生まれて以来、東京で37年間を過ごし、おととし大阪へ転居することになった。一年半近くになった大阪暮らしの中、様々な場面でカルチャーショックを受けてきたが、やはり文化の違いを最も分かりやすい形で感じるのは「食」の分野だ。
「食」の分野、などと大げさに書いてしまったが、高級店には縁がなく、それに見合った味覚も持ち合わせていない私が行くのはもっぱらリーズナブルな居酒屋さんやラーメン店や定食屋さんといった類のお店ばかり。しかし、気軽に利用できるそれらのお店だからこそ、大阪の人々の本能のようなものが生々しく現れる、とも言える。
今回は、大阪初心者の私がこれまでの経験の中で感じた大阪ならではの食のアレコレについて紹介してみたいと思う。勘違いしている部分があったら大阪の方にツッコんでもらえたらうれしい。
たこ焼きが15個で100円である
大阪市此花区を歩いていたらこんな看板をみた。
たこ焼き15個100円 7個50円
ふーんと思いながら通り過ぎて「えっ!?」と引き返した。15個100円って、計算によると1個6.6円ぐらいだぞ。
ホントだろうかと思いつつ入店してみると、小さな敷地にテーブルがひとつ置いてあり席は3つ。店内で食べることもできるが、持ち帰りで利用するお客さんがほとんどのようだ。
早速15個入りをオーダー。すぐにお皿に乗ったたこ焼きが運ばれてきた。財布から100円玉を取り出し、支払う。
「外はカリカリ、中はふわふわ!」という感じではない。重力に身をまかせたペタンとした食感である。
だがそれが甘めのソースとあいまって絶妙な「駄菓子感」をかもし出してくれる。青のりもかかっているし、中にはちゃんとタコが入っている。そしてキャベツや紅しょうががたまに現れては素晴らしいアクセントになってくれる。
確かにチープな味わいではあるのだが、これはこれの美味しさがある。しかし大阪の安さに対する追求はこれだけでない。
うどんが120円である
たこ焼きも安いがうどんも安い。JR京橋駅近くにある某店では「かけうどん」が120円で食べられる。これも最初に「うどん・そば 120円」という看板を見かけた時は心底驚いたものだ。
店内は常に混雑しており、とにかく回転が速い。リズムに乗ってぱっぱっと食事して出ていくのがこのお店の混雑時の流儀であると思われる。
さっそく120円のうどんを注文してみると、この価格にしては十分すぎるほどのボリューム。
関西らしい薄い色のダシに、海苔一枚と刻んだ青ネギがたっぷり乗っている。コシとかどうとか、そんなことは考えずにありがたくいただくべき一品。このうどんに230円のカレーをつけたって350円である。なんと良心的な価格だろうか。
瓶ビールの大瓶が300円である
もちろんお酒も安い。大阪はとにかく昼からサクッと飲めるお店が多く、喫茶店でコーヒーを一杯飲む感覚でおつまみ一品と生ビールが楽しめたりする。もちろん、手の込んだ美味しい料理をじっくり味わえるお店もあるのだが、チョイ飲み需要にもきちんとこたえてくれる懐の深さがある。
私が手ごろな居酒屋さんを探す際、瓶ビールの大瓶の値段をバロメーターにすることが多い。380円、390円あたりで出すお店はザラである。この時点で東京の平均価格より100円安い感じがする。
しかしさらに安いお店だと1本350円を切っていて、なんと1本300円というお店まである。これはもうほぼ原価に近く、お店側が損をしているかもしれないぐらいの価格だ。
例を挙げればキリがないが、大阪府八尾市、久宝寺口駅前のとある居酒屋さんは大瓶を1本300円で提供しており、私がこれまでに見つけた中では最安値だった。
しかもこのお店、おつまみもみな安くてハイクオリティーなのである。マグロぶつが280円、サバきずし300円など、魚も新鮮で美味しいんだよなー。それらを激安の瓶ビールとともに味わえるんだから極楽である。
紅しょうがの天ぷらがうまい
また大阪の居酒屋さんで欠かせない定番メニューと言えばこれだろう。そう、紅しょうがの天ぷらである。牛丼や豚骨ラーメンにどさっと乗せたり、焼きそばにちょこっと盛られていたりするあの紅しょうがが天ぷらになるなんて、と大阪に来た当初は不思議だったのだが、食べてみるとサクッとした軽い食感と鮮やかに広がる酸味が酒のアテにぴったりなのだ。
「大阪の台所」の愛称で親しまれる中央区日本橋の黒門市場にも紅しょうが天を売るお店が並び、外国からの観光客にも好評だという。
私が好きで通っている大阪市福島区にある居酒屋さんでは「紅しょうがのかき揚げ」というメニューがあり、行くと必ず注文してしまう。添えられたマヨネーズをちょこっとつけると、これがまた絶品! 全国区になってもおかしくない美味しさだ。
と、ここまで大阪の食の「安さ」と「旨さ」に新鮮な驚きを覚え、喜んでばかりの私だったが、一点どうしても納得できないことがあるので最後に紹介したい。東京にいた頃の私が週2回程のペースで食べていた「アレ」が大阪にはないのである。
