「ちゃポリタン」という料理をご存じだろうか。
長崎かんぼこ王国、長崎県生麺協同組合、カゴメ株式会社が2012年に共同開発した、ちゃんぽんとナポリタンを合体させた料理である。
九州エリアはトマトケチャップの消費量が多く、長崎県もそれが例外でない。さらに、長崎の家庭の冷蔵庫には「かんぼこ(水産練り製品)」とちゃんぽん麺が常にあることから、長崎の新しい食文化としてこの「ちゃポリタン」は生まれた。
関東ではまだ馴染みはなく、なかなか口にすることができないこの「ちゃポリタン」だが、神奈川県茅ヶ崎市に提供しているお店を発見。「日本ナポリタン学会」の会長として、日々ナポリタンにアンテナを張っている身としては、行かずにはいられない。
そして、さらにリサーチを進めていくとどうやらこのお店、「ちゃポリタン」のみならず、九州各県のご当地メニューが異常に充実しているようだ。
というわけで、確かめるため茅ヶ崎方面へ足を運んだ。
茅ヶ崎への旅は、混乱から始まった
茅ヶ崎。湘南。夏。ビーチ。サザン……。
そんな甘いココナッツバニラの匂いが漂ってきそうなイメージを胸に、JR相模線で茅ヶ崎市内の最寄り駅にやってきた。筆者は、この土地については、『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』シリーズや『4522敗の記憶』、最近では『止めたバットでツーベース』などで知られる文豪・村瀬秀信氏の生誕地である……という情報しか持っていない。
JR香川駅。もう香川でしかない。私が求めているのは「讃岐うどん」ではなく、「ちゃポリタン」だ。ここから混乱が始まる。
駅を降りてすぐ目にした光景はごく普通の住宅街。
目的の店「九州らーめん・長崎ちゃんぽん 霧しま(以下、霧しま)」を目指して歩く。
しかし慣れない土地で、ちょっと迷ったようだ。気がつけば、隣町の「寒川町大曲」に出てしまった。
「大曲」といえば、秋田じゃないか。
秋田といえば「稲庭うどん」ではないか。
私が求めているのは「ちゃポリタン」であり、九州ラーメンのお店だ。
混乱はさらに深まる。香川に戻ろう……。
香川駅から歩いて10分ほど。茅ヶ崎変電所が見えてきた。この変電所の向かいに目的地があるはずだ。もう大丈夫。
ようやく「霧しま」にたどり着く。観光地のペンションを思わせる白い建物と、多数の派手な幟が目立つ。
現地に来てみて初めて気付いたのだが、ここは新湘南バイパスの茅ヶ崎中央インターを降りてすぐ、車の方がアクセスの良い場所だった。駐車場も4台分まで完備されている。
▲「ちゃポリタン」の幟もちゃんとある。安心した
▲カウンター席5席とテーブル席20席の店内。テーブル席はボックス式で、どこか懐かしくホッとする感じ
▲“飲食店あるある”な、数々のコミック本。店によっては時おり「えっ!? こんなマンガが!? 店主の趣味か??」っていうのがあったりするが、ここは普通にメジャーどころが多くて、逆に安心した
なんだか九州を網羅しそうなメニューの数々
「ちゃポリタン」を目当てに来たのだが、お店に入っていきなり目に飛び込んだのはスイーツメニューの数々。しかも、並んでいるのは九州各地のご当地系スイーツだ。
恐る恐る、気になるメニューブックを開いてみた。
▲長崎ちゃんぽんが店名になっているだけあって、ちゃんぽんや皿うどんは充実している
▲博多ラーメンはもちろん、鹿児島ラーメンも。そして佐賀の「シシリアンライス」?? ちゃっかり横浜名物サンマーメンもある
▲(左ページ)そうですね、九州らーめんときたら熊本ラーメンもね/(右ページ)「いきなり団子」に関しては、もはやどこのものだかわからない
ひとまず、九州のご当地メニューがスイーツだけでなかったことに一安心だ。ラーメン系だけでも長崎、福岡、熊本、鹿児島をフォローしており、ご飯ものを含めると佐賀もある。九州全7県のうち5県もの味が、ここに来るだけで楽しめるのだ!
(※上記のメニュー写真が照明の反射で一部見えづらいこと、お許しください)
これが長崎新名物「ちゃポリタン」だ!!
それでは、目的の「ちゃポリタン」をいただこう。……その前に、二代目の安田勝明さんに話を聞いてみた。
▲霧しまの二代目・安田勝明氏
──そもそも「ちゃポリタン」はどのような料理なのでしょうか?
