
「日本茶のソムリエ」がいる
「日本茶インストラクター・リーダー」「煎茶手揉み茶教師」「茶師」「日本茶ソムリエ」などお茶に関するさまざまな肩書きを持ち、各方面で活躍されている白尾尚美さんという日本茶の伝道師がいる。

白尾 尚美(しらお・なおみ)さん
宮崎茶セレクトショップ「白玄堂」代表。1977年生まれ。宮崎県出身。宮崎茶プロデューサー・日本茶アドバイザー専任講師、煎茶手もみ教師などの肩書を持つ「茶ムリエ(ちゃむりえ)」であり、一部では「お茶王子」の愛称でも知られる日本茶の伝道師。
新宿高島屋で開催される白尾さんの即売会には、関東近県から数時間かけて彼のお茶を買いつけにくる熱心なファンもいるほど。
また「お茶教室」を年間平均で100講座ほど開催。地域社会とのコミュニケーションや学校教育のなかでお茶についての食育指導も精力的に行うなど、日本茶に精通している白尾さん。そんな彼に「日本茶を本当においしく淹れるための方法」を聞いてきた。
日本茶って、こんなにおいしかったんだ
取材した日は10月にも関わらず真夏日のような気温。
歩いているだけでじっとりと汗ばんでくるような陽気の日だった。
取材場所に汗ばんで登場したスタッフに白尾さんは気さくに語りかけると、冷たい日本茶をすすめてくれた。
白尾さん:今日はかなり暑いですから、歩いてきただけで喉が渇いたでしょう。これからめちゃくちゃおいしい冷たいお茶を淹れますので、まずはこちらを飲んでみてください。

そういうと、やおら冷たいお水をペットボトルから急須に注ぎ込んでいく。

順番に回していくようにして、数人分の冷たいお茶を淹れる。

急須から注がれるお茶の色は透明感のあるライトグリーン。
その色味から察するに、やや薄めの味に仕上げているようにも見える。

さてさて。さっそくいただいてみることにする。
なにしろこちらは先ほどまでの暑さで喉はからからに乾いている。
さぞかしウマい日本茶の味を堪能できるのだろう。
ゴクゴクと一気に飲み干してみた。
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……あ? れ? あれれ?
さっぱりとした冷たい液体が、水そのもののようにするりと喉もとを通りすぎると、まずは喉の渇きを潤してくれる。まるで水のようにスムーズな喉ごし。
だが私には、こんな思い込みがあった。
「日本茶ソムリエ」なる肩書きの人物が淹れてくれる冷茶は、さぞかしインパクトのあるスゴイ味に違いない。だから、どんな感想を述べていいのか、わからなかった。
「ちょうど喉が渇いていたから、冷たいお茶はありがたいです」
たしか、そんなどうでもいい言葉を伝えてしまったかもしれない。
白尾さんの淹れてくれた冷たい日本茶の味は、拍子抜けするほどさっぱりとした味わいで、まるでミネラルウォーターのようだ。お茶の味が薄い、とすら感じたかもしれない。
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そのお茶をガブガブと飲み干してから十数秒後。
いきなり口の中に清らかなうま味の球体がコロコロと転がるようにして現れた。
「あっ。うま味が……」
追いかけるようにして、緑茶のさわやかな香りが鼻を抜けていく。
あとからしっかりとした味の輪郭をともなって追いかけてくるそれは、口腔内からなかなか立ち去ろうとしてくれない。
ながい余韻がいつまでもいつまでも舌の上でボールのように転がって、やがて甘味へと転じ、じんわりとなじんでくる。
茶葉に含まれるカフェインのせいか、パキンと覚醒するような感覚。
あわわわ。な、なんなんだこのお茶は。
白尾さん流・完璧においしいお茶の淹れ方
白尾さんの淹れるお茶はなぜこんなにおいしいのか。
そこにはいろいろな理由があるのだろうが、まずは今日の本題である「日本茶を本当においしく淹れるための方法」から聞いていこう。

