2021年7月から放送中のドラマ『孤独のグルメ』(テレビ東京)はSeason9と長寿シリーズとなった。
原作者の久住昌之さんは、マンガ原作者であり、音楽家、エッセイストとしても活躍している。
新刊『麦ソーダの東京絵日記』(扶桑社)は、久住さんが吉祥寺、下北沢、渋谷、新宿など、東京のいろいろな街をぶらりと歩き、人生に思いを馳せながら食と酒を綴った最新エッセイ集だ。
コロナ禍で食べ歩きも難しいご時世ではあるが、そんな状況を久住さんはどう感じているのか、「街歩き」や「コロナ禍での黙食」をテーマに語ってもらった。またドラマ『孤独のグルメ』への思いも聞いた。
▲久住昌之(くすみ・まさゆき)
マンガ家・音楽家。1958年、東京都三鷹市出身。81年、泉晴紀とのコンビ「泉昌之」としてマンガ誌『ガロ』でデビュー。以後、マンガ執筆・原作、デザイナー、ミュージシャンとしての活動を続ける。主な作品に『かっこいいスキヤキ』(泉昌之名義)、『食の軍師』(泉昌之名義)、『野武士のグルメ』(原作/画・土山しげる)、『孤独のグルメ』(原作/画・谷口ジロー)、『花のズボラ飯』(原作/画・水沢悦子)ほか、著書多数。
新たな飲食店との出会いは目的を持たないで歩くのがいい
──新刊『麦ソーダの東京絵日記』を拝読しました。吉祥寺や原宿、町田などの街の思い出や実際に歩いた姿が描かれていて、まさに絵日記というタイトルがふさわしかったです。二日酔い対策や入院体験などにも久住さんのユーモアが溢れていましたが、新型コロナウイルス感染症の影響は久住さんの活動にもありましたか?
久住:旅の取材やライブなどがなくなったり、延期されたりしていますね。旅に出られないのは寂しいです。もともと食べ歩きはそれほど好きじゃないんですが、旅に行くと探し歩かなきゃならなくて、それはすごく楽しいんです。そのバランスがちょうど良かったんですよね。
──食べ歩きが好きでないとは意外です。久住さんといえば、『孤独のグルメ』や今回の『麦ソーダの東京絵日記』でもそうですが、街の飲食店を探訪するイメージでした。面白いお店を見つけるポイントはあるんでしょうか?
久住:そういうポイントは持たないようにしているんですよね。ポイントやこだわりがあるとつまらなくなってしまいそうで……。例えば本の中には、店構えを見ると、通り過ぎてしまうような無個性なお店も扱っています。ところが入ったら異常に安くてうまい。こだわりや、ポイントを作ると、そういうお店を外してしまいます。
──なるほど。視野を狭めてしまうと。
久住:ネットでお店を探すのもおすすめしません。足で歩くほうがいいです。下調べをすると、そのお店へ一直線で行っちゃうでしょ。街歩きや旅では、目的を持たないというのがいいと思います。できれば同行者もいないほうがいいですね。
取材に編集者やカメラマンが同行すると、彼らに気を使うじゃないですか。もうお腹空いてるんじゃないかとか、歩き疲れてるんじゃないかとか。
──相手に気を使ってしまうんですね。
久住:はい。だけどこの本では、気心の知れた二人だったので、あえて同行した二人のことを正直に「めんどくさくなってきた」とか書けた(笑)。また、本にも書きましたが晩酌の習慣もないんですよ。緊急事態宣言中も行くところがないので仕事場にいました。でも、出歩けなくなった時間を、のんびり曲や箸置きの制作にあてたりしてましたね。
──久住さんオリジナルの箸置きはオフィシャルショップで販売もされていますが、かなり好評なようですね。
久住:累計で1,000個くらい作りましたかね。さすがに作るのがだんだん早くなってきました。自分の作った箸置きが、地方に住む見知らぬ人のSNSで料理と一緒に写っていると、すごくうれしいですね。
──本書で個人的に気になったのは、「ブランド豚などの説明書きはあまり読まない」という部分でした。ブランドや銘柄などにとらわれないところが、久住さんらしいと感じました。
久住:ナントカ産の豚肉のナニナニの部位と言われても、すぐ忘れちゃうんですよね。説明を覚えようとして聞くと、その説明を食べているような気がしちゃう。味って、言葉にすると、その言葉になっちゃう気がして。おいしいワインでも何回聞いても名前が覚えられない。味は舌が覚えていればいいかなと。
──『孤独のグルメ』はひとりで食べる楽しさを追求した作品だと思いますが、主人公・井之頭五郎の思考は、久住さん自身がお店でひとり食事をしながら考えていることなんですか?
