お正月などに見かける特番で、芸能人がブラインドで本物のカニとカニかまを食べ比べて「う〜ん」と首を捻っていました。
「それはないでしょう〜」と思いながらテレビを見ているぼく。芸能人の様子を見ていると、どうにも演技だとは思えません。よく見ると「ほぼカニ」という商品名が記載されていました。「ほぼカニ」?
「ほぼカニ」という商品名のカニかまを出している会社があるのか。
発売元はカネテツデリカフーズ株式会社(以下、カネテツ)。
どうやら、単なるカニかまではないらしい。ぼくはすぐにスーパーで「ほぼカニ」を入手しました。
- カネテツの「ほぼカニ」はカニっぽい何か
- 「ほぼカニ」はカニかまの第三世代
- 「ほぼカニ」をつくろうと思った意外な理由
- 人間が持つカニのイメージへ味を近づける
- 本物のカニと「ほぼカニ」の違い
- 食感のカギはカニを噛んだ時の繊維のほぐれ方
- 商品化が決まってからの気が遠くなるような苦労
- SNSでのバズが転機に
- 「ほぼカニ」をよりカニっぽくするには?
- ほぼシリーズは今後も増えるのか
- 「ほぼカニ」はカニかまの一つの到達点
カネテツの「ほぼカニ」はカニっぽい何か
「ほぼカニ」の見た目は、完全にカニのむき身。カニかまには思えません。
「黒酢入和だしカニ酢」が付属しているというマジッぷり。盛り付けると、よりいっそうカニっぽくなりました。
食べてみると、たしかにカニっぽい。カニの風味がフワーッと広がって、美味しい。高級食材のような上品さを持ったカニかまです。
本物のズワイガニとも食べ比べてみました。
▲ 「ほぼカニ」(左)本物のズワイガニ(右)
「あれ? カニって、こんなに味薄くてクサかった?」
ぼくが思っていたカニと、本物のカニがなんだか違う。なんで本物のカニに違和感を覚えるんだよ。カニのようでカニではない「ほぼカニ」のせいで頭がバグってしまいました。
▲一番左が「ほぼカニ」
ほかのカニかまと味を比較すると、一目瞭然。「そうそう、カニかまって、こんな食べ物だよね」と思い出しました。
「ほぼカニ」はカニかまではあるけれど、「カニっぽい何か」という要素がかなり強い。これはなんなんだ……。
カネテツさんの公式サイトに行くと「ほぼカニ」シリーズの開発者である宮本さんのインタビュー動画が掲載されていました。
宮本さんに、なぜこんなカニかまをつくったのか問い詰めたい……。ぼくはカネテツさんに取材依頼を出しました。
「ほぼカニ」はカニかまの第三世代
▲開発部長の宮本さん(左)と広報の高浦さん(右)
──「ほぼカニ」を初めて食べましたが、そもそも「他のカニかまとスタンスが違うな」と思いました。
宮本さん:なるほど。弊社はふつうのカニかまも製造しているんですよ。カニに寄せようというわけではなくて、みなさんが「カニかま」と聞いてイメージされる、昔からあるカニかまです。
▲カネテツで販売している通常のカニかま「サラダスティック(真空)」(写真提供:カネテツデリカフーズ株式会社)
──カニかまは、カニかまという食べ物ですもんね。
宮本さん:カニかまって、基本は「カニに寄せよう」ではなく、「カニかまとして、美味しいものをつくろう」と考えてつくるんです。
──まあ、そうですよね。「メロンパン」も、ふつうはメロンを目指さないし。
宮本さん:じつはカニかまって、業界的に大きく3カテゴリに分けられるんです。まず最初に出てきたのが定番の「スティックタイプ」。第一世代ですね。
▲スティックタイプ
──うん、カニかまといえばこのイメージ。
宮本さん:その後に出てきたのが「ほぐれるタイプ」。ほぐれるのでサラダのトッピングなど、いろいろな料理に使いやすいんです。これが第二世代。
▲ほぐれるタイプ
──あー! ありますね。これも美味しい。
宮本さん:そして「ほぼカニ」のような、本物のカニに寄せてつくって「カニの代替品になるか」というレベルを目指したカニかまが、業界では第三世代と呼ばれています。
▲「ほぼカニ」は第三世代
──まさか、カニかまに"世代"の概念があるとは。でも、スーパーに行くとどれも確かに陳列されているんですよね。それぞれの良さがあるよなぁ。
「ほぼカニ」をつくろうと思った意外な理由
──なぜここまでカニに寄せたカニかまを開発しようと思ったのでしょうか?
