最近はフレンチを気軽に楽しめるお店、随分増えました。
その代表格が「ビストロ」であります。
ビストロ: 小さなカフェ、小レストランを指し、「定食屋」「居酒屋」などと訳される。元々はワインを提供するバーを意味した。19世紀後半にパリに登場したことば。 ロシア語の「速く(料理を出せ)」が由来というのが俗説。語源は不明だ。(2009-01-09 朝日新聞 朝刊 2外報) 出典:朝日新聞掲載「キーワード」
要は「フレンチ版の居酒屋さん」といったところでしょうか。
そこで今回は、ビストロのオーナーに「いまさら聞けないビストロのいろは」を教えていただくことにしました。
訪れたのは、東京・溜池山王にある「カンティーヌ アリ・バブ」。パリにありそうなたたずまいです。
こちらはお店を切り盛りする石塚さん。
石塚さんは約四半世紀前に渡仏、ボルドー大学とブルゴーニュ大学で学び、ワイン醸造技術者の資格を取得。醸造家の元でも研さんを積んだのちに、パリのコンコルド広場に面したかの名門、ホテル・ドゥ・クリヨンに勤めました。
そして帰国数年後の2005年に溜池山王に開いたのが、フランスの田舎&家庭料理を提供する「カンティーヌ アリ・バブ」です。
では石塚さん、よろしくお願いします!
そもそもビストロとはなんぞや
レストラン、ビストロ、ブラッスリー、カンティーヌ……。
実はフランス料理を提供するお店の呼び名はいろいろとあります。それぞれどのような違いがあるのか、まずはここから教えてもらいましょう。
石塚さん:フランスで外食店舗が本格的にできるようになったのはフランス革命以降です。最初は外食店舗であることを示す名称は特になかったのですが、あるお店が「ブイヨンレストラン」と称したのがきっかけで、飲食店がレストランという名称でくくられるようになり、そしてレストランの中でもカジュアルなお店のことを、ビストロと呼ぶようになりました。
ブラッスリーはビールが主体で食事もできるお店のこと。また、カンティーヌはもともとフランス軍の酒や食糧の倉庫を指す言葉でしたが、軍以外にも広がり、ワインと簡単な食事を出すお店をカンティーヌと呼ぶようになりました。しかし今ではビストロと同義語として扱われているので、社員食堂や小学校の購買などをカンティーヌと呼ぶ以外はほとんど使われなくなっています。
ただ面白いのはフランス人、特にパリの人は、自分のお気に入りのお店のことを「私の好きなレストランは」とか「私の行きつけのビストロは」とは言わず、「マ・カンティーヌ(私のカンティーヌは)」と言うんですよ。
ほー、それは面白いですねえ!
ところでこちらのアリ・バブが、ほとんど使われなくなっているという「カンティーヌ」をあえて用いたのはなぜでしょう。
石塚さん:自分のお店を開業しようと思った頃の日本のビストロに違和感を覚えたからです。ビストロとは本来、気の置けない仲間たちと気持ちのいい時間を共有してお腹を満たすところ。けれど高級フレンチ的な雰囲気のところが多く、テーブルもダブルクロスで高級レストランのようなセッティングをしていました。そういうビストロと一線を画したいと思って、カンティーヌにしたんです。
ビストロってこんな感じでいいんだと思います。
この平均年齢50歳超の方々は定期的に「アリ・バブ集合」しているそう。
ビストロだったら予算はどれくらいと考えればいいですか?
石塚さん:うちの場合、前菜2種、主菜1種、デザートまたは食後の飲み物というメニューが自家製田舎パン付きで3,900円です。これにおふたりでボトルワインを1本開けた場合、たとえばそれが4,400円のものだったら予算はひとり6,100円ですね。だいたい5,000~6,000円程度が一般的ビストロの平均的な予算と考えていただいていいと思います。
ワインをひとり1本いける方はその分予算もアップ。
基本は前菜+主菜+デザート
さて、「アリ・バブ」取材時に用意していただいたメニューを紹介しましょう。
こちらは前菜2種、主菜1種、デザートまたは食後の飲み物というコースメニューが自家製田舎パン付きで3,900円。それぞれ、すべて数種類の中から選べます。
石塚さん:この前菜、主菜、デザートにパンを添えるのは、ごく一般的なビストロのコースの構成かと思います。もちろん、ご希望によってはアラカルトでいろいろ頼むのもOKです。
ひとつめの前菜はアリ・バブで不動の評判を誇るスープ ドゥ ポワソン(魚の濃厚ポタージュ)。鯛(タイ)と平目とスズキを骨ごと野菜と一緒に裏ごししたスープです。
チーズとルイユ(ニンニクのソース)を加えれば味変も楽しめます。
ふたつめの前菜はメリメロサラダ(日替わりフランス田舎惣菜入りミックスサラダ)。自家製パンがまたうまいんだ。
メインは牛ほほ肉の赤ワイン煮ブルゴーニュ地方風&ジャガイモのピューレ。
やわらかいお肉がたまりません。コクのあるソースはぜひパンと一緒に!