久住:それもあるでしょうね。食べる順番を必死に考えたり、「おにぎりは宇宙、ごはんと海苔の白と黒は光と闇」とか考えては、「バカだなぁ」と思ってます。それが心の中のつぶやきになるのが『孤独のグルメ』で、大袈裟な絵にするのが『かっこいいスキヤキ』で、家の中のダンスになるのが『花のズボラ飯』です。
──食事をしながら、頭の中で自分自身と会話してるんですね。先ほどお話されたように、街歩きの途中で出合ったお店に入ると、料理がまずいときもあると思いますが、それも含めて楽しむほうですか?
久住:料理がまずかったときは、本当に腹が立つんです(笑)。大人になると一食の失敗のダメージって大きいじゃないですか。
だけど、うまそうな店構えなのに、食ったらめちゃくちゃマズかったって話の方が、圧倒的に受けるじゃないですか。
ずっと海辺を歩いてるうち、お店が中休みの時間になっちゃって、どこもやってない。やっとこさ見つけたラーメン屋。「やった」と思って入ったらこれがマズい。でも腹は減ってるから泣く泣く食べて出たら、すぐにめちゃくちゃおいしそうな海鮮の食堂があった。これ本当の話。
──それは落ち込みますね……。
久住:旅先ではよくある話です。でも、旅から帰ってくると、失敗も面白い思い出になっている。
『孤独のグルメ Season9』への思い
──ドラマ版の『孤独のグルメ』の話も聞かせてください。久住さんはどこまでドラマにかかわっていらっしゃるんですか?
久住:脚本は脚本家が書いていますが、五郎の台詞のみ赤をいれさせてもらっています。そのほかに毎シーズン、30〜40曲ほどの劇伴音楽をバンド5人で作っています。
あとは、season1からメインの監督を務めてきた溝口憲二さんが、3年前に亡くなったんです。以後、残ったメンバーで一丸となって作っています。僕も、家で見て「これは本来の『孤独のグルメ』らしさが薄いな、平凡なグルメドラマみたいだな」と感じたときは、そのことをスタッフに伝えるようになりました。みんなで作ったスタイルなんです。マンネリはいいけど、平凡はダメ。独特じゃないと。
──久住さんがドラマを大切に思う気持ちが伝わってきました。Season9は久住さん出演の「ふらっとQusumi」のコーナーからも麦ソーダ(ビール)がなくなっています。やりづらさはありますか?
久住:これもコロナ禍の影響ですが、みんな飲めない、飲ませられないのは一緒なので、やりづらさなんてないです。
──SNSではドラマのファンから「飲ませてあげて」「飲まないと寂しい」「体調が悪いのか?」などの声もあがっていますね。
久住:普段から肝臓を悪くするほど飲んでませんから大丈夫ですよ(笑)。
先日は中華料理店で、アルコールの代わりに、見たことない飲み物があったので注文したんです。飲んだらものすごく甘い。思わず「甘っ!」って言ったら、日本語ができない中国人の店員さんたちが全員爆笑しました。杏っぽい感じもあって、「この甘さはなんですか?」とお店の人に尋ねたら、なんのひねりもなく「砂糖です」(笑)。飲めないとそういう楽しいやりとりも生まれる。
──情景が浮かんでくるエピソードですね。
久住:店主の奥さんは、あまり日本語がわからない頃から、『孤独のグルメ』を楽しみにしていたそうです。言葉が全然わからなくても、表情でわかるという魅力があるのかもしれません。(五郎役の)松重豊さんは表情だけで味を伝えられる。だから、食レポ的なセリフは一切いらないのです。
──『孤独のグルメ』のセリフの間は、他のドラマにはない独特の空気がありますが、そういう久住さんの思いも反映されていたんですね。
黙食はそんなに楽しくなくていい
──コロナ禍で黙食が見直されています。長年にわたって孤食を描いてきた久住さんですが、黙食を楽しむコツみたいなものはありますか?
