女子プロレス界の女帝・ブル中野さんだから知る「底辺の食事」と「頂点の食事」【レスラーめし】

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「女子プロレス界のレジェンド」ブル中野さん【レスラーめし 第4回】

日々、リング上で熱い闘いを見せるプロレスラーたち。その試合の基盤にあるのはタフな練習、そして “食事” だ。その鍛えた身体を支えるための日々の食事はもちろん、レスラーを目指していた頃の思い出の味、若手の頃に朝早くから作ったちゃんこ、地方巡業や海外遠征での忘れられない味、仲間のレスラーたちと酌み交わした酒……。

プロレスラーの食事にはどこかロマンがある。そんな食にまつわる話をさまざまなプロレスラーにうかがう連載企画「レスラーめし」。

 

第4回に登場していただくのは元・全日本女子プロレスの「女帝」ブル中野さん

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現在の中野さんは、あの髪を半そりや逆立たせたいかめしい姿とギロチンドロップで相手選手をなぎ倒してたころからは想像もつかないスレンダーな美女。その変貌についてはテレビなどで広く紹介されたので、ご存じの方も多いと思います。

 

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「極悪同盟」の一員としてダンプ松本さんの脇に控える悪役レスラーから、女子プロレスを「ベビーフェイス・ヒール関係なく試合の攻防で魅せるもの」へと進化させた革命児。

 

アジャ・コング選手や神取忍選手との激闘でも知られ、特にアジャ・コング選手との金網デスマッチでの “4mの高さからのダイビングギロチンドロップ” は日本プロレス史に残る名シーンだ。

そして、WWE(当時WWF)から北朝鮮までの海外遠征で、世界に「ブル中野のプロレス」を見せつけた後、1997年に引退。

その後プロゴルファーを目指して3ヵ月で50キロの過酷な減量を行い、ダイエット本も発売して話題に。

現在は彼女を慕う後輩レスラーが集まるお店「ガールズ婆バー・中野のぶるちゃん」を経営している中野さん。その選手時代から選手後までの苛烈すぎる「食の思い出」をうかがいました。

 

いじめられていた新人時代

1983年に全日本女子プロレス(通称・全女)に入団した中野さん。プロテストに合格してデビューするまで時間はかかりましたが、身長170センチという恵まれた体格と絶えまぬ努力で新人のなかでも頭角を表していきます。しかし、その新人時代は中野さんにとって地獄でした。

 

──男子のプロレス団体だと、「皆でちゃんこを食べた」みたいな話をよく聞くんですけど、全女の寮での食事はどんな感じだったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:みんなで食べるって感じはなかったですね。みんな仲が悪かったんで。派閥があったりイジメがあったり、同期のなかでもいろいろあって。

 

──いきなり不穏な話ですけども……。それぞれひとりで食べていたんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:先輩にかわいがられてる後輩は、ご飯に誘ってもらえるんですよ。だけどそうじゃない子たちは自分たちで食べていくしかなかったんです。でもデビュー前の新人時代はお金がないんですよ。初任給が5万円で、寮費に5千円取られて、残り4万5千円でどうにかやんなくちゃいけなくって。お米だけは支給されるんで、おかずは自分たちで……。

 

──じゃあ自炊することをその頃に覚えたんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:ちょっとはやりましたけど、人気がある先輩たちがもらった差し入れの食べ残しを食べるとか、そんな感じでしたね。主食は食べ残しでしたね、本当に(笑)。それで生き残っていくしか、いじめられた新人は生き残っていけなかったんです。

 

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──ということは、中野さんはいじめられた側だったんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:そうですね。先輩にかわいがられるタイプじゃなかったんで、誰にも食事とか誘ってもらえなかったです。もう半年くらい口を聞いてもらえないとか、毎日地方巡業なんですけど、試合が終わった後バスの中でずっと立たされるとか、あと当時は殴る蹴るは日常茶飯事で。

 

──キツいですね……。ちなみに中野さんはなぜ先輩からのターゲットになったと思います?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:要領が悪かったし、仕事もできなかったし。あと、そういうのが目立つってことはお客さんから見ても目立つんですよ。だから「今のうちにつぶしておこう」って。

