仕事に明け暮れて、疲れ果てる毎日。ふいに気を抜いて、テレビをつけたとき、画面に映る深夜ドラマをぼーっと観てしまった経験はないだろうか。
それがグルメドラマだったときには、夜の深い時間だということも忘れて、急にコンビニに走りたくなるくらい、腹が空く。そして、ドラマを観る人であれば分かると思うが、深夜のグルメドラマというのは、だいたいテレビ東京で放送されているものなのだ。
僕たちは、なぜテレ東のグルメドラマに惹かれてしまうのか
テレ東のグルメドラマには、どうにも不思議な魅力がある。
もはやグルメドラマの代名詞的存在である『孤独のグルメ』や、昨年大きな話題となった『きのう何食べた?』をはじめ、『忘却のサチコ』『ひとりキャンプで食って寝る』、現在放送中の『絶メシロード』まで、これらすべてが「食」を題材にした作品だ。
しかも、ただお腹が空くだけではなく、深夜の気分にぴったりとハマる作品が多い。何というか、疲れていてもついつい観てしまうのだ。
なぜテレ東のグルメドラマは、こうまで人を惹きつけるのか。“飯テロ”なんて単純な問題ではない気がするのだ。
そんな疑問を解消するため、テレ東の深夜ドラマのキーパーソンである、2人のプロデューサーにお話を聞くことにした。取材を通して、“テレ東のグルメドラマらしさ”の正体を解き明かしたい。
『絶メシロード』とは、サラリーマンの悲哀モノだ
まず初めにお話を伺ったのは、現在、テレビ東京「ドラマ25(毎週金曜日24:52〜25:23の枠)」で放送中の『絶メシロード』プロデューサー・寺原洋平さん。
──『絶メシロード』は、まさにテレ東の王道グルメドラマだと思っているのですが、制作にあたって、特に意識していることはありますか?
寺原P:グルメを題材にしたドラマは、僕自身今回が初めてでしたが、実はグルメドラマというよりは「サラリーマンの悲哀モノ」を意識しているんですよね。
▲『絶メシロード』 ©「絶メシRoad」製作委員会
寺原P:去年担当した、サウナを題材にしたドラマ『サ道』が「ストレスを感じているサラリーマンが、どうやって気分をリセットできるか」をテーマにしていたので、今回に関しても「普通に生きているサラリーマンは、どんな方法でリセットをしているんだろう」を考えました。
それで思いついたのが「食」と「車中泊」。どちらかというと、「車中泊」の要素の方が強いかもしれません。
──食というのは、あくまでドラマにおける1要素だったんですね。「車中泊」というキーワードはどのようにして生まれたんですか?
寺原P:『絶メシロード』は、もともと『絶メシリスト』という博報堂ケトルが行っているキャンペーンが原案となっていて、「これでドラマできませんか」という企画があったわけです。
寺原P:ただ、“深夜の飯テロドラマ”みたいな、安易な作品にはしたくなかった。
そこで「サラリーマンの小さなロマン」を描こうと思ったんです。なんかこう、車中泊をして日常を忘れながら、「絶メシ(絶滅してしまいそうな絶品メシ)」を食べに行くみたいな。そんなドラマが作れれば、『孤独のグルメ』や従来のグルメドラマとも違う作品ができるんじゃないかと。
──確かに、『絶メシロード』では毎回冒頭で「小さな冒険」ということが強調されていて、これから主人公・須田民生にとっての非日常が始まるというワクワク感があります。
▲『絶メシロード』♯4より ©「絶メシRoad」製作委員会
寺原P:金曜日の夜に勇気を出して、マイカーで家族に内緒の旅へ出るわけです。それくらいのできそうでできない、良い感じの小さなロマンってなんだろう、というのを結構考えました。
──それって、やっぱり「ドラマ25」という金曜深夜枠を意識しているところもあるんですか?
寺原P:おっしゃる通りです。
寺原P:ドラマの最後に「今週もお疲れ様でした」という言葉を入れているのですが、それは平日のドラマのアンカーだから。とにかく、金曜深夜の僕たちサラリーマンの気持ちを絶対にささくれ立たせない、「ぼーっと見ていて幸せなドラマ」にしたかったんです。
──『絶メシロード』はParaviなどのVODサービスでも配信されていますが、できればリアルタイムで視聴して欲しいですか?
寺原P:そうですね。完全にリアルタイムで観ていただくことを想定して作っています。金曜の深夜25時に、みんなで「明日から休みだ」という気持ちを共有しながら、Twitterを眺めつつ観るのが一番良いんじゃないかなって思います。
食事中の「一人語り」はなぜ必要?
──テレ東のグルメドラマは、モノローグ(他の登場人物には聞こえない一人語り)を活用している印象があるのですが、『絶メシロード』でも取り入れられていますね。何か意図はあるのでしょうか?
