後悔のない人生を選ぶために40代で教員から珈琲屋に 異業種からキャリアチェンジして見えた仕事の楽しさ

東京都・錦糸町駅近くにある「私立珈琲小学校」は、元小学校教員が店主のカフェだ。 小学校教員を21 年務めた後、2014年にキャリアチェンジした。店主の吉田さんに異業種からのキャリアチェンジについてあれこれ伺ってきた。

 

 

東京都・錦糸町駅近くにある「私立珈琲小学校」。

変わった名前のカフェだが、その名の由来は店主の前歴に関わりがある。

店主の吉田さんは、もともと小学校の教員を21 年務めた後、2014年にキャリアチェンジしてカフェオーナーになった。

現在も、カフェのお客さんやスタッフさんからは親しみをこめて「吉田先生」と呼ばれている。

 

そんな先生に、異業種からのキャリアチェンジについてあれこれ伺ってきた。

お客さんに「拒否する権利」がある仕事をしたい

珈琲小ブレンド(ホット)、あんバターサンド

―なぜ小学校教員からカフェ店主に、ガラッとキャリアチェンジしたんでしょうか?

 

吉田先生:もともと教員を定年までやろうと思ってたわけじゃなくて言ってる事とやってる事が違うようになったら、子どもの前に立てないよなぁと思っていました。

学校は子ども達が教員を選べないので、次はそうじゃない、お客さんに選ぶ権利というか、来なくていい権利や拒否する権利などがある仕事がやりたいなと考えていました。美容師も飲食店も、気に入ってもらえなければ2度目はない。そういう意味で、お客さんもお店も本来、対等ですから。

 

―お客さんに拒否する権利がある仕事ですか。教員ならではの目線ですね。

 

吉田先生44歳で教員辞めた時点で、カフェやろうと決めてたわけじゃありません。その頃、美味しいコーヒー屋さんにいくつか出合って。やっぱりコーヒーの可能性は大きいなと、カフェの道に進むことにしました。

思い返してみると教員時代もコーヒーにはこだわってました。移動教室の山登りでコーヒー淹れて飲むんですけど、なんかマズくて。移動教室の本番前に、実地踏査で何度か山登りするたびにコーヒーを持っていって、いかに美味しく淹れられるか挑戦してました。

 

自家製ハムサンドイッチ、珈琲小ブレンド(アイス)

 

ー未経験からどうやってカフェの知識を学んだんですか?


吉田先生退職金使ってカフェの専門学校に入りました。8か月ぐらい通って、コーヒーの淹れ方、エスプレッソマシーンの使い方、食材や店舗デザインなどを学んだんですけど、それだけでは、まだ足りない気がして。

授業で聞いた通りにやるだけじゃなく、自分の芯を作りたいなと。たとえば授業でかけ算を教える時、ただやり方を教えるだけではダメで、かけ算という考え方ってすごいなって子ども達の心を動かさないと伝わらないんですね。同じように、お客さんにいい店だなって感じてもらえる、その根幹って何だろうと考えてました。

専門学校だけでなく、自由大学という年齢関係なく学べる場にも通ってたんですが、オレゴン州ポートランドの話を聞いて、コーヒーへの気持ちが爆発して。実際に2週間ほどオレゴンに滞在しました。

 

ーポートランドの何がそんなに先生を刺激したんでしょう

 

吉田先生ポートランドのあるロースターさんに聞いたのですが、コーヒーに関わる全ての人が幸せにならなきゃ、美味しいコーヒーが淹れられないという考え方をしてたんです。たとえば、コーヒー豆を栽培するアフリカの農園で働く方々の支援をしたり。

ポートランドに滞在していた間は、1日5軒以上カフェを巡りました。そこでジョエルさんという、今でも尊敬しているカフェ経営者に出会って、機械の使い方や料理のレシピまでなんでも教えてもらいました。

