「絶対に感動するから、宇野牧場の牛乳を飲んでこい」
衝撃の牛乳に出会ってしまいました。
北海道・天塩町。
稚内から車で1時間ほど南下した場所にある人口3,000人ほどのこの町には、人間の数を遥かに越える1万数千頭の乳牛が暮らしています。
私は釣りをしに天塩を訪れたのですが、港で知り合った住民の方々に「絶対に感動するから、宇野牧場の牛乳を飲んでこい」と熱弁され、海原から草原へとやってきました。
▲かわいいロゴマークが目印
酪農が盛んなだけあって海を離れるとすぐ、あちらこちらに牧場が見えてきます。
そんななかでひときわ存在感を放っていたのが、噂の「宇野牧場」さんです。
▲都会の喧噪と間逆過ぎて、リアルに天国だった
広々とした草原で牛たちが牧草を食べたり、ゴロゴロ昼寝をしていたり。果てしなく続く緑の絨毯にたくさんのお花が咲いており、まるで天国のようでした。
一緒にお昼寝したい……とふらふら牛に近付く私。そこに声をかけてくる1人の男性が。
宇野さん:こんにちは。宇野牧場に何かご用ですか?
── はっ! 勝手にすみません。港で釣りをしていたら地元の方達に「宇野牧場の牛乳を飲め」と勧められて来ちゃいました。ここで牛乳が飲めるんですか?
宇野さん:飲めますよ。向こうにカフェがあるので、そこで買っていただけます。でも、せっかくだから牧場も見ていきます?
── いいんですか? ぜひお願いします。
酪農の質を追求していたら「集約放牧」になった
▲地平線が見えちゃうレベルで広い
── それにしても広大な敷地ですね。
宇野さん:そうですね、まあ東京ドーム40個分くらいですよ。
── それは広い……いったい何千頭の牛を飼ってるんですか?
宇野さん:牛はだいたい110頭くらいですね。
── こんなに広い土地で110頭……それって、少ないんじゃないですか?
宇野さん:うちは国内では珍しい「集約放牧」という育て方をしていて。とにかく酪農の質を追求しているので、これくらいが適正かなと思っています。
── 「集約放牧」という言葉は初めて聞きました。普通の放牧とは違うんですか?
宇野さん:日本では一般的に放牧というと、1日のうち決まった時間だけ外に出して、夜は牛舎に戻します。エサは草も食べさせますが、穀物飼料などを混ぜて乳量を増やすように促すんです。
── 確かに乳牛って牛舎でもしゃもしゃ飼料を食べているイメージが強いです。
宇野さん:うちの牛たちは365日24時間、常に外で放牧されています。食べたい草を食べたいときに食べ、休みたいときに休む。穀物飼料などは一切与えていません。
── そんな「放置プレイ」な育て方があるんですね。
宇野さん:実は放置とは違って、牛たちは自由気ままに過ごしているものの、完全に管理された環境にいるんです。
── どういうことですか?
牛たちが食べきる量になるよう牧草をデータ管理
▲針金に触るとビリッと電流が走る
宇野さん:そこらに木の杭と、針金のような線が見えますよね。あれを使って毎日2回、牛たちが過ごす場所と面積を操作しています。牛たちがちょうど食べきれるだけの牧草を与える。これがもっとも重要で難しい仕事なんです。
── お腹いっぱいになったら、牛たちが自然と食べるのをやめるからOK……じゃないんですね。
▲のんびりした雰囲気だけど、がっつりデータ管理されている
宇野さん:牧草は短いものの方が栄養価が高いんです。短いものは穀物並みの栄養があるし、消化にも良い。それに比べて伸びてしまった草は、栄養価が低いんですよ。広すぎる土地に牛を放つと、美味しい草ばかり食べて残りの草が伸びきってしまう。結果として、使えない牧草ばかりが残ることになるんです。
── なるほど。牛たちが選り好みせずに食べきる量を、日々計算されているんですね。
宇野さん:はい。牛たちの体調はもちろん、牧草の長さ、天気、気温などさまざまなデータをとって計算しています。
── すごいですね。日本ではあまり実践されていないんですか?
