このラーメンのスープは──
他のどこにもない、濃厚な昆布出汁のパンチに満ちている───
※当記事は、検温や殺菌消毒など可能な限りの感染防止対策を行った上で取材しています。
日本一行きづらいラーメン店
そのラーメン店の名前は「らーめん味楽」。
本店は北海道の離島「利尻島」にあり、支店を新横浜ラーメン博物館に持つラーメン店だ。
本店のある利尻島は、北海道の北部に浮かぶ離島で、通称「夢の浮島」。島内の人口はわずか約5000人である。
それは、標高1,721mの利尻山が海の上に浮かんでいるように見えるということから名付けられた。どこを切り取っても絵になる美しい島だ。
そしてこの島で採れる食材といえば、昆布。
利尻島で採れる昆布は利尻昆布として知られ、その上品かつ力強い出汁の味は京懐石をはじめ様々な料理で使われている。
そんな利尻昆布をふんだんに使ったラーメンを提供するお店が、今回紹介する「らーめん味楽」だ。
らーめん味楽は、利尻島内の沓形(くつがた)という街にある。
昼時ともなれば、お店の前には多くのお客さんが行列を作る。利尻島随一の評判店だ。
営業時間は11時半から14時までと短い。
東京を出発して利尻島のらーめん味楽に行こうとしても、出発したその日のうちに食べることは不可能。
そうした事情から「日本一行きづらいラーメン店」と呼ばれることがあるほどだ。
しかし2018年3月、2店舗目となる店舗が新横浜ラーメン博物館にオープン。
日本一行きづらいラーメン店が首都圏に初出店ということで大きな話題となり、連日の長蛇の列となった。
濃厚な昆布出汁のパンチがたまらない
らーめん味楽の創業時からの代表メニュー、「焼き醤油らーめん」(880円)。
特徴は、何と言っても濃厚な昆布出汁のスープだ。
昆布だけではなく鶏ガラや豚骨出汁も重ねているとのことで、複雑な旨味が全力で舌を襲ってくる。
麺は札幌の西山製麺製、太ちぢれ麺。北海道で味噌ラーメンを食べたことのある人にはおなじみの麺だろう。
コシがあって喉ごしが良く、スープとの絡みも抜群だ。
厚みのあるメンマと……
ソフトな噛み応えのチャーシューも、焼き醤油ラーメンに華を添える。
この1杯を食べるために利尻島まで来た、という人も多いのだとか。
利尻の本店で食べるらーめん味楽、格別の味わいだ。
多くの人を引きつけるらーめん味楽の美味しさの秘密はどこにあるのだろうか?
創業者である江刺家さんにお話を伺った。
昆布専用の部屋を確保し、徹底管理
お話を伺ったのは、らーめん味楽取締役社長の江刺家美次(えさしか みつぎ)さん。
公務員を早期退職し、未経験だった飲食業に飛び込んだ江刺家さん。試行錯誤の末、利尻島に「らーめん味楽」をオープンさせたのが2007年。
利尻島は奥さんの故郷であり、ご自身も仕事で訪れたことがあったりと、縁を感じる場所だったという。
──圧倒的な昆布出汁のスープですが、なぜこのスタイルになったのでしょう?
江刺家さん:利尻でやるのだから利尻の食材を使おうと。ここなら利尻昆布もたくさん使えるし、やってみようかということになったのです。
──ただの昆布出汁を超えて、もの凄く深みとパンチがあるけど甘みすら感じるような味になっていますよね。
江刺家さん:それは、長期間熟成させた一等品の利尻昆布を、通常ではあり得ない分量で使ってるからでしょうね。
▲大量の昆布を寝かせている部屋に案内してもらった
──この部屋にある段ボールの山は、全て昆布なのですか?
江刺家さん:そうです。この部屋で一年中、湿度を管理しながら昆布を熟成させてるんですよ。
▲ズシリと重たい利尻昆布の束(単位は「駄」)。一つの駄が15キロで、市場価格は1箱20万円くらいかも? とのこと。毎年10~15駄ほどを購入している
▲夏場は特に湿度に気をつけているのだという
熟成させるため「3年寝かせる」
──昆布はどれくらいの期間をかけて熟成させるのですか?