大阪にないもの、それは「タンメン」
東京にあって、大阪では見かけないもの……それは「タンメン」である。ご存じ、鶏ガラダシを塩で味付けしたスープにたっぷりの炒め野菜を乗せたラーメンのことだ。お店によっては「湯麺」と表記してるケースもある。具材は、キャベツや白菜、ニンジンやもやし、玉ねぎやニラ、豚肉やキクラゲといったところか。
東京だと「タンメン」の専門店があったり、「タンメン」が名物メニューの中華食堂があったり、また、そういう美味しいところを探さずとも、大衆中華料理店に入れば必ずと言っていいほどメニューにその名が見つかる。
お店にもよるがだいたい優しい塩加減のあっさりした味付けで、大量の野菜が摂取できるのも体に良さそうだし、ちょっと元気がない時や二日酔いの時など、私は無性に「タンメン」が食べたくなるのである。
なのに、それが大阪にはない。調べてみると諸説あるが「タンメン」は東京や横浜発祥とされていて、そもそも関東を中心に食べられているものらしいのだが、大阪にはそれに似たものも、ない。
「タンメン出すお店はありませんか?」と大阪の知人にたずねると、たいていは「担々麺……? ありますよ」と言われ、「じゃなくてー」と説明すると「野菜が食べたいなら『ちゃんぽん』でいいじゃないですか」と会話を切り上げられる。
ちゃんぽんも好きだけど、違うんだよー!! こんな時、「ああ、ここは大阪なんだな……」と孤独を感じるものである。
めげずにITの力を借りて調べてみると、大阪にもほんの少しだけだが、「タンメン」を出すお店があることが分かった(とはいえ2、3軒ほど)。その中でも一番自分の思うものに近い「タンメン」を出しているお店「ラーメン食堂 一(はじめ)」へ行ってみることにした。
大阪で初めて「タンメン」に出会う
大阪市平野区、地下鉄谷町線の出戸駅あるいは長原駅から徒歩8分ほどの距離にそのお店はある。
店内は奥に細長く、1階はカウンター7席、2階にテーブル席がある。入店するなりさっそく「タンメン」をオーダー。
中華鍋に大量の野菜が投入され、強い火力で一気に炒められる。これだよこれ!
運ばれてきたのが、これ。
どんぶりの水平ラインから山のように野菜がはみ出した一杯だ。美味そう!
このワシャワシャと大量の野菜をほおばる感覚がたまらない! 野菜をかなり食べたつもりがなかなか麺にたどり着かない。素晴らしい盛りだ。キャベツ、ニンジン、もやし、キクラゲ、ニラ、豚バラと行った定番具材に加え、シイタケやうずらの玉子も入っているのもまたうれしい。スープは鶏ダシベースに若干の豚骨ダシをあわせているらしく、少し白濁しているのも特徴。野菜の旨みが溶け出した奥深い味わいである。
大阪でこんな「タンメン」らしい「タンメン」が食べられるなんて……と感動しつつ、店長の内藤一さんにお話を聞いた。
── 大阪で「タンメン」が食べられるのは珍しいですよね?
「そうですね。大阪では『タンメン』を出す店がないので、うちの看板メニューにしようと思って、6年半前にお店を始めた時からやっています」(内藤さん)
── 看板メニューを「タンメン」にしようと思ったきっかけはあったんですか。ご自身がお好きだったとか?
「有名なグルメマンガを読んでいたら、そこに出てきたんですわ。それで美味しそやなぁと思ってね(笑)」(内藤さん)
── 野菜がすごくたっぷり入っていて、食べごたえがありました。
「よく『一日に必要な野菜の半分がとれます』みたいなメニューがあるじゃないですか。うちの『タンメン』は“一日分”の野菜がとれますよ(笑)。材料費がかなりかかるんで、どうしようもなくなったら全部もやしにしようかと思ってますけど(笑)、スープにホタテの貝柱を入れたりして、なるべく飽きのこない味を作っています」(内藤さん)
── 大阪に「タンメン」がないのはなぜだと思いますか?
「まず知られていないんでしょうね。あと、野菜を炒めるための強い火力と中華鍋が必要なので普通のラーメン屋さんだとあまりやらないんじゃないですかね。かといって、炒め物を出すような街の中華料理店でラーメン用の鶏ダシをイチからしっかり取っているところもあまりないから、なかなか作りにくいんと違いますか。大阪の方々も、ぜひウチに食べにきて『タンメン』を知ってもらえたらうれしいです」(内藤さん)
私と同じように、大阪へ引っ越してきたタンメン愛好家が食べにくることも多いという「ラーメン食堂 一」。久々に「タンメン」が食べたいという方も、「タンメン? 何それ?」という方も、ぜひ一度味わってみて欲しい。
お店情報
ラーメン食堂 一
住所:大阪府大阪市平野区長吉長原西3-5-16
電話:06-6799-3331
営業時間:11:30~14:00 17:30~23:00(日曜日・祝日は22:00まで)
定休日:月曜日・火曜日
書いた人:スズキナオ
1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。