あの『東海道五十三次』にも登場。創業422年、日本最古のとろろ屋さんで味わう最強メシ

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「とろろ」といえば、生の山芋をすりおろしたもの。
とろろ汁がある限り、ごはんが永遠に食べられてしまう、最強のごはんの友です。
 
何が「最強」かというと、そもそも山芋の健康効果がスゴイ
山芋には強力な消化酵素「アミラーゼ」がたっぷり含まれており、「胃にやさしい」食材の代表格。胃が疲れているときや、食欲がないときでも「とろろめし」ならサラッと食べられてしまいます。 

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そのとろろ汁に最もおすすめなのは「自然薯(じねんじょ)」
 
自然薯は日本ではお米よりも古くから食べられていた在来種の山菜で、整腸作用をはじめとしてビタミンやミネラル、食物繊維も豊富なので、疲労回復や滋養強壮にも効果的として、古くから日本人の健康を支えてきた日本古来のスーパーフードです。
中でも、自然薯は山芋類の中で粘りと風味が最も強く、栄養もたっぷり。

 

とろろ料理のお店は全国にありますが、江戸三大文化人の松尾芭蕉や歌川広重、十返舎一九の作品にも登場する、日本で最も古いとろろ屋さんは静岡県】にあるんです!

 

創業422年目!「東海道五十三次」に描かれた「元祖 丁子屋」

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そのとろろ屋さんがあるのは、静岡静岡市駿河区丸子(まりこ)。
江戸時代に物流の要だった旧東海道で、日本橋から数えて20番目の宿場町として栄えた「丸子宿(鞠子宿)」の丸子川沿いにあります。

 

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▲丸子川に架かる「まりこはし」。橋の向こうに見えるのがとろろ屋さん

 

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▲風格のあるかやぶき屋根が目印。宿場町丸子のシンボルでもある

 

この昔ながらの面影を色濃く残す古民家が「元祖 丁子屋(ちょうじや)」
歴史と情緒を存分に感じるのもそのはず。丁子屋のはじまりは慶長元年1596年で、今年でなんと創業422年目になる老舗中の老舗。この貫禄にも納得の歴史を誇ります。

浮世絵や和歌に興味のある人なら「丸子宿」とこの外観でピンと来るはず。
丁子屋は、江戸時代の最も有名な浮世絵師、歌川(安藤)広重の代表作である『東海道五十三次』にも描かれているお店です。

 

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▲丁子屋の前に飾られた『東海道五十三次』を模した看板。「名物とろろ汁」の立て看板がある茶屋で、旅人がとろろ汁をかき込んでいる姿が描かれている

 

この名店を案内してくださるのは、丁子屋の十三代目当主、柴山馨さん。

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▲十三代目の柴山馨さん。十四代目のご長男、広行さんとお店を切り盛りしている

 

店内に一歩足を踏み入れると、まず驚くのは入口からは想像できない広さ。
9つもある畳敷きの大広間が廊下でつながっていて、予想以上に奥行きのある空間が広がっています。

 

―― お店の中はずいぶん広いですよね。

 

柴山さん:「何回も増築を繰り返しているので、今は270席ほどあります。40年前にかやぶき屋根を移築したときは、あの棟を増築したんですよ」

 

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▲一見するとひとつの日本家屋に見えるが、実は増設された古民家の集合体

 

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▲増築を重ねて棟どうしが廊下でつながっている

 

―― 創業当時からとろろ汁を提供していたのでしょうか?

 

柴山さん:「最初は東海道を通る旅人をもてなすために、お茶屋さんとして開業しました。とろろ汁を始めた時期は明確ではありませんが、1691年に松尾芭蕉が詠んだ句には、丸子宿のとろろ汁が登場しています。宇ノ谷(うつのや)峠に備えて旅人に精をつけてもらうために、冬場にとれる自然薯をふるまうようになったのが丁子屋のとろろ汁のはじまりで、後に十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の丸子のシーンでもとろろ汁が登場しているように、宿場名物として定着したようです」

 

静岡市と藤枝市の境にあるのがノ谷峠
現在は国道1号線の直線トンネルが通っていますが、かつては旅人たちが歩いて越えた山道でした。この難所に備えて、スタミナをつけてもらうために登場したのがとろろ汁。

 