 

──ああ、印象に残るからこそ「こいつは私を追い抜くかもしれない」と。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:はい。全女で今までいじめられずにトップに立った人はいないです。いじめられる子ってのは、目立っているってことなんで。だからやられるんです。

 

──実際、中野さんはトップまでのぼりつめましたから、周囲の見る目はあったんでしょうね(笑)。だからといって、いじめられるとかありえない話ですけども。そんななか、先輩からかわいがられる人ってどういう人なんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:やっぱり要領のいい奴ですね。でも要領のいい奴って結局最後までいないんですよ。結局わたしみたいな、いじめられていじめられて、それでも残った奴ばかりがいるんで。本当に全女でトップ選手になった人ってのは、ひどいやつばかりだと思います。アハハハ! 

 

──さきほど「主食は先輩の食べ残し」っておっしゃってましたけど……。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:プロテストに受かると試合に出られるようになって給料も上がるんですけど、わたし一番最後までプロテストに受からなくって、ずーっと4万5千円のままだったんですね。ある日、同期が切り落としたきゅうりの端っこを三角コーナーの中に捨ててたんですよ。それを食べるか食べないかで、すっごい迷いました。これを食べたら自分がすごく惨めになるし、負けた気になるんで。でもきゅうりは食べたいし……そういう葛藤はしょっちゅうでしたね。

 

──そのレベルで食の余裕がなかったんですね……。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:あと業務用のすごい大きな紅しょうががあったんですけど、月末はそれをご飯にかけて食べてました。今日は紅しょうがいれて、次の日はしょうゆ、その次は味の素、ていう感じで食べてたんです。本当に食べ飽きるくらい食べていたので、給料をもらえるようになってからも、しばらく紅しょうがは食べられなかったですね。見ると思い出して具合が悪くなるんですよ。本当に毎日、食べていたんで。

 

──悪い意味での思い出の味、というか。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:だから本当に人気者になりたかったし、お金持ちになりたかったですね。

 

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歌って踊れるアイドルレスラーになりたかった

その後、全日本ジュニア王者になるなど順調に出世していった中野さん。

しかしある日を境にダンプ松本さん率いるヒール軍団「極悪同盟」の一員として、本名の中野恵子から悪役レスラー「ブル中野」に変貌。

髪の半分を丸がりにし、ヌンチャクを凶器に当時人気絶頂のクラッシュギャルズと抗争を繰り返す日々。

その闘いを通してメインイベンターに成長していきました。

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──中野さんは長与千種さんの付き人をするなどベビーフェイスとして嘱望されてたと思うんですが、まさかのダンプ松本さん率いる極悪同盟に入ることに。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:最初は歌って踊れるアイドルレスラーになることを夢見て上京してきたんですけどね(笑)。

 

──なぜダンプさんは中野さんを欲しかったんでしょう。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:同期の中で一番大きかったからですかね。それで「お前はデブでブスなんだから悪役しかないんだ!」って言われ続けて、洗脳されて最後は「はい」って言うしかなくって。

 

──ダンプさんは食事とかは連れて行ってくれたんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:一緒に食事に行かせてもらえるようになりましたね。回転寿司とかもなかった時代なんで、本当のお寿司屋さんに行って。でも新人だからお金なくって、カッパかタマゴばかり食べていました。

 

──そういうところも自腹なんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:はい。それでダンプさんが「いいよ、今日はおごってやるよ」って言われて「トロ!」って言ったら「いい加減にしろ!」って言われたの覚えてますね(笑)。

 

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──そのころダンプさんはかなり給料もらってましたか。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:めっちゃくちゃもらってました。昔は振込みじゃないから手渡しで現金をもらってたんですけど、ダン! ダン! ダン! って立つ封筒が3個とか。売れたらこうなるんだ、って思いました。

 

