食べ物で演奏する時代がもう目の前まできている
2019年10月中旬。筆者のタイムラインに突如、「寿司」をまるで楽器のように使って電子音を鳴らすという、凄まじく画力の強い動画が流れてきた。
上記の動画をご覧になればお気付きの通り、寿司そのものに仕掛けがあるわけではなく、皿に描かれた装飾にこそ、音が鳴る秘密が隠されている。
筆者はガチガチの文系なので、この時点で詳しい原理はわからないものの、金属部分がセンサーとして電気を通し音が鳴るというのは、とりたてて目新しい仕組みではなさそうだ。
しかし、その原理のシンプルさに反して、これまで「楽器」や「食器」へ抱いていた固定観念や、「食べ物で演奏して(=play=遊んで)はいけない」というタブーを侵してしまう危うさなど、考えれば考えるほど、この皿を取りまく複雑性は浮かび上がってくる。
これは一体、先鋭的な「現代アート」作品なのか? それとも、早すぎた「未来の楽器」なのか? いや、あくまでも食卓でのコミュニケーションを活性化させる「アイデア食器」に過ぎないのか?
この謎の皿を開発した“時間旅行者による楽器店プロジェクト”こと「キンミライガッキ」の元を訪ね、制作の背景や、その裏に隠された思想を探ってみた。
演奏に適した食材を探れ
国内某所にあるキンミライガッキ現代支部に足を踏み入れると、これまたインパクト絶大なCEOが筆者を出迎え、お茶を振る舞ってくれた。
▲ツナギと巨大なマスクにその姿を包んだ「キンミライガッキ」のCEO。音声は内部に仕込まれたマイクを通じて発せられている様子。まるで宇宙飛行士と会話しているような気分だ……
CEO自身についても聞きたいことは山ほどあるが、何はともあれ例の皿だ。
スーパーマーケットで調達してきた「おそらくきっと、演奏に適しているのではないだろうか」と思われる食べ物を使い、皿の“試奏”をさせていただく。
まずは、冬には欠かせない「おでん」から。
タネを皿に盛り付けた瞬間、抜けのよい電子音が鳴り響く。
例えば、卵(黄身)は高音担当。大根は「ぶりっ」とした低音担当。わかるような気がしなくもない。
なお、置いた瞬間だけでなく、箸をタネの上に乗せれば何度でも鳴らせるので、テクニックさえ身に付けばメロディーラインも演奏できそうだ。
そして、音がたっぷり染み込んだ「おでん」は美味い。
食材を変えて実験してみよう。続いては「カットフルーツ」。
音色自体はおでんと何ら変わらないが、ブルーベリーにフォークを突き刺せば、果実の甘酸っぱさと、「B(※一般的に言う「シ」の音に当たる)」の渋い低音の余韻とのマリアージュが堪能できるはずだ。
▲おでんはタネに含まれる水分量が多く、音を正確に鳴らすためのセッティングに難航したのだが、カットフルーツはおでんと比較すると水分量が少なく、断面もフラットなため、セッティングはスムーズに進んだ
そして、最後は「プリン」だ。
このように意味不明の音声を発しながら揺れる怪物を、古いSF映画で見たような覚えがある。もし、真夜中のキッチンでプリンが皿の上で踊り狂っている姿を見たら、きっと失禁してしまうだろう。
皿に「音が鳴る」という機能が加わることで、食材の見え方、食材との接し方もまた変わってくるというのは、とてもユニークな体験だった。
「陶器」なら何でも楽器になる?
改めて、この皿の名は「十五電極角皿」。
陶器に描かれた絵付けを電子回路化するプロジェクト「"電 - 磁器" DEN-JIKI(以下、「電 - 磁器」)」の第一弾として開発されたものだ。
絵付けに使われている技法は、金液や金箔などで陶器の表面を彩る「金彩」。陶磁器に描いた金模様が電極となり、食材を置くことで金属製の箸やフォークが人体を経由して電気が通じ、音が鳴る。
つまりは、金彩模様一本一本がタッチ式のセンサーになっているというわけだ。
「電 - 磁器」プロジェクトの第二弾となるのが、こちらの「チャタク&電磁茶器・急須」。
……そう、先ほどCEOが茶を振る舞ってくれた時の茶器。あれも楽器だった。
「十五電極角皿」との最大の違いは、注がれる茶(液体)が電子回路になる点だ。
湯呑と急須は、金彩部分のそれぞれが通電するようになっており、お茶を注いでいる間、急須を持つ手と「チャタク(湯呑が置かれているデバイス)」が液体を通して電気的に繋がり、音が鳴る。
▲「チャタク」はそれぞれピッチの調整が可能。ノブは3Dプリンターで制作したのだそう
そして、演奏に使った茶もまた、音が染み渡っていて美味い。
この他にも、オフィス内には同様の仕組みを持った酒器が置かれていた。なお、いずれもサウンド面等の調整を行っており、製品化にあたっては現在準備段階とのこと。
それでは改めて、キンミライガッキCEOと、補足・解説役として同席いただいた「電 - 磁器」をはじめとする“ガッキ”の開発担当者のお二人に、制作までの経緯を聞いてみたいと思う。
接する「態度」の違いこそが、陶器の面白さ
──そもそも、「キンミライガッキ」とはどのような企業なのでしょうか?