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▲敷地内にある『東海道中膝栗毛』の句碑。「けんかする 夫婦は口を とがらして とんびとろろに すべりこそすれ」という句が詠まれている

 

江戸の町人、弥次郎兵衛と喜多八の「弥次喜多コンビ」が東海道で織りなす珍道中を描いた滑稽本『東海道中膝栗毛』。丸子のとろろ茶屋で夫婦げんかに巻き込まれて、とろろを食べそこねた弥次さん、喜多さんが残したエピソードが描かれています。
 
松尾芭蕉、十返舎一九、歌川広重。
日本人なら誰もが聞いたことのある江戸三大文化人に注目された丁子屋のとろろ汁。そう聞くと、一気に期待が高まります。

 

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▲店名の「丁子」とは香辛料の「クローブ」のこと。当時、貴重品だった丁子は縁起物でもあり、商売繁盛を願って屋号に「丁子」とつけるお店が多かったとか。「丁子屋の由来も当時の流行にのった名づけだったのでは」と柴山さん

 

―― それだけ有名ということは、静岡の自然薯は他の地域のものと違うんでしょうか?

 

柴山さん:静岡中部の土壌は栄養豊富なアルカリ性の玄武岩で、気候風土も生育に適していたので良質な自然薯が育ったようです。土の中で育つ自然薯は土の栄養をそのまま吸収するので、土壌の性質が何よりも大切。現在、丁子屋で使っている自然薯は、牧之原市を中心とした契約農家で栽培する静岡在来種を使っています。そこでは地中に防虫・防薬に優れたダクトを埋め込んで害のある虫や菌を防ぎ、化学農薬や化学肥料を極力使わずに、自然に近い形の有機農法で丁寧に育てているんです。地上にのびるツルの付け根にできる肉芽の『ムカゴ』栽培から、3年もかけて育てられた自然薯は、土の香りも強く、豊かな風味を携えています」

 

土の中の養分を吸収して成長する自然薯栽培では、何よりも「土づくり」が重要。
丁子屋では、何十年も自然薯栽培を続ける県内の農家と協力して、「生態系農法」と呼ばれる食物の生命力を最大限に発揮させる有機農法で、丁寧に育てられた自然薯を使っています。手間暇がかかる分どうしても高価になりますが、その強い風味やキメ細かさは、長芋など他の山芋類と比べると全くの別物。
 
冬の貴重な栄養源として、古くから受け継がれてきた丸子の自然薯は、自然の恵みを宿した食べ物。まさに、母なる大地の贈り物といえます。

 

―― 「良い自然薯」とはどんなものを指すのでしょうか? 大きさですか?

 

柴山さん:「自然薯で大切なのは『バランス』ですね。大きければよいというわけではなく、大きすぎると水分が多くて粘りが少なくなります。良いものはキメが細かく、香りや風味が強い。うちで使う自然薯は1本500g~600g前後です。見た目、香り、味、粘り気、食感など、総合的なバランスで評価するので、見た目だけでは自然薯を判断できないのが正直なところです。ちょっと見てみますか?」

 

そう言って、別棟の保冷庫に案内してくれた柴山さん。
冬に収穫した自然薯は保冷庫で保冷しておくそうで、扉を開けると自然薯が入った細長い段ボール箱が大量に積まれています。

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▲庫内は5℃前後と家庭用冷蔵庫より温度が低め。冷気が中心部まで循環するように箱は「井」の字の形に組まれている

 

皮ごとすべていただく、山の恵み

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柴山さん:「冬に収穫した自然薯を12トン保存します。今はだいぶ減りましたが2階と合わせて7~8トンはあるかな? 温度を保っていれば1年は保存できます」

 

大事そうに箱から出して見せてくれた自然薯。
思ったよりも細くて長いです。長芋と比べると少し太めの土ごぼうのような太さ。長さは1mほど。

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▲自然薯を愛おしそうに見つめる柴山さん

 

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▲曲がりの多い野生種と比べると、スラっと真っすぐで細かいヒゲ根がたくさん

 

この1本で、とろろ汁にして4~5杯分だとか。
とろろ汁に換算すると、意外と少ない印象です。
 
柴山さん:「皮をむいて食べる長芋と違って、皮の薄い自然薯は『皮ごと食べられる』ことも特長ですね。ヒゲ根を焼き切って簡単に水で洗えば、そのまま丸かじりできるんですよ。『短冊切り』といって切っただけの一品料理もあります。多くの農作物がそうであるように、自然薯も皮の部分に栄養やうま味が詰まっているんです」
 