宇野さん:酪農先進国といわれるオーストラリアやニュージーランドでは盛んなんですけどね。私は日本の大学で酪農を学んだ後に現地まで見に行き、勉強させてもらったんです。「集約放牧」をはじめて、もう14年かな。
── この方法だと何がいいんですか?
▲幸せそうに寝そべる牛
宇野さん:私は酪農で大切なのは乳量ではなくて、「いかに健康な牛が育てられるか」だと思っています。例えば化学肥料や遺伝子組み換えによってつくられた飼料、そして運動不足による体調不良を防ぐためのサプリメントや薬品。それらを常に与えられた牛が本当に健康なのかなと。
── 確かに。人間だと授乳期にはサプリメントや薬を控える人が多いですが、一般的な乳牛は乳を搾られる期間中、あまりそうしたことを考慮されない環境にいるわけですよね。
宇野さん:それに比べると、うちの牛たちは健康そのものです。ちなみに牧草を生やす土にもこだわってるんですよ。日本で「良い土」とは100万の微生物がいる土と言われているのですが、うちの土には200万の微生物がいるんです。
▲牧草の長さを計測する宇野さん
── そんな土と牧草に育まれた牛の乳は、とても体に良さそうです。味などにも変化があるんでしょうか?
宇野さん:まず「臭くない」のが特徴です。“乳臭さ”は穀物飼料が大きな原因なので、牧草だけで育った牛の乳は臭いがありません。味も爽やかで甘みがあり、あとは四季ごとに食べる(生える)草が変わるので、牛乳の味も変化していきます。この味わいと安全性は「世界最高峰」だと自負しています。
── おもしろいですね。ぜひ飲んでみたいです。
宇野さん:それではさっそくカフェに行ってみましょう。
「世界最高峰の牛乳」とスイーツを食べてみた
▲写真では分かりませんが、カウンターの反対側は全面、窓
── 牧場の様子が見えるカフェなんですね。
宇野さん:はい、時間帯によっては大量の牛が歩いているのを見られますよ。
牛乳の他にもいろいろありますが、何にしますか?
▲この他に軽食(コーンシチュー)などもある
── どれも美味しそうです。まず牛乳は必須ですね。あとソフトクリームにパンナコッタも食べたい……それと「トロケッテ・ウーノ」って何ですか?
宇野さん:酪農家の家庭料理をベースにした、うちのオリジナルスイーツです。
── では、それもください!
▲どのアイテムもデザインがかわいくて映える
── おお! なんて草原に映えるメニューたち。溶けちゃうから、まずはソフトクリームかな。
宇野さん:一瞬待ってください。店内のオブジェと見比べてほしいんですが……。
▲再現性が高過ぎて笑った
── なんと。まったく一緒のフォルムだ。
宇野さん:この「もこもこ感」を再現したくて研究したんです(笑)。引き止めてすみません、どうぞ召し上がってください。
── ものすごくふわふわしてます。ソフトクリームでこの食感は初めてです。味は濃厚なんだけど、後味が全然くどくない。むしろ食べた後はさっぱりしますね。
宇野さん:雑味が無いですよね。牛乳はよりわかりやすいので、飲んでみてください。
まったく臭みがない
▲色がわかりやすいよう、コップに注いでみた牛乳
── なんだか少し黄色っぽいような?
宇野さん:そうなんです。牧草だけを食べさせた牛の乳は、少し黄色くなるんですよ。
── そして肝心の臭いは……。
▲だいぶ嗅いだが、本当に乳臭さがない
── ない。乳臭さが全然ないです……これ、本当に牛乳ですか?
宇野さん:はい、100%牛乳ですよ。さあ、飲んでみてください。
── おおおおおおお! なんですかこれ……牛乳なんだけど、牛乳じゃないような。
宇野さん:びっくりしました?