宮本さん:そもそものスタートが「世界一ズワイガニに近いカニかまをつくろう」というアイデアから始まっているんです。「本物のカニかどうかわからないレベルまでいこう」と。
──そんなことをする必要性はどこにあったんでしょうか?
宮本さん:練り物の商品って、秋冬だと「おでん」、お正月なら「かまぼこ」って、需要が決まっているんです。でも、夏場に売る商品が弱いんですね。
──言われてみればそうですね。夏場に練り物って、あまり食べないかも。
宮本さん:「夏場にどうすればお客様に喜んでもらえるだろう」と考えたときに浮かんだのが「カニかま」でした。カニかまは、冷やし中華のトッピングやサラダなど夏場に食べていただく機会も多い。また、ちょうどその時期、魚介類の価格が高騰していました。カニって高いから、毎日食べられないじゃないですか。
▲※これは本物のズワイガニです
──カニを毎日食べようなんて、考えたこともないです。
宮本さん:これまでにないような本物に近いカニ風味かまぼこが開発できれば、わざわざ高いカニを買ったり、食べに行かなくてもよい。そうすれば、お客様に喜んでもらえるのではないか、と考えました。
──最初はそういう発想からだったんですね。
宮本さん:最初は軽い発想だったんですけど、実際に商品として世に出すとなると、ものすごくヘビーなことで。
人間が持つカニのイメージへ味を近づける
▲※これは「ほぼカニ」です
──「ほぼカニ」は、カニの風味が濃厚ですよね。
宮本さん:風味には苦心しました。開発のために、まずは本物のカニを山ほど食べました。
──改めて、本物のカニと向き合ったわけですね。
宮本さん:もうガンガン食べる。カニの味を刷り込ませるんです。そして、理化学分析を用いてカニのアミノ酸を分析しました。アミノ酸にもいろいろ種類があるんです。分析結果に基づき、カニのうま味成分とまったく同じバランスで練り物をつくりました。
──なるほど。カニと同じうま味をもったかまぼこなら、カニっぽくなりそう。
宮本さん:でも、それが美味しくないんです。まずかった。自分に刷り込ませたカニの味と全然違う。そこが味の開発のスタートでした。
──「カニっぽいけど、何かが足りない」とかではなく。まさか、そもそも「まずい」とは。
宮本さん:「どのうま味成分を強くすると、人はカニと感じるのか」というテーマで何回も何回も試作しました。フードプロセッサーのようなもので材料を混ぜて、ぺったんこにして、カニ脚みたいに繊維状にして丸めて。それを目をつぶって食べる。
──気が遠くなる作業ですね。
宮本さん:食べ続けていると「いったい、自分は何を食べているんだ?」とわからなくなってきます。だから、メンバーにときどき「どう?」と尋ね、意見をもらって、自分の味覚をまたフラットな基準値に戻すんです。それをひたすら繰り返しました。
──カニが嫌いになりそうですね。
宮本さん:カニをめちゃくちゃ食べすぎて、もう見たくないというくらい。おそらく、人間が一生で食べる分のカニを一気に食べてしまったので。
──現在でもカニは苦手ですか。
宮本さん:少なくとも、飛びつくことはないですね。
本物のカニと「ほぼカニ」の違い
▲(写真提供:カネテツデリカフーズ株式会社)
──ちなみに、宮本さんは本物のカニと「ほぼカニ」だったら、どちらが好きなんですか。
宮本さん:ぼくにとって「美味しいカニ」をイメージした時の味は「ほぼカニ」の味なんです。それでレシピを設計していますので。本物のカニより「ほぼカニ」の方が好きかもしれません。
──本当ですか。それすごいですね。
宮本さん:ぼくにとってのカニは「ほぼカニ」なんです。
──なるほど。「ほぼカニ」と本物のズワイガニを食べ比べたんですが、「あれ? 本物のカニって、こんな味だったっけ?」と混乱したんですよね。
宮本さん:「ほぼカニ」は本物のカニというよりも、「人がイメージするカニ」に近いんです。だから、本物のカニよりも一部のうま味成分の値がグッと強くなっています。
──本物のカニにはクサみもあるんですけど、「ほぼカニ」にクサみはないんですよね。
宮本さん:そうなんです。本物のカニのおいしさには、やっぱり「カニクサくて美味い」という部分もあるんですね。でも、人間の頭の中のカニには「クサさ」が消えているんですよ。
食感のカギはカニを噛んだ時の繊維のほぐれ方
▲「ほぼカニ」(左)と本物のズワイガニ(右)
──「ほぼカニ」は食感もすごくカニっぽいですよね。
宮本さん:「ほぼカニ」が目指していたズワイガニは、繊維が繊細でホロホロとした感じがあるんですね。それでいて、ソフトにギュッと濃縮されているというのが何度も食べてわかっていたので。
──食感を再現する上でのカギとなる要素は何ですか?