ガッキ開発担当者(以下、担当者):世にも珍しい、時間旅行者による「ガッキ屋」です。タイムトラベラーを自称するCEOの元、「ガッキ」や「オーパーツ(音の鳴らないもの)」の研究・発明・演奏・販売を行っています。
──キンミライガッキのプロダクトは、漢字の「楽器」ではなく「ガッキ」と表現されているんですね。
CEO:「触る人に何かしらの影響を与える、現代にありそうでなかったもの」がガッキの定義だ。
──今回触らせていただいた「電 - 磁器」はどのようにして生まれたのでしょうか?
担当者:順番としては、「陶器を電子楽器にする」というアイデアがまずあって、陶器には何ができるか、歴史上どういった使われ方をされていたのかを考えていった時に、お茶を注いだりお酒を飲むという行為、つまり演奏方法が見えてきました。
──それでは、陶器に注目されたきっかけは何だったのでしょう?
担当者:現代の楽器研究の中で、陶器を使った楽器自体が非常に少ないという事実があり、中でも「陶器」と「電子楽器」との組み合わせに興味を持ちました。
電子楽器の場合は、インターフェイスが陶器であっても音に直接影響する部分は少ないのですが、陶器はものによって触る人の態度が変わるんですよ。
──態度、ですか。
担当者:例えば、陶器には食器のように食べ物を乗せたり、洗ったりと日常的に触れているものがある一方、床の間にずっと飾られていて触ることを許されない、数千万円の壺のようなものがありますよね。
ここまで人の接する態度の振り幅が広いマテリアルは珍しく、この矛盾は“現代の楽器”にも通じるところがあるんです。
──その振り幅を表現したのが今回の「電 - 磁器」と、その前身とも言える壺をガッキ化した「"電継" DENTSUGI(以下、「電継」)」という作品ですね。
CEO:その通りだ。
直す“金継ぎ”、生む“金彩”
▲壺型のガッキ「"電継" DENTSUGI」。“金継ぎ(※割れや欠け、ひびなど陶器の破損部分を漆によって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法)”を施した金属部分を触ることで、電気が通じ音が鳴る
──つまり「電継」の壺は、触れてはいけないもの。「電 - 磁器」の食器や茶器、酒器は、日常的に触るもの。この2つを作ってみて、見えてきたことはありますか?
担当者:「電継」は“金継ぎ”という手法を使っていましたが、直したあとに「ガッキ」という新たな役割を加えて、別のものにしてしまうといった試みでした。
一方、「電 - 磁器」の“金彩”は装飾なので、1から陶器のガッキを作るという、金継ぎではできなかったことを実現してくれたんです。
さらに「電継」のノウハウがあることで、サイクル的なものが生まれたのはうれしいですね。
──もし今日触らせてもらった「電 - 磁器」が割れてしまっても、金継ぎを施され、さらに進化したガッキとして蘇る可能性があるわけですね。
CEO:ありえるかもしれない。本当に歴史的なものであれば間違いは許されないが、逆に間違ってしまったことで別の何かになってしまうという面白さがそこにはある。
──金継ぎと金彩で、ガッキとしての決定的な違いを与えている要素はあるのでしょうか?