──でも中野さんも「極悪同盟」に入ったころからは、新人時代に比べたら給料も安定したんじゃないですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:そうですね。プロテストに合格して試合をするようになって、あとダンプさんと組んでメインイベンターになれたのと、ダンプさんがドラマ出たりとかでいろいろ一緒にやるようになって、お金はだいぶもらえるようになりましたね。それで生活はかなり安定したんですけど、寝る時間もないくらい忙しくなりました。試合が終わってからドラマの撮影に行ったりとか、本当に寝る時間がなくって頭がおかしくなりそうでしたね。

 

もう、女性として生きるのはやめよう

──あと、ヒールになると、当然「太れ」って話になりますよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:ダンプさんが体重100キロあったんで、わたしも身体を大きくしてやろうと思ってめちゃくちゃ食べました。朝にマックと吉野家の牛丼をファンの人に差し入れしてもらって食べて、会場に行ってまた食べるものをもらったり。

 

──差し入れがお菓子とかじゃなくてもうストレートに食事なんですね(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:そうです。ただそれでも92キロまでは太れたんですけど、なかなか100キロまでいかなくって。それでステロイドを打ったりして100キロまでいったんですけど。

 

──そこまでやって!

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:若いうちは、いろいろやりましたね。ステロイドは全女(全日本女子プロレス)専属のドクターがいて、どうしたら100キロまで行けるかを相談して、教えてもらって。打ったら練習がすごくしたくなるとか、精神的に女性から男性に代わるから不安定になるとか、すね毛が生えて生理が止まるとか言われましたね。一回打つたびに「これ打つと寿命縮むよ」とか言われたり。それでも3ケタの体重になりたかったんです。「この世のものじゃない何か」になりたかった。

 

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──最初はアイドルレスラーになりたかったのに、よくそこまで切り替えられましたね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:ダンプさんに髪を半分そられたときに、もう女は捨てようと思いましたね。それまで実は隠れて男性ファンとつきあってたんですよ(笑)。それも髪を切られたせいで別れちゃったんです。しかもその後、その彼は同期の子と付き合って……。

 

──うわー、それは絶望しますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:そういうのもあって「もう女性として生きるのはやめよう、わたしの生きる時間はプロレスの世界だけででいい」と思ったときに、はじめて自分はプロレスラーになれたんだろうなと思いますね。

 

髪を立てたまま3日間ブッ倒れたアジャ・コング戦

望まぬ道ではあったが、ヒールレスラーとして全女のトップ入りした中野さん。しかしクラッシュギャルズやダンプ松本さんら、看板選手が引退し観客が激減。

ただそこから自らの望む「ベビーフェイス・ヒール関係なく試合そのもので魅せるプロレス」を形にしていき、全日本女子プロレスに新たな黄金期を到来させる。

 

──メインイベンターともなると、地方巡業なんかでおいしいものを食べられたのでは? と思うんですが、いかがですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:それはありましたね。行った先の一番おいしいものを食べさせてもらえるんですよ。だいたい試合が終わったら、旅館とかで選手やスタッフ全員でご飯食べて、そのあとプロモーターさんがベビーフェイスか悪役のどちらかを呼んでご飯を食べに行くんです。それで呼ばれるのがだいたい悪役だったんです。ここで本当においしいものが食べさせてもらえる。

 

──思い出の味ってありますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:特に北海道はおいしいものばっかりで、毎日毎日……北海道の人でもなかなか食べられない刺し身があって、名前も覚えてないんですけど(笑)。1年のうちに日本3周くらいしてたと思うんですけど、毎日毎日おいしいものばかり食べていましたね。

 

──新人時代からは考えられないような食生活が。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:ホントですね……でも1ヵ月くらい日本中のおいしいものを食べて、それで東京に帰ってきてなにが食べたいかなって思ったら、ご飯と納豆、あと味噌汁。それだけでいいんですよね。いろんなおいしいものを食べすぎちゃって、やっぱりこれだー! って。フフフ。

 

──じゃあ、お金は持ったものの、食にお金を使う感じではなかったんですかね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:おごりだったら……(笑)。

 