自然薯のとろろ汁がうっすら茶色なのは、皮ごとすりおろしているため。丸ごと食べられる分、自然薯のとろろ汁には栄養がたっぷり閉じ込められているんです。 

 

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▲とろろ汁に使う味噌も自家製。お土産としても好評の白味噌は、米麹と大豆、塩で半年間発酵させたシンプルな白味噌

 

丁子屋の400年を超える歴史に欠かせない自然薯。
週末や連休ともなれば、1日で1000人以上がとろろ汁を求めて訪れるそうですが、昔から繁盛していたわけではなかったとか。

 

柴山さん:「もともとは農業の合間に細々と続けていた茶屋です。東海道線の開通で東海道を通る人は激減、昭和初期には1日20人しかお客さんが来ない時代もありましたが、先代の十二代目が丁子屋の歴史ととろろ汁に着目して、さまざまな改革を起こしました。浮世絵に描かれたようなかやぶき屋根の店構えにして、まるで外交官のように駆け回って丸子の魅力、郷土食を広くPRしたんです。『とろろ汁の丁子屋』の基礎を築いた人でしたね。とろろ汁といえば昔は高齢の方が好む地味な食のイメージが定着していましたが、おかげでここ10年ほどは若いカップルや家族連れも大勢いらっしゃっています。静岡空港ができてからは、韓国や中国、台湾といった海外からのお客様も一気に増えましたよ」

 

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▲店内には丁子屋をテーマにした歌人や作家の作品展示や、江戸時代に使われた調度品を展示する歴史資料館もある

 

今や「とろろ汁といえば丁子屋」としてすっかり全国区になった同店ですが、その看板を背負っていくのには相当なプレッシャーがありそうです。

 

――家業を継ぐことへの迷いや抵抗感はなかったのでしょうか?

 

柴山さん:「自然のなりゆきだと思っていたので、抵抗感はありませんでした。私が幼い頃に母が大病を患い、体が不自由だったものですから、他の仕事で家を出ていくことは考えもしませんでしたね。母や丁子屋を私が守らなければならないと思っていました。先代がどんどん外に出ていく『攻め』の当主なら、わたしは『守り』の当主だったのでしょう(笑)。そして十四代目である私の長男は、再び先代の意志を継ぐ『攻め』の当主だと思っています。祖父に連れられて海外にも行き、知見を広めました。40年ぶりに行ったかやぶき屋根の大修繕や、丁子屋や丸子、静岡の食文化を伝承するさまざまな活動に力を入れています。守らなければならない伝統と、時代の流れに合わせて対応しなければならない柔軟さ、それを繰り返して、今の丁子屋があると思っています」

 

柴山さんからは、受け継がれた伝統を守る決意と、時代の変化を柔軟に受け入れるしなやかさを感じます。

 

ふんわりやさしい喉越しと、滋味深い味わい

それでは、いよいよ丁子屋自慢のとろろ汁をいただきましょう。

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通されたのは、外から自然光がたっぷり入る畳の大広間。やわらかい木の香りが落ち着きます。とろろ汁がつくメニューは定食が選べます。

 

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▲とろろ汁と麦飯、薬味、味噌汁、香の物がついたシンプルな「丸子」から、一品料理や甘味がセットになったものまで価格帯は幅広い

 

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▲「揚げとろ」「切りとろ」「焼きとろ」などの自然薯料理や、山芋の赤ちゃんである「むかご」を使ったメニュー、地酒や特産品、オリジナルアイテムも販売

 

オーダーしたのは定番セット「丸子」、1,450円。
ごはんは麦飯と白米から選べて、おひつで運ばれます。

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▲茶碗や丼が大きいので少なく見えるが、とろろもごはんも結構なボリューム

 

丼にもったりと盛られたとろろ汁は、皮の色目がついた薄茶色。

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▲適度な空気を含み、見るからにふんわりやわらかそう 

 

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▲さじですくうとこの粘り!

