昭和26年創業のお菓子屋をパンクロッカーが継いだ結果→地域で愛される名スポットとして繁盛

日本のパンクロックの歴史を語る上で欠かすことのできない長寿バンド「ニューロティカ」のボーカルあっちゃんは、昭和26年創業の老舗お菓子屋の3代目だった。その二足のわらじ生活に迫る!

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日本のパンクロックに詳しい人なら、そのバンド名を一度は聴いたことがあるのではないだろうか。

「ニューロティカ」。

1984年1月に結成され、1990年にメジャーデビュー。世のバンドブームにも乗り、ライブの集客やCDの売り上げはうなぎのぼり。バンドブームが終息してメジャーとの契約が切れると、インディーズに拠点を移して地道な音楽活動を継続。メンバーの移り変わりはあるが、ボーカルのATSUSHI(アツシ)こと“あっちゃん”は唯一のオリジナルメンバーとしてグループの顔であり続けている。

 

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▲写真提供/ATSUSHI

 

2015年にはドキュメンタリー映画『あっちゃん』を公開。2019年は、結成35周年のメモリアルイヤーを迎えた。そして今でも精力的にライブ活動を続け、2022年1月3日には初の日本武道館単独公演も決まっている。

 

子どものころからお菓子屋を手伝っていた

あっちゃんはバンド活動を行う一方で、八王子にある昭和26年創業の老舗お菓子屋「藤屋菓子店(※以下「藤屋」)」の3代目としても忙しい日々を送っている。

パンクバンドのボーカルとお菓子屋の主人というギャップのある二足のわらじ生活について、あますところなく語ってくれた。

 

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──藤屋さんは、ほかでは見かけないぐらいレトロな雰囲気ですね。

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:2021年で創業から70年目を迎えますからね。もともと八王子は養蚕、織物で有名で、おじいちゃんの家業も服屋だったそうです。戦後、おじいちゃんが亡くなったときに、おばあちゃんがお菓子屋に商売替えをしたんです。

 

──子どものころからお店のお手伝いをしていたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:物心ついたときから、ずっとお店の手伝いはしていました。昔はお店の前に雑誌スタンドが置いてあって、週刊誌や漫画雑誌を近所の床屋さんに配達していました。牛乳やパンも扱っていて、火曜日、金曜日は配達の日でしたね。

 

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──実家がお菓子屋と聞くと、子どものころはお菓子食べ放題でうらやましいイメージがありますが。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:よく言われますね。でも、お店のお菓子は商品でしたから、食べなかったです。同級生の魚屋さんの息子に聞いても、あまり魚は食べないそうですよ(笑)。

 

──ATSUSHIさんがお菓子屋の3代目を継いだ経緯を教えてもらえますか。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:一時期、バンド活動に専念するため、都内のアパートを借りていた時期があったんですけど、1998年に父親が亡くなって、八王子に戻ってきたんです。そのタイミングで3代目を継ぐことになりました。

 

──20年以上も二足のわらじ生活を送っているんですね。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:母親が運転免許を持ってないので仕入れが難しいんですよ。それもあってニューロティカの活動と並行してお菓子屋をやってきました。

 

お客さんの大半は近所の常連さん

──素朴な疑問ですが、町にある小さなお菓子屋の経営はどのように成り立っているんですか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:たしかに、うちのような昔ながらのお菓子屋は減ってますね。お客さんの大半は近所の常連さんで、主におじいちゃん、おばあちゃん、子どもたちが来ます。毎日買いに来る方、病院の帰りに来る方、学校帰りといろいろです。

 

──地域に密着しているんですね。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:ほかにはお菓子を大口で買ってくれるお得意さんがいるんです。例えば、お祭りで子どもにお菓子の詰め合わせを配るとか、バス会社が企画している旅行の席に置いてあるお菓子とかですね。お祭りではピークのときでお菓子セットを約1,000個作りました。会社で出す10時と3時のお菓子を、月1回注文してくれるお得意さんもいます。

