKだと。実際、この章でステーキにカブりついてる先生の絵も出てきますけど、米食べられないのって正直ツライですよね。
銅蟲:ツライし、本来、脳を動かす燃料は糖質なので、頭が回らなくなる。結果として、ダイエット始めた当初のネーム(セリフや文字部分。漫画の肝にあたる)がつまんないっていう。
──ネタにするはずのダイエットのせいで逆にネームがつまらなくなる……悪循環。
銅蟲:「漫画がつまらないのはダイエット成功したからです」っていうのは、読者からしたら「知らんがな面白い漫画読ませろや」って話なので、以降のダイエットでは糖質の量にナーバスになってましたね。
──確かにそれ誰トクな結果になっちゃいますよね。でも結果的には、最初の1カ月で5.9Kg減っているわけで、いきなりハイスコア叩き出したのがすごいです。
銅蟲:たぶん今までダイエット的なことをしてなかったので、体がびっくりしたんじゃないかなって思ってます。
ムカついてファスティング本を鍋に沈めていた
──2カ月目(2019年9月)にはダイエットに効くサプリメントの摂取を、3カ月目(2019年10月)にはファスティングに挑んでいます。特に、ファスティングは「1日3食と1日1食」を交互に繰り返す、いわゆる「プチ断食」みたいなものですよね。
銅蟲:本音言うと、ファスティングが一番精神的にキツかったです。実質丸一日食えない状態が1日おきにやってくるので。原稿に集中すべき日と断食の日がカブると、原稿より断食の優先順位が高いことにストレスがかかって、そんな状態でうまく漫画描けないとそれによって新たなストレスが生まれる、みたいな。生活のリズムがめちゃめちゃになりました。
──1日3食の日は腹一杯食べられるので、そこまで心身に負荷はかからない?
銅蟲:それが指示では「それとなく健康っぽい食材と量を食え」とあらかじめ決まってて、欲にまかせて食えないから満足感が得られないままストレスがじわっとたまっていっちゃうんです。
──確かに、この時の食事サイクルは、納豆、卵、ブロッコリーがメインになってると漫画に描かれてます。
銅蟲:うますぎるものを封じていると、そういう料理の記憶が薄れていくんだけど、気持ち的に飢えているからストイックな食事でも魅力を見出せるようになりますね。それはそれとして、シンプルで同じものを食べ続けていると飽きてくる。バリエーションをつけるのは作業コストが高いし、カロリー計算がだるい。
──あの銅蟲先生から食欲を奪い去る……ファスティング恐るべし。
銅蟲:あまりにムカついて、参考にしたファスティングの本に水ブッかけて鍋に沈めてましたから。ムカつくんですよ、胡乱(うろん)な科学を断言してるダイエット本が。ああいう本がまかり通っているので、自分が体験して漫画にしたらどういうものになるのか関心がありました。
ハックするより「いかに趣味にしてしまうか」
──そして、ダイエット4カ月目(2019年11月)で、見事にお子さん誕生と。おめでとうございます! そこにかこつけて、激しく暴飲暴食されてたのが印象的でした。
銅蟲:さすがにレアイベなので、ダイエットごときに屈して今食わなかったら絶対引きずると思って、口実にして。
▲リミッターが振り切れると、甘いものも、しょっぱいものも同時に欲しくなる(写真提供:小林銅蟲)
──さらに、5カ月目(2019年12月)からはまさかのライザップ! あの、失礼ですけど、いちばん似つかわしくないというか、銅蟲先生がバーベル上げてる描写が本当に衝撃的でした。
銅蟲:「結果にコミットする」っていうフレーズは耳にしたことがあっても、中身を知る機会ってなかなかないと思うんですよ。なので、あえてそれをやってみるっていう。まず1カ月目でめちゃめちゃになってた体のコンディションを戻して、あとの2カ月間で体を作っていく、みたいな感じですかね。当初はトータル2カ月間のつもりでしたが、ライザップ側の提案で3カ月間みっちりやることになりました。
──考えてみれば、ダイエット企画でここにきて初めて「運動」を取り入れるわけですよね。
銅蟲:多くの人はいかに楽して痩せるかっていう、まぁ自分も含めてダイエットをハックするわけですけど、結局は正攻法になってしまいましたね。その運動をやったらどうなるのか、何がいいのかっていうのを理屈を踏まえて実体験として教えてもらえたのもデカかったかもしれません。
▲重量をワンタッチで変更できるダンベルも購入(写真提供:小林銅蟲)
──読んでいて視界がパーッと開けた感じがしました。自分の体質とかも結構わかったんじゃないですか?
