フランスでも日本食は大好評メニューのひとつで、日本の食品、食材への需要も高く、中でも「醤油かけご飯」がかなり好まれています。
実際ある日、フランス人の友人宅に遊びに行った時のこと、「今日のランチは私が作るから」と提案してくれたので楽しみに待っていると、友人はお米を炊く準備を始めました。
「和食かな? おかずは何だろう」と想像を膨らませていたら、手渡されたのはボウルによそわれた白飯のみ。さらにそこへ、キッチン棚から取り出してきた醤油をドボドボとかけた、醤油かけご飯が振る舞われたのでした。
フランス人客からの要望で醤油かけご飯専用の甘い醤油を開発
フランス人たちが好んで食べる醤油かけご飯は、日本人の食べ方とは一味違います。普通の醤油より甘い醤油をご飯にかけることを好むのです!
そのため、フランスにある日本食レストランには大抵、「Salé(塩辛い)」、「Sucré(甘い)」と書かれた2つの醤油が常備されています。
▲写真上が「Salé(塩辛い)」醤油、下が「Sucré(甘い)」醤油
こうした傾向を受けて、日本のメーカーから外国向けに「醤油かけご飯専用の甘い醤油」が販売されています。そのひとつとして、フランス人に愛されているのがこの「飯だれ」(現地価格:5.65ユーロ/約728円)です。
なぜそこまで甘い醤油が好まれるのか、この醤油「飯だれ」を開発したパリの老舗日本食材店「京子食品」に、フランスの醤油事情についてうかがってみました。
「京子食品」は1972年に創業された、パリで最も古い日本食品店。市内中心部オペラ地区にあります。ここは日本食品店やレストランが並ぶパリ随一の日本食街です。
京子食品はパリにおける日本食材取り扱いのパイオニア的存在。今では日本食品を扱う店もパリ市内に増えましたが、かつては同店が唯一といっていいお店でした。
品物がとても充実していて、普段使いの和食の調味料から、日本ではポピュラーだけどフランスでは手に入りにくい和食に使うような野菜、日本酒、お茶碗や巻き寿司セットまで日本食材のことなら大抵そろいます。
そして、醤油コーナーに行くと、ご飯にかけるために開発された醤油、飯だれが陳列されていました。
飯だれは焼き鳥のタレのように甘辛く、フランス人はこれをご飯にかけて食べるのが好きなのだそうです。ちなみにこちら、日本では販売されていません。
今回、取材に応じてくれたのは、京子食品で店長を務める北牧秀樹さん。さっそく、いろいろと質問をぶつけてみます。
──フランス向けに、飯だれを開発することになったきっかけって何だったんですか?
北牧さん:10年くらい前でしょうか。フランス人のお客様から「醤油かけご飯用の甘い醤油」の存在を教えられ、お店に置いてほしいとお願いされて飯だれを開発しました。
──フランス人のお客様は「醤油かけご飯」をどこで覚えてきたんでしょうか?
北牧さん:始まりがいつなのかは分かりません。しかし、フランスによくある華僑経営の日本食レストランに行くと分かると思いますが、そこでは刺身、すし、焼き鳥、味噌汁、白飯をセットにしたメニューがよく置いてあります。フランス人客は皆、テーブルに置かれた焼き鳥のタレのような甘辛さに調整した醤油を、白飯にかけて食べています。そこで味を知ったお客様が、同じ甘い醤油を探しに弊店にいらっしゃるのです。
──フランス人はご飯に甘い醤油をかけるのが好きだと聞いた時、どう思われましたか?
北牧さん:初め私たちは、甘辛いものなどフランス人は食べないと思っていました。しかし飯だれに限らず中華料理の酢豚やタイ料理の甘辛いソースも、フランスでは好まれています。結局、私たちが知らなかっただけかもしれません。あまりに「ご飯にかけるための甘辛い醤油」の問い合わせが多かったため、それなら商品を作ってしまおうと開発されたのが飯だれでした。
▲フランスでは甘い醤油をご飯にかける食べ方が好まれている
──独自に開発しなくても、華僑系の日本食レストランに置いてある甘辛い醤油を同じ販売元から仕入れれば良いのでは?
北牧さん:今は分かりませんが、かつて華僑系レストランでは市販品の甘辛い醤油を使っているのではなく、普通の塩辛い醤油を独自にお店で甘辛くして提供していました。それを空き瓶となった市販品の普通の醤油容器に入れて「Sucré(甘い)」と書いてテーブルに置いていました。つまり、以前は甘辛い醤油が市販されていなかったんです。
──実際に飯だれを発売した後、反応はどうでしたか?
北牧さん:ご好評をいただいています。当初、「ご飯にかけるための甘辛い醤油」は京子食品の飯だれしかありませんでしたが、その後、日本の大手醤油メーカーも「ご飯用の醤油」市場に参入しています。日本食品専門店以外の一般的な小売店にも卸すようになって、今では多くのスーパーで「ご飯にかけるための甘辛い醤油」を見かけるようになりました。
──甘口醤油は日本にもありますが、それとの違いは?
