世界的な写真家が経営! 京都の夜の奥底にある伝説的BAR【八文字屋】

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まず最初に謝っておきます。すみません。今回紹介するのは京都のとある酒場なんですが、食べ物があったりなかったりするんです。取材したこの日も「食べ物はもう終わっちゃった」。

でも、でも。文化遺産級にドディープな酒場ゆえ、どうしてもお伝えしたい。確かに人は選ぶお店かもしれない。それでも平成28年を迎えたこの現代でこういったお店が残っているんだ! という驚きをもって、記事を読んでほしいのです。

 

では、どうぞ。

 

京都の、あの写真家のおじさん

甲斐さんのことは知っていた。有名人だからだ。京都で数年も過ごしていれば、あるいは京都の文化的なところやアートシーンに少しでも興味があれば、避けては通れない人物である。

甲斐扶佐義(かい ふさよし)。京都を中心に活動している写真家で、国内外での展覧会を行いながら、木屋町にて「八文字屋」というお店を経営している。60年代後半、学生運動が盛んだった京都で、自らもその運動に携わりながら、当時の学生や関西フォークミュージシャンのコミュニティづくりに関わった人物だ。

 

私ライターmamitaは京都に住み始めて七年になるが、何度もさまざまな知人からそのお名前を耳にした。甲斐さんとは一体どんな人なのか。いつか会ってみたいと思っていた。その機会がようやっと私に訪れた。

 

京都は木屋町にあるバー「八文字屋」。甲斐さんの経営するお店だ。

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木屋町の通り沿い、看板を目印に、エレベーターで雑居ビルの3階へ昇る。

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年季の入ったドアにKaiと書かれたポスターと写真が貼られている。ここだ。

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60年代の雰囲気がただよう店内

店内には本やレコードが山積みになっていた。

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誰かが読んでは無造作に置き散らかしていった本の山。

 

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この積み上げられた本の高さといったら。壁の色合いといい、昔の大学寮みたいだ。生まれてないけど。フォークルとか、岡林信康なんかの歌声が聞こえてきそうである。

 

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60年代のまま時が止まってしまったんじゃないかと錯覚しそうになるが、唯一新しくメニュー表がつくられた。経営30年目にして、やっと。

 

カウンターで呑む常連さん達は、思い思いにキープしてあるボトルからマイペースに手酌で呑んでいた。

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カウンターにずらりと並ぶサインの入ったボトル達。

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お客さん達はみな寛いだ様子。

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写真家としての甲斐扶佐義

現在66歳になる甲斐さんは11歳の頃から膨大な数の写真を撮り続けている。モノクロフィルムにこだわり、長年かけて京都の町や人々を撮り続け、現在まででのべ42冊もの写真集を出版。多い時には1日に2000カットも撮影していたそうだ。

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現在はかなり減って10〜20カットくらい、と甲斐さんはいうが、それでも毎日となると膨大な量になる。ここまでくるともう文化資産に近いものがある。

 

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長年の、京都の一大風俗を撮影し続けた活動が認められ、2010年には京都美術文化賞を受賞した。

 

お酒をチビチビと頂きながら、甲斐さんの写真集をめくってみる。写真集は雑然とテーブルに置かれていて、酔っぱらいが汚しはしないかと心配になるが、甲斐さんは細かいことは気にしないタイプのようだ。

 

膨大に撮られた写真を見ていると、しみじみ「京都ってええなぁ」と思わせられる。観光名所の写真ではない。何げない町、そこに住む人々の「生(それは生活であったり、生命であったり、生々しさであったり)」をあたたかい眼差しで見つめた、甲斐さんでなければ撮れない京都。日常のスナップ。美女のポートレート。子ども達。

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いつも見慣れた場所と、ありふれた人々を撮影した写真なのに、7年も京都に住んでいる私も見たことがない光景ばかり。

 

f:id:mesitsu_la:20151201020726j:plain京都はなんと素晴らしい場所で、なんと素敵な人々がいるんだろう。ほろ酔いの頭にじわじわ写真が沁みる。

 