 

──経営は順調ですか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:例年は安定しているんですが、2020年はコロナの影響でお祭りや旅行が中止になり、厳しかったですね。
父親の時代は年末になると「お年賀(※新年の挨拶の際の贈答品)」として、おせんべいやクッキーのセットが300個も売れたそうです。今はほとんどそんな注文もないですね。

 

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──藤屋ならではの売り方はあるのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:僕は八王子市場に週1回、都内の大きなお菓子問屋に月1、2回行き、お菓子の仕入れをしてきます。しかし、大量仕入れができる大手スーパーやドラッグストアの価格には、まったくかないません。
ただ、そこには置いていない品物も藤屋にはありますし、常連さんの中にはスーパーまで買いに行けない方もいらっしゃいます。そういう方の楽しみのためになればいいなと思っています。
父親もよく言っていましたが「スーパーで売っているのと同じお菓子でも、ウチのは心が入っている」と。私もそう思いますね。

 

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遠方からニューロティカのファンが訪れる

──ニューロティカの活動はお店の宣伝になっていますか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:ニューロティカのファンがお店にも来てくれます。新宿ロフトのライブ翌日なんかは、岐阜県などの地方からもたくさん来てくれました。
ただ不定休にしているので、お店が閉まっていたり、僕が不在で母親が対応しているときは申し訳なく思います。

 

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▲写真提供/ATSUSHI

 

──バンド活動のお話もお聞かせください。2020年はコロナの影響で減ったと思いますが、通常はどれぐらいのペースでライブをしていますか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:通常の年は年間60回ぐらいです。ちなみに2020年11月現在で結成から通算2,047回ライブをしていて、そのうち新宿ロフトには290回出演しています。新宿ロフトの出演回数は全アーティストの中で一番です。

 

──ずいぶん細かい数字まで把握しているんですね。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:実は曲順ノートを作っていまして、ライブ回数に間違いはないです。もともとは地方に行ったときに前回のライブと曲や衣装が被らないように書きだしたんです。

 

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▲年季の入った曲順ノート

 

──スゴい気遣いですね。しかし、朝早く仕入れに行き、お店は10時に開けて17時まで。休みは原則的に日曜日のみ。バンドの練習はいつするんですか。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:メンバーに無理をいって、練習は夜にしてもらっています。ライブハウス出演のブッキングは仕事の合間にしていますね。
ライブは土日が多いですし、テレビ収録などは平日もあるので、ニューロティカを優先してお店は不定休になってしまうのが悩みです。

 

──やはり二足のわらじ生活は普通に考えて、忙しすぎて大変じゃないですか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:うーん。でも、僕より乃木坂46の方が忙しくて大変じゃないですか? そういう考え方をしちゃうんですよ。
コロナの緊急事態宣言の時期に、「これが普通の人間の生活か」と初めてわかりました。お店を夕方に閉めて、お風呂に入って「これで休んでいいのか」と不安になっちゃいましたね。いつもはお店を閉めると打ち合わせやリハーサルなんですが、それができなかったんです。
好きな音楽をやって、お酒を飲んで、お菓子屋もできて。これほど恵まれている人生はないですよ。自分としては忙しいほうが性に合っているんでしょうね。

 

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▲店内でニューロティカのDVDも販売

 

──ちなみにコロナ対策はどうしていますか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:お店に消毒液を置いて、お金のやりとりはトレイでしています。お店は近所の方のために緊急事態宣言中も開けていました。
売上は正直なところ落ちましたね。2月のお祭りがなくなって、夏祭り、秋祭りも中止でしたし、バス旅行もなくなりました。
でも、苦しいのはウチだけではないですし、もっと大変な人がたくさんいます。毎日来てくれるお客さんのためにもお店は続けますよ。

 

──二足のわらじ生活にメリット・デメリットはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:メリットは、ニューロティカのファン、関係者のみんなが、お菓子屋に興味を持ってくれることですね。デメリットは、ほんとごくたまに体がしんどいです(笑)。ライブの次の日はお昼にお店を開けたりすることもあります。

