メニューは2種類のみ
大阪・道頓堀付近を歩いていると巨大な龍のオブジェが目印のラーメン店が目に入ってくる。
「金龍ラーメン」というお店で、外壁もテーブルも赤で統一され、とにかく外観のインパクトがすごい。道頓堀、心斎橋エリアに5店舗を展開しており、店舗によっては畳敷きの座敷席が置かれていて、いつ見てもやたらにぎわっている。
メニューは「ラーメン(600円)」と「チャーシューメン(900円)」の二つのみ。
あっさりしたとんこつスープのラーメンで、卓上に置かれているキムチやニラ、ニンニクを好きなだけ入れることで味わいを変化させながら食べるスタイルだ。
このキムチ、かなりシャープな辛みがあって私は好きである。いつもたっぷりラーメンに投入するので、最後はスープが真っ赤になる。辛い……でもうまい。
味がグッと荒々しくなるニラも好きだ。
自分なりにカスタマイズして食べていく。
前身はうどん店だった
15年ほど前、大阪に旅行で来た際に食べたのが私にとって初めての「金龍ラーメン」で、東京から大阪に引っ越してきてからもたまに食べたくなっては足を運んでいるのだが、大阪に住む人に聞くと、案外行ったことがないという人が多い。なにせ非常に観光客の多いエリアなので、「金龍ラーメン」は「観光で来た人が食べるもの」というイメージがあると言うのだ。
また、どちらかというと濃い味のラーメンが好まれる傾向が強い大阪のラーメンの中で、「金龍ラーメン」のライトな豚骨スープはシンプル過ぎるものとして映るようでもある。大阪育ちの友人に言わせると「大阪にはスープも麺も具もこだわりぬいて一つの作品みたいに作り上げるラーメンが多い。『金龍ラーメン』はそういうイメージとは違う」とのこと。
なるほど、確かに、一杯のどんぶりの中に詰め込まれた店主のこだわりを読み解いていくようなラーメンとは違い、「金龍ラーメン」のラーメンはハフハフ言いながら一気にすすってサッと食べて出ていくような、ライトな雰囲気がある。地元・大阪の人にとっては当たり前過ぎで通り過ぎてしまうような存在になっているようだ。
しかし、「金龍ラーメン」について、私たちは実はほとんど何も知らないのではないだろうか。あの場所に、あのようなラーメンを出すに至るまでの物語がきっとあるはず。どうでしょうか、「金龍ラーメン」の歴史、気になりませんか?
そんなわけで今回「金龍ラーメン」に取材を申し出て相合橋店の店長である林さんにお話をうかがうことができた。「金龍ラーメン」の創業者の息子さんで、大学を卒業後、20年ほど前からお店に立っているという。これまであまりこういった取材に応じてこなかったそうなので、そういう意味でも貴重な話となった。
ちなみに「あくまで主役はラーメンですので」ということで林さんのお顔はお出しできないのだが、すらっとした穏やかな雰囲気の方であった。
── 「金龍ラーメン」は1982年にオープンしたそうですね。
「『金龍ラーメン』としてオープンしたのは1982年なのですが、その前に実は同じ場所でうどん店をやっていたんです。御堂筋の角の、現在『金龍ラーメン』の御堂筋店がある場所ですね。1980年の8月から『シルクロードうどん』という店名で営業していました」
── うどん店が前身だったんですか!
「その頃、その近くに夕方から朝まで営業する屋台のラーメン店がいくつか出ていまして、夜に食べるものというと屋台のラーメンだったんですね。『吉野家』さんも深夜になると営業していなかった時代ですから。そこで、ラーメンはもうあるからうどんで行こうと、創業者であり社長である父が終夜営業の立ち食いうどん店をオープンさせたんです」
▲金龍ラーメン 御堂筋店
あっさりとんこつ味の理由
── こんなに有名なラーメン店なのに、うどん店からスタートのは驚きました。
「しかし夜中に食べるものとしてはうどんよりラーメンが好まれるようで、あまり流行らなかったんだそうです。そこで翌年の1981年にはラーメン店にシフトチェンジしました。周りにライバル店も多かったですが、やはりここはラーメンだと。うどん店からラーメン店へ転向するのなら設備もそのまま使える部分が多く、スムーズにできたんです。当初は味噌ラーメンを専門にしていたんですよ」
── え! 味噌ラーメンだったんですか。意外な事実が続々出てきます(笑)。
「当時は今ほどラーメンの味に種類がなくて、大阪ですと、ほとんどが味噌、塩、醤油。ごくたまにとんこつがあるぐらいでした。大阪のお客様の好みに合わせてこってりした味噌味で行こうということで味噌ラーメンを出すことにしたんですが、中華鍋でたっぷりの野菜をラードと一緒に炒める必要があり、それがかなり重くてスタッフがなかなか長続きしなかったんです(笑)。そこで一旦考え直そうかと」
── なるほど。
