大阪を出て神戸まで移動して、たまに飲みに行く。最初は三ノ宮の繁華なあたりを散策するのが楽しくて、それから新開地にいいお店が数多く存在することを知り、最近ではさらに少しその先の湊川駅周辺に足を伸ばしている。
湊川エリアには、“西日本最大級”をうたい文句に掲げる大きな商店街があり、今年3月にその一角を担っていたショッピングセンター「ミナイチ」が建て替えのために閉館したものの、まだまだ活気に溢れている。
新鮮な魚が並び、旬の野菜が安く売られていて、どうやって調理するのか私にはわからないような食材が目に飛び込んできて、そしてそれを買いに来る人がたくさんおり、そのエネルギーに押されるようにして、歩いているだけで気持ちが前向きになるような場所だ。
その辺りに住んでいる友達が、「あなたの好きそうなお店があるよ」と教えてくれたのが「ふくや串かつ店」だ。「ふくや串かつ店」があるのは、湊川エリアから少し山側へ歩いたあたりで、そこら辺まで来ると、湊川の喧騒はふっつり途切れ、閑静な住宅街といった雰囲気になる。
なだらかな坂をのぼっていく。
もう少しのぼっていく。
右手に見えるシートに覆われた場所、これが「ふくや串かつ店」である。
赤ちょうちんが下がってはいるものの、ビニール袋に覆われているため、それほど“赤”を感じさせず、それゆえにここがお店だということに気づかずに通り過ぎてしまいそうになる。
しかし、シートに固定されたメニュー表を見ると、様々な串かつのネタがどれも1本70円という価格で販売されていることがわかる。
そう、ここはまぎれもなく、串かつ店なのである。
飲みたくなったら近所の自販機で
どちらかというと近所の方が事前に注文した串かつをテイクアウトしていくことが多いようだが、店頭で食べていくこともできる。
揚げ場の目の前に、椅子が2つと脚立が1つある。ここに座らせてもらうのだ。
私は一度その友人に連れてきてもらっており、この取材で2度目だ。
だから知っているのだが、このお店では飲み物は販売しておらず、「お酒飲みたかったら、あっちに自販機があるからそこで買うてきて」とお店の方が教えてくれる。
教わった通り歩いていくと、お酒の自販機がある。
ここで発泡酒を手に入れてお店へ戻ろう。
昔は3本100円だった
「ふくや串かつ店」をお一人で切り盛りしているのは、巌(いわお)ひろ子さん。
とても気さくな方で、「この前も来てくれはったね! どこからいらしたん。へぇー大阪!」と話しかけてくださる。取材したい旨を事前にお伝えし、いろいろとお話を聞きつつ串かつを食べさせてもらうことにした。
ひろ子さんはこのお店の2代目だそうで、20歳を過ぎた頃にここに嫁いでこられ、以来50年ほどこのお店に立っているのだという。
──50年ですか!
ひろ子さん:そうそう。もう70も越えてんねん。ここの通りもね、昔はお店がいっぱいあったんよ。この通りもアーケードがあってね。斜め下には夢野市場ゆう市場があって、もうないけどね。
──ここにアーケードがあったんですね。
ひろ子さん:うちはね、最初はお酒置いてたんよ。せやけど、串かつを食べて欲しいお店やねん。お酒飲むとお客さんの尻が長うて。昔いた人でな、1時間以上いて、串かつ2本ほどしか食べんねん(笑)。しまいに酔っ払って、普通に買いに来たお客さんがそれ見て帰ってしまうしな。そんなんやから家族に相談して「ほなお酒置くんやめよう!」ゆうて。
──確かに、このお値段でちょっとしか食べないでずっと飲んでいられたらちょっと困りますね。
ひろ子さん:まあ、せやけど、串かつ食べながらお酒飲みたいゆう人も多いんでね、持ち込みで少し飲まれる分には構いませんからーって。長いことうちに通ってくれてはる人はね、カバンの中から持ってきたお酒を出しよる(笑)。そうやって持ってきたら他のお店で飲むより安いんやと思うねん。
──串かつ1本70円ですもんね。私もたくさん食べてサッと飲んで帰ります!
ひろ子さん:昔はもっと安かったよ。100円で3本やった。これもね、消費税が10%になったらどうしよう思ってねぇ。わたしんとこ、子どもが来るからね。できるだけ値段安くしてんねん。子どもがね、お小遣い計算して買いに来よんねん(笑)。
──子どものお小遣いからしたら10円の値上げでも大きいですもんね。
ひろ子さん:でしょう。上げて10円ぐらいかなぁ……。今日はね、イカがないんです。あとはあります。全部で25種類やから。
「寝坊したから助かった」震災の朝
──じゃあ、牛と豚と玉ねぎとアジ、アスパラとうずら、えーと。
ひろ子さん:いったんそのぐらいにして、また。熱い方が美味しいからねぇ。
──夏の間、お盆なんかはお休みされてたんですか?
ひろ子さん:しませんねん。日曜日だけ定休日だから休みましたけどねぇ。がんばりましたでー! お休みになると、家族でまとめて注文してくれはる人も多いんよ。近所の方がねぇ。
──いつからお一人でお店をされているんですか?
ひろ子さん:(1995年の)震災まではパートさんもいた。震災以降やから、20年以上一人でがんばっとんねん。はい、どうぞ。
──うんうん。美味しいです!
ひろ子さん:美味しい? 震災の時はね、あれが5時40何分やったでしょ? (阪神・淡路大震災は午前5時46分に発生した)ほんまやったら、いつも起きて仕事しとんですよ。それがね、その日に寝過ごして、(震災で)目ぇさめたんですよ。いろいろ倒れてきて動かれへんねん。下の方にガラスの破片あったりするから大変やったよー、怖かったよー!
