「食べられる花」は飲食ビジネスとして定着できるか?インスタ映えを超えるエディブルフラワーの可能性とは

f:id:tsuri_ambassador:20190823180217j:plain

「飲む植物園」で「食べられる花」に出会った

7月頭、東京・三軒茶屋に不思議な空間が現れました。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175020j:plain

▲自由に草花を摘んでグラスの中に入れていく

薄暗い室内に、所狭しと咲く草花。

そのまわりにはオシャレなドリンクを持った女性たちが。

 

ドリンクをよく見ると、展示してあるのと同じ草花が入っています。「かわいいね」「すごい映える」と談笑しながら、思い思いに写真を撮る女性たち。

そしておもむろに花をつまむと……

 

「パクリ」と食べてしまいました。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823180927j:plain

▲イベントスタート前の展示

ここで行なわれていたのは、世界初のハンドドリップで淹れる日本茶専門店「東京茶寮」、100%化学農薬不使用の食べられる花専門店「EDIBLE GARDEN」とフラワーアーティスト「edalab.」、そしてドリンクディレクターのセキネトモイキさんによる期間限定イベント「飲む植物園」(現在は終了)。

 

参加者が展示されている草花を自由に摘み取り、オリジナル煎茶モクテルをつくることで、展示自体が変化していくという「インタラクティブアート」だったのです。 

 

「お花って、意外と美味しい」

f:id:tsuri_ambassador:20190823181315j:plain

▲筆者がつくったオリジナルモクテル

「お花、意外と美味しい」「この花は甘みがあるね」

そんなコメントが聞こえるなか、筆者も体験。

冷茶の入ったグラスを片手に植物園を探索し、気に入った草花を摘み取って自分だけのオリジナルドリンクをつくりました。

 

すっきりしたお茶をベースに、軽い酸味と甘みのあるシロップ、そしてフワリと香る草花。暑い夏にぴったりの、爽やかで優しい味わいを五感で感じることができます。 

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175129j:plain

▲花びらの部分をいただく

そして肝心の「食べられる花」をパクリ。

上品な香りが鼻から抜け、甘みと、ほのかな苦みを感じました。葉野菜にありそうな味わいで、サラダやおひたしにも合いそうです。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175152j:plain

▲EDIBLE GARDENの小澤亮さん

そんななか、たくさんの女性に混じって1人の男性が。この方が「食べられる花屋 EDIBLE GARDEN」の仕掛人だそう。

 

「大人気ですね。食べられる花がこんなに人気だなんて、知りませんでした」と話しかけると、「いや、今日は人気のイベントとコラボレーションさせていただいたおかげで好評なんですが、普段は苦労が多くて大変なんですよ」と意外な返答。

興味が湧いたので、後日取材させていただく許可をもらい、大盛況のイベント会場を後にしました。

 

日本ではまだ「食べられる花」は定着していない

イベントからしばらく。

あらためて、食べられる花=「エディブルフラワー」の生産・卸販売を行なう「EDIBLE GARDEN」の代表、小澤亮さんにお会いしてきました。

 

ediblegarden.flowers

 

──先日はありがとうございました。イベント大盛況でしたね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:こちらこそ、ありがとうございました。予想以上にたくさんのお客さまに食用花を体験していただけることになり、驚きました。エディブルフラワーが予定の3倍のスピードで無くなっていって、正直焦りました。

 

──それはすごい。あのときに「苦労が多くて大変」と仰っていましたが、やっぱり大繁盛なんじゃないですか?

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175227j:plain

▲どのお客さんもたくさんの写真を撮っていた
 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:あのときは取材された写真が、事前にネットで拡散されまして。それを見た女性たちが「SNS映えする」と、たくさんお越しくださったんです。普段はエディブルフラワーの卸やECサイトの運営をしていますが、まだまだ理想には遠く厳しいですよ。

 

──厳しい……とは?

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:中川さん、普段「花」を食べてますか?

 

──いや、食べる機会はないですね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:そうですよね。「花を食べる」という機会、つまりライフスタイルが、今の日本にはまだまだ定着していないんですよ。だから売り上げもこれから……といった感じで。

 

──なるほど。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:今は「映える」ことに価値がおかれる時代で、先日のイベントにも「映えるツールとして花の写真を撮る」お客さんが、たくさん来てくださいました。もちろんそれはそれで嬉しいのですが、僕はエディブルフラワーを「見た目だけ」の一時的なブームでなく、「食べる必然性」をもつ文化にしていきたいんです。

 

──「食べる必然性」ですか。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:はい。そのために「.science Inc.」という会社を立ち上げ、食べられる花屋EDIBLE GARDENをスタートしました。農業科学者や、ミシュランガイドと双璧をなすフランスのガイドブック「ゴエミヨ」で賞を獲ったシェフと一緒に切磋琢磨しています。

 

「撮りたい」から「食べたい」に転換できるか

──「花を食べる必然性」について教えてください。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:大きく3つあると考えています。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823182206j:plain

▲EDIBLE GARDENの「食べられるバラ」

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:1つ目は、やはり“香り”。世界のトップシェフには味、見た目はもちろん、 “香り”をどうデザインするかに気を配っている方もいらっしゃるんです。芳香性の高い花は、香辛料やハーブに続く、料理の重要な構成要素になり得ます。

