大阪市阿倍野区、JR天王寺駅といえば、日本一の高層ビル「あべのハルカス」を中心に、複数のショッピングモールが立ち並ぶ一大“再開発エリア”である。
昨年末には駅から天王寺動物園へと続く天王寺公園の一角が「てんしば」という名のオシャレな広場へ変貌したりと、年を追うごとに変化している町並みの中で、未だに昭和な雰囲気を色濃く残すのが「阪和商店街」だ。
その阪和商店街に、毎夜酒好きで賑わう「居酒屋 種よし」という立ち飲み店がある。筆者もこれまで何度となく足を運んだことのあるお店なのだが、毎回そのお店のエネルギッシュな魅力に圧倒される。
今回は「種よし」の名物女将である田島みゆきさんにお話を聞きつつ、このお店の魅力に迫ってみたいと思う。
おびただしい量の短冊メニューが
JR天王寺駅の北口を出ると、通りの向こうに「阪和商店街」の入口が見える。
まず、この商店街の中に足を踏み入れただけで時間の感覚がぼんやりと曖昧になってくる。
もういきなり、この雰囲気。
表がまだ明るい昼間だというのが信じられない。
その中に「種よし」がある。
やたらと情報量の多い店先に驚きつつ入店してみると……。
カラフルな短冊メニューの嵐!
その数、200~250ほどもあるという。
この光景、何度見ても圧倒され、しばらくぼーっとしてしまってなかなか速やかに注文できない。とりあえず一旦深呼吸して名物女将・田島みゆきさんにご登場いただこう。
女将が旦那さんの田島英治さんとともにこのお店を開店したのは2006年のこと。46年前からこの場所にあった同名の居酒屋の屋号と建物を引き継ぐ形でオープンしたという。引き継いだと言っても、それまでのお店の作りを立ち飲みスタイルに合わせて大幅に改装したそうだ。
「特に面白い話はないですよー!」と笑う女将だが、口を開けばそのトークは実に軽妙。去年の夏に足を怪我してしまい2カ月半入院していたそうなのだが、女将のあまりの元気さとエネルギッシュなトークに、リハビリ病棟の周りの患者さんが感化され、みんなやたら元気になるという現象まで起きたそうである。
ちなみに最近は立ち飲み店に必要な譲り合いの精神を持たないお客さんも多いらしく、「そういうお客さんにはお尻ペンペンするの。たまにもっと叩いてっていうお客さんもいます(笑)」と、ちょっとしたぼやきまで面白い。
財布に優しすぎる酒の肴たち
それではさっそく、女将おすすめの「フローズン生(420円)」からいただこう。
以前『メシ通』でインタビューさせていただいた漫画家のはたのさとしさんに、今回特別取材に同行してくださったのだが、そのはたのさんも「冷たくて美味しい!」とうなる一杯だ。
おぉ、うまー!
もともとご主人の田島英治さんはサラリーマンをされていたそうなのだが、定年退職を機に夢だった居酒屋さんをオープンすることにした。お店を始める前から旅行が好きで、日本全国の、そして世界各国の美味しい料理とお酒を味わうのが趣味だったという。その過程で出会った諸国の美味いものを手軽にリーズナブルな価格で味わって欲しいというのがこのお店のコンセプトなのだ。そのご主人は仕込みと仕入れ担当で、基本お店には立たずに日々新たなメニューを探しているそうだ。
そんなご主人のサービス精神から徐々に増え続けていつしか200種類を超えたという、このお店のメニュー。どう考えても選択肢が多すぎる! というわけで今回、おつまみはすべて女将のおすすめに従うことにした。よろしくお願いいたします!
まず、運ばれてきたのが、
「ソフトシェルクラブ(580円)」だ。脱皮したてのカニで、唐揚げにして丸ごとバリバリと食べられる。サクサク、パリパリとした食感が心地よく、中にはジューシーな身がたっぷり。
お次は、
岩手県の北上川で獲れたという「子持あゆ(460円)」。ふくよかな身にぎっしりと卵が詰まっており焼き加減も絶妙。
女将が家で仕込んでくるという「味付け煮卵(100円)」。
マヨネーズを添えた秋田名物「イブリガッコ(280円)」。
美味しいおつまみとお酒を気軽に楽しんで欲しいというのが「種よし」のポリシー。以前は「お会計は1,300円まで」という貼り紙が店内にあったそう。安めのお会計で、そのかわり毎日でも来られるようにという思いが込められている。入店して注文の品を考える間にとりあえずオーダーできる「ちょっとつまみ(50円)」というメニューがこのお店の最安値だとのこと。すごい。
店内に置かれている日本酒や焼酎の酒瓶にも、1本1本値札が貼ってある。
「値段がよくわからないと、注文する時に、もしかして高いんじゃない?と、困るでしょうー」というこの配慮、本当にありがたい。
珍メニューや珍食材の宝庫!
