全国の巨人ファンが「條辺のうどん」をすすりにやってくる
池袋から東武東上線に乗って、約30分。埼玉県は上福岡の駅前に、今回のお目当てである、元巨人軍のセットアッパー・條辺剛のうどん屋はある。引退から今年で早10年。10代にして彗星のごとく現れ、わずか2年で消えていった早熟の剛腕が、その腕によりをかけて打つ、本場仕込みのうどんを食しに行った。
「オープンして今年で8年目。おかげさまで、常連さんは足繁く通って来てくれますし、巨人ファンのお客さんも、いまだに北海道から沖縄まで全国各地から来てくれる。すでに野球をやってた期間より、うどんを打ってるほうが断然長いというのに、こうしていまも覚えてもらえているのは、ホンマにありがたいことですよ」
24歳という若さでの引退後、現在の夫人とともに本場・香川県に移り住み、約2年ものあいだ修行したという條辺のうどんは、同行した香川県出身のカメラマンの肥えた舌をもうならせる本格派。その特徴的なコシの強さとのどごしのよさは、“讃岐”を名乗るそんじょそこらのチェーン店とは比較にならないほどに絶品だ。
▲とろ玉ぶっかけうどん(温・冷)500円。店主イチ押しの逸品。思わず唸るほどのウマさ
▲早朝から閉店まで、毎日調理場に立つ本人が、客をもてなしてくれる
しかも、オープン当初から一貫して、早朝から昼すぎまでという変則的な“讃岐スタイル”の営業時間であるにもかかわらず、取材当時日も閉店間際まで客足が途切れることのない評判ぶり。訊けば、1日平均300玉、休日の多い日には500玉近くも出るというから、いかに多くのお客さんがその味についているかが分かるだろう。
「巨人にいた期間より、いまやうどんを打っているほうが断然長くはなってますけど、それでも毎朝、試行錯誤の連続です。同じ小麦粉でも、収穫時期が違うだけで質はまったく変わってきますし、同じ味を出すためには、その都度、加水率や踏む回数の微調整も必要になってくる。ヘタしたら、野球より奥が深いくらいですからね(笑)」
▲つけうどん(冷)420円。サッパリ食べられて、思った以上にボリュームも
▲天ぷらやいなり、おにぎりなどサイドメニューも充実。1個110円〜とお手頃
ミスター直筆の色紙に思わず涙するファンも
野球から離れてずいぶん経つ現在は、「この3年ぐらいはキャッチボールすらやっていない」と本人は笑うが、プロ野球ファンにとっては「條辺」と言えば、「あの巨人の?」と言うぐらいメジャーな存在。
熱心な巨人ファンのなかには、店の暖簾にも使われている、“ミスター”こと長嶋茂雄氏の直筆色紙をまえに「涙を流す人もいる」というから、やはり“元巨人軍”のブランド力はダテじゃない。
「僕自身は毎朝4時起きなんで、ナイターが終わる頃にはだいたい寝ちゃってるんですけど、やっぱり、お客さんから野球の話題を振られることは多々あります。
こないだ巨人がインフィールドフライでサヨナラ負けした時(2015年5月4日の広島戦@マツダスタジアム)なんかも、お客さんから『あれは、どういうことなん?』って訊かれて、説明したら『さすがやなぁ』って妙に感心してもらえましたしね(笑)」
▲脳梗塞からのリハビリ中にミスター本人が、動くほうの左手で書いた直筆色紙
▲店内の様子。時には、思わず「方言が聞こえてくるとビクッとなる」という本場・香川からの来訪客も
「去年3人目が生まれたばかりなんで、とにかく僕は、子どもらがきっちり成長できるよう、毎日麺を打つだけ。野望みたいなものも特にないんです。野球選手のときは年俸を上げるのが目標でしたけど、いまは現状維持でいいかなと(笑)」
穏やかな表情でそう語る彼の、職人然としたたたずまいには、気迫のこもった豪快なピッチングでファンを沸かせた“あの頃”の面影はもはやない。だが、グラブを麺棒へと持ちかえ、誰より堅実な道を歩んできた彼が、毎朝魂をこめて打つうどんは、また違った意味で人々の心をつかんで離さない──。
【條辺 剛(じょうべ・つよし)】
1981年、徳島県生まれ。阿南工から99年のドラフト会議で巨人から5位指名を受けて入団。2000年の最終戦で、高卒ルーキーとしては34年ぶりの先発デビューを果たす。2001年には、かの桑田真澄以来となる10代での開幕1軍入り。中継ぎ・抑えとして46試合に投げて、7勝8敗6Sをマークした。続く2002年も47試合に登板して、リーグ優勝・日本一にも貢献したが、その後は肩の故障もあって低迷。2005年限りで戦力外通告を受けて、現役引退を決意した。2008年に『讃岐うどん 條辺』を開店。
お店情報
讃岐うどん 條辺
住所:埼玉県ふじみ野市上福岡1-7-9
電話番号:049-269-2453
営業時間:7:00〜15:00(麺切次第終了)
定休日:火曜日(祝日の場合は翌日休み)
▲東武東上線・上福岡駅南口を出て、南に徒歩3分
撮影:石川真魚