銅蟲:うーん、そこまで詳細にはわかんない。漫画には描いてないんですけど、GI値※とかも捉え方が難しいですよね。ボディビルダーの人が減量期に、体の反応が敏感なときに食材と自分の体の相性を把握したりするらしいですけど。自分はいろんな食い物にどうしても手を出しちゃうんで。糖質にしても、自分にどれが合ってて、どれが合わないのかあまり把握していないし。
※食後血糖値の上昇度を示す指数のこと。 このGI値が高い食材を食べると血糖値が急上昇し、反対にGI値が低い食材を食べると血糖値は緩やかに上昇する。当然、ダイエットにはGI値低めが望ましい
──それでも見事、目標を達成できたわけですが、実際のダイエット方法よりも、「いかに自分の趣味にしちゃうか」という考え方のほうにすごく共感しました。
銅蟲:ダイエットって、永遠にやり続けて体重0kgまでやるのかというと、そうじゃないわけで。結局、目標達成したところで、あとはリバウンドさせずに安定させるしかない。そうなると、趣味とか生活習慣にしちゃわないとたぶん続かないじゃないですか。
▲フィットボクシングで推定消費カロリーをグラフ化。写真は2020年8月のもの(写真提供:小林銅蟲)
なぜブロッコリーばかり食べるのか
──ダイエット中の食事について詳しく聞かせてください。今回の『やせましょう』を読んでると、やたらとブロッコリーが出てきて、それこそ裏表紙にまで描かれているくらいなんですが(前出の写真参照)、やっぱりダイエットには向いてるんですか?
銅蟲:俺、基本的に野菜を食わないんですよ。消去法で一番自分がうまいと思える野菜っていうのがブロッコリーだったっていう話で。旨味あるし、食感がよくて食べごたえがあるし、値段も手頃で、栄養価も高い。
▲ほぼ毎食食べるので、ブロッコリーは大量に仕込んでいた(写真提供:小林銅蟲)
──野菜はブロッコリー一択なんですね。
銅蟲:他にしいて挙げるとすればケールかな。ケールってうまいんです。プチヴェールっていう、芽キャベツとケールをかけ合わせた品種があるんですけど、あれをレンチンで加熱してからオムレツの中に入れて焼くと味が濃くなってうまい。欠点はあんまりスーパーに置いてないってことかなぁ。
よく食べた組み合わせ。最近はブロッコリーはあまり食べていないのだそう(写真提供:小林銅蟲)
我々は鶏ムネと向き合う時期が必ずやってくる
──やっぱり銅蟲先生というと、肉にがっついてる印象があります。ダイエット中も結構肉類を食べてますよね。
銅蟲:肉は、脂を摂るか、摂らないかで分かれますよね。脂を摂らない時は、やっぱり鶏ムネ。鶏ムネのメリットは安くて量があり味がしてタンパク質が豊富、あとカロリー計算がしやすいところです。皮なしで加熱処理してカロリーこれぐらいとか、数値がすぐわかるんで。
──具体的には鶏ムネはどんな調理を?
銅蟲:ただ低温調理するか、マリネしてから低温調理して鶏ハムっぽくするか、あとは生を切ってさっと茹でて食うか、その三択ですね。鶏ハムにすると保存効くし、うまいはうまいんだけど、仕込みに3日ほどかかるのが面倒くさいっていう。
▲これで一日分の食事、約1600kcal程度。午前中にまとめて食べる。内訳は、白米300g(炊飯前重量/炊くと650g程度)、低温調理鶏ムネ肉300~400g、ごま油10~20g、醤油。頭の回転の維持を最優先するため糖質が多く、脂質を抑えた内容だ(写真提供:小林銅蟲)
▲飽きてきたらオートミール茶漬けに(写真提供:小林銅蟲)
▲たまには唐辛子をたっぷりブッかけたオートミール粥も(写真提供:小林銅蟲)
──逆に肉で「脂を摂る」ってときは…。
銅蟲:牛とか豚。……よりは、馬と羊が理想かな。ダイエット中、馬とほうれん草ばっかり食っていた時期があって。馬肉は栄養的にもすごくいいんだけど、コストがかかるのが難点なんで。そうやって考えると「我々は鶏ムネと向き合わなければならない時期が必ずくる」んです。
──やっぱり鶏ムネに戻ってきちゃいますか。ちなみに魚とかは?