ここで、創作料理を次々に生み出すアイデアマンだというご主人が考案したオリジナリティ溢れる一品が登場した!
「お寿司串カツ5本セット(380円)」である。お寿司の串カツ、だ。巻き寿司を串に刺して揚げたもので、種よしの名物料理の一つ。
そういえば、女将からいただいた名刺にも「お寿司串カツ」の絵が描かれていた。
パッと見たところでは、衣に隠れて中身が何なのか分からない。一本いただいてみると、私が食べたのはウィンナーの巻き寿司を揚げたものであった。
女将いわく、「一口食べて中身が何かわかったら、ソースが合うと思えばソース、塩が良いと思えば塩をかけて食べると美味しいです」と。くじ引きのようで面白い。
はたのさんは、一口かじって言う。
「ん? これ……バナナですか?」
そんなはずは、と思ったが、女将は「バナナ当たりました? 私バナナ大好きですよ」と言うのだった。ちなみにバナナの場合はソースも塩もかけず、二口目も“そのまま”がおすすめだそう。
ではもう一本と思って、筆者が手を伸ばしたのは「エビフライの巻き寿司の串カツ」。料理としての情報量が多い! そしてはたのさんがおそるおそる食べた2本目は……またもバナナ! 笑ってしまいました。
筆者が先ほどから飲んでいたのは「種よし」特製の「コーヒー焼酎(380円)」のロック。
香りがとにかく濃厚なのだが、後味はスキッとして飲みやすい。
しかしそこに、北海道の赤ホヤとこのわたの塩辛である「バクライ(400円)」がでてきた。
海から生まれたうま味の結晶のようなこの味を前に、お酒を飲まないわけにはいかないと「純米大吟醸 獺祭(一合 800円)」をいただく。
するとさらに、岩手産の「ウニアワビ(400円)」や、
北海道産の「ニシンお切込み(280円)」といったお酒のアテが続々登場。
女将のサービス精神はとどまるところを知らず、「種よし」の隠れた名物である「イモリ干焼き(下写真、380円)」や、「ワニ唐揚げ(480円)」など、珍食材ゾーンに突入。
こわごわ「イモリ干焼き」をかじるはたのさんを笑顔で見守る女将のキュートなこと!
「種よし」には他にも、ナマズやカエルといった食材を使ったメニューが存在するが、どれも決してゲテモノ的な位置づけで出しているのではなく、ヘルシーで高タンパクなものを美味しく調理して食べさせてくれるので、それほどおそれずにトライできる。
店内にはいつしかお客さんが増え始め、それを見た女将がパッと店内が華やぐような声色で「はい! これから斜め45度で!」と号令をかけ、みな一斉に席を詰めてカウンターに対して斜めの姿勢を取り始めた瞬間、なんともいえない一体感を味わった。
いつしか私の前には最近になって始めたドリンクメニューだという「マルガリータ(400円)」が。
あるバーテンダーが亡くなった恋人を思って作ったというテキーラベースのカクテル。こんなシャレた飲み物がなぜ? と聞くとこれもやはりご主人が飲んでみて美味しかったから、という理由で採用になったそう。
女将のおすすめメニューはさらにたくさんあるとのことだったが、残念なことにお腹の方はすでに大満足。近いうちにまた来ることを誓ってお店を後にした。
休みになるとご主人と女将の二人で食べ歩きをして、新しいメニューを考えるのが楽しみなのだとか。「種よし」の色とりどりの短冊はまだまだ増えていきそうだ。
取材協力:はたのさとし
お店情報
居酒屋 種よし
住所:大阪府大阪市天王寺区堀越町15-13
電話番号:06-6779-2370
営業時間:16:00~24:00(LO 23:30)
定休日:日曜日
※金額はすべて消費税込です。
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