クレープがたったの100円?
こんにちは。
メシ通レポーターの放送作家、吉村智樹です。
「絹のような」という意味を持つ「クレープ」。
小麦粉に牛乳やバター、たまご、砂糖などを溶き、あつあつの丸い鉄板へとろ~り。
そこへまるでグラウンドを整えるように、トンボでくるっとまわすと、生地は次第に熱を帯びはじめ、ベージュ色へと変化してゆきます。
火が通り、よい香りがたちのぼるクレープシートは、まさに絹のようななめらかさ。
ちりめんさながらにちりちりに縮れたフチの香ばしさもたまりません。
©いらすとや
さらにクリームやフルーツ、チョコレートやキャラメルソース、ハムやツナサラダなど、さまざまな具材を巻き込むと、幸福感と竹下通り感でいっぱいな夢のおやつができあがり。
シンプルなようで、意外と手が込んでいるクレープ。
おおかたベーシックなもので500円前後。具材に凝った商品になると800円を超えるのが相場でしょう。
そんなクレープが、なんとたったの「100円」で食べられるという、安いにもほどがあるお店が神戸にあります。
そのお店は静かな港町にあった
場所は「和田岬」と呼ばれるエリア。
その名の通り、神戸港に面した岬のある街。
臨海に三菱重工・電機の大きな工場が建ち並ぶ工業地域です。
▲無人駅の「JR和田岬」駅。三菱重工や三菱電機の通勤客が主な利用者。そのため午前10時から午後4時まで運行がない。日曜日にいたっては運行は朝夕わずか2往復のみ
三菱関連企業への通勤客が往き来する朝夕の時間以外は、人影もまばら。
潮風が香るこの街は、営業しているのか判然としないスナックや立ち飲み屋さんが点在し、エレジーを感じさせる光景が広がっています。
かつて造船が盛んだった時代は、神戸初の水族館がオープンし、市電が走り、競輪場が設けられるなど、ずいぶんとにぎわったのだとか。
しかし残念ながら往時の活気は、海から吹く風にあおられ、どこかへさらわれていった様子。
そして目指す「100円でクレープが食べられるお店」が、時代がかった紺色ののれんが印象的な、ここ「淡路屋」。
▲クレープが食べられるとはにわかには信じがたい外観の「淡路屋」
神戸の裏原宿と異名をとる……かどうかは知りませんが、最寄り駅からさらに南へ下がった海沿いの閑静な通りに、この「淡路屋」は唐突に現れるのです。
どう見ても駄菓子屋さんだ……
「クレープ」、と書きましたが、その外観は……誰しもが想像するクレープハウスの面影はどこにもなく、どー見ても完全なる駄菓子屋さん。
取材日が夏休みに入っていたこともあり、子どもたちが群がるキッズのパラダイスといった様相を呈していました。
▲駄菓子が並んだラックに集まる子どもたち
▲みんな駄菓子に夢中だ
▲駄菓子を入れるトレイもまちまち
▲「なめんなよカード」や「いれずみシール」など定番アウトロー駄玩具にハンドスピナーがラインアップなう
う~む。
近づいて見ても、離れて見ても、やっぱり駄菓子屋……あ!
あった! 確かにあった!
メニューにちゃんとクレープがある。
しかも、はっきり100円と書いてある!
クレープを焼くおねーちゃん
駄菓子屋さんで食べられる手作りファストフードと言えば、「たこせん」や「もんじゃ焼き」が一般的。
そこへいくと、クレープは珍しい。
フランス生まれのクレープと「よっちゃんイカ」を一緒に味わえるお店は、僕が知る限り、全国でここだけなのでは?