デザートはフランスらしいイル フロタント(メレンゲ&キャラメルとカスタードスープ)。
以上を全部そろえて撮ったのがこちら(実際は順番にサーブされます)。
▲しめて3,900円(ワインを除く)!
ちなみにビストロで男性におすすめのメインって、ほかにもありますか?
石塚さん:ビストロの定番、鴨もも肉のコンフィはおすすめですね。余分な油をどんどん捨てて表面はぱりっと仕上がります。もともとこの料理はフランスの庶民の食べ物だったんです。寒い冬を越すために、油と塩で漬けた鴨を保存食代わりにしたのがはじまりと言われています。
鴨もも肉のコンフィ。肉は骨からほろりと外れるので、食べにくさを心配する必要なし!
個人的にアリ・バブのメニューではこれもおすすめ。牛ランプ肉(赤身)のロースト&ポテトフライ・牛骨髄。
お酒を飲めなくも大丈夫
ビストロにとってアルコールが飲めない人は「迷惑なお客さん」になるのでしょうか?
石塚さん:いいえ、そんなことはありません。ビストロは「めしや」ですから、飲めない方も歓迎です。では何を飲めばいいかですが、うちの場合はサービスで出しているカラフの水だけでも結構です。ただ無料の水のみだと、ビストロによっては嫌がるところもあるかもしれませんね。それが気になるようなら、炭酸なしかありの水を注文すればいいと思います。無理にジンジャエールやジュースを頼むより、水のほうがスマートな印象だと思いますよ。
アルコールが飲めない人はジュースよりも水がおすすめ。
ジュースよりも水のほうがスマートできれいって、なんか説得力あります。
確かに女性がオレンジジュース飲みながらフレンチ食べてる男性を見たら、少々微妙な気分になるかも……。
石塚さん:「最初の1杯はやっぱりビールが飲みたい」というのも、もちろんアリです。ワインじゃないとだめなどというルールはありません。実際、フランス人も、日本人に負けないくらいビール大好きですしね。
ビール党の方、ご安心を。「とりあえず生」はビストロでもOKです!
ワイン選びはプロに任せよう
さらにワインについてぜひ聞いてみたかったことを。
「魚料理には白ワイン、肉料理には赤ワイン」ってマストのルールなんでしょうか?
石塚さん:特にルールがあるわけではないので、飲みたいものを飲んで問題ありません。確かに肉料理のように濃い味や油っこい料理には赤ワインのほうが合うかもしれませんが、白ワインの酸が油を流してくれることも往々にしてあります。そうなると、肉料理にしっかりめの白という組み合わせもありですよね。魚料理の場合も、バターのしっかりきいたソースなら軽めの赤でも違和感はないはずです。
ただ、「多くの人がおいしく感じるだろう」ということで肉には赤、魚には白という組み合わせになることが多く、さらに晩餐(ばんさん)会などでは白から始めて、薄い味から濃い味へと移っていくのが一般的となっています。
では、ワインリストがある場合、自分で選んで注文すべき? それともお店の人に任せるべき?
石塚さん:ワインに詳しかったり、リストの中にお気に入りのワインがあった場合は、好みのものを選んでいただけばいいと思います。ただ、うちのようにあまり有名なワインを置いていないお店だと、リストだけ見てもわかりにくいかもしれません。そんな場合はぜひ相談していただきたいですね。その際、いつも飲んでいるワインや好みの傾向といったヒントを言っていただくと、こちらも選びやすくなります。
また、一緒にいる相手に知られないようにワインの予算を伝えるには、リストにある予算内のワインをそれとなく示してして「この辺のものでおすすめお願いします」と言えば大丈夫。店側も心得ているので、そう言われたら、普通はそれ以上の値段のものは出しません。
ワイン選びはお店の人に任せれば間違いなし!
