
なんでも自分で作る焼肉屋さんがあった
人気料理人に「家庭でできる手軽な一品」を教えてもらうシリーズ、今回訪れた街は、京都の一乗寺。学生街として知られ、安くておいしい飲食店がひしめくエリアです。
なかでもとりわけ人気が高いのが、安くてボリュームがあると評判の焼肉店「いちなん」。

焼肉はもちろん、タレやスープ、お総菜など自家製の品々が「めっちゃおいしい!」と評判のお店です。

「手作り主義なんです。野菜の皮や芯は捨てずにスープにします。だしをとったあとの削り節も味つけしてふりかけにします。うちは、生ごみがぜんぜん出ないんです」
そう語るのは、店主は孫恵文(そん けいぶん)さん(61歳)。

父の故・孫時英さんがおよそ50年前に創業し、かつては全国展開していた焼肉チェーン「南山」のご家族のひとりです。
孫さん(以下、敬称略):本来なら創業店を手伝うべきなのでしょうが、どうしても「自分流」に挑みたくて、南山グループから独立しました。
2006年に自分の店「いちなん」(南山一乗寺店の略)をオープン。開店時間以外はずっと「この香辛料を入れたら、どうなるんやろ」と、新しい商品の研究開発にいそしむストイックな料理道を歩んでいます。
洋の東西を問わず、あらゆる「肉」に精通
「いちなん」の大きな特徴は、ソーセージ、ベーコン、生ハム、パテなど多種多彩な「シャルキュトリー」も手掛けている点。


孫さんはベーコンやソーセージを自家製しはじめて34年にも及ぶ、ベテラン食肉加工職人という顔もお持ちなのです。
孫:ソーセージやベーコンを手作りする焼き肉店は珍しいですよね。もともとは父の勧めから始まりました。父は京都大学の哲学科出身で、論理的な戦略や独特な経営哲学で一時代を築きました。ビアホールやドイツ料理が大好きで、私が担当していた南山河原町三条店に「小さなビールコーナーを設けて、そこでソーセージなどを作って売ってみろ」と無茶なことを言い出したのです。僕が27歳の頃のことです。

孫:肉を切るくらいしかできなかったので専門書を買い込み、見よう見まねで始めました。しかしながら当然うまくいかず、最後は群馬県の専門家に助けていただき、ようやくお客様にお出しできるものとなり、今にいたります。

「豚キムチもいいけれど”豚ナムル”もうまいですよ」
そのように常に下ごしらえに余念がない孫さんに、「家庭でできるメニュー」を教わりたい。とはいえソーセージやベーコン作りは、さすがに一朝一夕では難しい。
ならば、いちなんさんにある食材で作れる「豚キムチ」はどうだろう。お酒のつまみにも、ごはんにも合うし。簡単に作れそうな気がするメニューだけれど、プロが手がけると、ワンランクアップしたひと皿に仕上がりそう。
そのような提案をすると、孫さんからさらにそれを超える、ある斬新なアイデアが返ってきました。
孫:豚キムチ、いいですね。けれども、せっかくなら、小振りで柔らかな春の白菜でナムルを作り、豚バラと合わせてピリ辛の炒め物をしましょう。ちょうど届いたばかりのミニ白菜があります。これならすぐにできますよ。

ええ? キムチではなく白菜ナムルで? 春の白菜で?
白菜って、冬野菜ではないのですか?
孫:確かに冬の白菜は白い部分が肉厚で、漬物や鍋物にするとうまいです。うちでもキムチは漬けるんです。

孫:けれども、白菜は産地をずらせば年中いただけますし、季節ごとにそれぞれのおいしさがあります。特に春の白菜は緑の部分が多くて繊維がやわらかく、ナムルにすれば最高なんです。
そうなんですか! でもスーパーマーケットなどだと、春白菜ってあんまりプッシュしませんよね。
孫:春は白菜の先から菜の花が咲くんですよ。この状態を「とうがたった」(花茎が伸びた)といって、いやがるお店もありますから。でも菜の花が咲く頃の白菜は甘みがあり、香りも豊かで、僕は大好きなんです。今日は大原の生産者さんから仕入れた品質がいい春白菜がありますから、これをパパッと辛いナムルにして炒めたら、うまいと思いますね。言わば「豚ナムル」ですかね。
「豚キムチ」ではなく、「豚ナムル」ですか!
フレッシュな白菜で和えたナムルと豚肉の炒め物か~。これまでありそうで、なかったですよね。きっと白菜がみずみずしくて、うまいんだろうなあ。
「豚ナムル」、ぜひとも食べてみたい!
孫さん、レシピを教えてください!
孫:やりましょう!
そうして僕は、「豚キムチ」ならぬ、まだ見ぬアッツアツ絶品な「豚ナムル」を、わずか10分後にいただけることとなり、未知なるおいしさに目を丸くするのです。
味は「白だし」で整える
「豚ナムル」(豚肉と白菜ナムルの炒め物)3人前
【用意する食材】
- 白菜 1玉(今回はミニ白菜だったが、通常サイズなら1/4玉くらい)
- 豚バラ 好きなだけ(今回は300グラム)
- 玉ネギ 1玉
- ピーマン 2個
- ネギ 1本(品種はお好きなものを。今回は九条ネギ)
- サンチュ 皿に敷く飾りとして(サニーレタスやキャベツでもいい。なくてもいい)
- 塩 大さじ1/2
- 韓国の唐辛子(粗挽き) 大さじ1
- 韓国の唐辛子(細挽き) 大さじ1
- にんにく すりおろし 好きなだけ
- 砂糖 今回は三温糖を大さじ1(白砂糖でももちろんOK)
- 魚粉 大さじ1
- 昆布粉 大さじ1(昆布茶でもいい)
- 市販の白だし 味見をしながら好きなだけ
- 鍋に敷く油
- ごま油
【用意する器具】
- 重石(濡れてもいい重いもの)