 

パッケージを見れば、どんな味か想像ができる

──藤屋オススメのお菓子を教えていただけますか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:ずばり「ふじやのくず湯」です。くず湯の本場・奈良県の吉野で作られています。全国でウチのお店でしか買えません。というのもファンが工場を持っていて、作ってくれたんです。藤屋の人気商品ですね。

 

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──ファンとのコラボ商品ですか。ほかに売れているお菓子は?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:定番のモノが売れますね。ピーナッツを水飴で固めた「豆板(まめいた)」、大麦やはだか麦の粉に砂糖を混ぜてお湯で練った「麦こがし」、あられにきな粉をまぶした「五家宝(ごかぼう)」、昔からある「甘納豆」などです。
おせんべいの新しい味とか、新商品は若い人が買っていきます。子どもにはポケモンなどのキャラクターモノが人気ですね。ただ、新しいものというのは流行が終わるとなくなってしまい、結局は定番が残るんです。

 

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──仕入れるお菓子はどのように選ぶんですか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:とんどはパッケージです。自分好みのパッケージだと当たりです。

 

──レコードのジャケ買いみたいですね。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:長年商売をやっているのでパッケージを見ると味が想像できるんですよ。お菓子の陳列のバリエーションを増やすために新商品を試すこともあります。

 

──さすがプロですね。歴史のあるお店だけに、地元貢献もしていると思いますが。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:私自身、八王子の観光PR特使なんですよ。商店街の人は、昔からの知り合いなんで、地元のお祭りを盛り上げてます。八王子はお稲荷さまの信仰が強くて、毎年2月には「初午祭」が行われます。そこでよくうちのお菓子が使われます。

 

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f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:以前『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)の八王子の回に出演して、八王子の歌を作って歌ったことがあります。テレビを見た近所のおばあさんに「あっちゃん報われたね」と涙目で言われました(笑)。

 

──いやいや、渋谷公会堂でワンマンライブをして、メジャーデビューをしている時点で十分にスゴいですよ。ただお年寄りにはテレビはわかりやすかったんでしょうね。最後にこれからの目標を聞かせてもらえますか。

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:バンドとしては、自分やメンバーが見つけた楽しいことを日本中のニューロティカファンに伝えたいですね。もっとニューロティカを聴いてもらって、パンクロックを広めたいです。

 

──お菓子屋としての目標はなんでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20201222055129j:plainあっちゃん:バンドと同じですね。小さなお店ですが、スーパーやコンビニでは手に入らないようなお菓子を取り揃えています。地元の常連さんに愛されながら、一日一日精進しながら、生きていきたいと思います。

 

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仕事、バンドともに地道な努力を積み重ね、継続しているあっちゃん。その誠実で真摯な人柄は、心を打つ。

藤屋は決してパンクなお店ではない。昔ながらの風情を保っている。そのお店の中には、近所の子どもから送られたピエロ姿の似顔絵が飾られていた。ピエロは人を楽しませながらもどこか悲しさを漂わす存在だ。だが、あっちゃんのピエロは悲しむことなんてなく、いつも前向きに歌い、ライブの翌日にはお菓子屋を開けている。

そんなお菓子屋を、子どものころのわくわくした心を持って訪ねてみるのもいいかもしれない。

 

撮影:松沢雅彦

 

店舗情報

藤屋菓子店

住所:東京都八王子市本町3-9
営業時間:10:00~17:00
電話:042-625-2131
定休日:日曜・不定休

newroteka.com

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書いた人:松本祐貴

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1977年、大阪府生まれ。フリー編集者&ライター。雑誌記者、出版社勤務を経て、雑誌、ムックなどに寄稿する。テーマは旅、サブカル、趣味系が多い。著書『泥酔夫婦世界一周』(オークラ出版)、『DIY葬儀 ハンドブック』(駒草出版)

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