安田さん:茹で置きのちゃんぽん麺を、ナポリタンの具材と「かんぼこ」などのちゃんぽん要素と合わせて炒めています。炒め油はサラダ油ですね、うちは創業以来ラードは使わない主義でして。これはサラッと健康的に楽しんでほしいという先代の意向です。
──ラードは美味しいんですけどね。
安田さん:ただ、ヘルシー志向にしたぶん女性のお客様にも人気があります。
──あら。私が会長を務める「日本ナポリタン学会」でも“ナポ女子”が増えるといいな、って思ってたところです。
▲ちゃんぽんとナポリタンが融合したとあって、なるほど、具材が多く色鮮やかである
早速「ちゃポリタン」をいただく。フォークよりも箸でいきたくなる、和洋の折衷具合に感謝したい。
……ここは箸で行こう。一口目から、モチモチとした食感のちゃんぽん麺をケチャップで和えてしっかり炒めた香ばしさが、口いっぱいに広がる。普通のちゃんぽんでは味わえないこの快感は、ナポリタン好きにならわかるだろう!
そして、トマトケチャップは偉大だ。玉ねぎさえ入っていれば、他に何が入ろうとうまくまとめ上げてくれる。
わかりやすいように、具材をちゃんぽん要素とナポリタン要素で分けてみた。
【ちゃんぽん要素】
・かんぼこ(赤・緑・紅白のはんぺん、揚げかんぼこ)
・ちゃんぽん麺
・キャベツ
【ナポリタン要素】
・ベーコン
・ウインナー
・玉ねぎ
・ピーマン
・パプリカ(赤と黄色)
・カゴメトマトケチャップ
・ウスターソース
こうしてみると具材が華やかだ。ナポリタンとちゃんぽんが融合したというよりも、ナポリタンにちゃんぽん要素がプラスされた形になっている。
なんと言っても茹で置きのちゃんぽん麺の絶妙な太さがそそる。やはりナポリタンは茹で置き麺が美味い。何故なら、麺全体に水分が行き届き、味が付きやすくなりモチモチ感が出るという、アルデンテにはないメリットが生まれるのだ。
立ち食い蕎麦にしてもそうだが、日本にはこうした茹で置き麺の文化が定着している。
熊本ご当地グルメ「太平燕」ってなんだ!?
──「ちゃポリタン」の他にも「霧しま」のメニューの魅力をお伝えしたいです。まずはこの「太平燕」。食べるのはもちろん、見るのも初めてですが、なんと読みますか?
安田さん:「たいぴーえん」と読みます。明治時代に中国福州(ふっけん)省の郷土料理をベースとして作られた、熊本県中部のご当地グルメです。春雨スープにいろんな具材を炒めて、茹で卵を添えています。
──見た目は長崎ちゃんぽんのようですね。小麦粉の麺ではなく春雨というところがまた珍しい。
安田さん:ちゃんぽんのようにモヤシは入っていないのですが、ラーメンと比べると低カロリーですし、魚介類や野菜もいっぱい入るのでこちらもヘルシー志向ですね。やはり女性のお客様に人気です。
──ヘルシー志向とはいえ、食べ応え抜群のボリュームです!
佐賀のご当地グルメ「シシリアンライス」
──お次はご飯もの、「シシリアンライス」。こちらも珍しいですね。
安田さん:はい。こちらは佐賀のご当地グルメです。牛肉と玉ねぎを甘辛いタレで炒め、レタスとトマト、茹で卵をのせ、マヨネーズを網がけしています。
──長崎には「トルコライス」というのがありますが、トルコと同じ地中海のシチリアから取ったネーミングに、佐賀の対抗意識みたいなものが感じられるというか。
安田さん:シチリア島に行ってもまず「シシリアンライス」は食べられないと思うし、「トルコライス」もトルコへ行っても食べられませんよね。
──多分食べられません。ナポリタンもナポリにあるわけじゃないし。そういう意味では、その地を思いながら作った日本料理って面白いですよね。
「霧しま」のルーツ、「どんたくらーめん」
──もうかなりお腹いっぱいなのですが、やはり霧しまさんのルーツである博多ラーメンにも触れておきたいです。その中で独自アレンジの「どんたくらーめん」をいただきたいと思います。
安田さん:父が「博多どんたく」で修業して会得した博多ラーメンにトッピングをたくさん追加したものがこの「どんたくらーめん」になります。上から時計回りに、チャーシュー、ねぎ、きくらげ、わかめ、紅しょうが、高菜をぎっしりと。そして真ん中に生卵を落としました。
──賑やかなトッピングですね。でも奇をてらっていなくて博多ラーメンのいい部分を押さえているというか。
安田さん:毎年5月に福岡市で行われるお祭り「博多どんたく」の賑やかさを具材で表現しました。
「九州豚骨ラーメン」の可能性を信じて40数年
──こちらのお店はいつ創業されたのでしょうか?