宮本さん:カニを噛んだ時の繊維のほぐれ方ですね。
──「噛んだ時の繊維のほぐれ方」。初めて聞くフレーズだ……。
宮本さん:たとえば、ふつうのカニかまは、まっすぐ直線に「ストリングチーズ」みたいな裂け方をしますよね。
▲ほぐれるタイプ(左)とスティックタイプ(右)
──たしかに。そうですね。
宮本さん:「ほぼカニ」は斜めにほぐれるようになっているんです。これが断面図です。
▲(写真提供:カネテツデリカフーズ株式会社)
──本当だ。斜めに繊維が向いている。
宮本さん:食感を再現するために、ミリ単位で繊維の幅の設計をしました。また、カニかまを螺旋状に丸めているんですが、口の中に入れた時に、丸める直径はどれぐらいがベストかというところもこだわりました。
──このような細部へのこだわりによって、食べた時に「カニ」を連想できるようになっているんですね。
宮本さん:噛むとホロホロと崩れていきます。その「ホロホロ」という感覚や、ホロホロと崩れていく瞬間に鼻を抜ける風味が、設計した配合で本物のカニに近いかどうかを確認していきました。
──もはやアートみたいなこだわり方……。あと「ほぼカニ」には、噛んだ時にカニみたいな「ジュワッ」と感がありますよね。
宮本さん:そうですね。ちょっと製法は教えられないのですが、水分を保ちながら、カニかま内に溜め込む設計になっているんです。
商品化が決まってからの気が遠くなるような苦労
──このような研究を繰り返して、本物のカニに近づけていったわけですね。
宮本さん:ただ「これがいい」というレシピができても、それをつくる機械がないので、機械の仕様から決定していかなければいけなかったんです。
──そうか。商品化するとなると、そこから開発しないといけないんですね……。
宮本さん:でも、機械の業界って「これにしてください」と依頼してから、設計されるまでに半年~1年かかるんです。
──そこはメーカーならではの苦悩ですよね……。何回気が遠くなればいいのか……。
宮本さん:完璧なものをつくりたい。でも発売は決定しているので、どんどん納期が迫ってくる。そこが一番大変でしたね。
──機械でつくった時に、しっかりいいものができるのかというチェックもありますよね。
宮本さん:機械でうまくつくれるかを確認するために、何度も何百キロという材料を使って、つくっては確認、つくっては確認を繰り返しました。
──その確認でつくった大量のカニかまはどうするんですか?
宮本さん:原料のすり身がけっこう高価でもったいないので、社員さんに持ち帰って食べてもらっていました。
──みんなを巻き込んでいたわけですね。プレッシャーもすごかったんじゃないですか?
宮本さん:つくっては食べ、つくっては食べ。納期はどんどん迫るし。周囲からは「できました?」「できました?」と聞かれるし、っていう状態でした。
SNSでのバズが転機に
こうやって開発された「ほぼカニ」。発売後の売れ行きはどうだったのでしょうか。ここからは広報担当の高浦さんにもお話をうかがっていきます。
──発売当初の売れ行きはいかがだったんでしょうか。
高浦さん:プロモーションもいろいろと準備していたのですが、売れ行きはやや苦戦したんです。ただ、それからしばらくして「ほぼカニ」のパッケージを「面白い」とネットに写真を上げてくださった方がたくさんいらっしゃって。それが拡散したんですよ。
──いわゆる「バズった」わけですか。
高浦さん:知らないうちに拡散していて、突然たくさんのお問い合わせがあったんです。まったく想定していませんでした。
──どうして急に「ほぼカニ」がバズったんでしょうね。
高浦さん:「ほぼカニ」という商品名と「※カニではありません」と書かれたパッケージがウケていましたね。お客様が「カニ」と誤認されないように、目立つように書く必要があって。決してウケ狙いではなかったのですが。
▲発売当時のビジュアル(写真提供:カネテツデリカフーズ株式会社)
──じわじわ売れたのではなく、突然だったんですね。
高浦さん:人気の高まりが急だったので、対応ができず、テレビCMも準備していたのですが、生産が間に合わない状況になったため、ほとんど放送ができませんでした。
▲くやしがるカニのCGが印象的な幻のCM(写真提供:カネテツデリカフーズ株式会社)
──ちなみにテレビで紹介されることも多いですが、反応はいかがですか?
高浦さん:非常に大きな反響をいただき、一時は生産が追いつかない状況でした。
──やっぱりみんな「食べてみたい」って思うんでしょうね。
高浦さん:そうですね。ご家庭でも「ほぼカニ」と本物のズワイガニと食べ比べをしてみたい、というお客様もいらっしゃいました。
「ほぼカニ」をよりカニっぽくするには?
