大阪の食文化は面白い。知れば知るほど面白いが、当の大阪の人々の多くにとっては“それが普通”であり、私にとっては驚くほど安くて美味いものでも、「え? こんなもんやでー」とみんな平然とした顔で食べていたりする。
お値打ち価格で満足いく味の料理を提供しているお店があふれている大阪にあって、「このお店のこれは最高! 絶対食べてみて!」というような熱量のある情報に出合うのは実はなかなか難しいのだ。
そんな中、大阪ならではのグルメを魅力的に描くマンガ『ナニワめし暮らし』は貴重な作品である。
双葉社が発行する月刊誌『週刊大衆ヴィーナス』に連載中の本作は、2016年7月現在、コミックスの第2巻までが発売されている。ストーリーは、ふとしたことから大阪のシェアハウスの管理人になった東京出身のデザイナーが、大阪独特の文化とシェアハウスの住人たちに振り回されながら「お好み焼き」や「肉吸い」と言った大阪特有のグルメと人情にどっぷりと浸かっていくという内容である。
作者・はたのさとしさんの画力がとにかく高く、作中で描かれる“ナニワめし”には圧倒的な迫力がある。この絵のすごさを感じていただくためだけにでも、手に取っていただきたい一冊である。
今回はその『ナニワめし暮らし』の作者である、はたのさとしさんにインタビューを敢行。マンガに対する思い、大阪グルメの魅力についてなど、気になることをいろいろうかがってみることにした。
グルメ漫画を描くとは思わなかった
はたのさんにインタビューの場所として指定してもらったのは、大阪市北区南森町にある某喫茶店。作品の中にもさらっと登場するお店で、はたのさんがマンガのネーム作りなどの際にも訪れる行きつけのお店だという。
穏やかで物腰の柔らかい印象のはたのさんに筆者の緊張も少し落ち着き、まずは、はたのさんと大阪の関わりについて尋ねることにした。というのも、『ナニワめし暮らし』の主人公である茶谷正彦は、ひょんなきっかけで東京から大阪に引っ越してくるという設定になっていて、ひょっとして作者のはたのさんも東京の方なのかもと思ったからだ。
おお、大阪に長くお住まいなんですね。作中では、主人公の目に新鮮に映るものとして大阪の食文化が描かれているので、最近大阪に引っ越してこられたのかと勝手に想像していました。
なるほど、そういうものですか。(ここで注文していた「ミックスジュース」と「玉子サンド」が運ばれてくる)
このお店のミックスジュースは個人的に大阪で一番美味しいんじゃないかと思っています。ほら、ストローが立つんですよ! 濃度がすごいんです(笑)。
ストロー立ってますね! シャリシャリした食感も素晴らしいです。こっちの玉子サンドもびっくりするような分厚さですね。
最初に頼んだ時は驚きました。軽食のつもりで注文したんですが、食べ終わるとほぼ満腹になります。
玉子がふわふわで塩加減も絶妙です。美味しいですねー。
一見普通の喫茶店でもこういう印象的なメニューがあるのが大阪の面白いところだと思います。グルメ漫画を描き始めてからは街を歩いていて見る目が変わるというか、とにかく外食していても隅々までメニューを見てしまいます。端の方に面白いメニューがひっそり隠れていたりするので。
はたのさんは2012年にマンガ家として連載デビューされて、グルメをテーマにしたものは『ナニワめし暮らし』が初めてとのことですね。
以前は野球マンガを書いていました。その後にまた新しく連載の話をいただいた時、実はテーマは決まっていなくて、編集担当の方と話し合いながら、私はSFもののアイデアを持ち込んだりしたんですが(笑)、最終的には雑誌の傾向もあり“食”をテーマにすることになったんです。ただ、グルメ漫画はすでに素晴らしい作品が多数あるので、自分なりのオリジナリティーを出したいと考えているうちに、“大阪の食”でいこうということになりました。
作中に登場するお店や料理はどれも美味しそうで、私の知らないものばかりだったのですが、普段から食べ歩きをしているんですか?
友人と取材を兼ねて外食する機会を作っていて、主な情報源はそこですね。仕事とはいえ、美味しいものを食べに行けるので楽しいです。その中で、このお店を取り上げたいと思ったら改めて足を運んで、お店の方にできるだけたくさんお話を聞かせていただくようにしています。ただ単に美味しいものを紹介するだけのマンガにはしたくないのもありますし、そのお店の歴史を知るとストーリーが浮かんでくるんです。
はたのさんの絵はすごく綺麗ですが、特にやはり食べ物を描いた時のオーラがすごいと思います。食べ物を描く時にどんなことを大事にしていますか?