いいビストロを見つけるために知っておくべきこと
ところでフランスで約10年間過ごした石塚さんが日本に戻ったときに抱いたビストロに対する違和感は、今も「日本人のサービスに対する意識」という形で続いています。
たとえば、ビストロであたかもグラン・メゾン(最高級レストラン)と同じようなサービスを求めたり、そのサービスは無料で提供されるものと思っていたりする人が少なくなかったり……。
石塚さん:フランス人は、自分が支払う対価が適正かということに敏感です。つまりそれは「より行き届いたサービスを望む場合は、その対価としてチップをはずまなければ」ということの裏返しでもあります。働く側もその対価がなければ「うちはやりませんよ」と悪びれません。一方、日本ではどんなリクエストにも「はい喜んで!」と応えていたほうが繁盛するかもしれませんよね。けれどそれによってそのお店全体の質が上がるとは限らないのがミソです。
つまり、お店の質を維持する、あるいは向上させるためには、ときにお客さんに「ノー」と言う姿勢も必要ということでしょうか。
日本の文化や風習からすると、なかなか勇気がいることです。
石塚さん:そうかもしれませんね。おかげさまでうちのお店は15年目を迎えることができましたが、自慢は「料理でもなくサービスでもなくお客さんです」と胸を張って言えることです。お客さんの力あってこそというか、お店とお客さんが共にビストロという空間を作っているという感覚があるような気がしています。
このコメント、すごくよくわかります。筆者はプライベートでもアリ・バブを訪れるのですが、いつ行っても客層がいいんです。どのテーブルもよく食べよく飲みよくしゃべりよく笑い、けれどほかの席の人の迷惑になるような騒ぎ方をする人と遭遇したことはありません(石塚さんによれば「たまにいらっしゃいます」とのことですが……)。
出すぎず、けれどこちらから声をかける前から気づいてくれる石塚さんの絶妙なサービスが心地よくて、そしてその心地よい空間をその場にいる人たちすべてと共有したいという思いが訪れる側にも生まれるからこそ、「客層がいい」という印象が生まれるのかもしれません。まさに「お店とお客さんは互いに育て合うもの」とでも言うべきでしょうか。
石塚さん:お客さんと信頼関係を作れるか、波長が合うかというのはすごく重要です。実はいいビストロの見分け方は「自分と波長が合うか」というのがもっとも大きな要素ではないかと思います。「合いそう」と思ったビストロで、そこにいるお客さんとお店が一緒にその空間を築き上げていることが感じられれば、そこはいいお店ですよ。「波長」「合いそう」といったものは、かなり感覚的な話になってしまいますが、そういう言葉で説明しにくい部分で感じることは、実はかなり大事です。特にビストロはお店とお客さんとの一体感がなによりも大切ですから。
では、料理で「ここはいいビストロ」と判断する目安はありますか?
石塚さん:フランス料理は「乳化」という技術が非常に大きな要素を占めます。ちゃんと乳化しているソースがかかっているとおいしそうに見えるし、実際おいしいです。それに乳化されているものが胃の中に入ると、胃もたれしないんですよ。たとえば、乳化の具合がわかりやすいのはサラダのドレッシングです。しっかり乳化されていないと野菜の葉っぱに絡まず、オイルとビネガーが分離したまま皿の底に溜まっています。きちんと乳化されたドレッシングを野菜全体にあえると葉っぱがしわっとならず、ドレッシングが満遍なく絡んだサラダになっているはずです。
なるほど! フレンチでサラダは盲点でした。 確かにドレッシングもソースですよね。
▲野菜が光っているのは、盛り付ける前に乳化したドレッシングで和えているから。乳化、そんなに重要だったのか……
ではビストロでのマナーを教えてください。知らないゆえにNGなことをしてしまっているケース、少なくないと思うのです。
石塚さん:日本人はひとつの料理をシェアするのが好きですが、シェアする場合でもメインディッシュはかならず人数分オーダーするのがフレンチの常識です。メインを頼まないのはお店に対して失礼なことで、前菜を何皿も頼んでメインはなしといったオーダーも、少なくともフランスでは考えられません。もしボリュームが多いということなら、前菜については1皿をシェアする、あるいは注文しなくても問題なしです。前菜(オードブル)は「シェフの作品外」の意味があるように、お店の売りはあくまでもメインです。
御意。確かに日本人はシェアするのが当たり前のようなところがあるし、食文化の観点からも前菜を何皿も頼んでつまみとして楽しみたいという人がいることもわかります。けれどビストロはタパスでも居酒屋さんでもなく、あくまでも「食事」をするところ。シェアするにしてもメインディッシュは人数分オーダー、これはしっかり覚えておきましょう!
