なぜプロバスケチームが飲食店支援を? 元プロ選手の社長が語る地域への想い

厳しい状況にある地元の飲食店を救うべく立ち上がった愛知のプロバスケチーム「三遠ネオフェニックス」。その取り組みと、地域に対する想いとは。

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新型コロナウイルス感染拡大の影響で、全国の飲食店が苦境に立たされるなか、多くの飲食店がテイクアウトに活路を見出そうとしています。

 

そうしたなか、愛知豊橋市に拠点を置くB.LEAGUE所属のプロバスケットボールチーム「三遠ネオフェニックス」が、東三河地域の飲食店を支えるプロジェクト「東三河食べ支えプロジェクト」を立ち上げました。その一環として、情報誌や飲食店と協力し、テイクアウトやデリバリーを行っている地元の飲食店を紹介するウェブサイト『#おいしいカタログ』を開設。4月11日にサイトをオープンすると大きな反響を呼び、1カ月で200以上もの地元店舗が掲載され、その数は現在も伸び続けています。

 

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▲写真提供:三遠ネオフェニックス

 

一見、飲食とは直接的に関係がないように見えるプロバスケットボールチームが、なぜこのような取り組みを行うのでしょうか? 元プロバスケットボール選手で現在は三遠ネオフェニックスの代表をつとめる北郷謙二郎(ほんごう・けんじろう)さんに、2020年5月半ば頃、リモートでお話を聞きました。

 

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プロフィール

北郷謙二郎(ほんごう・けんじろう)……1980年生まれ、宮崎県出身の元バスケットボール選手。ポジションはガード。小林高校時代にインターハイベスト8、ウインターカップベスト4などを経験。年代別代表にも選ばれる。高校卒業後、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校へ進学。帰国後は三遠ネオフェニックスの母体であるオーエスジーに入社し、主力としてスーパーリーグ準優勝などに貢献した。2008年に現役引退。日本人初のNBA選手である田臥勇太選手と同世代の有力選手であったため、「田臥世代」と紹介されることも多かった。2018年、株式会社フェニックス代表取締役社長に就任。

 

日常にあった「食べる幸せ」を取り戻したい

 

──北郷さん、「#おいしいカタログ」とは、具体的にどんなものなんでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷さん(以下、敬称略):一言でいえば「地元のテイクアウト&デリバリーを行っている飲食店をまとめて紹介するサイト」ですね。新型コロナウイルスでいろんな飲食店の経営が厳しくなっている状況を知り、何かできることはないかと有志が立ち上がりました。我々としては、このプロジェクトを牽引するとともに、テイクアウト&デリバリーを行っている飲食店を広く周知させたいという想いです。

 

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▲「#おいしいカタログ」トップページ

 

──「有志」って、具体的に誰ですか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:東三河地域の情報誌『はなまるプラス』などを発行している株式会社プライズメントさんを中心に、街の飲食店の代表の方々、さらには行政の方々ですね。こういった人たちが一緒になり、なんとかしたいという想いが重なった結果です。

 

──このプロジェクトはいつ頃から、どのように始まったのでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:4月の1週目に商店街の方々との打ち合わせに呼んでいただき、具体的にどういう困りごとがあって何ができるか、などのディスカッションをしました。地域の課題をみんなに知ってもらうことが優先すべき点であり、この地域でもっとも訴求力のあるプレーヤーが誰かと考えた時、我々「三遠ネオフェニックス」が候補にあがったということです。

 

──最初にそのお話を聞いた時はどう思いましたか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:もちろん新型コロナウイルスの影響はテレビなどの報道でも知っておりましたし、車で街中を通り過ぎる時も、やっぱり人通りが少ないとは感じていました。しかし実際に飲食店の経営状況を確認し、具体的な数字を見てみると、想像していた以上に厳しいんだなと……。

 

我々も今シーズンはリーグが全試合中止になり(※)、非常に苦しい状況ではあったものの、それ以上に地域の方々は苦しんでいたんです。普段ある幸せ、食べるという幸せが遠のいてしまっていると痛感しました。

