(写真提供:ニチレイフーズ)
夜中に温かい料理が食べたい、でもこんな所にお店はない……そんなときに、幾度となく救世主は現れた。
ニチレイフーズが提供する、冷凍食品自動販売機「24hr.HOT MENU」。高速道路のパーキングエリアやビジネスホテルなど、ちょうど小腹が空いてくるシチュエーションに限って突然現れる、不思議な存在だ。
値段はどの商品でも370円/一箱(税込)。手を出そうか、出すまいか、迷ってしまう罪作りな価格。なけなしの小銭を握りしめて、多彩なメニューから悩んでボタンを押して数十秒待てば、ホットなできたての幸せをつかめる。
総じて激減しているフード自販機の中でも、いまだに比較的多く見られる貴重な製品だ。でもその正体はあまり知られることなく今日まできている。
そこで販売元の株式会社ニチレイフーズに、競合が姿を消す中で生き抜いた冷食自販機の30年の秘話に迫った。
1991年、世界初の冷食自販機が誕生!
▲ニチレイフーズ 広域事業部マネジャーの石山敦さん(左)と渋江信二郎さん(右)
──いつどんなきっかけで、冷食自販機は生まれたんですか?
渋江さん(以下、敬称略):1991年に誕生し、1993年から全国展開しました。オフィスや工場などで、社員食堂の代わりに人件費のかからない自販機が求められまして、製造メーカーとともに開発したんです。
──食べられる状態で提供する冷食自販機は世界初だったそうですが、開発で苦労したことはありますか?
渋江:冷凍食品を短時間で加熱する仕組みづくりが大変でした。
──どんな仕組みなんですか?
渋江:コンビニにもある高出力の業務用電子レンジが自販機に入っていて、選んだ商品が転がり落ちてその中に入り、加熱されて取出口に出てくる……といった構造ですが、ひっくり返ってもおいしくて見た目も保てるメニューを探すのに苦労しました。
──ひっくり返ってしまう荒業に耐えられるものを探すと。
渋江:はい、ひっくり返っても汁が漏れないものに限定して開発します。そのため、ビニールで上は留めますけど、電子レンジで加熱するので、空気を逃がすために小さな穴をあける必要がありますね。
コロナ禍の医療従事者も支えている
──自販機はどんな場所に設置していますか?
渋江:例えば、高速道路のパーキングエリアや市民プールなどの公共スポーツ施設、公園、ゲームセンター、さらには病院にも設置させていただいております。
特に今は、新型コロナウイルス感染症の対応に尽力されている医療従事者の方にも重宝いただいていますので。
▲ たこ焼き。ソースは1個1個の下にある
──新型コロナ戦線に、ニチレイフーズの自販機も貢献してるんですね。
渋江:その他には、斎場でもけっこうご利用いただいています。
──みなさん、どんなタイミングで買うんですか?
渋江:お通夜のあと、遺族がご遺体を一晩お見守りするときにご利用いただいているそうです。
──夜食とかかぁ。
渋江:やっぱり離れられないんだと思います。斎場を出てコンビニに行くわけにもいかないですから。
▲五目おにぎり&からあげ
人気No.1は焼おにぎり
──1つの自販機で1日に何食売れますか?
渋江:いま一番売れているのは高速道路のパーキングエリアで、そこでは平均1日20食(全メニュー計)ぐらいです。
──メニューの人気ベスト3はなんですか?
石山さん(以下、敬称略):現在は1位が「焼おにぎり」、2位が「フライドポテト」、3位が「たこ焼き」です。
▲一番人気の焼おにぎりを二枠設けている自販機も
──焼おにぎりが一番人気。なぜその順位なんですか?
石山:商品が複数個入ったメニューはシェアしやすいので、トップ3は不動ですね。3つのメニューの中で順位は変わりますが。
──立地によっても売れるメニューは変わりそうですね。
石山:長年販売してきた中で、設置先の業態別になにが売れるかのデータもあるので活用しています。例えば、パチンコ屋さんでは売れ筋トップ3のフライドポテトはあまり売れません。なぜだと思いますか?