担当者:最終的な音を決めているのは電子回路なので、音色というよりは演奏方法のバリエーションが変わってきますね。
「電継」の金継ぎは、ランダムに割れてしまったものを直すため、狙った配置や音にはならないのが魅力です。
「電 - 磁器」の金彩はその逆で、作り手自身が音をデザインできます。
偶然生まれたガッキなのか、作り込まれたガッキかというのが最大の違いですね。
演奏方法を見つけるのは誰なのか
──先ほどおっしゃっていた陶器に対する「態度」の違いは、演奏の仕方にも影響を与えそうですね。皿であればプリンを動かしてみたりと遊べる余地があるけれど、壺だとそういう遊びは生まれなさそうです。
担当者:インターフェイスとしての陶器がどんな形状か、どんな役割を持つかで、かなり態度が変わる気がしますね。
CEO:ガッキに関しては、造形のもたらすものが奏者に与える影響はとても大きく、その形状が演奏方法を導き出してくれる部分はあるかもしれない。
「電 - 磁器」の場合は食器や茶器から始まり、お茶碗、どんぶり、植木鉢と、この先形状が変わっていくことが重要だと考えている。
──演奏するためのガッキというよりも、ガッキから音楽が生まれてくる。
担当者:お茶の道具であれば茶の湯を嗜んでいる人や茶道家など、それを日常的に扱っている人に演奏方法を見つけてもらうのが良いのかもしれません。
──ミュージシャンと茶道家では、全然違った扱い方をされるでしょうね。
CEO:以前「電継」を展示した時は、楽器の演奏経験がある人の反応が特に良かった。
壺のひびの位置によって音が変わるので、ドラムのように扱ってリズムを作るなど、壺を現代の楽器のように扱ってくれている人がいるのは印象的だった。
──こいつをどう楽器として使いこなしてやろうか、と。
担当者:壺を触ること自体が、エンターテインメントになっていた感じはありますね。
──そう考えると、食器や茶器など日用品の「電 - 磁器」は、また別の観点からどう演奏してもらえるのか楽しみですね。
発展途上の楽器でしかできない体験
▲オウム返しエフェクター「エコーバード」。話しかけたり、近くで音を鳴らすなどして入力された音声を、鳥のような声で繰り返し再生する
──「電 - 磁器」や「電継」のように、楽器を触ったことがない人でも簡単に音を出せるというのは、キンミライガッキの作るガッキに通底しているコンセプトなのでしょうか?
担当者:そうですね。ただ、われわれのガッキは「音を出すのは簡単だけれど、そんなに簡単に演奏できるものではない」という感想もよくいただきます。
まさにその通りで、ガッキは基本的に音階を持たないため、「現代の音楽をやりたい」という人には最初は弾きづらく感じられるかもしれません。
CEO:狙った体の動きで、狙う音を出せるようになるまではとても時間がかかるだろう。
体とガッキの感覚が一致するまでは長く付き合っていく必要があり、ガッキと触れ合っていく中で、自分の感覚が変わっていくことを楽しんでいただきたいのだ。
▲しならせることで、音の高さを自在に操れる弦ガッキ「HUSHI(フシ)」。素材や形状の異なる複数のモデルが存在する
──元をたどれば、ギターも本来はそういう楽器だったのではないでしょうか。今ならフレットやコードといった演奏しやすくするためのガイドがあるけれど、始まりは「一本の弦をどう扱うか」というところにあったはずです。
ある意味、キンミライガッキは“楽器の原点”に立ち戻っているわけですね。
CEO:ギターやピアノも、今では楽器として成熟し洗練されているが、発展の歴史の中で色々な可能性があったはず。そうした、どこに向かうかわからない発展途上の部分にロマンを感じている。
現代に存在しなかったガッキならば、進化の中腹にある面白さを再現できるかもしれない。われわれがやりたいのは、まさにそういった「進化の歴史の再発明」だ。
▲鍵盤型ガッキ「SPECTRON」。決まった音階を持たず、“光の色”を操ることで自分で音の高さを決めることができる
──とはいえ、今のところキンミライガッキのガッキたちがいるのは、まだまだ麓のあたりですよね。ここから何年、何十年もかけて、中腹までたどり着く。
CEO:現在は“if”がたくさんあり、無限に広がる可能性がある状態だ。そしてそれらの“if”の中からいくつかを選び取って提示するのも、われわれの使命である。
その一つをお客さまが受け取って自分なりに発展していただければ、とても喜ばしいことだ。
──お客さんもガッキの進化の歴史に携わっていける。確かに、ギターやピアノではできない体験かもしれませんね。
「食」と「楽器」は交われるのか?
──食器や茶器をガッキ化したことで見えてきた、「食」と「楽器」の関係についてもお聞きしてみたいです。果たして、食卓の中にガッキ(楽器)は入り込んでいけるものなのでしょうか? ……というのも、例えば音楽フェスなどで演奏を聴いている間はみんなカレーとかを食べているけれど、食事中に箸などで演奏すると間違いなく怒られてしまいますよね。
CEO:「食べる」という行為自体が、あまりにも人間の根源的かつ生々しい欲望だから、マナーで抑えようという動きはあると思う。だから「そこにあえて表現が入り込む必要があるのか」と言われると勝てない、というのが大きいかもしれない。
「食」という分野はフランクに入り込めるが、突き詰めていくと奥深く、生半可なことはできない、かなりシリアスなテーマだと思っている。
──当然、「電 - 磁器」に対しても「食べ物で遊ぶな」と、お怒りになる人も出てくる可能性がありますね。
担当者:そういった意見が出てくることは仕方ないことですが、「自分は食に対してどう思っているんだろう?」と考えるきっかけになったら良いなと思います。
マナー云々よりも前に、「なぜ自分はそこに憤りを覚えているか」というのがあるはずで、「スタッフが美味しくいただきました」という一文を読んだだけでは収まらない思いがあるかもしれません。
あなたはこの食べ物を食べていないし、直接関係もないけれど、許せないものがあるとしたら、それは何なのか。「食べ物で遊ぶ」とはどういうことなのか。
──おでんはセーフで、プリンをぷるぷるさせるのはアウトとジャッジする、何らかの境界線はありそうですね。
CEO:それは「プリンの作り手の顔が浮かんでしまったらアウト」などといった、不安定で流動的なものな気はしている。ある意味で非常に「現代」アート的なテーマだと言えるだろう。
──「電 - 磁器」に限らず、ガッキが日常生活に入り込んでいくことは、キンミライガッキの制作テーマの一つなのでしょうか?
