【閉店】異色の“元セットアッパー”がもてなす本格イタリアン!『トラットリア・ジョカトーレ』オーナー 水尾嘉孝さん【男の野球メシ #04】

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イタリア語で“選手の料理店”を意味する、本格イタリアンレストラン『トラットリア・ジョカトーレ』。ちょっとハイソなエリア・自由が丘で、隠れ家的な名店として評判のこの店のオーナーシェフ・水尾嘉孝さんも、かつてオリックスなどで活躍して、晩年にはメジャーにも挑戦した元プロ野球選手のひとりだ。

 

いまとなっては「オリックスの水尾」と言っても、その雄姿がすぐさま思い浮かぶ人は少ないかもしれない。だが、かのイチローを擁してリーグ連覇を成し遂げ、96年には日本一にも輝いた黄金期のオリックス・ブルーウェーブが誇った、水尾に小林宏、鈴木平といった、個性豊かで通好みのする中継ぎ陣は、コアな野球ファンのあいだではいまだに語り草。“左殺し”の背番号「12」が繰りだすスライダーには、当時のパ・リーグの強打者たちもそろって、手を焼いたものだった。

 

今回はそんな水尾さんを、自由が丘のお店で直撃。元プロ野球選手が経営する飲食店=だいたい焼肉屋……的な世間一般のイメージに抗うかのように、あえてハードルの高いイタリアンを選んだ男の、“料理”に賭ける真摯な想いをうかがった──。

 

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▲落ち着いた雰囲気を醸しだすオシャレな外観。オープンテラス席もある

 

儲かる飲食店の経営ではなく“料理”がしたかった

野球に関しては、満足とまではいかないにしても“やりきった感”はあったんで、「現役を終えたら、球界から離れる」ってことだけは最初から決めていたんです。

次の職業として料理人を選んだのは、自分の身体さえ元気であれば、一生向きあえるものだから。個人的には、素材本来の味を活かせる和食がよかったんですけど、流儀やしきたりの多い和食を極めるのはこの年齢からだと難しい。

そこで、フレンチのように重たくならずに、やったぶんだけ結果もきちんと出せるイタリアンの世界に進むことにしたんです。

 

引退後、夜間の料理学校に入学した水尾さんは、多いときで1日1200人もの来客があったという大阪・ミナミの老舗洋食店『明治軒』で皿洗いなどの下働きをこなしながら、若者たちと一緒に料理を基礎から学ぶ日々を送る。当然、一時代を築いたアスリートとは思えないほどストイックなその選択には、周囲からも「焼肉屋にしときなよ。そのほうが絶対に確実だから」といった忠告が寄せられることは多々あった。

 

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▲手際よく料理を盛りつける水尾さん。もはやどこから見ても料理人

 

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▲お店のイチ推しは、岩中ポークスペアリブのとろとろ煮込み(2,100円)

 

実際、神戸にいた頃によくしてもらったお肉屋さんの知りあいもいましたし、かかるコストを考えたら焼肉屋さんのほうが断然安い。だけど、僕がやりたかったのは、あくまで料理。肉を切るだけじゃなく、いろんな人にいろんなものを振る舞いたかったんです。

もちろん、やるからには妥協をするつもりは一切なくて、『明治軒』を選んだのも、以前から客として通っていて、忙しいってことが分かっていたから。最初がしんどければ、あとが楽。そういう体育会系の思考回路は、料理を学ぶうえでもすごく役に立ちました。

なにより僕は、厳しいことで有名なあの明徳義塾の出身ですしね(笑)

 

その後、大阪から東京へと拠点を移し、恵比寿のお店での修行期間を経て、自由が丘に『ケチャップ』と名づけたレストランを開店したのが5年前。しかし、あまりにライトなネーミングと店の雰囲気から、思ったようには客足も伸びず、オープンした当初は、理想と現実の狭間で苦悩させられることにもなったという。

 

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▲前菜の盛り合わせ(1,380円)。ちょっとずつ楽しめて、どれもこれも美味

 

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▲モッツアレラ・バジルのトマトソース(1,480円)。生パスタは食感も段違い

 

開店当初は右も左も分からないから、その道のプロであるコンサルタントのアドバイスに従っていたら「落ち着いた雰囲気のレストランにしてほしい」とオーダーしたはずが、どんどん壁が白くなっていってね。引き渡してもらったときには、僕自身が真っ先に「これは続かないな」と思うぐらいの有様だったんです。