久住:よくインタビューで「孤食の楽しさはなんですか?」「ひとりでご飯を食べる魅力は?」と質問されますが、僕はそんなに楽しくなくてもいいんじゃないかって思うんです。大人がご飯を食べるとき、ひとりではしゃがないでしょう? 「ちょっとおいしい」で十分なんですよ。
──周りの目を気にしてしまうというのもあるかもしれませんね。
久住:そうです。自意識過剰。でも、それはしかたないね。
──たしかにいろいろ情報が過剰になって、純粋な食だけの楽しみは少なくなっている気がします。
久住:そこにお店があって、ひとりで食べられるのは幸せなことです。その上「黙食を楽しむ!」なんて、がんばらなくてもいい。
──肩の力を抜くのが久住さん流なんですね。マンガ原作、音楽活動、個展など、久住さんはいろいろなものを作り出しています。その原動力はどこからくるのでしょうか?
久住:なにかを作るのが好きなんです。子どもが絵を描くように、前より上手く描けたり、昨日と違うものが作れるとうれしいんですよ。
昨日までそこになかったものが、自分が作るとそこにある。それが面白くて、原動力になっているんだと思います。
──もの作りの楽しさが日々更新されているんですね。
久住:さらにマンガでも音楽でも、誰かと一緒に作るのが好きなんです。自分以上のことができるから。僕の原作を漫画家が自分なりに変えるのも、そう描きたいなら、それがいいんです。
ドラマの脚本に僕が赤入れしたものを、現場でさらに直してもらってもいいんです。最終的にみんなに届くとき、面白いものになれば。
──結果オーライということですね。
久住:そういうことになります。あまり考え過ぎないで、とにかく作り始めます、僕は。それと同じような気楽さで、黙食もしたらいいんじゃないですか。
あとね、今ここまで話して思ったけど、孤食のコツがあるとしたら、腹を減らすことです。五郎と同じ「腹がめちゃくちゃ、減った」という状態になれば、ひとりだろうがなんだろうが、店があったら入って食べますし、おいしいですよ。
腹が減ってない状態で「孤食の楽しみは」とか考えるから難しくなる。2食ぐらい抜いて、街に出てごらんなさいよ(笑)。それが「孤独のグルメ」です。
久住さんの生き方の一端に触れることはできただろうか。
久住さんは、よい作品を作ることには厳しいが、日常の生活や食事には力を抜いた自然体で臨んでいる。
そういわれてみれば、私自身も過剰な情報に振り回されて、本当の意味の食事を忘れていたかも知れない。みなさんもたまにはスマホや本やテレビを見ずに、ひとり自由に食事をしてみてはどうだろう。そして、頭の中でもうひとりの自分と会話のキャッチボールをしてみよう。たったそれだけのことで、昨日より豊かな人生が送れるのではないだろうか。
撮影:松沢雅彦
書いた人:松本祐貴
1977年、大阪府生まれ。フリー編集者&ライター。雑誌記者、出版社勤務を経て、雑誌、ムックなどに寄稿する。テーマは旅、サブカル、趣味系が多い。著書『泥酔夫婦世界一周』(オークラ出版)、『DIY葬儀 ハンドブック』(駒草出版)
- 公式サイト:「~世界一周~ 旅の柄」