▲『絶メシロード』♯4より ©「絶メシRoad」製作委員会
寺原P:モノローグは、視聴者が主人公に自己投影するための手段として組み込んでいますね。視聴者に「これは俺だ」って思わせなきゃいけない。逆に「これは俺と関係ない世界だな」と思わせたらアウトだと思うんです。
──個人的には、モノローグを活用することで「食べながら味の感想を言う」みたいな、ある種あまり上品じゃない画を回避できているのかな、と思って観ていました。
寺原P:それはあります。ああいうの、なんかリアリティがないですよね。そういった演出は、テレビ側の視点で作り上げたものだと思うんです。でも、そこには視聴者との温度差があるんじゃないかなと。
──リアリティの話で言うと、テレ東のグルメドラマは実在のお店を取り上げることが多いですね。『絶メシロード』では、実際の店主とそれを演じた俳優さんがいつも激似なので、毎回エンディング後のツーショットが楽しみになっています。
寺原P:ありがとうございます。
──実在のお店を取り上げてドラマに落とし込むからこその、難しさってありますか?
寺原P:やっぱり、お店がテレビに取り上げられたってなると、放送後お客さんが殺到しちゃうらしいんですよね。でも、今回は高齢の方がやっているお店ばかりなので、急に人が押し寄せると困らせてしまう。リアリティは追求したいけど、そこの塩梅が難しかったです。
──「いつか絶滅してしまうかもしれない絶メシ」というテーマ的にも、実在のお店を取り上げないわけにはいきませんものね。
「濱津さん」を通して描く、絶メシ店の魅力
──「絶メシ」という飲食店の儚さを描く上で、何か意識していることはありますか?
寺原P:普通のグルメドラマだったら、お店の中の様子や店主とのやり取りをしっかり描くんですけど、今回は全て主演の濱津隆之さんきっかけで展開するようにしました。
──どういうことですか?
寺原P:ドラマ内での説明は、全て濱津さんのリアクションに任せてみたんです。『絶メシロード』に出てくるのって、大多数の人はビビって入るのをためらうようなお店ばかりじゃないですか。だから余計な説明はせず、濱津さんが驚いたり、ビクついたりしている姿を通して、お店の雰囲気や儚さを見せていく方法を選びました。
──なるほど……。視聴者的には、まるで「お店に行ったかのような追体験ができる」仕組みになっている気がします。
▲『絶メシロード』♯4より ©「絶メシRoad」製作委員会
寺原P:実は、濱津さんはお店や料理の事前情報を頭に入れずに演じているので、あのビビり方は新鮮なリアクションなんです(笑)。
──え! そうなんですね!
寺原P:濱津さんは巻き込まれるキャラクターを演じるのが上手で。今回演じている民生も、店主に巻き込まれ、お客さんにも巻き込まれ、さらにはお店の古さとかにも圧倒されています。
──ということは、食事のシーンって、ワンカット一発撮りですか?
寺原P:そうですね。一発撮りです。モノローグだけ後撮りで入れています。濱津さんだからというわけではないんですけど……一人で何人前も食べられるものでもないんで(笑)。
「食べる」や「作る」を突き詰める
次にお話を伺ったのが、「ドラマ24(毎週金曜日24:12〜24:52の枠)」全体を統括するチーフプロデューサー・阿部真士さん。『孤独のグルメ』と『きのう何食べた?』の2作品を中心に話を聞いた。
──テレ東の深夜ドラマは、他局と比べてもグルメドラマの比率が多いですよね。
阿部P:やっぱり、『孤独のグルメ』がヒットしたということは大きいと思います。
──放送開始当時の反響ってどうでした?
阿部P:シーズン1のときはまだそこまで認知も広がらず、そこまで話題になっていなかったですが、シーズン2で“飯テロ”と話題になり、監督陣や主演の松重豊さんも含めて手ごたえを感じたことを覚えています。
▲「孤独のグルメ Season8」Blu-ray BOX&DVD BOX/2020年3月25日(水)発売/発売元:テレビ東京/販売元:ポニーキャニオン ©︎2019久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京
──テレ東のグルメドラマは、まさに『孤独のグルメ』から始まったと思います。そこから今に至るまで脈々と受け継がれている、“テレ東らしさ”って何でしょうか?
阿部P:何でしょうね……。
──制作側としては、あまり意識していないのでしょうか?
阿部P:そうですね。強いて言えば、『孤独のグルメ』ってドラマなのに料理単体で撮影しているカットがものすごく長いんですよね。
──情報性に重きを置いているというか。『きのう何食べた?』でも、レシピを詳細に説明していますね。
阿部P:「食べる」とか「作る」ということを突き詰めていった先にあるのが、「テレ東らしい」と感じていただける尖り方なのかもしれません。
『きのう何食べた?』では、スーパーでの買い物から始まり、いかに安く料理を作るかを描きました。そういう意味では、従来のグルメドラマとは違う、全く新しいドラマだったことがヒットの要因だったんじゃないかなと思います。
その一方で、「食べる」「作る」以外のグルメドラマのシチュエーションって、他にどんなものがあるんだろうと、ずっと考えています。例えば、現在テレビ東京で放送している『ゆるキャン△』や以前に放送した『ひとりキャンプで食って寝る』も、キャンプに行って野外で「作る」ですよね。
──もっとさかのぼると「任侠×食」「刑務所×食」「うんちく×食」などもありました。こうして見ると、テレ東のグルメドラマは「食」と他の要素を組み合わせた切り口を、追求し続けてきたんですね。
五郎さんは、料理を引き立てる舞台装置?