江刺家さん:3年寝かせますね。例えばこの箱に押印されたスタンプを見てもらえば2018年になってると思いますが、これが現在3年目ということです。
▲2018年のスタンプが押印されている。等級は1等で最上級のものだ
──3年寝かせるとどのような変化が?
江刺家さん:昆布は乾燥させてから時間を置くことによって、出汁の出方が良くなるんです。3年寝かせるとちょうど理想の出方になってくれて、香りも立ちます。
▲表面の白いのはカビではなくグルタミン酸。つまり旨味成分だ。両側のヒラヒラ部分も切り取られ、いよいよ加工直前状態に
──熟成でそんなに変わるんですね!
江刺家さん:変わりますね。いろいろと試してるところです。これなんて店がオープンした当時くらいの、2008年の礼文産 天然ものです。香り、どうですか?
▲2008年 礼文島産の天然昆布
──(クンクン……) おおお、上品で甘い香りが漂ってきます!
江刺家さん:でしょう。京都の料亭なんかがもの凄く欲しがるのではないかなと思うくらいです(笑)。
──3年寝かせた昆布を、どれくらいの分量使うのですか?
江刺家さん:まず、細かくカットするんです。
江刺家さん:そして使うのは、1日でこれくらい。これでだいたい120人分でしょうかね。少なく見えちゃいますけど、板にして4枚分になりますね。
──す、すごい分量!
江刺家さん:こんな感じで、3年前に寝かせたものをこれから使うんです。新横浜ラーメン博物館店にも送って、本店と同じ味になるようにしないといけない。で、秋頃になると次の3年後のために仕込むというサイクル。ここでは全てが入りきらないので、熟成用の倉庫を別に借りているんです。
──まさにワインのようですね。こんなに大量の昆布を熟成させているラーメン店も珍しいのでは?
江刺家さん:最近は利尻昆布を使ったラーメンというのも増えてきましたけど、一口に利尻昆布といってもピンキリなんですよね。ほんの少し使って出汁を取っても、「利尻昆布の出汁」って言えちゃうんです。うどんやそばだと昆布出汁が前面に出るからわかりやすいんですけど、それに比べればラーメンは分かりにくい。そこで、本当に昆布の美味しさをラーメンで出そうと思ったとき、利尻島産の一等品を使って、これくらいの分量と3年寝かせる熟成にたどり着いたわけです。
昆布出汁に8時間、野菜出汁に5時間
──そしてこの昆布を使って、スープを作っていくんですよね。
江刺家さん:まずは昆布と水を鍋に入れ、ゆっくりと煮出して出汁を抽出するんです。
▲3年寝かせた昆布が投入される
江刺家さん:昆布出汁の仕込みは8時間かけてます。そうすることで翌日にはエグみがなくて濃厚な昆布出汁が取れるんですよ。
▲煮詰めすぎると(香りや風味が)全部「飛ぶ」から、その前に火を止めるのが肝心とのこと
──こちらの鍋では何を煮込んでいるんですか?
江刺家さん:これは野菜、鶏ガラ、豚骨です。ブイヨンみたいなものですね。味楽で使ってる出汁は昆布だけじゃなくて、野菜と鶏ガラ、そして豚骨からも出汁を取って重ねてるんです。でも、これがメインにくるようなバランスではなくて、あくまでも味に深みを出すためにやってます。
──こちらはどれくらい煮込むのでしょう?
江刺家さん:5時間は煮込むようにしてます。これも前日に仕込みをするようにして、翌日の朝にはアクを取って仕上げます。
──翌日には、昆布と野菜、それぞれの出汁が出来上がりますよね。その後は?
江刺家さん:昆布の出汁と野菜の出汁を一つの鍋に混ぜて、やっとらーめん味楽の出汁ができ上がります。
看板商品「焼き醤油らーめん」の秘密
らーめん味楽の創業時からの看板メニュー「焼き醤油らーめん」は、醤油を中華鍋で焼くという独特の工程が入る。
──焼き醤油というだけあって、醤油を焼くのですか?