──なるほど(笑)。では試合に絡めて食の話をしたいんですけど、メインイベンターになってアジャ・コング戦や神取忍戦をはじめとした大勝負があったと思いますが、試合の前日ってご飯は普通に食べられるものですか? プレッシャーがすごそうですけども。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:それは食べられてましたね。絶対に体重は100キロ以下に落としちゃいけない、っていうのがあったから、起きている時は「練習か、食べているか、試合してるか」という感じでしたね。食べてないと、どんどん体重が落ちていっちゃうんで。食べるのが練習でしたね。

 

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──ちなみに今のレスラーは「筋肉のことを考えてバランスよく食べる」とかが普通になっていますが、その頃のプロレスラーはそういう意識とかはあったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:なかったですね。今はけっこう皆(コスチュームで)お腹出すじゃないですか。昔はそういう衣装もそんなになかったんで。それに「大きければいい」っていう意識が強くて、アスリートっぽく、格好良くってのはなかったですね。ベビーフェイスのレスラーにはいくらかそういう雰囲気もあったかもしれないけど、わたしたちは女子じゃなかったんで(笑)。

 

──筋肉のためにというか、体格重視。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:とにかく強ければ、っていう。

 

──では終わった後、ご飯が食べられなかったくらいキツかった試合って思い出ありますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:アジャとの試合……金網デスマッチじゃなくって、その後のWWWA戦でアジャと闘って眼窩低(がんかてい)骨折して、頭の中を内出血した時は3日間寝続けてなにも食べられなかったですね。ほんとに水だけ飲んで、水着も脱げずに。髪の毛も試合のときの立ったまんまで(笑)。

 

──髪もそのままで3日間!

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:アジャの顔も腫れてしまって。アジャが先に呼んでいた救急車にわたしが乗っちゃって(笑)。その後アジャがまた救急車を呼んだんですけど、ふたりとも同じ病院に運ばれていたんです。で、近くで空手の試合もやってたらしくて、そこでけがした人もいて、ベッドが私、空手の人、アジャみたいな(笑)。普通試合した後に病院に行ったとしてもひとりだし、2人だとしても同じ病院に行くことはないですからね。

 

──ボロボロの女子レスラーが2人担ぎ込まれてきて病院もびっくりしたでしょうね、間にいた空手の人も。しかし3日間も食べられなかったら、その後はおかゆとかで徐々にって感じですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:どうだったかな~? すごいおなか空いて、焼肉を食べに行ったと思います、井上京子と(笑)。

 

──すごい! リハビリいらずですね

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:その頃は獄門党(極悪同盟の後、ブル中野さんをリーダーとして結成したヒール軍団)の皆と焼肉か居酒屋さんに行って、カラオケに行って歌って、最後はファミレスでハンバーグステーキとかそんな感じでしたからね。

 

──過去の自分みたいなことがないように、後輩をかわいがる先輩になったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:特に京子は本当にお酒が強かったんで、毎日一緒に飲んでましたね。京子が右と左で箸を使って、わたしの肉を焼いてわたしの皿に入れて、もう片方で自分のも焼いて食べるってのが出来るようになるくらい。「いいよ、気にしなくて」って言っても「大丈夫です!」ってやるんですよね。

 

──今のお店もプロレス時代の後輩が集まってますし、本当に中野さんは後輩たちから慕われてますよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:いえいえ……。でも本当にプロレスの話ばっかりしてましたね、食事の時も。頭の中は24時間プロレスの話。獄門党ってみんなそうで、絶対一番になろう! と思ってる子ばっかりでした。そういうところでも「自分が自分が」って感じでしたね。

 

──ちなみにここまでお酒の話が出てますけど、全女の「三禁」(酒・男・煙草禁止)って有名じゃないですか。お酒ってのは……。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:ガンガン飲んでました(笑)。

 

──あははは!