店長さんは、子どもたちから「おねーちゃん」「おねーちゃん」と呼ばれては手を引かれ、てんてこまいの伊藤由紀さん(47歳)。
ここ「淡路屋」の三代目店主です。
▲淡路屋の店長にしてシェフの伊藤由紀さん。愛称は「おねーちゃん」
伊藤さん:もう「おねーちゃん」と呼ばれる年でもないのですが(苦笑)。
24歳でお店を継いだときの愛称で、いまだに呼ばれています。
お店を引き継いだ当時に通ってくれた子どもたちが大人になって結婚し、お子さんを連れて再びやってきてくれる。
当時は子どもだった親御さんがいまだに「おねーちゃん」と呼んでくれるので、その呼び名が次の世代へも受け継がれているようなんです。
世代に関係なく、誰からも「おねーちゃん」と呼ばれる人が我が街にいる。
なんだろう、この頼もしさ、このやすらぎ、この安心感。
こんなふうに伊藤さんは、和田岬のシスター・プリンセスとして、この街にはなくてはならない存在なのです。
「淡路屋」はキッズの社交場
「おねーちゃん」のお店「淡路屋」は、人だかりが途絶えないお店。
子どもたちは店内にある憩いのスペースでテーブルゲームに興じたり、「キモキモゴムへび」を振りまわしたり、めいめいが好きな方法でリラックス。
伊藤さんもまた淡路屋チルドレンたちに「“とくれん”(地元のメーカー産オレンジゼリーのこと)の凍ったやつ、あるでー」など気さくに声をかけます。
▲店の奥のスペースではボードゲームなどで遊ぶことができる。この日は子どもたちなりの「生き残り」を賭けたバトルが繰り広げられていた
▲そびえたつ駄菓子のスカイツリー。「おねーちゃん」に言わないと手が届かない商品も
▲世代を超えて好評の「キモキモくじびき」
▲「ドス」って久々に聞いたわ
▲時事ネタも随所に
▲空き容器だけの販売も。小物入れにぴったり
▲男子たちの永遠のアイドルといえば、やはりこれ
▲徳島県産だが、なぜか神戸っ子の学校給食デザートのスタンダードとなった「とくれんゼリー」(通称とくれん、130円)。凍らせた”半シャリ”状態が最高
▲「淡路屋」は和田岬キッズの社交場となっている
伊藤さん:みんな滞在時間が長いんですよ。「この子ら、いつ帰るんやろう?」と思うんやけど(笑)。
6時間くらい平気でいますね。宿題したり、一発芸大会が始まったり、エロ話が始まったり、それぞれ好きなように過ごしています。
女の子からの恋の相談にのったこと? あったなあ。
私は先生でも親でもない。そやから言いやすいのとちゃいますかね。距離感がちょうどいいんでしょうね。
そう言って目を細める伊藤さん。
この和田岬はご多分に漏れず、少子化の波が押し寄せています。
地域の小学校は一学年につきひとクラス。隣の漁師町も同じ状況だとのこと。
生徒たちにとってここ「淡路屋」は、閑散とした校舎を飛び出して駆けつける、楽しい学童保育の場所になっているようです。
とはいえ彼らは、決して純真無垢ではない。従順に見えても、心のどこかにギャング性を秘めているのだとか。
伊藤さん:どんなにかわいがっても、どんなに慕ってくれていても、隙があれば商品をパクろうとする。そういうときは叱るけど、子どもって、大人が理解しようとしてもしきれない部分がありますよね。
そやから子どもどうしでケンカになったって止めません。大人が仲裁に入らなくても、放っておいたら勝手に仲直りしてる。
勝手にもめて、勝手に元に戻ってる。万引きとタバコ以外は干渉しないし、「好きにしいや」と思っています。
子どもたちがここでのびのびと遊べるのは、伊藤さんとの、つかず離れずの心地よさがあるからなのでしょう。
親になった「かつての子どもたち」が再び自分の娘や息子を連れてやってくるのも、その関係性を築いてくれた伊藤おねーちゃんを信頼しているからなんだろうな。
▲遊びに夢中で「わすれもの」をしていった少年も
専門店もうなる絶品クレープ