──うーん……手が汚れるから?
石山:そうです。油がついた手でパチンコをするのがイヤだそうで。
──面白いですね。他にもありますか?
渋江:例えば温浴施設はご高齢の方が多いので、当時販売していた「助六寿司」の購入が多かったです。宗教法人の施設でもダントツで売れていました。
▲2009年版のカタログより(写真提供:ニチレイフーズ)
──売れまくりそうです。ちなみに助六寿司はなぜ無くなっちゃったんですか?
渋江:先ほど挙げた場所以外では、売れなくて。
──哀愁が漂いますね。客層によっても売れるメニューは違いますか?
渋江:ご家族連れですと、シェアができる「フライドポテト」や「からあげチキン」が人気です。インターネットカフェではお一人で召し上がるので、「台湾飯」とか。
──台湾飯はおいしいですよね。
▲2017年に発売開始された現状での最新メニュー「台湾飯」は、台湾ラーメンにのっている“台湾ミンチ”を使った辛口のそぼろごはん
カレーにペペロンチーノに枝豆……葬られたボツメニューたち
──惜しまれつつ消えたメニューやボツメニューはありますか?
石山:冒頭にチラッと話が出ましたが、汁気の多いものは商品化しづらくて。以前は「スパゲティナポリタン」もあったんですが、調理中にソースが漏れ出してしまうので販売終了しましたし、「ペペロンチーノ」も油がしみ出すので開発段階で断念しました。
▲2012年にはスパゲティナポリタンが登場するも販売終了(写真提供:ニチレイフーズ)
──パスタは厳しいと。カレーライスがないのもそのへんの事情ですか?
渋江:一時発売はしていましたが、空気穴からカレーソースが漏れてしまい、ひっくり返って出てくるときにフィルムにべったりついてしまいます。服を汚してしまいがちなので、確か1年もかからずに販売終了しました。
▲2009年版のカタログより(写真提供:ニチレイフーズ)
──人気はありましたか?
渋江:そこまで人気上位ではなかったと思います。
──一番人気でもおかしくないメニューですけれども。「食べにくい問題」は大きいんだなぁ。
石山:あとは「枝豆」を出したことがあります。
▲塩あじえだまめ(写真提供:ニチレイフーズ)
──枝豆! あのサヤごといっぱい入っている。
石山:ですがゴミがものすごく出て、その問題でなかなか売れなかったんです。ゴミ処理の問題が出る商品はなるべくやめようと、反省材料になりましたね。
昔はラーメンも売っていた
──なんでラーメンがないのかなと思ったら、汁物は作れないんですね。
渋江:でも、実はラーメンも麺類を売る別の自販機「あったかめんくい亭」で販売していました。他にうどん、きつねそば、牛丼もありましたよ。
──ええ~! ジャンキーでそそられますね。人気があったんじゃないですか?
渋江:かなりあったと思います。
──それっていつごろにあったんですか?
渋江:1995~96年ごろから、2000年ぐらいまであったと思います。
──なぜなくなったんですか?
渋江:機械の構造上の問題で、故障続きだったんです。自販機内で調理する際、冷凍されたものをベルトコンベアにのせて、横+前後の水平移動が必要なのですが、少しでもズレてしまうと商品が詰まってしまうので。
──聞くだけでシビアだ。
▲筆者も好きなハンバーガーセット
映画『ワイルド・スピード』にも登場した
──ちなみに海外進出の話はありましたか?
石山:アメリカや東南アジアあたりから、要望はありました。
──あったんですか? さすがに無いだろうと思ってダメ元で聞いたのに。
石山:ただ電圧の違いで機械の開発が難しく、さらにアフターサービスの問題や、商品の補充などのオペレーション網を海外まで広げられなくて、断念しました。
──アメリカにあるニチレイ自販機、見たかったなあ。
渋江:ただ、それが一度実現したんですよ。2006年に公開された映画『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』で東京を再現した撮影があって。「日本の文化といえば自動販売機だ」ということで、撮影で自販機を二台アメリカへ提供しました。
──へえええ~!!