▲ほぼカニ茶漬け(写真提供:カネテツデリカフーズ株式会社)
──「ほぼカニ」はどのように食卓で活用されているんでしょうか?
高浦さん:「夫にカニと言って出した」とか「子どもにカニと言って出したら喜んだ」といったお話もお聞きします。「ほぼカニ」という商品そのものを楽しんでいただいています。
──「ほぼカニ」で食卓が盛り上がるわけですね。
高浦さん:「ほぼカニ」が食卓の話題になるとうれしいです。
──「ほぼカニ」には「黒酢入和だしカニ酢」がついていて、これを使うと、よりカニ感が増しますよね。
高浦さん:これは和食料理人の稲葉恭二さん監修の元でつくった「ほぼカニ」専用のカニ酢です。まろやかな甘みのあるカニ酢です。
──より家庭でカニっぽくしようと思ったら、どんな調理方法がいいんでしょうか。
高浦さん:すこし温めていただくと、風味が増すので、カニ感が強くなりますね。レンジでチンしたり、ちょっとフライパンで焼いて、焼きガニ風にしても美味しいです。冬場だとおすすめは「ほぼカニしゃぶ」。
──おお、しゃぶしゃぶもいけるんですね。
高浦さん:ほかにもシーフードがわりにピザやトーストにトッピングしていただくのもおすすめです。
▲ほぼカニ天ぷら(写真提供:カネテツデリカフーズ株式会社)
高浦さん:天ぷらは本物のカニよりも、カニかまの方が美味しいという話も聞きますよ。「ほぼカニ」は水分を持っているので、天ぷらにしてもジューシーで美味しいんです。
──「ほぼカニ」が「カニの代替品」ではなく、「ほぼカニ」として浸透して、お店で採用されているのは面白いですね。
高浦さん:まったく想定していなかった状況ですね。
ほぼシリーズは今後も増えるのか
──「サラダプラス ほぼホタテ」も食べてみたんですけど、これもすごいですよね。本物のホタテと食べ比べたんですが、かなり近かったです。
宮本さん:「サラダプラス ほぼホタテ」もアミノ酸の分析など、「ほぼカニ」と同じような手法で開発をしています。バター醤油で焼くと、もっとホタテっぽくなります。
▲「サラダプラス ほぼホタテ」(左)と本物のホタテ(右)
──ほぼシリーズの開発はこれからも継続していくんですか?
宮本さん:ほぼシリーズには、「お客様のお困りごとを解決する」というテーマがあります。カニやホタテは魚介類の値段が高騰していたという背景がありました。
──ほかにも期間限定販売で、「ほぼエビフライ」や「ほぼうなぎ」「ほぼカキフライ」という商品がありましたね。
宮本さん:「ほぼエビフライ」はエビアレルギーの方にもエビフライを楽しんでほしいということがテーマ。「ほぼうなぎ」はうなぎが絶滅危惧種になっていることに起因します。「ほぼカキフライ」は食中毒を気にせず、安心して食べられる。練り製品なら温めても、冷めていてもおいしく食べられます。「ほぼうなぎ」は今年も期間限定で販売を予定しております。
──なるほど。開発する「意義」のあるものをつくるというポリシーなんですね。
宮本さん:何か少しでも、お客様のお役に立てるものをつくりたいんです。周囲からは「次のほぼシリーズは?」とよく聞かれるんですが、それぞれのクオリティにもこだわりたいですし、そんなにすぐには出せません。
──とは言え、まだまだ開発する意欲はありますよね。
宮本さん:もちろんです。そのときは何か「お客様のお困りごとを解決できる」商品としてみなさまにお届けしたいと思います。
「ほぼカニ」はカニかまの一つの到達点
「手軽に手に入る『ほぼカニ』で、高級なカニを食べているような幸せを感じてほしい」と語っていた、カネテツ開発部長の宮本さん。工場勤務をしているうちに「自分が開発したものをお客様に食べてもらいたい」という想いが強くなり、自ら開発部に異動を希望したのだそうです。
そんな熱い想いのもと生まれた、究極のカニかま「ほぼカニ」。
ぜひ一度、カニと食べ比べをしてみてほしいと思います。そのときはぜひ、ブラインドで。
取材協力:カネテツデリカフーズ株式会社
書いた人:大塚たくま
福岡に住む九州を愛するライターで二児の父。グルメ、旅行、子育てに関する記事を多数執筆。便利で心を動かす記事を書きたい。取材が大好きで、情報量の多い記事を目指しています。