 

※……プロバスケットボールリーグB.LEAGUEのシーズンは9月末から5月まで。2019-2020シーズンは新型コロナウイルス感染拡大の影響により、2月末に試合開催の延期が決定。3月14日に一時再開したが、選手や審判の発熱などで2試合が中止され、リーグが中断。3月27日にポストシーズン含めて残り全試合の中止が決定された。

 

──プロジェクトはすぐにスタートしたのでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:具体的な話し合いの後、これは絶対にやるべきプロジェクトだと判断し、即決しました。中途半端に協力するのではなく、我々がしっかりプロジェクトに絡み、我々自身が何かを発信することに意義があると思ったんです。だからディスカッションの場で「じゃあ、我々の媒体のなかで紹介しましょう!」と決めました。

 

──コロナ以前は、チームと飲食店等の間にはどのような関係があったのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:三遠ネオフェニックスのホームゲームがある時は会場で地元飲食店のブースを出していました。この東三河にある飲食店がブースを出すことに意義があると考えているからです。また、我々は地域の商店街のみなさまとブーストショップという無料応援組織を形成しており、地域を盛り上げる活動は日頃から共に進めておりました。

 

──関係値はすでにできていたんですね。

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:そうですね。これまで築いてきた関係値がなかったら、これほどスムーズには動けなかったかもしれません。プライズメントさんや商店街の方々とはこれまでにもいろんな話をしていましたし、私個人も、年に数回は商店街組合の会合に参加しています。シーズンが開幕する前はご挨拶にも行かせていただきました。

 

企画から1週間でサイト公開

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▲※背景は合成です 

 

──プロジェクトをスタートさせるにあたって、社内で反対意見などなかったのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:実は……私の独断で決めました。

 

──独断! なぜ独断だったんですか? 

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:やはり、すぐに決断すべきだと感じたからです。今まさに苦しんでいる方々を助けるには、即決断して即行動に移さなければいけません。いつまでに何をすべきか逆算したら、今すぐ動き出さないと間に合わないかもしれない、このタイミングしかない、と思ったんです。

 

──社員のみなさんはどう思っていたんでしょう? 

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:もちろん懸念の声もありました。具体的にお金がいくらかかり、どう実現できるのか。でも基本的には「代表がやると言うなら」と前向きに捉えてくれたし、プロジェクトの意義も理解してくれていたので、そのために何ができるのか、どうすればできるのかを考えてくれましたね。

 

──だとしても、なかなか独断で決めるのは難しいですよね。ちなみに、具体的なスケジュールはどのようなものでしたか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:正確には、4月3日(金)16時頃に関係者と打ち合わせがあり、その場で広報など社内にすぐ共有しました。同日の18時頃には外部の委託先へサイト構築の依頼をし、その土日でテストサイトを立ち上げて……。

 

──サイトのオープンは4月11日(土)でしたよね? 1週間で公開とはかなり速いですね。しかもその間に記者会見もやっていますし……。

 

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▲4月9日(木)に行われた記者会見の様子。打ち合わせから1週間以内に記者会見を開くというスピード感! プレスリリースも当日公開された(写真提供:三遠ネオフェニックス)

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:かなり速いですよね……。広報担当が相当頑張ってくれたんです。こうした活動は普段であれば行政が主導になることが多いですが、行政も今は大変な状況なので、なかなか予算に紐付けるのが難しいと思うんです。だったら民間で何かやるべきなんじゃないかと思ったんです。

 

──活動自体は素晴らしいと思うのですが、やはり、プロバスケットボールチーム主体で進めていることがとてもユニークに映ります。なぜプロバスケットボールチームがこのような取り組みを行うのでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:我々の経営理念は「三遠地域を笑顔で活力あるまちへ」というものです。バスケットはもちろん本業でやらなければいけませんが、それもすべては地域のみなさんのため。地域にとって何ができるのかを常日頃から念頭に置いて活動しておりますので、そこが最初のタッチポイントかなと思っています。なので、当たり前にやるべきことをやっているという認識なんです。