ジョエルさんのスタイルに感服し、滞在中に食事を一緒に取っているとき「僕が開くカフェで、ジョエルさんが焼いた豆をぜひ使いたい。日本に送ってほしい」と申し出たところ、辞めたほうが良いよと断られたんです。「俺から買うと手間賃、輸送コストが乗っかって、原価が高くなる。それじゃあ、みんな幸せにならない。日本でやるなら日本で焼いた豆を使って、コーヒー淹れたほうが先生もお客さんも幸せになるよ」って言うんです。

そのコスト分も支払うって言ってるんだから、普通は仕事として応じてもらえると思うのですが、彼はそうじゃない。よりみんなが幸せになる選択をする。そんなこんなで、ますますコーヒーとコーヒーに携わる人たちに入れ込んでいきました。

 

40代で教員を辞めて異業種にチャレンジした吉田先生

 

―ちなみに教員辞めてカフェやることは、ご家族も賛成してくれたんでしょうか?

 

吉田先生家族はみんな大反対ですよ(笑) 。でも、あとで後悔しながらずっと生きていくことを思えば、どんな状況でも辞めていたと思います。

 

―経営されてる店舗が軌道に乗って、ご家族の意見が変わったんじゃないですか

 

吉田先生別に人気店ではないのですが(笑)。変わらないですね。でも、自分の人生なので。やらなければ後悔するし、後悔が少ない人生を送ることが大切だと思ってます。

「先生のお店行こう」が合言葉

売り切れた商品は「出席してます」

ーポートランドから帰ってきて、順調にお店を出せましたか?

 

吉田先生カフェの学校を卒業して、物件探ししたんですが、いい物件がぜんぜん見つかりませんでした。どれぐらい稼げるか読めないので、家賃にいくらかけていいのかもよく分からず。
そんな悩みをしょちゅう通ってた串揚げ屋さんに話したら「池尻大橋にある2号店が稼働してない状態だから、半年間だけ使わない?」と誘われまして。「すっからかんになってもいいや。チャレンジしなきゃ後悔する」と思い、やることにしました。

 

―串揚げ屋さんの居抜きですか

 

吉田先生そうですね。串揚げ用のフライヤーと油は撤去していただいて、居抜き状態の掃除から準備を始めました。
店名を「ジョエル珈琲」にするつもりだったんですけど、串揚げ屋さんの店長にもオーナーにも、その名前はイケてないと言われて。「元小学校の教員なんだから、先生のお店行こう、が合言葉になる店名がいいよ! 珈琲学校という名前なんてどう」とオススメされました。
飲食のプロに従ってみようと「私立珈琲小学校」を店名にしたわけです。

彼らの読み通り、今でも「先生のお店行こう」が合言葉になってます。

 

―半年間やってみてどうでした?

 

吉田先生目の前に100円でコーヒーが買えるコンビニがあって、ちょっと先には有名なフランチャイズ系コーヒー店の特別店もありました。全国から公募で選ばれた腕利きのバリスタが集まるコーヒー店で、しっかりエスプレッソマシーンで淹れるんです。強力なライバルに挟まれた立地なので「ここで上手くいくわけない!」って良く言われました。

でも開店してみたら、オープン初日にそのフランチャイズ系コーヒー店のスタッフさんが袋いっぱいにスコーンを持ってきてくれたんです。「一緒に池尻を盛り上げましょう!」って言ってくれて。すごく嬉しかったですね。その後も、そのコーヒー店のスタッフさんが、ちょくちょくコーヒー好きのお客さんを連れて来てくれました。
へんてこりんな名前なのでメディアに取り上げられたり、教え子が来てくれたり、地元の方も来てくれて、有り難いことに盛況な日もありました(笑) 。

 

最近、私立珈琲小学校に入った腕利きのバリスタさん

吉田先生で、その時、スコーン持ってきてくれたスタッフさんが、彼なんです。
元々チョコレートの会社に勤めてたんですけど、コーヒーを追求したいという事で、去年9月頃に私立珈琲小学校に入ってくれました。彼は腕利きのバリスタでもあるので、10年越しの「あの時の約束」が叶ったという思いです。
彼は豆を焼くのが上手いので、2023年の年末から豆の焙煎もお店でやってます。

 

ーええ、そんな繋がりがあったんですか! 池尻大橋のお店を閉めた後はどうされたんですか?