北牧さん:原材料を見てもらえれば分かると思うのですが、たまり醤油の他に砂糖や発酵調味料、醸造酢を混ぜています。そのため、九州などで広く使われる甘口醤油とは少し異なります。さらに弊社では2年前に「飯だれ2」(現地価格:5.90ユーロ/約761円)も開発しました。寿司に添えられた甘辛い「ガリ」を好むフランス人も多いため、生姜の味も混ぜてしまおうと思ったからです。
──甘辛い醤油がこのようにポピュラーになっていると、そもそも醤油というものは甘辛いものだと認識しているフランス人も一定数いるのでは?
北牧さん:「醤油は甘い」というよりは、「醤油というものは、どこでも甘いものと辛いものの2種類ある」と認識しているフランス人は多いでしょうね。そして日本人は醤油を、つけ醤油と調味料の2つの用途で使いますが、フランスの場合、一般的にはつけ醤油としてのみ使うことが多いです。そのため大きなボトルよりは小さなものが売れます。
──甘辛い味だったら、ソースっぽいものでも売れているのでしょうか?
北牧さん:お好み焼きソース、焼き鳥のタレ、うなぎのタレなど、甘辛い醤油と同系統の甘辛い味は、おしなべて好かれています。
▲「京子食品」で新たに開発された「飯だれ2」
フランス人には「ご飯」と「おかず」を調和する感覚がない
どうやらフランス人の舌には「甘辛い味」が合うようで、だから白飯にも「甘い醤油」をかけているのですが、そうなると、「なぜ、白飯のままでは駄目なのか?」も知りたいところ。
その理由については、「ご飯」と「おかず」の味わい方の違いにあるそうです。今度は、日本で新幹線等の車内販売や駅弁の製造販売を行い、2016年と2018年にはパリ・リヨン駅で駅弁の製造販売を手がけた日本レストランエンタプライズの相馬孝章さんに、お話をうかがってみました。
──フランス人にとって「白飯」とはどんな存在なのでしょうか?
相馬さん:フランス人には、日本人が何気なく行なっているご飯とおかずを口の中で混ぜ合わせて食べる「口中調味」をする習慣がありません。そのため白飯とおかずを一緒に出されても「白飯は白飯だけ」「おかずはおかずだけ」で味わう人がほとんどです。
──そもそもフランスでは白飯を食べる習慣がないんでしょうか?
相馬さん:白飯は食べますが、日本人のように口中調味せず単体で食べるため、物足りなさを感じる人が多いようです。
──同じ弁当を食べていても日本人とフランス人では感じている「味」が微妙に違うということですね。
相馬さん:はい、そのため日本では白飯を使っていた弁当も、フランスでは炊き込みご飯など必ず何かの味をつけて提供しました。一方で口中調味をしない分、おかずの味は日本より気持ち薄くしました。
──フランス人が好む甘辛さも大切な要素でしたか?
相馬さん:そうですね。例えば、岩手県・一ノ関駅の斎藤松月堂が製造したフランス産シャロレー牛を使った「シャロレー牛あぶり焼き弁当」(現地価格:14ユーロ/約1,806円)は、醤油ベースの特製ダレに漬け込み、あぶり焼にしたもので、醤油の香ばしい香りと甘辛さ、上質な赤身の歯応えや味わいにこだわりました。秋田県・大館駅の花善「鶏めし弁当」(現地価格:12ユーロ/約1,548円)も秘伝のスープと醤油で味付けしたご飯の上に、甘辛く煮付けた鶏肉をのせました。
▲シャロレー牛あぶり焼き弁当
──ちなみにそれぞれの商品は、日本でもそれなりの地位にある駅弁なんでしょうか?
相馬さん:両商品は、100年以上続く日本を代表する老舗駅弁会社の製造商品です。「シャロレー牛あぶり焼き弁当」はフランス向けに特別にアレンジした味付け、一方で「鶏めし弁当」は70年以上変わらぬ味をそのままフランスで再現しています。
──このような工夫の結果、フランス人のお客様からの反応はどうでしたか?
相馬さん:現地で駅弁を購入された方々より、「非常においしかった」「期間限定の販売で残念」などといった声を多数頂戴しました。一回購入して気に入っていただけたお客様は、リピーターとして何回もお店に足を運んでいただくなど、販売していた7種類の駅弁を食べ比べるお客様も多くいらっしゃいました。喫食後には、わざわざ店舗へ戻って来られ「おいしかった」と言ってくださるお客様も多く、フランスの方々に楽しんでいただけたのではないかと思います。
▲パリにおける駅弁販売風景
まとめ
これまでの話を基にするとフランス人は、
- 甘辛い味を好む。
- 日本人のようにご飯とおかずを「口中調味」する習慣がない。
- 白飯だけでは物足りなさを感じる。
ということが浮かび上がりました。こうした事実もあり、フランス人は甘い醤油をご飯にかけていたわけです。日本人からするとやや意外な形ではありますが、いずれにせよ、醤油がフランスの食に溶け込んでいるのは間違いありません。
※ 日本円表記は、2019年1月現在で換算
お店情報
京子食品
住所:46 rue des Petits Champs 75002 Paris
電話:+33 (0)1 42 61 33 66
営業時間:10:00〜20:00(日曜日は11:00〜19:00)
定休日:月曜日
書いた人:守隨亨延
ジャーナリスト。日本メディアに海外事情を寄稿。主な取材テーマは比較文化と社会、ツーリズム。取材等での渡航国数は約60カ国。ロンドンでの生活を経て現在パリ在住。『地球の歩き方』フランス/パリ特派員。
- 個人サイト:PRESSEIGREK