いきなりクイズです。
下記に挙げた2軒の和食店。会計金額には、およそ300倍もの差がある。
とはいうものの、両店にはある共通項が存在する。それはいったい、何?
- A店:ニューヨークの最高級寿司レストラン。あるカップル客は、握りのコースと追加の寿司を注文し、ワインも飲んで、会計が、な、何と、あぜん、がくぜん、目が点の2,000ドルオーバーだった(20数万円)
- B店:新宿の和食店。ランチの鰯(イワシ)定食(刺身、フライ、煮魚などから選べる)がコスパ抜群で評判。お支払いは、明朗会計、お値打ち価格、心もお腹もお財布もほっこりの800円(税込)だった
答えは……
両店ともに、ミシュランの星付き店であること!
三ツ星レストランをほぼほぼ食べ尽くした男
今回、上記2店の話題を含め、食べ歩きのオモシロ話をたくさん聞かせてくれたのは、『世界のミシュラン三ツ星レストランをほぼほぼ食べ尽くした男の過剰なグルメ紀行』(KKベストセラーズ)の著者である藤山純二郎さん。
世界のミシュラン三ツ星レストランをほぼほぼ食べ尽くした男の過剰なグルメ紀行
- 作者: 藤山純二郎
- 出版社/メーカー: ベストセラーズ
- 発売日: 2017/09/27
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
これまで28年間にわたって約6,000万円を投じ、全世界のミシュラン三ツ星レストラン119軒のうち116軒を制覇した「美食バカ一代」を地で行く男だ(著書執筆時点の制覇軒数は114軒)。
驚くのは、藤山さんがグルメ評論家でもフードライターでもなんでもなく、普通のサラリーマンであること。
毎年、ゴールデンウィークに有給休暇をプラスして時間を捻出し、マイレージの無料航空券などをうまく活用して、ミシュランの星付きレストラン巡る。
それをライフワークとする、ごく一般の方なのである。
プロでもないのに、すごい。
6,000万円という金額も、すごい。
単純に6,000万円を28年で割ったら、年間200万円以上を美食に費やしている計算になるではないか!
でも、ミシュラン三ツ星レストランって、高いんだろうなあ……。
── 藤山さんが訪問した三ツ星の中で最も高額なお店って、どこなんでしょうか?
藤山さん:それは、ニューヨークの寿司レストラン「雅(MASA)」でしょうね。
── 記事冒頭の「A店」ですね。
藤山さん:僕が行ったときで、寿司のコースが595ドル。プラス、サービス料、税、チップです。あまりに高すぎて、寿司店なのに日本人がほとんど来ないと聞きました。同じ建物の同じフロアに、フレンチレストラン「パー・セ」があるんですけど、こちらはコース325ドル。「パー・セ」もミシュラン三ツ星店で高額であることに変わりありませんが、それでも「雅」とは270ドルの差があるんですよ。
── 595ドルって、日本円で7万円くらいじゃないですか……(溜息)。
藤山さん:僕が「雅」のカウンターに座ったとき、隣に香港人のカップルがいたんですけど、お店がまた商売上手でね、コースとは別料金の「白トリュフの握り」なんてのを彼らにすすめるんですよ。男性は、いかにも見栄張って三ツ星店に女性を連れてきたっていう雰囲気だったから、まあ、断れないわけです(笑)。
── そういうシチュエーション、わかります(笑)。
藤山さん:おそらく、一貫100ドルくらいだったんじゃないかなあと想像しますけど。
── 一貫、1万円以上! 異次元ですな。
藤山さん:そのカップルはワインなんかも結構いい感じで飲んでて、それで、会計のときにチラっとのぞいちゃったんですけど、どうやら2,000ドル以上の支払いだったみたいです。
── げ! 20万円以上!?