江刺家さん:焼き醤油らーめんはその名の通り、醤油を中華鍋で焼くんです。
▲醤油と香味油をミックスして……
▲中華鍋にドロップ!
▲素早くかき混ぜると、香ばしい香りが立つ
▲ここに出汁をドロップ!
▲完成! これが「焼き醤油らーめん」のスープだ
──本当に「焼き醤油」なのですね! このような処理をすると、どんな効果が生まれるんでしょう。
江刺家さん:醤油を焼くのは母ちゃんの発見なんです。普通に作ったら普通のあっさりした醤油ラーメンになっちゃうんです。それじゃインパクトが無いなあと思って。醤油を焼くことによって甘みや香ばしさが出てくるんですよね。昆布出汁とも合うと思いますよ。
──これほど手の込んだ工程で作られているとは驚きでしたが、深みのある味わいを考えれば納得です。
ビブグルマンに選出され一大転機に
──らーめん味楽さんは、2007年にオープンされてますが、これまで苦労などはありましたか?
江刺家さん:1年間通して考えたとき、利尻島の人口が増えるのは観光客が来る夏の時期で、冬は食べ歩きに島に来る観光客が少ないんですよ。だからなかなか知ってもらえなくて。出張で来られたお客さんの間で少しずつ口コミで広がっていったのか、売上げも少しずつ上がってきてたんですが、最初3年くらいは赤字で、兼業しては補填してましたね。
──それは心折れそうになりますね……。
江刺家さん:でもラーメンを辞めてこの建物を住居にするにはちょっと広すぎるよなぁ、とか考えてました(笑)。
▲らーめん味楽 本店の座敷席。広い!
▲以前は民宿、その前は昭和初期からの海産物問屋だったというだけあって、相当古い。応接間だった部屋には昭和初期の書院造りがまだ残されている
▲テーブル席のフロアにある古い金庫も、海産物問屋時代からのものだ
──赤字がずっと続くと、廃業せざるを得ないですよね。
江刺家さん:実はその後に大きな転機が訪れまして、『ミシュランガイド北海道 2012 特別版』(以下、ミシュラン)に選ばれまして。北海道にあるラーメン店の中から、19店舗に称号が与えられる「ビブグルマン」がいただけたんです。
──それは大きいですね! 反響はどうでしたか?
江刺家さん:ここからテレビの取材などが増えて、口コミでどんどん広がっていきまして。新聞、雑誌など、かなりたくさんのメディアに取り上げてもらいました。うちと同時にミシュランで取り上げられた札幌のお店は急にお客さんの数が爆発したと聞いたのですが、こちらは離島なので(笑)。お客さんは徐々に増えていったという感じでしょうか。その後、2017年にも再度ビブグルマンの称号を得ることができました。
──ミシュランに2回掲載ですか! しかしその影響力、半端ないですね。
江刺家さん:遠くの方にも興味を持ってもらえたのか、「やっと来られた!」とおっしゃるお客さんも増えてきましたね。
ラー博出店で一気に首都圏の知名度UP
──そして新横浜ラーメン博物館(以下:ラー博)に出店、と。
江刺家さん:2017年の3月にオープンさせていただきました。実はその前々年にラー博さんからお話をいただいていたのですが、2店舗目を回すための人が足りなくて、絶対無理だと思ってたんです。でもラー博さんからの熱烈なオファーがあって、何とかしようと準備しました。
──そもそも利尻島と新横浜、めちゃくちゃ遠いですからね……。それでもなんとかオープンに漕ぎ着けた。
江刺家さん:オープン時はこっちの本店を一旦閉めて、向こうに集中しました。あれは大変でしたね。
▲オープン半年後、2017年10月のラーメン博物館館内の様子。らーめん味楽は60分待ちの大行列!(筆者撮影)
──連日、長蛇の行列になってましたね!
江刺家さん:もう、めちゃくちゃ忙しくて。常にフル回転で動かなければならなかったので大変でした。今となっては良い思い出ですけど。安定して運営できるようになったのは、ほんの最近のことですね。人もやっと揃ってきました。
──お客さんの反響はいかがでした?