渋江:日本のパーキングエリアのような所で、チキン&ポテトとミートスパゲティを「うまいよ」と食べているシーンでした。
──さすがハリウッドはお金がありますね。輸送費や改造費とかもバカにならないでしょうし。
渋江:電圧の問題があるので、メーカーさんのほうで改造してもらいました。
──一世一代の晴れ舞台ですね。
渋江:そうですね。あと確認は取れていないんですけれども、『君の名は』の岐阜の山奥のシーンで、おそらくウチのじゃないかなと思われる自販機が描かれていました。
──……!! この形の自販機ってこれくらいしかないですもんね。
近い将来なくなる、ニチレイ自販機
──ちなみに自販機は全部で何台ありますか?
渋江:約1,000台ですね。最盛期は3,500台ありました。
──なぜ減っているんですか?
渋江:実は2010年に自動販売機自体の生産が終了してしまったんです。
──ええ~、なぜ生産しなくなっちゃったんですか?
渋江:要因のひとつは、メーカーが部品を供給できなくなってきたことです。
石山:機械メーカーの部品保有期間は生産終了から7年間です。それも2017年で終わったので、故障しても修理がなかなかできないんですよ。
自販機の故障・撤去が相次いで、食品工場の最小ロットに達しないほどの生産量になった場合は、順次商品の終売が発生します。最後の商品が販売終了になった時点で、自販機も引退になります。
──たとえば全国で500台とかを下回ると厳しい?
石山:そうですね、商品の生産ができなくなるので。
──引退時期はいつごろになりそうですか?
石山:明確に言えませんが、近い将来ですね。
──いま新しいメニュー開発はやっていますか?
石山:いまは行っておりません。新しい自販機を投入できず、これ以上の事業拡大はできませんから。
──今あるメニューだけでやっていくと。それらは存続できそうですか?
石山:いえ、機械の台数がどんどん減ってきていますので、工場の生産ラインの関係上、原材料や包材などの面で供給が不可能になれば、終売が早まる商品もございます。
──この間も「今川焼」と「ソース焼きそば」がなくなりましたもんね。
石山:人気があってもなくさないといけないものも出るのが、つらいところです。
▲公式HPより
ピンチを救ってきた自販機の、グランドフィナーレ
──これまでこの自販機に救われてきた人も多いと思います。
石山:そうですね、この機械が設置されている場所は、食べ物の調達に困るエリアも多いんですよ。例えば、山奥にあるパーキングで、もうトイレと自販機しかないようなところでも重宝いただいています。
──フェリーの船内とか、ニッチな所にもありますよね。
石山:この自販機しかないような所で、温かい食べ物が食べられることをものすごくありがたく思っていただいて。
──わかります。そんな自販機を展開する上でのやりがいはなんですか?
石山:ホントに困っていて、食べ物をどうしても欲しいお客様のニーズにお応えできたときがいちばんうれしいですね。
──たとえばどんな方がいましたか。
石山:あるお客様からお手紙をいただいて。「救急病院で、奥さんが救急搬送されて入院したときに、無事を確認できたときに食べた焼おにぎりがおいしかった」って。
──それは……安堵しながら待合室で食べたんでしょうね。
石山:はい。他にも、「お店がぜんぶ閉まっている高速道路のパーキングエリアで食べたたこ焼きがおいしかった」なんて話を聞くと、うれしくなりますね。
──そんな喜びをくれた自販機がもうすぐ無くなるなんて、やっぱり寂しいですね。
石山:そうですね……コアなファンの方に支えられている部分もあるので、申し訳ない気持ちでホントにいっぱいなんですけれども、機械の問題ですから、心苦しいところでございます。
──この自販機のファンも、まだ食べたことのない方も、ぜひ今のうちに食べてほしいですね。
石山:そうお書きいただけると、我々としてもありがたいです。
取材当日に突然知ることとなった、ニチレイ冷食自販機の終売へのカウントダウン。機械は2010年に生産終了、商品も作れなくなれば引退は仕方ないのかもしれない。
どこかでこの自販機を見つけたら、今こそ30年愛された味を噛みしめてほしい。