お話をうかがっているさなか、ついに噂の「100円クレープ」に新たな注文が入りました。
しかもオーダーしたのは子どもたちではなく、意外にも大人のカップル。
さらにその方、なんと! 自分のお店を構えるプロのクレピエ(クレープ職人)だったのです。
彼は「伊藤さんが焼くクレープ、本当においしいんですよ。あのワザと味、これを100円で買えるのが信じられない。奇跡ですよ」と大絶賛。
クレープ職人をもうならせ、奇跡と言わしめた100円クレープを焼く工程を見せてもらうことにしました。
▲お店の一画にクレープスタンドがあり、縁台でイートインも可能
▲年季が入ったクレープメーカー
▲駄菓子の奥に超狭小なクレープ専用キッチンがあり、伊藤さんはそこで接客と調理を同時に行う
100円で食べられるのは「ミニクレープ」というカテゴリーの小サイズのもの。
「チョコ」「手作りカスタード」「キャラメル」「あんこ」「バナナ」「ツナ」「エッグ」「いちごジャム」と具材のバリエーションも豊富。
100円を超える商品はさらにボリュームアップ! メニュー数も一気に増加します。
▲100円クレープは「ミニクレープ」と呼ばれるカテゴリー(いちごジャムは”書き忘れ”なのだとか)。そして300円を超えると一気にパワーフード感を増す
▲200円を超えると「オレオクリーム」「キットカットクリーム」などクレープとお菓子のドリームマッチが実現。それにしても、いったいどれだけフードメニューがあるのですか、このお店。天国ですかここは!
▲クレープとともに売られる謎のコスプレ用品。クレープを買うのが恥ずかしい男性客への心遣い?
いやもう、決して広いとは言いがたい駄菓子屋さんの店頭で、これだけの数のテイストをまかなえているのが不思議で仕方がない。
伊藤さん:メニューの数ですか? 子どもたちから「作ってくれ」とせがまれるたびに新作が増えていくので、何種類あるのか数えたこともないです。
表立って載せていないメニューもあるし、具材の組み合わせのリクエストにも応えるので、種類はもう無限に近いかな。
種類は無限に近い……。
「淡路屋」は、子どもたちが初めて触れる無限の宇宙なのかもしれません。
原価割れ? な厳選素材
専門職カップルが注文したのは、「バナナ」と「あんこ」。
生地のベースは小麦粉とクレープの粉のミックス。そこにラム酒とバニラエッセンス、卵を溶き入れた本格派。
しかも卵は淡路島で平飼いされた健康な鶏が産んだものをわざわざ仕入れているのだそう。
100円クレープだから素材もチープ、というわけでは決してない、厳選されたものなのです。
伊藤さん:レシピは湊川にあるクレープの名店「とらいあんぐる」さんと同じです。
「とらいあんぐるさんのような、おいしいクレープが焼きたい!」と思って、バイトに応募して、焼き方の勉強をしました。
神戸市民に愛される銘店のレシピと技術を受け継ぎ、それをわずか100円で提供……奇跡とうたわれた理由もわかります。
▲クレープはお客さんの目の前で焼く。作り置きはしないからいつもアツアツ
とはいえ、門外漢から見ても「これきっと、100円じゃモト取れてないよな……」と心配にもなるのです。
伊藤さん:原価? 超えてるんとちゃうかな(笑)。私、原価計算とか、ほんましてないんですよ。計算してたら、こんなこと、やってられない。
まあ材料のカスタードクリームなど、ほとんどの材料が手作りやし、少しづつ作るからロスも出ないですしね。
こうして今日もやっていけてるから、大丈夫なんやと思います。たぶん(笑)。
「今日もやっていけてるから、大丈夫」。
嗚呼、なんだか励まされました(涙)。これ、人生においても、そうだよなあ。
▲ラム酒などが入った魅惑のクレープ生地
▲少量ずつ作るのでいつもフレッシュなカスタードクリーム
▲淡路島で平飼いされた健康な鶏が産んだ卵。生地のほか、ゆでてクラッシュし、「エッグ」の素材として使われる
テクニックも一級品!