「新しいスープの味を作る上で、社長が相当な試行錯誤を重ねたそうです。あれこれ試してみた結果、当時はまだ目新しかったとんこつスープで行ってみようということになって、今の味に近いものができたそうです。野菜は炒めず、乗せるだけでいいようにして、あとのトッピングはどんぶりからお客様にお好きな分だけ入れていただく。そうすれば、厨房にはスープを加熱するコンロと、麺をゆでる機械とあとは流しだけがあればよくなる。お客様にラーメンを出すまでの時間も短くできると。それで一気に回転率が上がったんですね。“うまくて安くて早い”が実現したんです」
── 確かに「金龍ラーメン」というと、驚くほど回転が速い印象があります。
「そうなんです。お店の前に列ができても対応できるようになったのは大きかったようで、そこから人気が出るようになりました」
── 場所柄、回転速度をあげる必要があってあのスタイルに行き着いたわけですね。
「場所ということで言えば、当時はバブルの真っただ中ということもあって、この辺ではクラブのホステスさんたちが夜にお腹がすかせてラーメンを食べに来ることがとても多かったんです。しかも男性のお客さんと同伴で来られることが多い。まず、女性が食べられるあっさりしたとんこつ味を作らないとホステスさんたちに受けないんです。そうしないとホステスさんたちに連れられてくる男性も来ない(笑)。それで、女性のお客様に受け入れていただけるようなあっさりしたとんこつスープを目指したんです。濃い味がお好きな男性の方はニラやニンニクを追加して食べていただくこともできますし」
── 場所と時代に寄り添うようにして生まれたラーメンだった、と。
「今の時代に始めていたとしたら、もっとコテコテの味になるかもしれませんね。当時のあの場所だからこそ生まれた味だと思います。とにかく社長は“女性が毎日でも食べられる味”という点にこだわって、少しでも脂肪分を気にせず食べられるように、普通はバラ肉を使うチャーシューも、あえて身のしまったモモ肉を使うようにしたりといろいろ工夫したそうです。社長自身が歓楽街で飲むのが好きな方なので、そこで女性の方々の意見を取り入れて、こんな味だったら来てくれるんじゃないかと」
── お話にもあったキムチ、ニラ、ニンニクのトッピングですが、あれも当時から変わらないものですか?
「はい。とんこつラーメンにシフトした当初からやっています。ラーメンがシンプルになった分、無料で好きなだけ入れていただこうと。キムチもニラも自家製のものなんです。今はセントラルキッチンで作っていますが、開店当初は社長が近くに倉庫を借りて黒門市場(大阪市内にある有名な市場)で買ってきた白菜を切ってタレと混ぜて漬けて、というのを一人でやっていました」
── あれも手作りのものだったんですね。麺も自家製麺を?
「そうです。開店当初は畳の半分ぐらいの大きさの製麺機が店内にありまして、店舗内で生地作りから製麺まで行っていました。社長はなんでも一人で一からやるのが好きなタイプなんです。お店もほとんど自分の力で建てたそうですから(笑)。当時、子どもだった私の記憶として、工事中の御堂筋店のブルーシートやセメントの匂いが今も残っています」
▲ツルッとしたストレート麺が特徴
店舗の数だけ違う龍がいる
── 「金龍ラーメン」といえば龍のオブジェのイメージがありますが、あれもまたすごいですね。
「大阪の大きな看板をたくさん作っていらっしゃる『ポップ工芸』さんが最初に手掛けたのが『金龍ラーメン』の龍の看板です。やるならとことん目立つものを、と社長が考えて制作をお願いしたそうです。あの看板のおかけで『大きな龍のラーメン店』というようなイメージで来て下さるお客様が増えました」
▲相合橋店の龍看板。龍が平面看板を突き破っている
── お店の名前で覚えるというより看板で覚えるというような。
「海外からの観光客の方が増えてきて、特にあのオブジェがお店の象徴になって、当初はああいう立体の看板を設置していない店舗もあったんですが、別のお店だと思われるお客様が多くて(笑)。それで、全店舗に設置するようになりました。店舗ごとに違うのでぜひじっくり見ていただきたいです」
▲御堂筋店の龍看板。手には金の玉をつかんでいる
── ラーメン以外にもそういう楽しみ方もあるんですね。今さらですが屋号の「金龍ラーメン」はどんな意味合いで付けられたものでしょうか。
「味噌ラーメンから豚骨ラーメンへと切り替える時に、ラーメンの生まれた中国のイメージカラーである赤と龍を組み合わせたイメージを取り入れることにしたそうです。龍は雨を降らして田畑に恵みを与える縁起の良いものですから。どうせならさらに縁起の良い金色にしようということで『金龍ラーメン』という屋号になりました」
── 「金龍ラーメン」は現在5店舗ありますが、どんな順番でできていったんでしょうか。
「1号店の御堂筋店が1982年オープンで、2号店が相合橋店で1988年、3号店が戎橋店で1991年、4号店が道頓堀店で1993年、難波千日前店が1999年にオープンしています。社長はとにかく『お店は一等地に出すべき』という方針で、いい条件の物件が見つかったタイミングでお店が増えていったような流れです。社長は不動産にも興味があったので、いい物件を探すのが上手なんです」
▲3号店となる戎橋店の龍。こっちの手にはラーメンが