──そうなんですか。いつも通り起きてたらかえって危なかったんですかね。
ひろ子さん:あかんね。ここ焼けとるやろうね、油使ってるから。せやけど、最初の頃は震災の後やで、みんなあったかいもんが食べたいから食べにきてな。ガスは止まっとったから、プロパン買うてきて、割とすぐ始めたんよ。私も学校で避難生活してたからね。店が終わったらそこに帰んねん。学校の講堂みたいなところでねぇ。テレビでよう見るでしょ。ああいうところで寝てましたもん。何カ月もではないけどね。
揚げたてアツアツを食べてもらいたい
──串かつのこの素材は近くの市場からですか?
ひろ子さん:そうそう。イカとかエビとかは中央市場から持ってきてもらってますよ。ほうでもこれ、朝早く起きて、25種類、10時半からお店を開けるんやけど、毎日一人で串に刺していくねん。一人しかいないからね。一日どれぐらい売れるか考えないとならんし大変やね。
──どれも美味しいです。何か、コツがあるんですか?
ひろ子さん:愛情! ふふふ、えらいこっちゃ、えらいこっちゃー!
──ははは。
ひろ子さん:うちは注文聞いてから揚げるからね。先に揚げておいて並べてるお店もあるけどね。うちも忙しい時期にそうしたことがあったんやけど、そしたら、お客さんが見てはんねんな。結局揚げたてをとっていくねん(笑)。やっぱしね、熱い方が美味しいもんねぇ。
──あれ、ここに「串かつサービスデーの日」毎月10、20、30日は1本60円になるって書いてありますけど、これは今も?
ひろ子さん:うん。やってるよ。
──さらに安くなるんですね。すごいな。
ひろ子さん:せやけど、長いこと商売してたらいろいろあるね。お客さんでもな、「あっごめん、財布忘れたー!」って、揚がってから言うねん(笑)。揚げる前にゆうてよーってなぁ。
──えっ、そんなこともあるんですね。
ひろ子さん:いろいろあるんやねー!
──お寿司もやってるんですか?
ひろ子さん:うん。今日は売れてしもてもうないけど。お昼に間に合うようにいつもこしらえてるんですよ。自分で巻いてね。
──今度はそれも食べてみたいです。
ひろ子さん:近くの奥さんがお昼ご飯に一品なんか足そう思って買っていく人が多いんよ。
160円のトンカツがまたイケる
──メニューに「トンカツ」がありますね。それは、今日はありますか?
ひろ子さん:ありますよ。評判ええんですよ。お客さんでね、近所のお子さんで、このトンカツにご飯入れてっていうんで特別にカツ丼にして、それで持って帰る人いてはるわ。あとは、晩ごはんで、カレーにしようと思ってる時に、ここでトンカツ買うて、カツカレーにしたりね(笑)。トンカツは、切って出してええかな?
──はい、ありがとうございます!
──おお、美味しい! これが160円ですか。いいなあ。
ひろ子さん:うちんとこの店はクーラーもないから暑いやろー。ごめんねぇ。前はアーケードがあったからよかったんやけど、アーケードなくなって、こうしてシート貼ってるけど、雨が降るとポトポト落ちてくんねん。そしたらみんなパッと傘さしてな、それでそのまま食べてんねん(笑)。
──ははは。確かに雨はこぼれてきそうですね。
ひろ子さん:私がもっと若かったら直すんやけどなぁ。「これがええねん、このままにしときー」って言う人もおるからな。平野っていうとこ知ってはる? あそこにもこんなお店があるゆうて。
──あ、伊勢屋さんですか!(下記リンク参照)
ひろ子さん:そうそう! ああ、やっぱり行ってはった(笑)。わたしんとこで食べて、「今から平野行きますー」っていう人も来はるよ。みんなよう知ってはんねんね。
──あそこもいいお店なんですよね。
ひろ子さん:なんか、美味しいゆうか、なんかええんやろな。
写真の向こう側に流れる膨大な時間
──あの奥に貼ってあるお写真は……?
ひろ子さん:あれ私よ。2007年やから……12年前やね。中学校か高校ぐらいの男の子が「写真撮らせて」ゆうてパーッと撮っていってね、またしばらくして来てくれて、伸ばしてプレゼントしてくれたんよ。その子が来たらわかるように貼ったんやわ。あれが12年前やから、ようやっとるわー。いつまでやれるかわからんけどねぇ。
串かつをたくさん食べて、トンカツも食べて、発泡酒を1缶だけ飲ませてもらってお店を出た。お店の前で記念写真を撮らせていただいた。
ふらっと立ち寄って、お母さんと話をしながらサクサクと串かつをいただいて去っていくのが楽しいお店である。
この「ふくや串かつ店」にしても、「伊勢屋」にしても、いや、本当はどこのどんなお店だってそうなんだろうけど、その空間に身を置いて過ごせば過ごすほど、自分の知らないたくさんの時間がそこには流れていて、またこれからも流れていく、という当たり前のことを思い知らされる。
何度味わってもその感覚が不思議で、何度確かめても足りないような気がする。自分が知りようもない時間の膨大さにクラクラしながら、それでもまたふらりと歩き続けたくなってしまうのだった。
店舗情報
ふくや串かつ店
住所:兵庫県神戸市兵庫区菊水町7-1-4
電話:なし
営業時間:10:30~17:00
定休日:日曜日
書いた人:スズキナオ
1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。