みなさんはタイの地獄寺をご存じだろうか?
ほとんどのかたが見たことも聞いたこともないだろうから、何枚か実物の写真をお見せしよう。




これがタイの地獄寺である。
血みどろで怖いんだけれど、どこかポップで明るいムード。
約3万あると言われるタイの寺院のうち、写真のように立体像で地獄を表現しているのが地獄寺だ。
小さいところで数体、大きいところで数百体以上の像がずらりとならぶ。

2018年10月発売された『タイの地獄寺』は、タイの地獄寺を論考した初の出版物だ。
単なる珍スポット紹介というわけでなく、
地獄寺が生まれた背景とは? 時代とともに変わる地獄表現とは? 地獄にはどんな住人がいるのか?
などを宗教、社会、政治要因を解きほぐしつつ論考する。

今回は著者の椋橋彩香(くらはしあやか)さんに話しをうかがった。
「ファッションの勉強がしたくて、フランス文学を専攻するつもりだったけど、フランス語の女子たちはキラキラと輝いてて……。美術史に変えました」
SNS上では「地獄さん」の名で活動。早稲田大学大学院文学研究科に在籍し、タイ仏教美術における地獄表現を研究している。
巡り歩いたタイの地獄寺はゆうに60を超える。
1日1食! 観光も買い物もせず、ひたすら地獄寺を巡る

ーー著書に「ある1日の地獄めぐりスケジュール」がありましたが、すごいハードスケジュールでした。朝7時に起きて、バイクタクシーに乗り、バスを乗り継ぎ、乗り継ぎ、夜21時までに3つの地獄寺をまわっていました。
椋橋:あれは特にハードな1日ですけど、タイ滞在中はだいたいあんな感じです。いままでタイへは7~8回行ってますが、短くて1週間、長いと1カ月ぐらい滞在して地獄寺を調査します。
ーー観光はしないんですか?
椋橋:観光はしないし、荷物が増えるので調査中は買い物もしません。地獄寺の調査だけ。純粋な楽しみ方ってもう分からなくって、タイに行くってなると修行ですね。
ーーさすがにご飯はしっかり食べますよね?
椋橋:基本的に調査終わるまではなにも食べないんですよ。なので、たいてい1日1食。1日の調査が終わって、宿に着いてから食べます。
ーーえ~、ストイックすぎる!
椋橋:地獄寺って地方に多いんですが、地方は悪路なので乗り物酔いが怖いんです。
でも、体の調子が良ければもち米と干からびた肉のセットを食べますし、カバンにはいつもデカい焼き鳥入れてます。
ーーデカい焼き鳥、ですか……。
椋橋:調査中は精神的に余裕ないので座って食事はしなくて、デカい焼き鳥とか現場に向かいつつ食べますね。
ーータイ料理はお好きなんですか?
椋橋:すっごい好きです! タイ料理店で6年間バイトしてたし、もう、まかないがおいしくて無限に食べれました。仕事中なので早食いにもなるし、フードファイターみたいにタイ料理食べてたら3カ月で4kg太りましたね。スタッフもみんなタイ人でゆるくて優しい。いつもタイ語が飛び交ってるから、タイ語の勉強にもなりました。

▲椋橋さんの好物、ネームクルック。生ソーセージと揚げたお米をまぶしたサラダ。おいしいおいしいと食べると「は〜、良かった! ありがとうございます!」と椋橋さん。「勝手にタイ代表みたいな気持ちになっちゃって……。タイ料理褒められると自分を褒められたみたくうれしくなります!」
ーー地獄寺研究よりタイ料理店のほうが先ですか?
椋橋:そうです。まだ研究始めてないどころか、タイに行ったことすらありませんでした。タイ料理店で働きはじめて1年後、タイに行って地獄寺に出合い、今に至ります。
ーーもしもタイ料理がおいしくなければ、タイの地獄寺も研究してないわけですね。
地獄めぐりをすると毎日、人の優しさに触れられる
ーーそれだけストイックに調査を続けられるなんて、ほんとに地獄寺がお好きなんですね。
椋橋:う~ん、地獄寺は大好きだけど、義務にもなってます。みんながイメージするような「地獄が大好きで行かずにはいられない地獄ちゃん」とは違いますね。行くのも大変だし、けっこうつらい。でも、やらずにはいられない。そんな感じです。

ーー地獄寺巡りで恐かったエピソードってありますか?
椋橋:犬ですね。
ー犬?
椋橋:地方の村やお寺には犬がたくさんいます。「見知らぬ奴が来た!」って警戒されて、敵意むきだしの犬数匹にうなられながら、ぴったり後をつけられると生きた心地がしませんね。
ーーそれは怖い……。
椋橋:ド田舎で交通機関もなく、牛しかいないような道を1人で歩いてると「なにやってるんだろ……」って途方に暮れることもあります。地獄めぐり中は我に返っちゃダメです!
ーーまさに修行だ。
椋橋:宿が汚かったとか移動距離が長いとかは別にいいんです。気になりません。ほんとにつらいのはお寺の住職さんに話しをうかがっても、ぜんぜん通じないときですね。言葉が通じないというより、意識が通じない。
ーーというと?
椋橋:地獄寺が研究対象になるって意識がまったくないから「なにがしたいわけ?」とまともに取りあってもらえない時があります。「このトゲの木の像はいつ作ったんですか?」と尋ねても「作ったんじゃない! 生えてるんだ!」と言われたり。でも、それじゃあ調査になりません。下手に出つつも食い下がります。人にしつこく接するのが苦手なのでつらいですね。
ーー逆に「やったー」とうれしくなるのはどんな時ですか?
椋橋:人との絡みが生まれたときですね。地方のおばちゃんが「ご飯食べてきなよ」って声をかけてくれたり。地獄寺巡りしてると毎日のように人の親切に触れられます。それがあるからやめられません。

▲女がなる木。なってる女性を摘むと7日間、自分の妻にできる。地獄というより神話的モチーフだそう
5年以内に地獄寺を完全網羅したガイド本を出す
5年後には地獄寺を完全網羅したガイド本を出版する、という約束を自分としたので絶対に実現する。ツイ消しはしない。
— 地獄 (@narok___) 2018年10月4日
ーー数年前からTwitterで「本を出版するのが目標」とおっしゃっていましたよね。それがかなった今、次なる目標はあるのでしょうか。
椋橋:次は地獄寺100寺を完全網羅したガイド本を出したいですね、5年以内に。
ーー地獄寺のガイド本! 読みたい!
椋橋:あとはタイでも出版したいです。地獄寺を研究してるタイ人はいないので、現地の人にも魅力を伝えたい。日本でも浮世絵や仏像の魅力を最初に見出したのは外国人だし、私が研究する意味ってあるんじゃないかと。美術の枠組みに入らなくてもいいから、地獄寺の価値が認められたらうれしいです。
ーー年末に地獄めぐりバスツアーも実施されますね。
椋橋:2018年12月22日「タイ地獄寺3つを巡る極楽ツアー」をおこないます。タイ・バンコクから日帰りで地獄寺3つをバスで巡ります。同じモチーフでもぜんぜん違う作り方してるのを見比べて欲しいですね。バンコクのツアー会社からお声かけいただきまして、すでに20名ほどお申込みいただいてます!