 

吉田先生池尻のお店を借りられる期間が終わって、その後、半年ほど店舗が見つからず困ってました。その頃、代官山のギャラリーオーナーから、ギャラリー兼カフェをやりたいという相談を受けていたんですが、話の流れで「良かったら、吉田さんがカフェをやってよ」と誘われて、有り難くお引き受けしました。2015年9月に池尻のお店が終わって、2016年7月からギャラリー内に併設する形で、珈琲小を再開させてもらいました。一文無しになりかけてたところを、救ってもらいましたね。
代官山では5年間やって。さらに自由にやってみたいと思い、2022年から錦糸町のこの場所でやってます。

 

教育と珈琲店、共通点は相手目線で考えること


―業種違いのキャリアチェンジで、大変だったことは何ですか?

 

吉田先生技術の無さですね。専門学校で習ったことが出来るようになっても、お客さんが沢山いる状況だとぜんぜん勝手が違うんですよ。お客さんが1人なら習ったまま出来るんだけど、いっぺんに沢山淹れるのは難しい。初めての飲食だったのもあって、1人で回すのが大変でした。

 

―それはやって慣れるしかなさそうですね……!

 

吉田先生業種が違うけど、共通点もあります。教員も飲食もいい仕事をしようと思ったら根っこは一緒。自分の目線だけで考えていたらダメだと思います。子どもたちとの授業の時、子どもたちからの目線、考え方で考える必要があります。飲食も同じで、自分が満足する物を提供するのではなく、相手が満足する物を探るのが重要です。
仕事に集中して、一人前というか、核になって仕事をする経験を積むことができたなら、どの職種でも共通する大切なことが見つかると思います。教員を21年じゃなくて、数年しかやってなかったら、こういうことにも気づけなかったと思います。


―もし教員を辞める前の自分にアドバイス出来るなら、どんなことを伝えますか?


吉田先生退職金は大切に使った方が良いよって伝えます。開業準備やコーヒー道具の購入、専門学校の入学金など、お店やってると本当に簡単にお金なくなるので。

 

―確かに、私も自営業をやっているのでわかるところもあるのですが、ほんと簡単になくなりますよね。最後に、今後の展望をお聞かせください

 

吉田先生教員になるのが子どものころからの夢で、それは叶いました。教員として楽しい時間を子どもたちと過ごせた。コーヒー屋になりたいという夢も、色んな人に叶えてもらった。貯金が6万円まで減ってしまった時代もあったけど、今ではこうして自分で家賃を払って、自由にやれる場所があります。今度は僕が、夢を持った人たちを応援したいと思っています。

今、お店でお菓子を作ってるスタッフがとても仕事熱心な子でして。「自分はお婆ちゃんにお世話になったから、生きてるうちに独立してお菓子屋さんを開いてるところを見せたい」って言うんです。

店舗が入っている建物のオーナーさんが、ここら辺でいくつか物件を所有されていて、そのうちの1つがテナントビルになる予定で。お菓子屋さん入れませんかって、その子を紹介してます。作ったお菓子、このカフェで仕入れたら家賃の足しになるでしょうし。
お店を開きたい方がいらしたら、赤裸々な失敗談もお伝えするし、勿論、コンサルティングや立ち上げのお手伝いもします。教員を辞めたいという方も結構、登校してくださいますので(笑)。
夢や目標に向かっている人たちを応援できるように頑張ります。

 

お店情報

私立珈琲小学校 Coffee Elementary School

住所:〒130-0013 東京都墨田区錦糸4-9-9 宮本マンション2-102
定休日:なし

営業時間:月(テイクアウトのみ)8:00~15:00、火~金 8:00~18:00、土日祝 8:00~17:00

サイト:私立珈琲小学校サイト

 

 

書いた人:松澤茂信

松澤茂信

珍スポットマニア。日本全国1,000ヵ所以上のちょっと変わった観光地や飲食店を巡り歩いています。

 

 

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