屋台からヒントを得た畳敷き席
── 全店舗24時間営業ですよね。
「そうです! 店舗によっては深夜に閉めていた時期もあるんですが、せっかく来て下さったお客様が『なんだ、開いてないのか』と帰っていかれるのはやはり申し訳ないと。お客様にとっては“いつでも入れるお店”と認知してもらっているので、結局24時間開けることにしました」
── 単純に仕込みがすごく大変そうだと思うのですが……
「絶えず現場で仕込み続けているような状態です。でも、一度その流れができあがると24時間営業している方ががかえって効率が良いんですよ。スープのダシも絶えず炊き続けてまわしていきます。もともとは夜のお客様に向けたお店として始まったんですが、大通りのこんな目立つ場所で昼間シャッターを閉めているわけにもいかないということでこのような形になりました」
── あと「金龍ラーメン」と言えば、畳敷きの開放的なテーブル席のイメージが強いのですが。
「あれはたしか、80年代の終わりごろから始めたことだと思います。『十日戎(大阪市浪速区の今宮戎神社で毎年正月に行われる祭事)』の屋台の居酒屋さんにこういう赤いテーブル赤い椅子っていうスタイルでやってるところがあって、それがすごく明るくて入りやすいんです。その雰囲気を出したいということで、まずお店の電気を裸電球にして、さらに落ち着けるようにと畳を敷いたそうです。これも最初は社長が全部自分で作っていました。それまでは長椅子を置いていたんですが、畳にしてから特に家族連れのお客様が増えました」
▲畳敷きのテーブル席も「金龍ラーメン」の名物
値上げの機会を逃して15年
── なんでもとにかく自分でやる社長さんがどんどん気になってきました(笑)。
「寅さんの渥美清さんみたいな顔をしています(笑)。どんどん自分でトライして、失敗してはまた別のことをやって、という人です。詳しくは分からないんですが昔は調理の仕事もしていて、厨房の仲間から『省略の林』と呼ばれていたそうです。とにかくなんでも効率化できることはして、近道を選ぶという(笑)」
── 「省略の林」! 素晴らしいニックネームです。でも話をうかがっていくとその姿勢ゆえに「金龍ラーメン」のスタイルができあがったんだとわかります。
「自分にしかできないオリジナルものを作るんだという気持ちが強い人で、勢いがすごいんです。1988年に相合橋店ができたばかりに頃に、店頭でイカ焼きを売っていた時期もあるんです。社長が飲みの席で出たジョークをそのまま実際に商品化したものなんですが、『イカちん焼き』という名前で、イカがどことなく男性器に似ているということから付けたそうです(笑)。そういったところでも常識に外れたところがある社長なんですよ」
── 「イカちん」ですか……。
「5階まで高さがある立体看板も作りまして、それが上から見ると実に結構リアルな造型なんです(笑)。当時この辺りには『かに道楽』さんの大きなカニの看板、あと昔あった『えび道楽』さんのエビがあって、そこに『イカちん』をぶつけてきたと(笑)。残念ながら1年もたずにメニュー自体が終了してしまって、それ以降はラーメン一本に絞ることになりました」
── 聞けば聞くほどお会いしたくなってきました。「金龍ラーメン」の話に戻るのですが、ラーメンの価格は600円で、今の時代にしてはリーズナブルな方に感じます。
「開店当初は500円でスタートして、その頃はまわりから高いと言われていました(笑)。1997年頃に650円になって、そのまましばらく続けていたんですが、2003年に星野阪神が優勝した時にお祝いで600円に値下げしまして、それにお客様が慣れてしまって値段を戻すタイミングを完全に逃してしまったんです(笑)」
── もう15年ぐらい逃し続けているんですね(笑)。
「そもそも『金龍ラーメン』では、可能な限り国産の食材を使うことにこだわっているんです。『材料を良くしておけば、ブレずにおいしくなる』という社長の考えがあるものですから。ネギは京都のもの、お肉は鹿児島や宮崎のものを使っていて材料費は結構かかっているんですが、値段を上げ損ねました……」
── 林さんは今後の「金龍ラーメン」にどんな展望をお持ちですか?
「若い頃にお店に来て下さっていた人が、また道頓堀に来た時にそこにあるお店でありたいです。『昔よう食べたなー!』と、思い出とともに懐かしんで食べていただければうれしいです」
── いいお話を聞かせていただき、ありがとうございました!
いかがだっただろうか。どちらかというと、回転が速くてシステマチックなものに見えがちな「金龍ラーメン」の隅々に実は社長の人間的な魅力がひそんでいた。
今度食べる時はこれまで以上にありがたみを感じそうだ!
キムチたくさん入れて食べよう!
お店情報
金龍ラーメン 相合橋店(道頓堀本店)
金龍ラーメン 御堂筋店
金龍ラーメン 戎橋店
金龍ラーメン 難波千日前店
金龍ラーメン 道頓堀店
書いた人:スズキナオ
1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。