今回は3人前なんですね。
孫:3人前でいきましょう。親しい人と集まって、わいわい語りあいながら食べてほしいですから。おひとり様の場合でも、余った分は冷蔵庫で保存しておくと常備菜になりますし。
分量も、かなり大ざっぱでワイルドですね。
孫:正解がない料理ですから、お好きな味つけでいきましょう!
この「豚ナムル」は「白だし」で味を調えるのですね。近頃は市販の「白だし」がどこでも安価で手に入るようになりました。スーパーマーケットでは100円台で買える場合もありますよね。
孫:「白だし」を使った方が食べやすい、まろやかな味になります。もちろん、お好みなので、塩だけでさっぱり味つけしてもかまいません。
ちなみに今回撮影に使った孫さん自家製「白だし」は、普段は「いちなん」のタレやお惣菜ほか、すべての料理の下味に使われています。
「白醤油」(小麦からとれる醤油)「昆布」「しいたけ」「いりこ」「あご」「あごぶし」「さわらぶし」「さばぶし」といった天然素材のみを使い、みりんと砂糖を加えて炊き、1度に70リットルも仕込む手が込んだもの。これがしみじみ、うまい。

孫さんが手がけた「白だし」の豊潤なうまみと香りのよさを、ぜひ「いちなん」に来店して体験ならぬ舌験してみてください。
白菜は炒める前に湯がいておく
では、いよいよ「豚ナムル」の調理をお願いします。
孫:わかりました!

白菜の芯を取り除き、

ざくざくと豪快に切り、

ザルへ移します。

なるほど、これぞ春白菜。よく見ると確かに花が咲いてますね。
切った白菜を水洗い。土や汚れを洗い落とします。

続いて、あ! 白菜は湯がくんですね。

孫:そうなんです。炒める時間を短くするのが、おいしくするコツなので。生の白菜はなかなかすぐには火が通りませんから。なので、あらかじめ、さっと熱湯で火を通しておきます。それにもしも葉の間に昆虫が忍び込んでいたとしても、煮沸すれば退治できますから。
湯がいた白菜に重石をドーンと!
湯がいた白菜はザルにとり、

流水で冷ましながら、洗います。

ザルに蓋をして、

重石をドーン! 水気を切ります。

ほかの野菜を加えるとシャキシャキ感が増す
白菜を水切りしている間に、他の食材の下ごしらえ。
玉ネギと、

ピーマンに包丁を入れます。

使う野菜は白菜だけではないのですね。
孫:ほかの野菜を加えるとシャキシャキ感が増して、うまいです。にんじんなども、いいんじゃないかな。苦みや甘みなど味わいも広がりますし、なにより量が増えます(笑)
ネギは青い部分から刻め!
ネギは尻尾を切り落とし、

切り口を水洗いし、

こちらも刻んでゆきます。

孫:うちでは「九条ネギ」を使います。けれでも、品種はなんでもいいですよ。切り方も笹の葉のように斜めに切っても、小口切りでも、なんだっていい。好きにやりましょう。
いやあ、さすがの手際のよさ! すごい速さだ。
孫:これはコツがあります。ネギは先の青いところから手前の方向へ切っていった方が早く切れます。
できれば「韓国産」の唐辛子を用意
水切りを終えた白菜をボウルに移し、まず粗挽きの唐辛子をふりかけます。

使う唐辛子は韓国産なのですね?
孫:できれば韓国の唐辛子を使ってほしいです。日本の唐辛子は辛みが強くてね。
日本の唐辛子しか用意できない場合は、量は少なめにしたほうがよいでしょう。
さらに塩、細挽き唐辛子、砂糖、にんにく、昆布粉、魚粉を加え、

箸で和え、味見をしながらバランスを整えます。

豚バラも炒める前に茹でておく
いよいよ、待望だった豚肉のお出まし。

ひと口サイズになるように、縦横に切ります。

豚肉はバラを使うのですね?
孫:バラがいいですね。バラは脂身が多くて炒めてもパサつかないです。国産でなくても、安い輸入豚でも充分うまいですよ。僕はカナダ産の豚が好きですね。
おお、豚肉も茹でますか。

孫:豚肉を事前に茹でておくと、炒めているときに「火が通ったかな?」という心配がないでしょう。豚肉はあまり長く炒めると肉が焦げるし、縮んでしまう。脂の甘みも消えてしまいますから。
さくっと茹でた豚肉をザルへ移して湯切りします。

焼いた野菜は一度フライパンから取り出す
ではいよいよ、炒めましょう!