──『孤独のグルメ』や『きのう何食べた?』において、テレ東の深夜ドラマだからこそ生まれた表現ってありますか?
阿部P:一定の制限の中で生み出された表現って意味では、『孤独のグルメ』のモノローグですね。
以前はモノローグって、ドラマツルギー(※創作のための方法論)的には“卑怯な手”と呼ばれていました。普通、キャラクターの心情はセリフの間や表情から読み取るものなのに、心情を全て言葉で語ってしまいますから。
──“卑怯”とされる表現手法をあえて使い続けるのはなぜですか?
阿部P:周りの人や会話の相手に「本音」を聞かせない、でも視聴者だけがその「本音」を知っている(聞ける)、という面白さが受けているからです。
それに、予算が少なく撮影日数も限られている中、脚本のページ数を稼ぐのに有効であることも大きいですね(笑)。話し相手になる俳優さんがいなくても、モノローグだったら一人で会話を回せるので。
ただ、一人語りだと普通の会話よりも個人的な感情が入ったりするじゃないですか。『孤独のグルメ』の五郎さんも、『忘却のサチコ』の幸子も、出てきた料理に対して単純に「美味い」じゃなくて、どう言葉を尽くして表現するかがダイレクトに出てしまうのは、モノローグの難しさだと思います。
──食の魅力だけじゃなくて、それを食べるキャラクターの魅力自体も丁寧に伝えようとしているということですか?
阿部P:キャラクターを魅力的に描くことで、結果的に食事シーンを盛り上げたいという想いはありますね。
松重さんも放送開始当初からずっと言っていたんですけど、『孤独のグルメ』の本当の主人公は五郎さんでなく「食べ物」なんですよ。五郎さんはご飯を美味しく食べる装置でしかなくて、視聴者は彼がご飯を楽しんでいる姿を見ることで、「美味しそう」だと感じられるように作っています。
若い監督だと、五郎さんの表情だけを切り取ろうとしてしまいがちですが、僕は「できるだけ、器の中に入ってる料理と五郎さんを一緒に撮ってほしい」というのを必ず言うようにしていますね。誰が何を食べているか、何を誰が食べているかがとても重要だと思っています。
「誰にでも手の届くもの」を描く大切さ
──「食」って、本当にあらゆるジャンルと掛け合わせられる可能性があるなと思います。
先ほど、寺原Pが「『絶メシロード』はグルメドラマというよりも、サラリーマンの悲哀を描いている」とおっしゃっていたのですが、『きのう何食べた?』は阿部さん的にはどんな作品だと捉えていますか?
▲「きのう何食べた?正月スペシャル2020」Blu-ray & DVD/2020年4月15日発売/発売元:「きのう何食べた?正月スペシャル2020」製作委員会/販売元:東宝 ©「きのう何食べた?正月スペシャル2020」製作委員会
阿部P:グルメドラマっていう感覚は、確かに僕もないですね。
『きのう何食べた?』では、男性カップルなりの悩みはありつつも、多くは異性のカップルも経験するような、ちょっとした嫉妬や葛藤を淡々と描いています。食事のシーンも日常の延長線上でご飯を食べているだけなので、「男性二人の日常を描いている作品」っていう方がしっくりきますね。
ただ、原作のよしながふみ先生が、何度も何度もトライアンドエラーを繰り返した結晶が、あのレシピなので。そこを丁寧に描きたいとは、初期の構想から考えていました。
──納得です。では最後に、改めての質問となりますが、『孤独のグルメ』『きのう何食べた?』から、放送中の『絶メシロード』に受け継がれている、“テレ東のグルメドラマらしさ”って何だと思いますか?
阿部P:唯一カテゴライズできるとするなら、「誰にでも手の届くもの」を描いているということ。作品を観た人なら、自分たちで料理を作れるし、自分たちでお店に行ける。それってすごい大切なことだと思うんです。
──それは視聴者の方に、「真似してほしい」「行ってほしい」という気持ちがあるってことですか?
阿部P:ありますね。ドラマの形をしたグルメ情報番組みたいなものなのかな、と思っています。
突き詰めて描き切る気概こそが、テレ東グルメドラマ
今回、テレ東のグルメドラマについて、二人のプロデューサーにお話を伺ってきた。
作品のテーマも多岐に渡るため、一致する形での「テレ東のグルメドラマらしさ」は出てこなかったものの、話を聞いていて思ったのは、一つのテーマに対して突き詰めて描き切ることこそがテレ東らしさなのではないだろうか、ということ。
「サラリーマンの小さなロマン」を考え抜いた『絶メシロード』に、「男性カップルの生活」や「(食事を)作る」ことを丁寧に描いた『きのう何食べた?』、そして「食べる」ことを突き詰めた『孤独のグルメ』。
どんなに狭いテーマだとしても、突き詰めて描き切るという気概が、テレ東のグルメドラマには漂っていると思った。この先どんなテーマで「食」を描いてくれるのか、とても楽しみにしている。
撮影:高澤梨緒