 

──たしかに、お花といえば香りですもんね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:2つ目は“栄養価”です。例えば、ポリフェノールが豊富な食材1位はマキベリーと言われていますが、島根大学との研究で、マキベリー以上にポリフェノールの含有量が多い花々があることが明らかになりました(※詳細は近日発表)。

 

──意外。「お花=栄養」のイメージは、まったくなかったです。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:花は古くから漢方でも重宝されています。牡丹や葛花などは、沈痛や解熱、止血剤、はたまた分娩促進剤として利用されてきました。花は料理の添え物、ただの飾りとして使うだけではもったいないんですよ。ぜひ健康や美容に良い“栄養価の高い食材”としても、積極的に食べる習慣を提案していきたいです。

 

──3つ目は何ですか?

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:“味”です。やはりどんなに“香り”や“栄養価”が優れていても、味が悪くては定着しません。「花」は植物の部位のなかでも特に、香り・味が濃縮しています。その風味を活かすことで、料理のクオリティを更に引き上げることができると仰るシェフもいるんです。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175340j:plain

▲エディブルフラワーを使った料理の例

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:しかし、花を食べるライフスタイルがない中で、花を美味しく料理に活かす方法はシェフの中でもまだまだ未知数。
そこでエディブルフラワーに大変詳しい「パティシエ・ヒロ ヤマモト」の山本浩泰氏に教えを請い、その技を他のシェフたちにも伝えていけたらと思っています。山本さんは「花を高純度のカカオバターで覆うと、ケーキなどと調和しやすくなる」など、さまざまな知見をお持ちなんです。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175402j:plain

▲食べられるバラのアイス
 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:また、ご家庭ですぐに食べられる「バラのアイス」や「バラのジャム」「バラのシュガーコーティング」なども開発・販売を進めています。

 

──「香り」「栄養価」「味」と聞くと、「花を食べる」ことにポジティブなイメージが湧いてきますね。でも、まだ積極的に「食べたい」とまでは思えないかも(笑)。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:論理的に理解するのと、衝動として「食べたい」のは別ですからね(笑)。みなさんの衝動を「撮りたい」から「食べたい」に変えられるような、美味しくて、健康・美容に良いメニューをシェフたちと一緒につくっていきます。そして、いつか「花を食べる」を文化として定着させられるよう、がんばります。

 

香り成分の含有量が通常の3,840倍もあるバラ

──小澤さんのその情熱は、どこから湧いてくるんですか?

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:僕はYahoo! JAPANで広告営業を担当しながら、Webマーケティングを勉強していたのですが、どこかのタイミングで良いものづくりをする生産者を応援する事業で独立しようと考えていました。日本には、良い食材をまじめに作っているのに、その良さが伝わらず価値を理解してもらえない生産者さんがたくさんいるんです。
いまは生産者さんのストーリーを発信することで注目を集める……という方法が増えていますが、ステキだなと思う一方で、もっとストレートに「ものづくりの品質」で勝負できないかと感じたりもしました。

 

──たしかに、職人気質で自分が表に出るのは違う……という方もいらっしゃいますもんね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:そんなとき、たまたま書籍で「通常の2倍のうま味含有量をもつ豚を育てている」という畜産家さんの記事を見たんです。うま味たっぷりの豚肉であることを、ストーリーでなく、成分分析によって証明できると。「これだ」と視界が開けた気分でした。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175459j:plain

▲その豚の生産者さんとBBQイベントなどを開催するように(写真提供・小澤さん)
 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:品質の数値評価。これは「生産者の努力の可視化」です。生産者さんたちが抱える「どうしたら良さを伝えられるか」という課題の解決策が見えたんです。しかし僕は研究者ではないので、どのように成分分析をして、どんな数値を出せば良いのかわからない。どうしようかと思っていたときに出会ったのが、農業科学者の木村(現.science Inc.取締役)でした。

 

──運命的な出会いですね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:さらに、フランスで修行を終えたあと、日本で3年かけて約30都道府県の生産者さんのもとをまわっていたという田村シェフ(現.science Inc.取締役)とも知り合って。「丁寧につくっても、なかなか本質が届かない」と課題を抱える生産者さんたちの力になりたいと語ってくれて、意気投合しました。

 

──マーケターと、研究者と、シェフ。普通なら組むことのなさそうな最強チームが出来上がったんですね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175529j:plain

▲YOKOTA ROSEの生産者、横田さん (写真提供・小澤さん)

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:さらにそんなとき、こだわりの食用バラをつくっている農家の横田さんと出会いました。彼のバラは100パーセント自然栽培。土を育てるところからはじまり、農薬・肥料は一切使いません。バラの天敵はアブラムシなのですが、そのアブラムシの天敵であるてんとう虫を日に300匹も捕まえてバラのハウスに放つことで、アブラムシを撃退したりと、とにかく尋常ではない手間をかけて真摯にバラをつくっています。

 

──300匹のてんとう虫を……!