藤山さん:その金額を見た男性、さすがに目が点(笑)。一瞬、「え?」って顔になってました。もちろん、高いお店であることは充分承知で来ているんだと思いますよ。それでもね、さすがに、「え?」ですよね。
── その男性の気持ちを考えると、なんか冷や汗が出てきますね。
藤山さん:ほとんどの食材を築地から空輸しているそうで、かつ立地もニューヨークのど真ん中ですから家賃も相当でしょう。だから高額になるのもわかるけど、それにしても高い。もちろん寿司は最高ですよ。この値段で最高じゃなかったら怒るでしょ(笑)。ある知人は、「あのお店は高額であることでお客さんを集めているのかもしれない」って言ってましたね。お客さんの中心は「値段なんかまったく気にしないぜ~!」って感じのニューヨーカーのお金持ちでした。
いやー、すごい世界があるもんだ。
かく言う藤山さんは、お酒をまったく飲まず(体質的に受け付けないのだとか)、海外の三ツ星店への訪問は基本「おひとりさま」。だから、コース料金1名分に加えて、ミネラルウォーターなどの料金、サービス料、税くらいで済むのである。
▲藤山さんの“忘れられない味”①「ジャマン」の仔羊の田園風フレッシュ香草のサラダ添え
藤山さん:結果的にですけど、独身で、酒を飲まないから、ここまでやれたのかもしれないです。レストランに行くたびにワインを頼んでたら、間違いなく6,000万円じゃ済まなかったでしょう。1億はいってたはずです。
── 1億……(絶句)。
おひとりさまNGの三ツ星店に1人で入店する
── しかし、威圧感のありそうな三ツ星レストランに、たった1人で訪問するって、勇気が要るんじゃないですか?
藤山さん:そんなことないですよ。パリやロンドンなど大都市の三ツ星店では、1人客も珍しくありません。ただ、三ツ星でもフランスの地方のレストランなんかに行くと、1人は珍しがられますね。食べ歩きを始めた若い頃は、「君はキュイジニエ(料理人)かい?」なんてよく聞かれたもんです。要するに、料理研修目的の来店なら理解できるけど、一般の男性、しかも日本人が田舎にたった1人でやってきて、1人で高級レストランのディナーを食べて宿泊するというのが、彼らにとってはかなり奇異なんでしょうね。
── なるほど。
藤山さん:それより問題は、1人客お断りの三ツ星店なんですよ。
── 確かに。
藤山さん:2人以上でないと入店できない三ツ星店もけっこうあって、京都の料亭なんかに多いんですけど、そういう場合は仕方ないので2人以上で訪問するしかないです。
▲藤山さんの“忘れられない味”②「ランブロワジー」の牛尾の赤ワイン煮込み
2人以上で行ける場合は問題ないが、藤山さんが困ったのはスペイン・マドリードの三ツ星店「ディベルショ」を目指したときだった。ここも予約は2名から。ただ、マドリード滞在中には、どうしても連れが見つからない。
藤山さん:パリとかロンドンなら同行者を見つけられないわけでもないんですが、さすがにマドリッードにはコネがない。仕方がないので、2名で予約しておいて、当日お店に行って「連れが急病になってしまい、来られない」と言ったら、1人でも入れてくれました(笑)。デポジット(保証金)が1名30ユーロ(約4,000円)ほどなんですが、もちろん存在しなかった連れのぶんの保証金は払いましたよ。
超予約困難のミシュラン三ツ星店にやっとのことで予約を入れ、会社を休んではるばる東京からやって来て、さらにはちょっとした方便まで駆使し(笑)、やっとテーブルまでたどり着いたのである。保証金4,000円なんて、安いものだ(この原稿を書いてると金銭感覚がおかしくなってくる)。
ちなみに「ディベルショ」のホームページを見てビックリ。シェフはモヒカン、内装や店舗のイメージは、ゴス系というか、キッチュというか、パンクというか、不思議なポップさが強烈だ。最近はこういう三ツ星店もあるのか。料理カテゴリーも分類不能だというが、藤山さんは同店で「牛肉のしゃぶしゃぶ」を食べたそうだ。
超高額、予約困難、おひとりさまお断り。
何かとハードルの高そうな三ツ星店ではあるが、ミシュランガイドには「行こうと思えば誰でも行けるお店」しか載っていないのだと藤山さんは強調する。
▲藤山さんの“忘れられない味”③「ポール・ボキューズ」の舌平目のフェルナン・ポワン風
藤山さん:意外と知られていない事ですが、ミシュランガイドは、会員制や紹介制のお店を載せないんですよ。例えば、東京の有名な和食店「松川」や、フランス料理の「SUGALABO」は、料理も内装もサービスも最高ですが、ミシュランには掲載すらされない。「どうしてあんな良いお店が載ってないの?」と不思議がる人も多いんですが、それは紹介制のお店だからなんです。
いくらで、どんな料理を、どんな場所で食べることができ、サービスはどうなのか。それが、お店のコネなどない一般客の立場で徹底して書かれている。それがミシュラン精神なのだ(とはいえ、藤山さんの著書には愛するミシュランガイドへの「敢えての苦言」もたくさん書かれている。そこも読みどころ)。
ミシュランガイド東京の安ウマ活用法
── グルメガイドブックの王者ミシュランですが、安ウマを追求する『メシ通』読者の参考にはならないでしょうか?