吟味された材料のみならず、伊藤さんの手際のよさにもうならされます。
生地を鉄板の中心から外周へとさっと広げる素早いトンボさばき。
大きなへらで片面が焼けたクレープシートをすらりと反転させる身のこなし。
▲すばやくトンボをスピンさせる
▲クレープの醍醐味(だいごみ)である「フチ」は絶妙な火入れ加減でパリッとこんがり
▲作業はお客さんと談笑しつつ和気あいあいと進む
▲しかしどんなに会話が弾んでも、ひっくり返すタイミングは決して逃さない。そのときの伊藤さんはスナイパーの目をしている
お客さんと談笑しながらも、焼き加減を見極める勘を働かせ続けており、B面へ転換するタイミングは決して逃さない。
その妙技に思わず拍手! まるでクラブDJの卓越したプレイを見ているかのよう。
▲焼きたてのクレープシートにこしあんを塗り
▲その上にホイップクリームを絞りだす。あとは包んで「あんこ」の完成
▲「バナナ」はホイップクリームの上にバナナの輪切りと缶みかん。子どもたちの大好物しか存在しない夢の世界
▲そんな夢を包みこむ
そうして焼きあがったクレープシートで、ホイップクリームなど具材を包み、完成!
「バナナ」には缶みかんも加わり、子どもたちの、そしてかつて少年少女だったオトナたちの大好物しかのっていないという、ネバーランドからの夢の贈り物ができあがりました。
▲クレープシートで具材を包みきる。こうすることで子どもたちが立ち食いをしても服が汚れることが少なくなる
この満足感は決してミニではない。
オーダーしたカップルもご満悦の表情。
▲100円クレープに大人も大満足。いつでも童心に帰れる味
▲実はこの日、子どもたちがおいしそうに100円クレープをほおばる姿を撮ろうと思い、ずっと張っていた。しかし猛暑日だったため、出るわ出るわ、カキ氷が(涙)
▲とにかくみんなカキ氷に夢中! いつもはクレープなんですよ、いやマジで
▲「淡路屋」はカキ氷のほか冷たいスイーツも充実。ところてん8突きのネーミングは、なんと「理事長」(笑)。「横綱を早く登場させすぎちゃって、こうなった」のだそう
長い歴史の陰に意外なルーツが
「淡路屋」は、およそ60年もの長い歴史が横たわるお店。
クレープを始めたのは、現在三代目の「おねーちゃん」こと伊藤由紀さん。
ではいったいなぜ、伊藤さんは駄菓子屋さんの店頭でクレープを焼き始めたのでしょう。
伊藤さん:それ、実は違うんです。正しくは「クレープ専門店で駄菓子を売り始めた」なんです。最初はもっと普通のクレープ屋さんにしようと考えていました。それがいつの間にか、こんなけったいなふうになってしまって(笑)。
ええ! 駄菓子屋さんよりクレープのほうが先だったのですか!?
そ、それは失礼しました(汗)。でもそれだと、なおのこと珍しいですよね。
そしてクレープと駄菓子、その不思議なマリアージュの理由を聞くと……ほお。
伊藤さんがクレープ屋さんをオープンするにいたった背景には、実はこんなファミリー・ストーリーがあったのです。
この「淡路屋」は昭和33年に創業したお店。
立ち上げたのは2年前にお亡くなりになった祖母の片田きよ子さん。
はじめは青果・鮮魚などを小売する「片田商店」として幕を開けました。
▲初代である祖母の片田きよ子さんが店を開いたのが「淡路屋」のはじまり
その後、三菱の工場で働く人たちの腹ぺこを救うべく、仕入れた食材を料理する大衆食堂へと業態を転換。
お店の改装を地元の船大工さんに依頼し、キャビンを想起させる独特かつモダンな内装に変身させました。
▲造船の街だけあって、内装は船大工さんに依頼。キャビンを思わせる独特なデザインのお店となった
ときは戦後の高度経済成長期。
きよ子さんのこの読みは、的中したのです。
伊藤さん:当時は朝7時からごはんを出していて、朝食、昼食、夕食、すべて提供していました。
お店はほんま、はやっていましたね~。いつも工場の人たちでにぎわって、活気がありました。私は妹と、よくお店の前の通りで遊んでいたんです。そのとき、お勤めの方々やご近所の方々にもかわいがってもらいました。いい思い出です。