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:きっと素晴らしいバラをつくられているだろうと、田村シェフと現地にお邪魔したら、ハウスに着く前からシェフが「すごい香りがする!」と驚いているんです。
そこで、先ほどもお話しした農業科学者である木村を中心に、島根大学と共同研究をした結果、なんと横田さんのバラは同じ品種のバラと比べて3,840倍も香りの成分を含有していることが数値として証明されたんです。

 

──3,840倍! 横田さん、すごいですね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:はい。横田さんの日々の努力が数値で証明されて、こちらまで興奮しました。しかし、横田さんはバラを育てるのにいっぱいいっぱいで、とてもブランディングや販売にかける時間がないと。

 

──それで、小澤さんたちがお手伝いすることになったんですね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:はい。「食べられる花」について調べれば調べるほど、先ほどお話したような課題に加えて、可能性もどんどん見えてきて。3人で「EDIBLE GARDEN」という事業をつくり、食べられる花を文化にしようと動き出しました。

 

「食べられる花」を障がい者の福祉施設で生産

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:エディブルフラワーは、実は「社会貢献」にも大きな可能性を秘めているんです。

 

──社会貢献に?

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:僕たちは現在、横田さんのバラ園をはじめ20ヵ所弱の生産者さんたちと組んで、エディブルフラワーを栽培・販売しています。そのなかで最大の生産量を誇るのが、実は障がい者福祉施設なんです。

 

──それは意外です。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175604j:plain

▲福祉施設でエディブルフラワーを育てる様子 (写真提供・小澤さん)

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:福祉施設における就労支援の仕事では、「ボールペンの組み立てや」「封筒に書類を入れる」などの軽作業が中心になります。その施設では軽作業以外にも外で米や野菜を育てるお仕事をされていました。
しかし、より安定的な生産体制をつくり、障がいを持った方が働きやすい環境を考えたとき、屋内の植物工場を導入しようとなったそうで。

 

──そこでエディブルフラワーを。
 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:はい。エディブルフラワーは販売先さえ確保できれば、利益率をある程度上げられる品目なんです。そうすると、働かれる方の工賃を、それまでの約2倍お支払いできるようになります。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190823175627j:plain

▲施設に飾られた、エディブルフラワー料理の写真
 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:また、エディブルフラワーはホテルやウェディングなどハレの日に使われることも多く、御礼と共に写真を送ってくださることもあり、施設のみなさんも喜んだり、やる気が出たりしているそうです。

 

──それは素晴らしいですね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:ありがたいことに、この取り組みは2018度年の「ソーシャルプロダクツ・アワード」で特別賞をいただきました。また、2019度年の「フード・アクション・ニッポン」でも受賞が決まり、とても嬉しいです。

 

異例のタッグで目指す、新たな文化づくり

──今後の目標は何ですか?

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:やはり、しっかり売上げをたてていくことです。先日のイベントや今回の受賞など、みなさんに注目していただいたり、評価していただけるのは、とても嬉しい。でも、この取り組みを継続して、関係者が笑顔でい続けるためには、やはり売上が必要です。

 

──どれくらい売上を伸ばしたいんですか?

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:お取り引きさせていただける企業(店舗)数を、まずは現状の200軒から500軒にしたいです。また、1店舗あたりで使っていただける量もなんとか伸ばせたら。
装飾用だけでなく、サラダのようにたくさん使っていただけるようになったら嬉しいですね。そのためにはレシピのご提案など、できることはまだまだあります。

 

──仰るとおり、「花を食べる」という習慣や文化がまだないので、克服すべき課題もまだまだ多そうですね。

 

f:id:tsuri_ambassador:20190822230622p:plain小澤さん:良いプロダクトをつくってくれる農家や施設のみなさん。彼らの努力を数値によって「見える化」してくれる、農業の科学者と大学。プロダクトをより魅力的に表現できるシェフたち。そして、インターネットなどさまざまなツールを使って、世間に声を届けていく僕。せっかく、こんな異例のタッグが組めたので、諦めずにがんばりますよ。

 

──素敵です。ぜひ「食べられる花」を新たな文化にしてください。

 

・・・

 

イベントで出会った時は、正直「インスタ映え」のための、邪魔にならない(口に入れても害がない)お花……くらいに思ってしまいました。

しかし今回の取材を通して、エディブルフラワーが食材として、そして「社会貢献」の文脈として大きな可能性を秘めていることを知り、印象がガラリと変わりました。

 

まずはバラのアイスから購入して、私も「花を食べる生活」をはじめてみたいと思います。

 

書いた人:中川めぐみ

中川めぐみ

釣りアンバサダー 兼 ツッテ編集長。1982年富山県生まれ。グリー・電通で新規事業の立ち上げ、ビズリーチで広報などに関わる。その間に趣味ではじめた釣りの魅力に取り付かれ「釣り × 地域活性」事業で独立。 釣りを通して日本全国の食、景観、人、文化など地域の魅力を発見・発信することを目指す。現在は1年間で「ビギナーにオススメの釣りプラン100」を実施中。9月からは熱海で「ツッテ熱海」(観光客が釣った魚を地域クーポンで買取る取り組み)を開始。

過去記事も読む

トップに戻る