 

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f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:メインイベンターになって、20歳になれば暗黙の了解みたいな感じで、グレーな感じで(笑)。いちおう「見つかんなよ」ってプレッシャーはあるんですけどね。会社が目黒にあったんで武蔵小山に住んでる子が多かったんですけど、あのあたりはけっこうレスラーが住んでいたから行きつけのお店が多かったんですよ。そういうお店に行くと内緒にしていてくれるから、よく行ってましたね。

 

──今もお酒を出すお店をやられてるわけですけど、強い方でした?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:新人の時は当然飲んでなかったんですけど、ダンプさんに悪役になって教え込まれて。あの頃はバブルだったんで、アイスペールの中にヘネシーですよ(笑)。それで「一気しろ」とか、毎日毎日吐くまで飲まされて。このゴミ袋(ビニール袋)を耳にかけさせられるんですよ。それだと飲んだ後すぐ吐いていいよ! って。ずっと飲みながら吐いて(笑)。

 

──禁酒どころじゃないですね!

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:「吐いて覚えるんだ」みたいな感じでしたね。すごかったです。でも私がトップになってからは本当に飲めない後輩が増えてきたんで、そういう子には飲まなくてもいいよって。そういう人達は吐いた人の介抱をすることになるんですけどね(笑)。

 

引退後、2度の過酷なダイエットとの闘い

93年からは、WWFやWCWなど海外マットでも活躍した中野さん。97年に左靭帯(じんたい)を切る大けがに見舞われ、プロレス引退を決意する。

その後、プロゴルファーを目指すなかで行った減量について書いた『ブル中野のダイエット日記―19号サイズの私が9号サイズに』(ブックマン社)が話題になる。

2012年の結婚を機にやれていなかった引退興行を行い、ほぼ現役時代の身体でリングに登場してファンを驚かせた。現在は「ガールズ婆バー・中野のぶるちゃん」のママであり、タレントとしても活躍中だ。

 

──数々の激闘を繰り広げたプロレス引退後はプロゴルファーを目指し、まずダイエットに挑まれました。本も出されています。「部屋中を青色にして食欲を減退させる」という減量法で広く取り上げられましたよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:引退の時は115キロで、それから3ヵ月で65キロまで減らしましたね。

 

──3カ月で50キロの減量! 健康的に心配になるレベルですね……。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:その間は糖尿病の人と同じ食事をしてました。1日1,200キロカロリーで、それに毎日ジムやプールで運動して。

 

──それに食欲減退ダイエットをして。でも正直、部屋を青にした効果ってあったんですかね?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:青にしたからじゃないんだと思うんですけど(笑)。

 

──ですよね(笑)。絶対中野さんの意思の強さだと思います。ただ痩せるために運動するといっても、プロレスで相当けがもされているでしょうし、大変じゃなかったですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:はじめは全然歩けなくて、プールで1日中歩くところから始めて。プールで歩いてても膝が外れちゃうぐらいだったので、徐々に徐々に歩く距離も伸ばしていって。それでそれまでのプロレスラーの筋肉を、ゴルフ選手の細い筋肉に変えていくトレーニングをずっと続けていって。

 

現役当時にやっていたことは無駄じゃなかった

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──筋肉の質を変えなきゃいけないんですね。そのためにも痩せなきゃいけないと。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:ただジムに行ってる3カ月の間、事務の人たちが私がみるみる痩せていくから「悪い病気になっちゃったんじゃないか」ってうわさが広まったんですね。でもそれぐらい毎日毎日痩せていくんですよ。ジムのトレーナーの人とは相談しながらやったんですけど、立ちくらみしたり、もっとスローにしたほうがいいとか毎日話しながら。

 

──それで50キロ落として。しかも2012年には引退試合のために「レスラー時代の身体に戻したい」とまた100キロまで戻します。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:100キロに戻すっていうのもすごい大変で、それが9カ月かかりました。

 

──減らすのが3ヵ月で増やすのが9ヵ月と、増やす方が大変なんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:やっぱり自分の限界が90キロで、そこからが増えなくって。でもプロレスの練習を始めて動くようになって、また食べるようになって。それでまた100キロまで行けたんですけど難しいですね。今回はステロイドとかを使わなかったんで。

 