八文字屋に集う美女

甲斐さんの写真集で代表的なのが、美女に関するもの。写真左下の『八文字屋の美女たち』という写真集は、八文字屋にやってくる女性客を撮影している。このシリーズだけで14種類も出版したそうだ。

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人々の表情はつくり込みすぎない美しさがあって、じっとりとした生々しさがある。

 

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写真集を持っているのは、お店にいたお客さんのひとり。一緒に写真集を見ているうちに、相当酔ってきたようだ。目がすわってきている。


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ちなみに、八文字屋はアルバイトすら美女が多い。この日いたのは笑顔が素敵で、快活なあさりちゃんという女性。少女マンガのキャラではない。

 

八文字屋に集まってくる、ありとあらゆる人種

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この日の八文字屋には、フランスからの留学生が2人と、その友人の若い日本人女性2人のグループ。別のテーブルには、東京から来たというサラリーマン風の中年客の男女が3人、カウンターには写真を撮っているという常連さんが居た。

 

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ごく普通の社会人や、京都の学生。さらに芸術家や出版関係者、作家、映画監督など、さまざまなタイプの人間がここに身を寄せる。

 

フランス人留学生のレオくんは、甲斐さんがフランスで個展を開催した時に知り合ったそうだ。甲斐さんは海外での評価が高いそう。

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「八文字屋も遠く離れたフランスで有名なんだよ」とレオくん。

 

しかし、当の甲斐さんには「各国で個展を開催する世界的に有名な写真家」という気取った雰囲気はみじんも無い。

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常連さんと談笑している甲斐さんは「京都の雑居ビルで長年呑み屋を営み、写真を愛する変わり者のオヤジ」といった風情だ。よく話し、よく笑うし、よく呑む。

 

そして時折カメラを取り出してきて、お客さんを撮る。カメラを向けられると人はどうしても堅い表情になりがちだが、不思議なことに甲斐さん相手だと、誰も警戒しないのだ。流石だな、と思った。

 

ここにフラリと立ち寄った誰かの一瞬が、甲斐さんの手によって写真のなかにおさめられる。そして当人すら忘れた頃に、別の誰かがその写真を手に取って、見知らぬ誰かについての思いを馳せるのだ。

連綿と続く大きな物語に、すこし触れたようだった。

 

京都の文化拠点の焼失を経て

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2015116日。京都の文化拠点であり、甲斐さんが営んでいたもう一つのお店「ほんやら洞」が全焼した。ニュースは京都のみならず世界中を駆け巡り、SNSのタイムラインは甲斐さんとほんやら洞を心配する声で埋め尽くされた。

 

また、甲斐さんのもとには国内外から安否を問うメールが後を絶たなかったそうだ。それだけ多くの人に愛されたお店だったのだ。

 

甲斐さん自身は無事だったが、お店に保管されていた50年間分のネガ、約230万点は灰と化した。

 

あの火事から1年。現在、ほんやら洞に縁のある人々50人が、ほんやら洞での思い出や、ほんやら洞への想いを執筆、寄稿しているという。次々と原稿が集まっており近々出版予定だそうだ。その名も『追憶のほんやら洞』。

 

もしも、メシ通読者で「ほんやら洞」をご存知の人がいたら、手に取ってみてはいかがだろうか。


京都は昔、社会活動や、それにともなう音楽や芸術などカルチャーが盛んに発達した土地だったが、そうした過去を忍ばせる場所もいまではどんどん減ってきている。遠くない未来、確実になくなってしまうであろうこの空気を肴に、いまはもう少しだけ呑みたい気分だった。

 

店舗情報

ヤポネシアン・カフェ・バー八文字屋

住所:京都京都市中京区木屋町通四条上ル鍋屋町209-3 木屋町岡本ビル3F
電話:075-256-1731
営業時間:18:00頃~深夜
最寄り駅:阪急 河原町駅、京阪 祇園四条駅より徒歩3分
ウェブサイト:八文字屋facebookページ

 

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書いた人:
mamita

ひとり結婚式をした人として恋愛コラムからベンチャー企業取材までネット上に文章を書いています。ライター兼アマチュアボクサー。犬2匹+人間3人+夫と共に京都の町家シェアハウスで暮らしています。

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