言葉にするのが難しいんですけど、強いてひとことで言えば“グルーヴ”です。その時、そのお店で、料理が目の前に運ばれてきた時の感動や、一口食べて「美味しい!」と強く思った時のその気持ちが反映された絵にしたいと思っています。ツヤや湯気の感じや、やはりパッと見た瞬間の印象を絵にする事が大事だと思うんです。
思わず食べたくなる! リアルな原画の数々
ここで、はたのさんの原画を見せていただく。
間近で見るその絵の繊細さに「うおー! すごい!」などと声をあげることしかできない私であった。
特にコミックスの表紙用に描いたカラー原画は色鮮やかで、その美しさにまたも唸ってしまうのであった。
はたのさんは、お仕事として専門学校でデッサンやマンガコースの講師もしているというほどで、描くことに対する並々ならぬ情熱と確かな技術をあわせ持っているのだなと、胸の中でしみじみ納得した。
ナニワ名物! セイロンライス カツのせ
『ナニワめし暮らし』に登場するグルメは当然はたのさんにとってどれも思い入れの強いものばかりだが、中でも“リピート率ナンバーワン”だという大阪市中央区西心斎橋の「ニューライト」というお店に案内していただくことに。
「ニューライト」は古着屋さんが立ち並ぶ若者の街・アメ村エリアの外れにある。創業57年になるという老舗で、なかなか年季の入った外観だ。
店内に入り、はたのさんおすすめの「セイロンライス カツのせ」と「ラーメン」をオーダー。ちなみにこのメニューは『ナニワめし暮らし』コミックス第1巻の第2話に登場する。主人公の茶谷と黒髪の美女・須山秋との初めてのデートという大事な場面である。
ほどなくして運ばれてきた「セイロンライス カツのせ」は、ルーとライスがあらかじめ混ぜ合わされたスタイルのカレー風おじや「セイロンライス」に薄く揚げたカツが乗り、卵の黄身が美しい一皿。
▲セイロンライス カツのせ(650円)
はたのさんも「綺麗でしょ!」とうれしそうだ。
スパイシーで奥行きのある味わいで、まろやかさの後から辛みがじわじわと来る。「セイロンライス」のルーはカレーのものとは別だそうで、牛肉や玉ねぎをカレー粉とともに炒め、鶏ガラ等をベースにしたスープを加えて煮込んでいるという。
カツにかかった甘めのソースと玉子の黄身が辛さをほどよく中和し、極上のバランスだ。
「セイロンライス」との相性が抜群だという「ラーメン」はあっさりとした醤油味ながら、魚介の風味が濃厚に香り、これだけを食べに来たいと思うほど、個人的には好みの味だった。
▲ラーメン単品(320円)
もやしと青ネギとチャーシュー、と具材も至ってシンプル。中太ストレート麺の食感もするすると心地よい。お店のお母さん、石村多津美さんによれば「ラーメンの麺抜き」というオーダーも可能だそうで、中華スープとして他のメニューと組み合わせるお客さんも多いのだとか。
「ニューライト」には、レゲエやヒップホップ系ミュージシャンがとてもたくさん来店でされるそうだ。アメ村にはクラブも多く、そこに出演するミュージシャンがこの店で食事をしていくという流れが徐々に生まれ、今ではレゲエ・ヒップホップ系ミュージシャンなら必ず行っておくべきお店として愛されるようになっているんだとか。お母さん自身もレゲエが大好きで、毎日のように近くのライブスペースに足を運んでライブを聴きに行くんだそう。
お母さんによれば、ニューライトにはミュージシャンが独自に考えたトッピングの組み合わせがいくつも存在するのだとか。例えばある有名なレゲエシンガーが考案した「焼きめし+カレー+生卵」という組み合わせはそのシンガーの名をとって「〇〇スペシャル」というメニュー名になっていて、誰でも注文することができる。このように、お店にはミュージシャンの名前を冠したメニューがいくつかあり、お母さんがそれをきちんと把握しているという。お店とお客さんとの素晴らしい相思相愛っぷりである。
最後は、はたのさんが「セイロンライス」を描いたカラー原画をお母さんにも見てもらい、記念撮影。
「まぁー! 綺麗に描いてくださって!」とお母さんもとてもうれしそうであった。
はたのさとし『ナニワめし暮らし』は『週刊大衆ヴィーナス』にて好評連載中。コミックスも第2巻まで発売中なのでぜひ手に取って、“ナニワめし”の世界に飛び込んでみて欲しい。
取材協力:はたのさとし @hatanosatoshi Facebook
お店情報
ニューライト
住所:大阪府大阪市中央区西心斎橋2-16-13
電話番号:06-6211-0720
営業時間:11:00~21:00
定休日:不定休
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