──でも引退興行で見せた最後の笑顔はすごく印象的でした。ヒールだからずっと笑顔を出せなかったのが、最後に笑って引退出来て。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:でも全然膝が駄目でしたね。靭帯(じんたい)を切っちゃったのと、半月板も取っちゃってるんで、片方だけ足がどんどん短くなっていくんですよ。

 

──その後、胃の一部を切除して再び減量されます。なぜそこまでするのか、というか、もうちょっとある程度のところで……という感じにはならなかったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:前は運動して痩せられたんですけど、今度はもう運動ができなくなったんですよ。普通の生活をするには膝を人工関節にしなきゃいけなくなって、人工関節にするためにはまず痩せなくてはいけない。でも運動できないから痩せることができなくて、じゃあ胃を切ってそれから人工関節にしようということになったんです。

 

──もう普通の生活をするためには胃を切除するしかなかったんですね……。それだけレスラー時代のダメージが響いて。

 

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f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:そうなんです。それで胃を切ったらすごい痩せて、その結果人工関節にしなくても歩けるように今なったんですけど。ただ、胃を切った最初の頃は水も飲めなくて。ペットボトルのキャップでちょっと飲んで吐いての繰り返しでしたね。とにかく何も食べられないし飲めないので、脱水症状と栄養失調で半年ぐらいベッドから起きられなかったです。

胃を切ってもすぐに食べられる人と全く食べられない人と何年間経っても食べられない人と、いろんな種類がいて、「やってみないとわからない」とは言われていたんですけど。それでやってみたら、今2年半経ったんですけどちょっとずつ食べられてるんで、良い方だったと思うんですけど。

 

──それで良い方なんですね。今、食事はどんな感じなんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:液体のものはどんどん吸収して負担がかからないので大丈夫なんですけど、固形物だと具合悪くなっちゃったりするんで、食事はサプリとおつきあいで行った時にちょっと食べるぐらいで。普段は1人前を1日かけて食べるって感じです。ただ、ちょっと食べるとすぐおなかいっぱいになるんで満足感はあるんですよ。すいません、食べる取材なのに。

 

──いえいえ! レスラーになったことで食に関してもいろんな経験や壮絶な体験をされているんですね。しかも現在進行形で。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:でもお酒は基本毎日飲んでます。お酒で糖質取ってます(笑)。

 

──あははは、今はガールズバー経営ですからね。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:「ガールズ婆バー」です(笑)。プロレスラー時代に習ったことで今一番役に立っているのが、ダンプさんに無理やり飲まされたお酒なんですよ。普通の人に「プロレスやろうよ」って言っても無理だし、ヌンチャクも何の役にも立たない。でもお酒だけは今でも役に立ってますね。

あとゴルファーを目指した時に、一般の方とお話をするっていうことを覚えたんです。プロレスの時はお客さんと話をしちゃいけなかったし、笑ってもいけなかった。壁を作らなきゃいけない仕事だったのが、今は入ってこさせなきゃいけない。ゴルフをやってなかったら、お客さんとの会話とか出来なかったかもしれない。

 

──当時のことが身を助けているんですね。しかもプロレスやゴルフ以外のことで。

 

f:id:Meshi2_IB:20180222174349p:plain中野:そうですね。役に立ってますね。プロのゴルファーにはなれなかったけど、その時に学んだことがいっぱいあって、現役当時にやっていたことは無駄じゃなかったなと思います。

 

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今の柔らかな笑顔から想像もつかない、壮絶な体験の数々を聞かせてもらったブル中野さん。現役時代の異名は「女帝」

闘いのリングからは降りたものの、その優しい語り口の端々から感じ取れる、生死ギリギリの試合や仲間との選手生活で磨かれ、鍛えられたハートの気高さは確かに“女帝”の名にふさわしい美しさがありました。

 

撮影:平山訓生

 

書いた人:大坪ケムタ

大坪ケムタ

日本全国どこに入っても手早く安心して食べれるチェーン店好き。特に茶色い食べ物と期間限定メニューには目がない。天丼はえび天よりかき揚げ派。普段はアイドル・芸能etcよろず請け負うフリーライター業。

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