銅蟲:魚は水分が肉よりも多く含まれるので、同じタンパク質の量を摂ろうとなると、肉の倍食わなきゃならない。そうするとコスト問題にブチ当たるし、刺身だと飽きやすい。だから、朝飯にサーモンを柵で買ってきて、切り身をしゃぶしゃぶっていう回をたまにやってました。しゃぶしゃぶするごとに仕上がりが違って飽きないんで。
──朝からしゃぶしゃぶ!
銅蟲:あとは、(某量販店系のスーパーで)大量パックで売ってるカニカマを買ってきて、ほうれん草とマヨネーズだけで1日の栄養量を摂取したりしてました。
常に「積み料理」がある生活
──ダイエット期間後の近況をお聞きしたいんですけど、今は体重どれくらいなんですか?
銅蟲:平均して65kg。ただ、今年の5月下旬に70kg寸前までいっちゃって。コロナ(新型コロナウイルス感染症)で、高い食材がやたらと安く出回った時期があったじゃないですか。ああいうのを買いまくって食いまくってたら、1カ月で5kgくらい増えたんでこれはまずいぞって。体質的に、ちょっと食いすぎるととんでもない増え方するんで。
▲最近の食事より。バスマティライス300g(炊飯前)、 低温調理鶏ムネ肉300~400g、おろしにんにく、おろししょうが、紅花油20g、塩、化学調味料、パクチー(写真提供:小林銅蟲)
▲ヤル気のない日はマルトデキストリンとプロテインをカロリー分計量し、水に溶かして飲む(写真提供:小林銅蟲)
──確かに、普段なら料亭行きの食材が破格値でネットに出ていて話題になっていました。ただ、個人購入するにはどれも量がちょっと過ぎて……。
銅蟲:自分の場合、積読みたいな「積み料理」が常にめちゃめちゃあるんです。そこに食材があるから、料理しなきゃならない、食わなきゃならない、みたいな。直近では、鶏ムネ肉4kg仕込んじゃったんで、それ食わないといけないっていうのはあるんですけど。
▲これが積み料理のラインナップ。冷凍くるまえび1.5kgと肉数kg(写真提供:小林銅蟲)
▲高級肉もしこたま買い込んだ(写真提供:小林銅蟲)
──ライザップ以降、運動も継続中?
銅蟲:運動はやるにはやってますが、量は減ったし、ムラっ気がありますね。今はいろいろあって外出コストが高いからあまり歩かないので、家で運動するんですけど、自己流でヘタに筋トレやると一瞬で故障するんですよ。それを治している間にモチベが失われる。せめてゴミ出しのときには集積場まで全力ダッシュするようにしています。 8月に入って久々にフィットボクシングを再開しました。結構いい感じです。腰やったけど。
▲再開したものの、なかなかのムラッ気が……(写真提供:小林銅蟲)
──今回はありがとうございました!
▲新刊のオビの写真とほぼ変わらない体型を維持中(写真提供:小林銅蟲)
「ダイエットの企画ってやたらとわかりやすい結果を求めたがるんだけど、人体ってそんなに単純な作りじゃない」「結局、自分のやり方を見つけるしかない」───。
インタビュー中、銅蟲先生に減量のアドバイスを求めると、そんな一言が返ってきた。嘘臭さや押し付けがましさを嫌う彼だからこそ、妙な説得力がある。
今回の新刊『やせましょう』では、「漫画を描きながら、たまに担当編集者にブーブー文句たれながら、料理して食べながら、マトモに家庭生活を送りながら、それでも痩せ続ける」プロセスをぜひとも楽しんでほしい。