白尾さん:さっそく日本茶のおいしい淹れ方についてレクチャーしていきましょう。そもそも皆さん、急須に茶葉を入れる時に、「茶葉の量」についてあまり考えていないのではないでしょうか。
──そういえば、茶葉の量に関してはあまり考えずにやっていたかもしれません。適当にスプーンで3杯くらいとか、「このくらいだと濃いめになるかな」とか……。

白尾さん:入れる茶葉の量について、よく1人分で3グラムって言われるんですけど、僕は「急須の大きさ」で茶葉の量を決めてます。その際にポイントとなるのは、「急須の底」の大きさ。ちょうど急須の底に茶葉が敷きつめられて、急須の底がしっかり隠れるくらいの量が、ちょうどいい量といえます。

白尾さん:ほら、だいたいこのくらいの感じですね。茶葉の量は、急須の大きさ(体積)に合わせて決めるんです。

白尾さん:次に、急須に入れる「お湯の温度」について。給湯器やヤカンから沸騰したお湯を直接入れることはせず、お湯を少しだけ冷まします。いったん湯飲みなどに熱湯を入れて、湯ざましをします。そうですね、だいたい70°くらいの温度でしょうか。両手でその湯飲みをこうして持って、人肌で触れるくらいの温度になるまで待ちましょう。

▲お湯の温度を落ち着かせてから急須に注ぐ
白尾さん:お湯を注いでから、急須はフタをあけた状態で待ちます。
──お茶の成分が出てくるまで、だいたいどのくらいをめどにして待てばいいのでしょうか。時間を計るとか?

白尾さん:茶葉の種類によってお茶の成分がにじみ出てくる時間が違います。だから、お茶の抽出時間について一概に「お湯を注いでから時間は何分くらいお待ちください」とは言えないんですね。とにかく僕はお湯を入れてから茶葉の様子をじっくりとみることにしてます。
──お茶の様子、ですか。
白尾さん:よくお湯を入れて1分から1分30秒くらいと言われていますが、お湯を注ぐと、こうして茶葉がお湯を吸ってゆっくり膨らんでくるのがわかります。この茶葉が膨らみすぎると、すごく苦いお茶になってしまうので、僕はお湯を注いだら、もう40秒くらいでお茶を淹れてしまいます。

──40秒ですか。想像していたよりかなり短い時間で淹れてしまうんですね。
白尾さん:まずお湯を注いだら、急須の中をのぞいてみてください。急須のフタを開けていたのはそれが理由でもあります。

──じんわりとお茶の緑色がお湯に広がってきていますね。
白尾さん:お茶の抽出時間で判断材料にすべきなのは、「茶葉の開き具合」です。注がれたお湯で茶葉が水分を吸収し、茶葉がゆ〜っくりと膨らんできて、開ききらないくらいがちょうどいい頃合いです。急須の中の茶葉をよく見て、どれだけ水分が含まれたか、で判断します。
ポイントは「最後の一滴のしずく」と「2煎目の準備」

白尾さん:抽出時間が終わったら、人数分のお茶を注いでいきます。それぞれの茶碗に少しずつお茶を「廻し注ぎ(まわしつぎ)」します。水色(すいしょく)って言うんですけれども、この水色の色がそれぞれの茶碗で同じ色になるように……お茶の濃さが均等になるようにイメージしながら注ぎ分けてください。

白尾さん:そしてここがポイントです。1煎目のお湯が残らないよう、最後の1滴のしずくまで絞り切るようにしてお茶を注ぎます。

▲急須をトン、トン、と、金づちを振り下ろすようにして、お茶のしずくの最後の1滴まで茶碗に注ぎ切る
──その最後の1滴が重要なのですか。
白尾さん:この「最後の1滴」がめちゃめちゃウマイんですよ。この1滴にお茶のうま味成分が凝縮されているため、この1滴が入るかどうかで1杯のお茶の味わいがまったく違うものになってきます。また、急須の中にお湯を残しておくと、2煎目のお茶が渋くなってしまうため、出来るだけお湯を切っておいて欲しい、というのもあります。