 

これを茶碗にもった麦飯にとろ~っと、豪快にかけます。

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とろろ汁の量はお好みですが、メニュー表にある「おいしい食べ方」によると、「米粒が泳ぐぐらいにたっぷり」がおすすめだそう。ちなみにごはんはお替り自由!(とろろ汁はお替り有料)。豪快にかけてとろろをたっぷり味わってもいいし、ごはんのおかわりを想定して少しずつ味わうのも良し、そこはお好みで。

 

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▲おさじ2杯分のとろろ汁を麦飯にかけて、薬味を散らす

 

口に含んだ瞬間、ふわっと鼻腔に広がる土の風味!
おだしの存在感は控えめで、あくまで自然薯そのものを味わえるように調味されています。とろろ汁は「だし」にも地域性があり、丁子屋のだしは自家製の「白味噌」と焼津産の枯節を使った「かつお」と卵がベース。簡単にいえば味噌汁割りですが、だしはほとんど主張せず、上品な甘さがシンプルなとろろ汁に少しだけ色を添える程度。まろやかで滋味深い味わいです。
 
自然薯は粘りが強いので箸でもすくって食べられますが、おいしい食べ方は器に口をつけて「卵をとく要領で、とろろ汁と麦飯に空気をよく混ぜ込むようにして食べる」のが一番だとか。
とろろ汁を食べるときは、遠慮なくザーザーいっちゃいましょう!

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▲ポイントは「ザーザー」! 音を立てて流し込むのが一番うまい

 

強い粘り気で予想したほどの重さはなく、サラサラいただけるとろろ汁。
確かにこれはごはんが何杯でも入ります。合間に白味噌仕立ての味噌汁をいただくと、その塩気でまたとろろめしが進む!

 

一品料理では一番おすすめの「揚げとろ」(900円)をオーダー。

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▲たたみいわし、海苔巻き、しいたけの3種類。お好みでお醤油につけて食べる

 

表面はカリっ! と香ばしく、中身はふわっふわ!
頬張ると、衣からクリーム状のとろろがとろっとあふれ出します。
お餅に似た食感ながら、中身は素朴なととろ。甘くて肉厚のしいたけと、磯の香りが豊かな海苔巻き、3種類でそれぞれ違う味わいが楽しめる一品です。

揚げとろは日本酒やビールのアテとしても優秀!

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丁子屋では、静岡県産の酒米が静岡酵母を使った地酒のほか、静岡市のビール醸造所、AOI BREWINGの「東海道エール」(掛川茶を使ったビール)もいただけます。
地の食材×地の酒、相性は言うまでもありません。

www.hotpepper.jp

 

複雑な味つけや調理は一切不要!

豪快にザァザァとかき込めば、心も胃袋も満たされる自然薯とろろ。
自然薯を1本丸ごと買おうとするとそれなり高価ですが、ときどき折れたものや欠けのある訳あり品が安く売られていることも。そこで、一人暮らしでも簡単にできる自然薯レシピを柴山さんに聞いてみると、

 

「シンプルなとろろが一番」

 

わざわざだしをとらなくても、アツアツのごはんに皮ごとすりおろしたとろろをかけ、お醤油を垂らしてお好みでわさびをのっけただけでも十分だとか。加熱すると栄養が失われてしまうので、自然薯の栄養と風味を味わうならやはり生が一番!
自然のものをなるべく自然に食す、それも日本食ならではの食べ方です。
 
漢方では「山薬」とも呼ばれ、古くから医者いらずといわれる自然薯。
その自然薯でつくるとろろ汁は、山芋料理の真骨頂!

 

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秋の深まりとともに、そろそろ寒さが厳しくなってくる季節。
飲み会ラッシュで胃腸もお疲れモードに突入する前に、風邪やインフルエンザなどの感染症予防や免疫力UPにぴったりな自然薯のとろろはいかがでしょう?

 

お店情報

元祖 丁子屋

住所:静岡静岡市駿河区丸子7丁目-10-10
電話番号:054-258-1066
営業時間:11:00~19:00(途中休憩なし)
定休日:木曜日、月末のみ水曜日・木曜日連休
ウェブサイト:https://www.chojiya.info/

www.hotpepper.jp

 

※2018/11/5追記:一部表記に誤りがありましたので訂正しました。

書いた人:山口紗佳

山口紗佳

ビアジャーナリスト/ビアテイスター 1982年愛知県出身、名古屋と東京の編集プロダクションで雑誌や広告、書籍の制作経験を経て、静岡県西部でビール代を稼ぐフリーライターに。休日はオートバイで食材調達ツーリング。ビールとバイクと赤が好き。

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