お? 熱したフライパンへ、ぽとんと落とした、この白いかたまりはなんですか?
孫:自家製の「ヘット」(精製した食用牛脂)です。でも、鍋に敷く油は、家庭用のサラダ油でも、なんでもいいですよ。
自家製のヘットが熱で溶けたところへ(すでに猛烈いい香り!)、

切っておいた玉ネギとピーマンを投入。

変色しない程度に火を通し、

ひとまず別の皿へ移して待機。

いよいよ「白菜ナムル」の登板!
続いて、茹でて湯切りしておいた豚バラを、同じフライパンで軽く焼き、

火を通しておいた玉ネギとピーマンを再びフライパンへ投入。

ついに、唐辛子やさまざまな調味料で和えておいた「白菜ナムル」をフライパンへ。

「白だし」で味を調え、

味見し、お好みで塩や唐辛子を足すなど調整しながら、さくさく素早く炒めます。

ああもうすでに、狂おしいほどの、いい香りだ。
絶対うまいよ~これ。
締めはごま油とネギ。これまでたったの10分
焼きすぎないよう、いい頃合いを見計らい、


火を止め、ラストに、ごま油をひとまわし。香りのよさに追い撃ちをかけます。

完・成・です!

早~い! トータル10分ほどですよ。
湯気と、ごま油&にんにくの食欲をそそるパワフルな香りがたちのぼり、キッチンはドえらいことになってます。
斜め切りしておいた九条ネギをトッピングし、ビールをグラスに注いで、「いたらきまーす!」

フレッシュな白菜のジューシーさがたまらない!
……う、う、うまひい(感涙)。
なんですかこれは!
猛烈にうまいんですけど!
ざくざく、しゃりしゃり、アツアツ野菜の食感がたまりません。
豚キムチよりもサラダ寄りで、後味が爽快。
絶妙な火加減の豚バラは、脂が甘い甘い。

いやあ、ビールが合うわ~。
そして、白菜ナムルのジューシー&フルーティさといったら、もう!
草原で春風がそそぐかのような爽やかさがあります。
ピリ辛で、塩加減もほどよく、ごはんにも抜群にマッチ。
わしわし食べてしまいますね。
箸を持つ手を自分で制御することは、もう不可能。

……ところで孫さん、これ、確か3人前でしたよね。
すみません(焦)。
うますぎて、あっという間に、ひとりで平らげてしまいました。
孫:白菜のおいしさを堪能できるでしょう。こんなに素晴らしい白菜を育ててくれて、生産者さんに感謝ですよ。
いやぁ、うまかったな~。初「豚ナムル」。
発酵の深みを楽しむ豚キムチもおいしいけれど、春の白菜をはじめ野菜の新鮮さが感じられ、さっぱりすっきりキレがある「豚ナムル」は、大げさではなく衝撃の味でした。手軽だし、定食屋さんや居酒屋のメニューとして、これから普通に流行るんじゃないですか?
定番「豚キムチ」ワンポイントアドバイス
ここで追記。
肉のプロ中のプロである孫さんに聞いた、市販のキムチで「豚キムチ」をこしらえる際の「さらにおいしくなるポイント」は?
- 玉ねぎとピーマンなど、食感がいい他の野菜を加える。
- 豚バラはあらかじめ、さっと茹でておく。
あと「隠し味に柚子ジャムを少し加えると辛みと甘みのバランスがよくなっておいしい」とのこと。試してみてくださいね。
そして、京都を訪れたならば、「手作り」「手仕事」の素晴らしさを目と舌で味わえる「いちなん」さんを、ぜひ訪ねてください。

店舗情報
焼肉屋いちなん
住所:京都府京都市左京区一乗寺北大丸町51
電話:075-721-6937
営業時間:月~金曜・日曜・祝日・祝前日18:00~23:00、土曜11:00~15:00 18:00~23:00
定休日:年末年始
書いた人:吉村智樹

よしむらともき。関西ローカル番組を構成する放送作家。京都在住。街歩きをライフワークとし、『VOWやねん!』ほか関西版VOW三部作(宝島社)、『ジワジワ来る関西』(扶桑社)、『街がいさがし』(オークラ出版)、『ビックリ仰天! 食べ歩きの旅』(鹿砦社)など路上観察系の書籍を数多く上梓している。
- facebook:「街めぐり人めぐり」
- ブログ:「ものづくりの人に会いたい!」