 

──リーグが中止になって内部のリソースが浮いたことも影響していますか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:試合がないことは多少影響しているかもしれませんね。シーズン中であればここまでのスピード感ではできなかったかもしれませんから。でも、たとえシーズンが中断されていなかったとしても、この活動に近い何らかのアクションを起こしていた可能性は高いと思います。

 

見込みの4倍以上の掲載、他のプロジェクトへの広がり

 

──サイトオープンから約1カ月が経ち、具体的にどんな成果が出ていますか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:最初はスモールスタートでいこうと思っていたんです。トータルで50店舗くらいの掲載を目指していました。しかしみるみるうちに「自分のところも載せてほしい」という声が大きくなって、今や224店舗※2020年5月中旬時点)まで拡大しています。

 

──当初の見込みの4倍以上ですね。

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:やはりみなさん経営状況が苦しかったことと、「変わらなければいけない」という想いがあったのだと思います。そもそも、以前は豊橋市でテイクアウトをやっている飲食店はあまりなかったんです。ほとんどの飲食店がこの機会にテイクアウトを始めました。しかし突然テイクアウトを始めても、始めたこと自体がなかなか地域の人々に伝わりづらかったんですね。

 

飲食店側からは「この機会に新しくテイクアウトを始めたから載せて欲しい」という声が圧倒的に多いです。また、これに付随した新たなプロジェクトも動き始めていて。

 

──どのようなプロジェクトでしょう?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:たとえば5月末には、ドライブスルー方式で食事を共同販売する「エール村」に、「#おいしいカタログ」に掲載されている複数店舗が出店しました。今後も継続して出店する予定で、掲載店舗のお弁当がドライブスルーで買えるほか、三遠ネオフェニックスのオリジナルグッズなどが付いたプレミアムチケットの販売も現在検討しています。

 

あるいは、タクシー会社の東海交通さんとコラボして、テイクアウトだけでなく、そこから先のデリバリーをタクシー会社さんの方で請け負っていただくシステムを構築しようとしています。

 

──タクシーが食事を運んでくれるということですか? とても良いアイデアですね。

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:そうなんです。今はそのテスト運用をしています(※取材時)。東海交通さんには我々のスポンサーをしていただいているんですが、今回「#おいしいカタログ」の告知を見て、一緒に何かできないかと提案してくれました。こうした取り組みは今後新しい事業の形になっていくと思っています。

 

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▲5月28日(木)、テイクアウトメニューをタクシーで届けるサービス『ちょいタク』の開始を発表

 

──短い期間しか経っていないのにすでにいろいろな広がりが生まれているんですね。ちなみに、北郷さんもテイクアウト、使っていますか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:週末は結構使っていますね。お店に行かないと食べられないものってたくさんあると思うんです。それがテイクアウトで食べられるとすごく新鮮で楽しいですよね。

 

──SNSなどを見ると、選手のみなさんもこのシステムを結構使っているようですね。

 

▲#5 川嶋勇人選手のツイッターより

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:選手たちにはとても喜ばれています。テレビのニュースなどを見ていると、東京のスーパーでは買い物客がしっかり一定の間隔を空けてレジに並んでいますよね。すごく徹底しているなあと感心する反面、すべてのお店がそこまで徹底できるわけではないと思うんです。スーパーで食材を買うこと自体がいわゆる「三密」にあたり、選手にとって大きなリスクになるので、躊躇してしまうことが多かったんです。

 

──なるほど、選手を守るためにもテイクアウトは有効なんですね。

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:そうなんです。そういう観点から「テイクアウトは積極的に利用すべきだよ」と、特に若い選手たちに伝えています。

 

周知させる媒体の必要性

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▲※背景は合成です 

 

──現時点における「#おいしいカタログ」の課題は何でしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:掲載店舗数が多くなってきたので、やはり、サイトの利便性向上ですね。でもそれはこのプロジェクトが次の段階にきたということだと思っています。