安田さん:先代の父・安田徳久が1976年3月に創業しました。それ以来、ずっとここ香川で営業しています。
──店名に「九州らーめん・長崎ちゃんぽん」とありますが、お店に入ってみるとそれだけでなく、他にも九州のご当地メニューが豊富なことに驚きました。お父様は九州のご出身なんですか?
安田さん:いえ、横浜出身です。
──えっ(茅ヶ崎、香川、大曲、九州、長崎……ときて、横浜。混乱はさらに深まる)、私も横浜から来ました。
安田さん:父は横浜の野毛にあった「博多どんたく」という豚骨ラーメンの店で修業し、その後独立しました。“九州豚骨ラーメン”ってジャンルがまだ珍しかった時代で、口コミで広がって大変な人気店だったそうです。野毛という酒場が多い街ということもあり、「〆にラーメン」ってことで。
──茅ヶ崎の香川という地を選んだ理由はなんでしょうか?
安田さん:「博多どんたく」の人気を見て九州豚骨の可能性を信じ、九州豚骨ラーメンがまだ不毛の地だったこの地へ一家で移り住みました。最初は店名通り、九州(博多)ラーメンと長崎ちゃんぽんがメインでした。
──そこから博多、長崎以外のご当地メニューが増えていったわけですね。これほどまでに九州にこだわる理由はなんでしょうか?
安田さん:父が九州ラーメンの店で生計を立ててきたので、小さい頃から九州には興味を持っていたんです。それに加えて、私は食べ歩きが趣味で、店を父と一緒にやるようになってからは毎年のように九州へ行って、新たなメニューを取り入れるようになりました。
──レシピなどは現地で調達されるのですか?
安田さん:いやいや、現地で舌で確かめて、それを忘れないようにして帰ったらすぐ試作に取り掛かります。
──ご自身の舌を頼りに! 大変ですね。博多ラーメン、熊本ラーメン、鹿児島ラーメン……同じラーメンでもスープ作りは異なってくるので、仕込みなんかも大変ではないですか?
安田さん:そうですね。ただすべてが一からというわけではなく、共通する部分も出てきます。
基本的にうちの九州ラーメンは、「ゲンコツ(豚の大腿骨)」を使った豚骨スープをベースにしていて、タレやトッピングなどを変えることで各エリアのラーメンとなっていきます。
例えば熊本ラーメンであれば、この豚骨スープにマー油を加える、とか。
──博多ラーメンと長崎ちゃんぽんでやられていたお父さんからは、他のエリアの麺料理を作ることについて何か言われましたか?
安田さん:いや、特には。やはり同じものばかりではお客様には飽きられてしまいますので、「常に新しいものを追求していく」という点では父と共通の姿勢です。
▲色使いが目を引くPOP類は勝明氏が作ったものだ
──なるほど。九州メニューがズラリと並ぶ中でも、宮崎と大分のメニューはないですね。
安田さん:アハハ。もともと「九州を網羅しよう!」っていう気はなかったもので……。
──いつかメニューに宮崎ラーメンや大分ラーメンが追加される日も出てくるのでは?
安田さん:どうでしょうかね。
「霧しま」向かいの変電所に秘密が!?
「霧しま」の魅力を存分に味わって店を出ると、そこは再び一面の変電所が広がる風景。
九州からは遠く離れたここ茅ヶ崎の地で、九州のご当地グルメを次々とメニュー化できるのは、このアンテナを介して情報を得ているのかもしれない……などと想像が膨らんだ。
そんな冗談はさておき、安田さんが九州のグルメ事情についてアンテナを張り続けているのは確かだ。そして、個人店でありながら現状に満足せず、常に新しいものを追求し続けているマジメなお店であった。
今回紹介したメニュー以外にも、「霧しま」には九州グルメがまだまだあるので、お店へ足を運んで確かめてほしい。
お店情報
九州らーめん・長崎ちゃんぽん 霧しま
住所:神奈川県茅ヶ崎市香川4-11-13
電話:0467-57-7246
営業時間:11:00~21:00(出前:11:00~20:30)
定休日:水曜日
書いた人:田中健介
横浜発祥と言われるスパゲッティナポリタンを愛し、2009年より「日本ナポリタン学会」会長として、横浜を中心にナポリタンの面白さを発信する。著書に「麺食力-めんくいりょく-」(2010年、ビズ・アップロード)、連載に「はま太郎」(星羊社)の「ナポリタンボウ」(2017年〜)など。