いまでも朝7時にお店を開けて手作りのサンドウイッチを販売しています。これも大衆食堂時代からの名残り。
通ってくださる方がいるかぎり、やめられないんです。
▲妹の美絵さんと、いつもお店の前で遊んでいた
ひところは6人もの使用人を抱えるほど繁盛したという「淡路屋」。
けれども造船業が斜陽化し、それにともない客数も減少。二代目となる母の博子さんは、お店を祖母のきよ子さんとふたりだけで切り盛りすることとなりました。
ちなみにきよ子さんは、94歳で亡くなる3カ月前までお店に出て手伝っていたというからすごい。
「淡路屋」ひとすじで生きてこられたのです。
閉店の危機を感じて三代目に
その頃、伊藤さんは高校を卒業し、神戸トアロードにある貿易会社に就職。
仕事は安定していたものの、「このままでは実家の『淡路屋』を閉めることになる」と現況を察知し始めたのです。
伊藤さん:母がぽつりと「しんどい」と言いまして。かわいそうでね。このお店をたたむことになるかもしれないと感じました。私にお店を継がせようという気持ちもなかったと思います。
ただ、よそにあんまりないかたちのこの席に座ったときに、「ああ、ここをなくすん、寂しいな」と思ったんです。絶妙な間隔でテーブルがあって、知らないお客さんどうしでも気軽にしゃべりあえる。
この雰囲気を一度なくしたら、もう二度と再現でけへんやろうなって。
▲阪神・淡路大震災でも壊れることがなかった頑丈な座席とテーブル。「こんな距離感でお客さんどうしが気さくに語りあえるお店って、ほかにないでしょう。ここをなくしたら寂しいな、と思ったんです」と語る伊藤さん
大衆食堂からクレープ店へ
この得難い空間を失いたくない。
しかし同じ業態のままでは先細りは見えている。
そこで伊藤さんが発案したのが、「大衆食堂からクレープ専門店へのチェンジ」という大胆なアイデアだったのです。
伊藤さん:この辺りって、三菱にお勤めの若いOLさんが食事できるお店がほとんどなかったんです。以前から、それをなんとかしてあげたいと考えていました。
そこで「クレープがいいな」と思い、クレープ店でバイトしながら調理法を学んで、専用機器を購入したんです。
家族の反対ですか? なかったです。母は「クレープというものがなんなんかはようわからんけど、あんたの好きにしていいよ」と言ってくれました。
こうして三代目として店を継承し、クレープ専門店「淡路屋」を開いたのが1994年12月21日。
手がかじかむような日にいただけるアツアツのクレープは、「最初はぜんぜん売れなかった(苦笑)」というものの、ぼちぼちという感じで、クチコミで広がりつつありました。
ところが……翌1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災によって店は半壊。
電気もガスも止まってしまい、クレープは焼けず、開店早々およそ2カ月間の休業を余儀なくされました。
さらに復旧のめどが立ち、再オープンをはかるも、客層が当初の計画とは大きく異なっていたのです。
伊藤さん:OLさんが、来ないんです(苦笑)。お店に来るのは子どもばっかり。正直、子どもが買いに来ることは想定外でした。震災後で街が不安定な時期やったから、子どもたちがうちのお店に娯楽を求めたんとちゃうかな。
それで、100円玉を持ってきたらそこそこの量が買える駄菓子や駄玩具も置き始めたんです。
そうだったのですか。
てっきり、昭和の駄菓子屋さんが平成に入ってクレープを焼き始めたのだとばかり思っていました。
伊藤さん:うちのお店、よく「昭和レトロ」「昭和の原風景」みたいなテーマで新聞などが取り上げてくださるんやけど、実は駄菓子を置き始めたんは平成6年からで、ほんま申し訳ない。
震災後、不安な心持ちの子どもたちが買いやすいようにと、駄菓子を置き、100円でクレープを焼き始めた伊藤さん。