 

──他の地域の飲食店から「うちも載せてほしい」という声などはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:非常に多いんです。ただ、「#おいしいカタログ」は豊橋市のサポートを受けており、豊橋市の飲食店を応援するために立ち上げたサイトです。現時点では他地域に広げるのが難しいことも課題ですね。

 

本来は東三河地域全体に広げることを想定して「東三河食べ支えプロジェクト」というプロジェクト名にしたのですが、まだそこまでには至っていないんです。とはいえ新型コロナ対策としてスピード感をもって進めなければならなかったので、まずは豊橋市で実績をつくって豊橋市から始めていく、という形になりました。

 

──ということはやはり、みんなが求めているということですよね。このプロジェクトを始めてわかったこと、見えてきた地元の消費者や飲食店の想いなどはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:どの地域でも、素敵なお店っていっぱいあるんですよね。でも意外と知られていなかったりする。豊橋市でも、今回サイトに載ってテイクアウトされたことで初めて知られたというケースがいくつかありました。周知させる媒体の必要性を感じています。

 

また、誰が発信すべきかということも見えてきた気がしていて、その役割を担うのはプロスポーツクラブだと思うんです。プロスポーツクラブの存在意義とは、地域の人たちにスポーツを楽しんでもらい、支えてもらい、観てもらい、そのことを通して地域を盛り上げることにあります。地域の人ありきでプロスポーツクラブは存在しているんですね。だから我々のようなプロスポーツクラブが飲食店を支えることは、ごく当然というか、然るべきことをやっているのだと思っています。

 

我々はこのエリアの自慢の存在になりたいですし、今後さらに商店街と協力していきたいと思っています。全国でも広くこのような動きが盛り上がってくれたら嬉しいです。

 

──参加している飲食店からは今のところどのような声がありますか。

 

f:id:exw_mesi:20200525155850p:plain北郷:いろんな飲食店から「ありがとう」という言葉をいただいています。自治体からも「もっといろんなこと一緒にやりましょう」と言っていただいております。

 

今後は「#おいしいカタログ」をさらに便利にしつつ、いろいろな事業に広げていこうと思っています。生活様式が変わっていくなか、現在のようなテイクアウトが定着するのであれば、やはり引き続きサポートしていきたいんです。

 

ただ、そうならないこと、つまり新型コロナウイルスが収束して日常が戻ることがいちばんだとは思いますけどね。

 

コロナ以降の飲食を支えるプロスポーツクラブ

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▲写真提供:三遠ネオフェニックス

 

あくまでも「当然のことをやっているだけ」という姿勢で淡々と話してくれた北郷さん。その語り口からは、地域に根差すプロスポーツクラブとしての使命感と誠実さを感じました。

 

飲食店にとっても利用者にとっても、テイクアウトは便利で有益なサービスです。しかしコロナ禍の現在は、外出自粛により店頭へ出向く機会が激減したことで、テイクアウトを始めたことが知られにくい状況にあると言えます。コロナ以前からウェブに強かった飲食店でなければ、そもそもテイクアウトを始めたことを伝える方法がほとんどありません。

 

また、以前からウェブを使いこなしていた飲食店であっても、日々大量に流れるコロナ関連ニュースに埋もれずに自分たちの情報を発信することはきわめて難しいと言えるでしょう。さらに言えば、自炊ムードの広がりも飲食店にとっては打撃になっているかもしれません。

 

確かに、影響力のある企業や個人が飲食店を応援する取り組みはいくつも生まれています。しかし特定の飲食店を応援することはできても、地域の飲食店を包括的に応援することは簡単ではありません。それができる地域のプレーヤーはそれほど多くない。

 

こうしたことを考えると、地域を包括的に応援でき、行政とも協力しやすいプロスポーツクラブは、コロナ以降の飲食を支えるキープレイヤーになるかもしれません。日本全国、他の地域でも応用可能なモデルケースになるのではないでしょうか。

 

書いた人:メシ通編集部

メシ通編集部

メシ通編集部です。

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