▲お茶を注ぎ切ると、ポンと平手で急須をたたいてみせた
白尾さん:2煎目もおいしくいただくために、お茶を注ぎ切ったら急須の脇を平手でポンとたたきます。こうすることで急須の中の茶葉が……

▲急須を平手でたたくことで茶葉がダンゴ状にまとまる
白尾さん:こんな感じで茶葉がダンゴのように丸くまとまってくれます。こうすることにより茶葉から余計な渋みが出てくることがなくなり、2煎目のお茶もおいしくいただけます。茶葉が蒸れないよう、急須のフタも少しずらして開けておきましょう。
お茶の風味が「余韻」となって20分つづく

いよいよ白尾さんの淹れてくれた熱い日本茶を味わうことに。
宮崎県都農町という標高200メートルの場所にある茶畑で栽培されている日本茶で「あさつゆ」という品種のお茶だ。
口に含んで、少しだけ舌の上で転がしてみる。
甘く、まろやかなうま味が喉もとをとおりすぎていく。
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そして十数秒後。
まただ。
また、あの「うま味の球体」が口の中にあらわれた。
球体のなかには渋味、ほのかな甘味、苦味が混在し、それらが立体的なボディーとなって、なんとも表情豊かにたちあらわれる。
そして、その苦味の球体が舌の上で余韻となって、ずっと続く。
うま味のボールをころころと転がしてみる。これがなんとも気持ちいいのだ。
白尾さんによると、日本茶のもたらすこの余韻は、20分も続くことがあるという。
お茶のおいしい淹れ方・まとめ

ここで白尾さんに、おいしい日本茶の淹れ方についてまとめてもらった。

- 茶葉の量……急須の大きさに合わせて茶葉を入れる。茶葉の量は、急須の底に敷きつめるイメージで
- お湯の温度……熱湯を直接急須に入れず、お湯はいちど湯ざましする。温度としては、湯飲みに熱湯を入れて、両手で持てる程度の熱さに
- 抽出時間……急須のフタを開けて、茶葉の水分の含み具合を確認。茶葉が膨らんでくる途中くらいが丁度いいタイミング。茶葉が膨らみ切ってしまうまで待つと、苦味や渋みが出てしまう
- 淹れ方……急須から最後の一滴まで注ぎ切る。最後の一滴にお茶の「うま味」が凝縮されている
茶葉は、土壌。まず土を食べてみるところから始めた

さて貴重なお話を聞かせてくれた白尾さんだが、そもそも日本茶の道にどうして足を踏み入れてしまったのか。日本茶のどこに魅力を感じているのだろうか。
先ほどのお茶の2煎目をいただきながら、話をうかがうことにした。
白尾さん:父がJA宮崎経済連というところにいて、お茶の担当で約300軒くらいのお茶農家さんの営農指導とか、市場の運営をしていたんですね。それと、母方の実家も茶畑農家で。小さい頃から茶畑の仕事の手伝いをしたりしていたんです。
──小さい頃からお茶の世界に、普通に囲まれて育ってきたんですね。
白尾さん:でも、本当は学校の教師になりたくて、大学では教職課程も取っていたんです。ところが父がある日、早期退職していきなり「白玄堂」というお茶の販売店を始めて。そんな流れもあって、大学卒業後は静岡にある農林水産省の野菜茶業試験場っていう全寮制の研究機関に入って、お茶について2年間、みっちり勉強しました。