担当者:大きなテーマの一つですね。「現代の楽器は、果たして生活に入り込めているか?」という問いに対して、「イエス」とは言い切れない部分があると思うんです。もちろん、それに対して断言できる人もいますが、そうでない人との差は激しいです。
CEO:そこで、陶器というもともと生活にあるものをあえてガッキ化し、生活の中に演奏行為という“何か変なもの”を綴じ込んでしまうことで、現代の景色を少し改変したいと考えている。
▲〆縄をパッチケーブルにした「雷綱継 IZUNA PATCH」。シールドタイプの「雷綱 IZUNA SHIELD」も存在する
──それでは、生活の中にガッキがあることで、われわれの暮らしはどう良くなるのでしょうか。
CEO:どう良くもならないかもしれない。
というのも、われわれは現代の誰かに直接干渉して想像力が豊かになったり、生活に彩りが出ることよりも、ガッキがあることで10年後、20年後がどうなっていくかの方に興味がある。
今まであり得なかった可能性を提示して、その結果現代に起こることを観測するという、ある意味実験にとても近いスタンスだ。
──なるほど。歴史に残っている楽器を作った人も、制作中は案外そういうスタンスだったかもしれませんね。
CEO:確かに、今定着しているものは突き詰めた自己満足の結果かもしれないし、キンミライガッキもそれでいいように感じる。
ガッキから始まる、新しい音楽文化
▲日本各地の酒蔵で、新酒の完成を知らせるサインとして使われてきた“杉玉”をスピーカー化した「酒囃子」。スピーカーのエイジングと共に、杉の葉が枯れていくというのも味わい深い/写真提供:キンミライガッキ
──この先、キンミライガッキとして目指すところはどこなのでしょう?
CEO:最終目標は「現代にない、ガッキから始まる新しい音楽文化を創る」こと。
そのためにプレイヤーを増やす。プレイヤーを増やすためには、ガッキが手元に渡らなければいけない。それゆえ、プロダクト化は大きな通過点の一つと捉えている。
──「電 - 磁器」に関しては、プロダクト化する目処が立っているのでしょうか?
担当者:現在は知名度を上げていくプロモーション段階で、陶芸家や大量生産系の陶器メーカーなど、製品化するに当たってのサポーターを探しています。
このままキンミライガッキの製品として出す可能性もありますし、陶芸家など作家とのコラボレーションで発表する可能性もありえますね。
CEO:その他にも、「電子楽器のようなもの」に止まらず、デジタル家電などへの展開も考えている。
ガッキだけによるライブパフォーマンスを実現すべく、これまでのシリーズの自動演奏化や、バラバラな歴史を辿ったそれぞれのガッキシリーズを一つにする、タイムマシン的な演奏システムの開発も計画中だ。
ぜひ楽しみにしておいてほしい。
・・・
一枚の奇妙な皿から始まった取材は、思いがけず遠い未来の話にまで広がっていった。
この先、「電 - 磁器」を始めとするキンミライガッキの作り出すガッキが、人々とのインタラクティブな関係を結び変化を重ね、生活の中心にガッキ(楽器)がある光景が当たり前になる日は、果たしてやって来るのだろうか。……今や、食卓に陶器があることを誰も疑わないように。
おそらく、今世紀中にその答えを出せるかは難しそうな予感がするが、今は被験者の一員として、この「ガッキ屋」の壮大な実験を長い目で見守り続けていきたいと思う。
出演・出展イベント
キンミライガッキも参加する、1月18日(土)〜29日(水)まで東京・南青山の「白白庵」にて開催される『輝け!第一回壺-1グランプリ』。
会期中の19日(日)13:00〜18:00に行われるイベント「壺 茶会」では、今回紹介した「チャタク&電磁茶器・急須」を使った茶人とのライブパフォーマンスが随時行われるとのこと。
パフォーマンス終了後も、会期中には「チャタク&電磁茶器・急須」や壺型ガッキ「"電継" DENTSUGI」など、その他の“ガッキ”と“オーパーツ”が展示される。
現物のガッキを間近で見てみたくなった方は、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。