メニューそのものは、いまともほとんど変わってないのに、基本的にはカフェだと思われてるから、料理やワインには見向きもしてもらえない。最初の頃は、ランチで来てくれたお客さんに「夜もやってますんで」と言っても「遅くまで大変ね」って返されてたぐらいでしたしね(笑)。

で、閉めるか変えるかを半年じっくり考えて、結局、全面的にリニューアルをすることにしたんです。

 

改装にあわせて現在の店名に変えてからは、“ちゃんとしたレストラン”という認識も徐々に浸透。いまでは舌の肥えた地元のマダムたちからも支持される名店のひとつとして、揺るぎない評価を得るまでになった。とは言え、そこに至るまでには“元プロ野球選手”という肩書きをもつがゆえの苦労もあったと、水尾さんは言う。

 

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▲もちろんワインも豊富に取りそろえる。大人のディナータイムを演出

 

料理の世界に身を置くいまも生き続ける“仰木マジック”

僕の過去を知っている人には、よくも悪くも“元プロ野球選手の店”っていう先入観があるから、どこかで「どうせ、味はたいしたことないでしょ」って思われてる部分は間違いなくありましたね。

何度か来てくれている元同僚の後輩も、初めて来たときは「シャレのつもりで来たのに、全然まともですね!」なんて言ってましたし。普通のレストランなら、作ったシェフに向かってそんなこと絶対に言わないでしょ?(笑)。

だから、肩書きに関係なく、純粋に料理やサービスへの対価としてお金を払ってもらえるようにならなきゃいけないっていう想いは、いまでも強くあるんです。端から「趣味でやれていいね」と思われてるうちは、まだまだだと思うんで。

 

仮に“元プロ野球選手”を前面に押しだして客が増えても、それは一過性のもの。だからこそ「時代の流れに乗って手を変え品を変え、ってよりは『ウチはこうなんですよ』ってことを言い続けていきたい」と水尾さんは言う。シェフが客に“いい顔”をするのではなく、料理を口にした客が自然と“いい顔”になる──。そんなお店が、オーナーシェフとして自らが目指す“トラットリア”の理想形だ。

 

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▲グラスを傾けつつ、シェアして食べるなら、このぐらいがちょうどいい

 

ちなみに、まずは味で勝負したいってこともあって、野球とは意図的に距離を置いてはいますけど、経営者の立場になってみると、僕自身の大恩人でもある仰木(彬・元監督/故人)さんの“イズム”を受け継いでいるな、と思うところも実はあるんです。

仰木さんはいつも、選手が試合中にエラーを犯しても、決してその場で怒鳴り散らしたりせず、何より先に適切な指示をぜんぶ出してからベンチでひとり静かに怒ってた。何事に対しても“反応”より“対応”を先にするっていう、あの人のやり方は、接客という仕事にも大きく活きる、現場を円滑に回すための極意でもあったんです。

 

プロ野球という厳しき世界で揉まれた豊富な経験を糧に、イチから“第2の人生”を切りひらいてきた水尾さん。“男一生の仕事”にあえてのイタリアンを選んだ異色の料理人の挑戦は、まだ始まったばかりだ──。

 

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【水尾嘉孝(みずお・よしたか)】

1968年、奈良県生まれ。高知・明徳義塾高から福井工大を経て、90年のドラフト1位で横浜に入団。95年に3対2のトレードで移籍したオリックスで、その才能を開花させ、97年にはリーグトップの68試合。翌98年にも55試合に登板するなど、不動のセットアッパーとして活躍した。西武、米メジャー挑戦を経て、06年に現役引退を表明。その後は、大阪の調理師学校で本格的に料理を学び、10年に独立。現在もオーナーシェフとして厨房に立つ。生涯成績は、269試合/7勝9敗2S/防御率3.42

 

お店情報

【閉店】トラットリア ジョカトーレ

住所:東京都目黒区自由が丘2-12-18
電話:03-6421-4212
営業時間:ランチ11:30〜15:00(ラストオーダー14:00)
     ディナー17:30〜22:30(ラストオーダー21:30)
定休日:火曜日

※このお店は現在閉店しています。
飲食店の掲載情報について。

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▲東横線・自由が丘駅の正面口から徒歩約1分(詳しくは下記リンク参照)

 

 

撮影:石川真魚

 

書いた人:鈴木長月

鈴木長月

1979年、大阪府生まれ。関西学院大学卒。実話誌の編集を経て、ライターとして独立。現在は、スポーツや映画をはじめ、サブカルチャー的なあらゆる分野で雑文・駄文を書き散らす日々。野球は大の千葉ロッテファン。

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