江刺家さん:たくさんいただきました。凄かったですね。直接お客さんとお話する機会は少ないんですけど、「ラーメン博物館で食べたので、利尻島の本店に来てみました」という方はどんどん増えてきました。そして面白かったのは、「あえてラー博の味楽には行かず、先に本店に来ました!」という方もいらっしゃって。そんなお客さんもいるんだなぁ、と思いましたね(笑)。
▲らーめん味楽のラー博店内に飾られている、利尻昆布の生産証明書と販売証明書。利尻漁協が生産し、利尻町沓形の米田商店から購入したという証だ
▲ラー博店では江刺家さん夫妻を模したオリジナルステッカーも販売中!(左上の「ガッパリ」とは、たくさんの意味)
──確実に利尻島への観光客を増やしていますね。
江刺家さん:ラー博店には利尻島のPRも兼ねて、利尻島のパンフレットを店舗に置いてあるんですけど、たくさん持っていってもらってて。去年のゴールデンウイークに800部置いたんですけど、全て捌けたんですよ。その中から利尻島に興味を持って、島に来てくれる人がいればいいなあ、と思ってるんです。
▲利尻島の観光PRにも貢献している(筆者撮影)
出汁文化の関西で勝負できたら
──最後に、今後の展望をお聞かせください。
江刺家さん:今2店舗なんですけど、あともう1店舗、関西に店舗を持ちたいな、と思ってます。
──おおおっ、関西在住の僕として朗報すぎます!
江刺家さん:あまりたくさんの店舗にはしたくないんですけど、3つならできるかなと思うところがあるんです。ラーメンは時間と火力、あとスープの中の状態の目処が付けられるようにならないと、味が変わっちゃうんですよね。自分が作ったラーメンだぞという気持ちでしっかり作れる人間がいないと、良い味にならないんです。でも、今ならそれができる若手のスタッフがいるから、なんとか3店舗目もできるんじゃないかな、と。
──関西では去年、近鉄百貨店(あべのハルカス)の「大北海道展」で出店されましたよね。
江刺家さん:はい、あれもよい反響がたくさんあって。あと、京都の大丸でも出店したのですが、同じくらい大きな反響がありました。出汁文化の関西なので、昆布出汁の甘みは皆さんに美味しいと感じていただけたようなのです。でも同じようなタイプのラーメンが関西には無いのは何故だろう? と思うこともあって。
──確かに、関西で昆布出汁がガツンとくるラーメンってあまり無いですね。関西の出汁文化はうどんで感じることが多いのですが、ラーメンではほとんど感じないです。関西人に味楽の味が受けたのなら、そこにすっぽりとはまったのかも知れません。
江刺家さん:ぜひ、よい場所があったら教えてください(笑)。
──わかりました(笑)。今日はありがとうございました!
利尻昆布の品質にこだわり、徹底的に旨味を引き出し、さらに出汁を重ね、醤油を焼いて甘みを出したこだわりのラーメン。それがらーめん味楽の「焼き醤油らーめん」だ。
利尻島という離島で創業し、ミシュランガイドへの掲載、そしてラーメン博物館への出店という大イベントを経て、今後の展望は「出汁文化の総本山」関西への出店だというから、楽しみで仕方がない。
公務員を早期退職し、第二の人生をラーメンに賭けた江刺家さんのストーリーは、まるで濃厚な昆布出汁のようだ。
そして、1杯のラーメンをきっかけに利尻島にまで行く。そんな素敵な旅を、あなたも是非!
店舗情報
らーめん味楽
住所:北海道利尻郡利尻町沓形字本町67
電話番号:0163-84-3558
営業時間:11:30〜14:00
定休日:木曜日
書いた人:BUBBLE-B
飲食チェーン店トラベラー。日本中の飲食チェーン店の本店や1号店を探訪し、創業者の熱い想いに共感しながら味わうと3割増で美味しくなるグルメ概念「本店道」を提唱する。
- X:@bubble_b
- ブログ:飲食チェーン店めぐりブログ「本店の旅」