ミステリーに登場する名探偵たちは、タフな事件の合間に、そして解決後にグラスを傾けます。今宵は主人公たちが愛した酒を飲みながら、その作品を楽しもうという趣向です。
『長いお別れ』&オールドグランダッド
まずは、ハードボイルドの代名詞ともいえる探偵から。レイモンド・チャンドラーが生み出したフィリップ・マーロウ。ロサンゼルスを舞台に、卑しき街を行く孤高の探偵にはハードリカーがよく似合います。そしてシリーズ最高傑作ともいえる『長いお別れ』(レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳 早川書房)にはこんな一文が登場します。
「ギムレットにはまだ早すぎるね」
『長いお別れ』より
あまりにも有名なセリフのため、作品を読んでいなくてもこのフレーズだけは耳にしたことがあるという人も多いのでは? なので、ギムレットを飲みながらこの小説を楽しむのをオススメしたい……、ワケではありません!
そもそもギムレットはショートカクテル。冷えてるうちに数口で飲み終えてしまうので、小説のお供としては不向きです。なので、私、カゲゾウとしては、劇中に登場する別の酒を推したい! それがこいつ、オールドグランダッド。
物語の前半、あるトラブルに巻き込まれ人物がマーロウの家を訪ねてきます。取り乱すその人物に対して、気付けがわりに飲ませるのがこのバーボン。家に置いてあるくらいなので、マーロウが普段から愛飲しているに違いありません。現在手に入れられるオールドグランダッドの中から、アルコール度数が高い「114」をチョイスしてみました。
同作品は、村上春樹の訳によって、『ロング・グッドバイ』というタイトルでも刊行されています。古今の名訳の読み比べもまた一興ですね。
『誘拐』&アムステルビール
ロバート・B・パーカーの小説に登場するのが私立探偵のスペンサー。ボストンで活躍するこの元ヘビー級ボクサーの探偵は、ウィスキー、カクテル、ワインとアルコールはなんでもござれです。が、彼がもっとも愛しているのがビール。なかでもオランダのアムステルという銘柄は、わざわざ輸入して自宅の冷蔵庫に常備しているほど。『誘拐』(ロバート・B・パーカー/菊池光訳 早川書房)ではこんな場面が出てきます。
一本、栓を抜いて半分飲んだ。
全くの話、オランダ人は人生の楽しみ方を知っている。
『誘拐』より
残念ながらこのビール、日本で扱っている業者・専門店がほとんどなく、現物は入手できませんでした(ノベルティグッズのグラスだけはなんとか手に入れましたが)。
でも、ご安心あれ。ビール党のスペンサーは、これまでに世界中の銘柄を飲み倒しており、ハイネケン、クアーズ、キリン、ベックスなど、日本のリカーショップでカンタンに手に入るものも多し! 好きなビールと共にページを繰れば問題ありません。
また、スペンサーは料理の達人でもあり、毎回うまそうな手料理やレストランが登場するもこの作品の魅力。ビールにチーズバーガー(スペンサーの好物)をプラスするのもアリですね。
『エンプティー・チェア』&マッカラン
捜査中のアクシデントにより、四肢麻痺となった元ニューヨーク市警のリンカーン・ライム。ジェフリー・ディーヴァーが世に放ったこの「安楽椅子探偵」は、ベッドに居ながらも、その明晰な頭脳と最新鋭の分析機器を駆使して、狡猾な犯罪者たちを追い詰めていきます。デンゼル・ワシントン主演で、映画化もされたシリーズ作品です。
そのシリーズ4作目の『エンプティー・チェア』(ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳 文藝春秋)に登場するのがスコッチ・ウィスキーのマッカランです。物語では、事件の解決後、パートナーのサックスとマッカランを楽しむシーンがあります。
コルクの栓を引き抜く。ぽんという軽い音がした。
「いいね、私の一番好きな音だ」リンカーン・ライムが言った。
『エンプティー・チェア』より
マッカランはシングルモルトのロールスロイスともいわれ、お値段もそれなり。特にリンカーンが飲んでいるのはマッカランの18年モノはこれ1本ン万円するシロモノ! なので、画像はマッカランのなかでも比較的手に入りやすいファインオークシリーズの10年モノです。
日本の探偵たちは……
さて、我が国にも名探偵はいますが、明智小五郎はお酒よりもコーヒーをたしなみ(それよりもさらに好きなのがタバコ)、また金田一耕介は、下戸ではないものの、気の抜けたビールをわざわざ飲むなど、あまりアルコールに強い方ではない様子。「探偵○○といったらこのお酒!」という作品を見つけられませんでした。
例外は御手洗潔で、短編集の『御手洗潔のダンス』(島田荘司 講談社)に収められた「近況報告」には、ブランデー、ウィスキー、ビールなどが好きであるということが書いてあります。
その代わり喫茶派は比較的多く、S&Mシリーズの犀川創平やガリレオこと湯川学は研究室でいつもコーヒーを飲んでおり(大学の教員はみんなコーヒー好き?)、日本の探偵はノンアルコールで難事件に立ち向かうことが多いようです。