──日本茶について学んでいるうちに、どんどんその魅力にハマってしまったんですね。
白尾さん:そうですね。日本茶についていろいろ調べていたら、ワインの醸造家の話がヒントになったんです。ワインの産地って、ブドウを栽培するための「土壌」が大事ですよね。で、いいワインは「土の香りがする」っていうじゃないですか。
──よくそう言いますよね。ブドウ畑の土壌の質で、ワインの味が決まると。
白尾さん:お茶もそれと同じで、土の香りがしない茶葉は「土壌が死んでる」ところで栽培されたものとも言えます。茶葉を育てるための畑の土の質がすごく大事なんです。あるときお茶の生産農家さんに「お茶について勉強したいんだったら、土壌について学んでみろ。まずは茶畑の土を食ってみるところから始めろ」って言われて。

──そう言われて本当に土を食べたんですか!?
白尾さん:もちろんバクバク食べたりするわけではないですが、スコップ片手に毎日いろんな農家さんの畑にいって、そこの土をちょっとなめたりして風味を比べているうちに、だんだん「畑によって土の香りがそれぞれ違う」っていうのがわかってきて。
──いろいろな茶畑の土をなめてみて……。
白尾さん:ワインのソムリエは、原料となるブドウの産地に当然こだわるでしょう。コーヒーのバリスタだって豆の産地や種類によって味が違うことを知り尽くしています。日本茶も同じで、いろいろな産地があって、さまざまな栽培方法や製法があって、それぞれの茶葉に特徴や個性があるんです。

──茶畑の産地や製法によって、お茶の風味も違ってくると。
白尾さん:本当はそれを全部テイスティングして比べてもらいたいと思っているくらいです。どれも個性のある魅力的なお茶ばかりです。それからここ数年は、さまざまな産地のお茶をブレンドして楽しんでもらうことを提案してます。ブレンドさせることで、茶葉の個性や特徴をさらに引き立てることができるのも日本茶の面白いところですね。
お茶は「想い」を伝えることができるもの

──それにしても、白尾さんの淹れてくれたお茶は本当に心に残る味でした。こういう日本茶の魅力に、もっと多くの人が気づいて欲しいですね。
白尾さん:お茶の特別講師として、小学校や中学校に呼ばれる機会が多いんです。基本的にはお茶の種類の違いや、お茶の淹れ方についてレクチャーするんですけど、そこで「まずは今日教わったやり方で、家に帰ったらお父さんやお母さんにお茶を淹れてあげてごらん。そのとき、急須を注ぐ手は片手じゃなくて、必ず両手を添えてお茶を淹れることが大事だよ」って伝えるんです。
──両手を急須に添えて、丁寧にお茶を淹れるように、と。
白尾さん:そういう「所作」がすごく大事なんです。所作ひとつで、相手に想いが伝わります。そして、ご両親にお茶を淹れる時は、日頃の感謝の気持ちを込めて注いでごらん、絶対に「おいしいね」って言ってもらえるから、と伝えているんです。

▲年間2万杯のお茶を注ぐという白尾さん。なんと右手には「急須マメ」が……
──お茶は、想いを伝えてくれる。
白尾さん:誰かにお茶を淹れるという行為は、コミュニケーションそのものです。たかがお茶なんだけど、心を込めてお茶を淹れることで、なにがしかの想いだとか感謝の気持ちだとかを相手に伝えることができると思っていて。これからもそんな日本茶の魅力を多くの人に伝えていきたいですね。

日本茶について熱くそう語る白尾さん。
彼が淹れてくれたお茶が格別においしく感じるのは、きっとテクニックとしてお茶の淹れ方が上手だったり、お茶の品質が最高のものだから、という理由だけじゃないだろう。
誰かが想いを込めてつくってくれたものをいただく、ということ。
その意味について、あらためて考える機会をもらった気がした。
書いた人:多部留戸元気(たべるこ・げんき)

編集者・ライター。ビジネス、グルメ、芸能、医療・健康、アウトドア、マネー、映画・音楽、教育、スポーツなど。硬いものから柔らかいものまで節操なくいろいろ。