石塚さん:それからうちではランチにグラタンを出しているのですが、「スプーンください」とよく言われます。けれどグラタンはフォークで食べるのが本来のマナーです。グラタンくらいの濃度ならフォークのほうが熱くありませんし、ソースが垂れてしまいそうになったらパンも使ってください。片手にフォーク、片手にパンという食べ方はフランス人も普通にやっています。
グラタンをスプーンで食べるのは、フランスでは小さな子どもだけですって。
ひー、もうスプーン使わない!
石塚さん:また、ビストロでは料理ごとに取り皿を交換はしません。中には「取り皿はひとり1枚しか出しません」と言っているお店もあるほどです。そもそもフランスでは料理をシェアすることがあまりないので取り皿の話以前の問題ですが、日本において取り皿を交換する必要がある場合は店側が判断するのでそれに任せて「取り皿ください」のリクエストは控えたほうがいいでしょう。
ただ「お皿についたソースをパンで拭うのはアリ」なのだとか。
また、お皿同様、ナイフ&フォークもビストロにおいては交換しないのが一般的です。
石塚さん:皿と同じく、ビストロではナイフとフォークも交換しないのが一般的です。メインのときだけ料理に合わせてナイフを変えることはあるかもしれませんが。そこで、使っているナイフとフォークはこんな風に置いておくとスマートです。
こんな感じ(写真上&下)。
ナイフとフォークの汚れが気になったら、これまたパンでぬぐっちゃいましょう!
ちょっと「通」っぽく見える小技集
最後は石塚さんから教えてもらった、少し「通」っぽく見える小技をご紹介します。
①パンはテーブルに直置きで
パンはビストロなら皿の上に置く必要はありません。紙でもクロスでも問題なく、テーブルに直置きでOK。だから「パン皿ください」はむしろ避けたいところ。
②おしぼりは手放す!
おしぼりは日本の気候や日本人の清潔感ゆえの文化ですが、フランスのビストロではおしぼりを出さないのが一般的。アリ・バブの場合、おしぼりは出すものの、卓上に汚れたおしぼりが最後までのっているのをよしとせず、さらに日仏双方の文化をかんがみて、手を清めたらすぐに下げています。
石塚さん:おしぼりとは別にひとりずつナフキンをご用意してますので、食事中はそれを使ってくださるようお願いしています。
料理によっては指先が汚れたのを清めるためにグラン・メゾンや高級レストランではフィンガーボールを出すこともありますが、いずれも特別な場合です。
③料理は最初にメインを選ぶ。次に前菜を。
メニューの最初に前菜が書かれているのでつい前菜から選びがちですが、前述したように料理の主役はあくまでもメイン。
石塚さん:フランス人が「今日はナニ食べようかなぁ」と思うときって、必ずメインの方なんですね。「今日は牛肉にしよう!」とか。あくまでメインありきで考えた方が選びやすくなりますよ。
まずはどんなメインを食べたいかを選び、次にそのメインに合った、あるいはかぶらない前菜を選ぶようにしましょう。
いかがでしたか。ビストロ行きたくなりません?
「いいビストロ」、見つけたくありません?
ビストロを使いこなして、ぜひ人生の食シーンをより彩り豊かなものにしてください。
お店情報
カンティーヌ アリ・バブ (Cantine ALI-BAB)
住所:東京都港区赤坂2-21-10 ヴェール赤坂1F
電話番号: 03-3583-1831
営業時間:月曜日~金曜日 11:30~14:15(LO13:45)、18:00~22:30(LO料理 21:00)、土曜日 18:00~21:30(LO料理 20:00)
定休日:日曜日、祝日