おっしゃるように「昭和レトロ」とは違うかもしれないけれど、ここには懐かしい「平成の原風景」が確かにあるのです。
▲写真は、子どもたちが100円で楽しめるよう駄菓子を置き始めた頃の伊藤さん。クレープを始めても、もとあった定食などは現在も継承しており、母・博子さん、祖母の故・きよ子さんと三代がそろってお店を切り盛りした時期もあった
100円クレープの裏メニュー
では最後に、僕にも一品、100円クレープを焼いてください。
できれば先ほどおっしゃった「メニューに載ってない」商品を。
伊藤さん:ならば裏メニューの「ぱりぱり」を焼きましょうか。
「ぱりぱり」は生地を硬めに焼いて、その生地を割ってホイップとカスタードクリームにつけながら食べるクレープなんです。“ジュースのおつまみ”という感じ。
ジュースは、神戸っ子ならみんなこれを飲んで育ったと言って大げさではないご当地ドリンク「アップル」(120円)がおすすめです。
リンゴ果汁? 入ってないです(笑)。
▲”ハード系”に焼いた生地に手づくりカスタードクリームとホイップクリームをトッピング
▲兵庫鉱泉所製のドリンク「アップル」(120円)とともに、裏メニューのクレープ「ぱりぱり」を。なんだか「シードル」(りんご酒)で一杯やっているかのようなオトナな雰囲気。ちなみに名前はアップルだが無果汁
▲硬く焼いた生地を割り、クリームをディップしていただく。さらにアーバンなムード
生地を巻かず、割ってクリームにつけて食べるという100円クレープの裏メニュー「ぱりぱり」。
なるほど、生地がこんなに硬いクレープって初めての経験。
口のなかで「ざくっ、ざくっ」とはぜる食感が楽しい~。
クリームをディップしながら謎の無果汁ドリンク「アップル」を飲んでいると、なんだかワインバーにいるような気分になってきました。
背伸びをしたい盛りの思春期っ子たちに評判の商品なのが、よくわかります。
伊藤さん:この生地の硬さがいいらしく、子どもたちからは「もっと硬く! もっと硬く!」と求められます。
そやからしっかり焼きを入れたら、今度は「焦げとうやんけ!」とケンカになる(笑)。正規のメニューにしないのは、それも理由のひとつなんです。
なるほど。
みんな、「おねーちゃん」に無理を言って困らせなければ、正規メニュー昇格もありえるぞ!
喜んでくれてるかしら
こうして今日も「ぱりぱり」のように歯応えのある子どもたちと向き合う伊藤さん。
お客さんの波が引いた束の間、「失くしたくなかった」という座席に腰かけ、ほっとしたように、こう言いました。
伊藤さん:私、こんなに長く続くお店になるとは思わなかったし、将来の夢って特になかったんです。
でも小学生の頃、文集に「おばあさんの跡を継ぎたい」って書いていたんです。書いたことって、ほんまに実現するんですね。
おばあさん、喜んでくれてるかしら。
クレープ発祥の国であるフランスでは、2月2日に家族や友人たちとクレープを食べる習慣があります。
クレープの円型と色が太陽を思わせ、春の訪れを意味したからなのだとか。そして一年の幸運と繁栄を願い、手にコインを握りながらクレープを焼くのです。
おばあさんが立ち上げたこの「淡路屋」は、孫である「おねーちゃん」が焼くクレープという太陽に、いまもほのぼのと照らされています。
そして子どもたちがコインを握りしめて、ここに集う。これが幸せでなくて、なにが幸せなんだろう。
お店を継承するために伊藤さんがクレープを選んだことは、必然だった気がするのです。
▲伊藤さんの趣味はカラー軍手などを使った「手づくりこけし」。お店には100体近い作品がある。こけしが好きすぎて、日本のこけしの産地には「もう四周した」というほど訪ねているのだそう
お店情報
淡路屋
住所:兵庫県神戸市兵庫区笠松7-3-6
電話番号:078-671-1939
営業時間:7:00~19:00
定休日:日曜日
ブログ:http://awajiya.ko-co.jp/
*この記事は2017年8月の情報です。
*金額はすべて消費税込みです。