▲爽やかなおいしさに、思わず「ぷはーっ」
── びっくりというか、衝撃です。しっかり甘み・うま味があるのに、口の中にまとわりつく感じがゼロ。牛乳って、牛の育て方によってこんなに爽やかな飲み物になるんですね。
宇野さん:手間もかかるし、この育て方だと1日あたりに採れる牛乳の量も1頭から20リットルと、一般的な乳牛の半分程度になってしまうんです。それでも、この美味しさと安全性に絶対的な価値を感じています。
── この牛乳は本当にすごい。これが給食で採用されたら「牛乳が飲めなくて居残り」なんて小学生はいなくなると思います。
▲ギフトにも良さそう
宇野さん:パンナコッタも自信作なので、食べてみてください。
── なんだかトロっとしてますね。そして、こちらもまた美味しい。牛乳以外の余計な甘さがほとんどなくて、優しい味です。そして最後、ほのかに塩っぽさを感じるような。
宇野さん:よくわかりましたね。実はゼラチンの代わりに「にがり」を使って牛乳を固めているんです。
── スイーツに「にがり」なんて、珍しいですね。
宇野さん:ゼラチンや寒天はどうしても味や臭いに影響が出てしまって。普通は他の調味料を足して分からなくするようなんですが、牛乳本来の味をそのまま残したくて試行錯誤した結果、「にがり」に行き着きました。
── 確かに牛乳本来の甘みがしっかり感じられるし、臭いもありません。塩っぽさもラストに一瞬感じるくらい。むしろ「スイカに塩」のように、牛乳の甘みを引き立ててくれています。
▲商品名もゆるくて良い
宇野さん:そしてラストは「トロケッテ・ウーノ」です。軽く振って飲んでみてください。
── なんだろ、この不思議な食感は……ヨーグルトとも牛乳とも違う……。もっとなめらかな感じですね……。
宇野さん:こちらは「牛乳豆腐」という酪農家の伝統料理をスイーツ風に作り直したものなんです。
── 豆腐ですか。確かに豆腐を極限までトロットロにした感じかもしれません。
宇野さん:牛乳豆腐は、酪農家が食べる「まかない」みたいなものです。温めた絞り立ての牛乳にお酢を入れて混ぜると固形状になり、分離した水分を漉したら完成、というのが伝統的な作り方です。
── お酢っぽさも全然ないんですね。
宇野さん:実はトロケッテ・ウーノも固めるのに「にがり」を使っているんです。お酢でも試したんですが、どうしても酸味が出てしまって。
▲優しい味と食感に筆者もトロけてしまった
── 「にがり」が大活躍ですね。パンナコッタ同様、牛乳本来の甘みをしっかり感じられます。味も食感も優しくて、飲みながらトロけてしまいそうです。
宇野さん:トロケッテ・ウーノはちょっと遊んでいて、今飲んでいただいたのはミルク本来の味をストレートに楽しんでいただく「プレーン」です。その他に「いちご」「ハスカップ」「抹茶」「あずき」をご用意しています。
── 全種類、制覇してみたいです。
集約放牧をたくさんの人に知ってもらいたい
▲宇野さんも初めて気づいた、頭が完全にハートな牛
── それにしても、牛たちは可愛いし、牛乳もスイーツも美味しいし、最高でした。この味が東京でも楽しめたらなあ。
宇野さん:実は東京進出を検討しているところなんです。この牛乳の美味しさと、集約放牧の可能性を拡げるためには、たくさんの人にまず「知ってもらう」ことが必要ですから。
── ぜひ東京にもこの牛乳で進出してくださったら嬉しいです。もっと集約放牧を拡げたいと考えてらっしゃるんですね。
宇野さん:はい。私は多くの人に支えられて、この「集約放牧」で一定の成果を出せるようになりました。でも自分だけが良ければいいかと言うと、それは違うと思うんです。「集約放牧」は牛も人も幸せになれる素晴らしい技術なので、ぜひ日本でも多くの酪農家さんに実践していただけたらと思っています。
── もし宇野さんの元で学びたいという方がいたら、技術を教えますか?
宇野さん:もちろんです。「集約酪農」を拡げてくれる同士を増やして、日本の酪農を更に価値あるものにしていきたいです。
・・・
宇野牧場の牛乳のように優しくて爽やかな笑顔の宇野さんは、徹底したデータ管理で牛たちを管理するクールさと、日本の酪農をもっと良くしたいという情熱に溢れた素敵な方でした。
筆者も衝撃を受けた「世界最高峰」の牛乳。
「集約放牧」の広がりと共に、日本全国で飲めるようになる日が楽しみです。