藤山さん:ミシュラン東京版なら、充分なりますよ。まず、ミシュラン東京2017には一ツ星のラーメン店が2軒掲載されています。そして、これは基本ですが「ビブグルマン」のお店をチェックしてみてください。
「ビブグルマン」とは、星はつかないけれど低価格でおいしいお店に与えられる評価。
── ミシュラン東京2017には、「ビブグルマン」のお店が315軒も掲載されているんですよね。
藤山さん:ビブグルマンのお店で思い出すのは、とんかつの「成蔵」(高田馬場)と、「丸五」(秋葉原)ですね。どちらも良いお店です。あと、そうだ、ミシュラン東京版で低価格ということであれば、最高にオススメなのが一ツ星の「中嶋」(新宿三丁目)ですね。
本記事冒頭に「B店」として登場した新宿の和食店が「中嶋」である。コスパ抜群の鰯ランチは行列必至だが、わざわざ食べに行く価値のある一食だ。
藤山さん:ランチ800円(税込)っていうのに非常に好感が持てます。平日の日中に働いているサラリーマンとしては、土曜日のランチがあるのもうれしい。800円の定食ではありますが、一ツ星のクオリティーが感じられる800円なんですよ。少なくとも、ご飯は夜と同じでしょうしね。おそらく、東京の星付き店で最も安く食べられる食事なんじゃないでしょうか。星がついて、もう何年も経ちますが、ランチの値段を上げたりしないのも素晴らしい。しかも、
「中嶋」、マストです。ミシュランガイド未掲載の庶民的なお店にもめっぽう詳しい藤山さん。好きなお店を、思いつくままに挙げてもらった。
藤山さん:渋谷百軒店のラーメン店「喜楽」とか、好きですね。そのすぐ近所のカレー店「ムルギー」も。ここは金曜と祝日が休みで、11時半開店、3時ラストオーダー。お昼しかやってなくて、金曜日が定休日って変わってますけど、好きなお店です。
藤山さん:あと、ランチに限ってですけど、赤坂の天ぷら「天茂」のかき揚げ丼。1,300円です。平日のみで土曜日はやってないのが残念だけど。
話を聞いていて気がついた。藤山さんは、お店の営業日や営業時間、ランチの値段などを暗記していてスラスラ言える。高級店も好きだが、安価なお店にも愛着がある。本当に食べ歩きが好きなんだろうなあ。
藤山さん:あと、目黒のとんかつ店「とんき」が好きですね。ここは本当にサービスが最高。長い白木のカウンターが非常にきれいで清潔感があってね、とにかく気分がいいお店なんです。行けばわかりますけど、お客さんのさばき方が非常に独特。あんなに長い行列が出来ているのに、札とか番号とか何もなしで、順番を完全に把握している。絶対に間違わない。神ワザですよ。さらに、何年ぶりかで行っても、「お久しぶりです」なんて言ってくれたりね。常連でも何でもない僕のことを、覚えてくれてるんですよね。あれはすごい。本当の意味でのプロフェッショナルだと思います。
── うおー、めちゃくちゃ行きたくなってきました! 目黒「とんき」。
藤山さん:「とんき」とはタイプが違いますけど、銀座の洋食「煉瓦亭」も好きですね。昼夜アラカルトのみで、値段が安いランチのメニューがないんですよ。なのに、面白いことに夜より昼の方が混んでるんです。不思議に思ってお店にも尋ねましたが、理由はわからないって言ってました。オススメのメニューは「特製大カツレツ」です。あと、ご飯がとてもおいしいですね。銀座のあの場所で、あの料理を、あの値段で出しているというのは、素晴らしいことです。
ミシュラン三ツ星マニアの藤山さんは、揚げ物マニアでもあると見た(笑)。
さて、藤山さんの食べ歩き話、聞けばいくらでも、もう何時間でも話していただける雰囲気だが、取材の時間も限られているので、この辺で。
『ミシュランガイド東京』と、藤山さんの『世界のミシュラン三ツ星レストランをほぼほぼ食べ尽くした男の過剰なグルメ紀行』と、ぜひ合わせて読むことをオススメする。
さーて、「中嶋」に鰯ランチ食べに行こうっと。
書いた人:(よ)
「ferment books」の編集者、ライター。「ワダヨシ」名義でも活動中。『発酵はおいしい!』(パイ インターナショナル)、『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment books)、『台湾レトロ氷菓店』(グラフィック社)など、食に関する本を中心に手がける。