(写真:笑福亭羽光さん提供)
34歳。お笑い芸人を辞めて、落語の道へ
──あらためてNHK新人落語大賞受賞、大変におめでとうございます!『ペラペラ王国』(※新作落語)拝見しました。すっっっごく面白かったです!
笑福亭羽光さん(以下・羽光):ありがとうございます。楽しんでもらえてなによりです。
──羽光さんは、経歴が面白いんですよね。今日はたっぷりと聞かせていただきたいと思います。あと、猫を飼ってらっしゃいますね。
羽光:自宅に2匹おりますよ。小さい頃から猫は身近にいましたね。噺家になる前はコントをやったりマンガの原作を書いたりしてました。
──週刊少年マガジンのギャグマンガ新人賞を受賞されてからは、週刊ヤングジャンプやビッグコミックスピリッツ増刊などに「のぞむよしお」の名前でマンガを掲載されていました。またお笑いコンビ「爆烈Q」としても活躍されていたりと、順調よね。何をやってもできちゃう方、という印象なのですが。
羽光:ははは、それは違いますよ。当時、お笑いがうまくいかなくて解散して。自分に限界を感じて欝のような状態になってしまっていたんです。まさに絶望。お先真っ暗。崖っぷちですよ。
自分はくすぶっているのに、同年代の知り合いは次々に売れてブレイクしていく。これにはけっこうキツいものがあります。当時は、常にまわりと自分を比べては落ち込んでましたね。
──なんと。羽光さんにそんな時代があったなんて。
羽光:そんな僕の癒しになったのが、「落語」だったんです。
修行の日々と出会った人たち、食べていたものとは
(イラスト:逸見チエコ)
──「落語」が癒しですか!?
羽光:そうなんですよ。抜け殻のようになってからは、毎日のように浅草の演芸ホールに通いましてね。寄席を観てました。
──毎日ですか?
羽光:寄席って、入場料を払えばずっと演目が観られるじゃないですか。入れ替え制ではないのでね。落語のほかに漫談やマジックなんかも観られますしね。
──落語の何が羽光さんの癒しになったのでしょう。
羽光:まず、落語って、歌舞伎とかと違って、登場人物に偉い人が出てこないんですよ。手の届かないような身分の人はそうそう出てこない。出てくるのは皆さんご存知の、八っつぁん熊さんにご隠居さん(※落語ではおなじみの登場人物。市井の人)とか、その辺の人たちで、名もない人たち。あとたぬきとか。
──いわゆる庶民ですよね。
羽光:はい。誰もが主役になり得る、身近で等身大の温かな世界です。そんな世界に、たまたまそのときの僕の心がフィットしたというか。うまくポンっとはまりましてね。
──なるほど。
羽光:懐かしさのようなものも感じて。これはもう運命だと。
──ふむふむ。
羽光:師匠に弟子入りしたんですわ。
(写真:笑福亭羽光さん提供)
──笑福亭鶴光師匠ですよね。あの、すごく知りたいんですが、弟子入りってどうやったらできるものなんでしょうか……?
羽光:わかりやすくいうと、「出待ち」です。出演が終わった師匠が出てくるのをひたすら外で待って、待って、ときには不審者がいる! と通報されたりしながらも待って、現れたら掴まえて、お願いするんです。
──通報! 修行中はどのような生活を送られていたんですか?
羽光:寄席の前座で修行するんです。前座は、古典落語で、みんなが知っている有名なものをやります。じゅげむとかね。前座が終わってから、その日のプログラムが始まるんです。10時半に入って、太鼓を叩いたりお茶を出したり雑用をこなしながら16時半までいます。それを1年のあいだは毎日。全部で4年間。
──けっこうキツそうです……。そのあいだの食生活はどんな感じでしたか。
羽光:質素です。油揚げに納豆を入れてあぶったやつとか(羽光さんの妻が考案)食べてました。ス―パーで安くなっている食材を買うので、予算は一食500円以内です。これは今でもそうです。昨日はあわび。その前はあんこうを食べました。
牡蠣とか珍味が好きですね。30円くらいの見切り品の野菜と一緒にフライパンで酒を入れて焼いたり、1人鍋にしたりして食べるけど、おいしいですね。
▲シンプルだけどおいしそうです(写真:笑福亭羽光さん提供)
──今でも一食500円とは! 堅実なんですね。そういえば、羽光さんの前座時代について、講談師の神田伯山さんのラジオで聞いたことがあります。面白いエピソードが山盛りで(笑)。
羽光:途中で挫折される方もいますしね。そんな極限の状態で出会ったから、すっごく仲良くなりまして。伯山さん、ネタにしてくれてありがたいです。
僕、この世界に入ったときはもういい大人だったので、社会人になってから通いだした専門学校みたいな感覚で。前座時代に知り合った人たちは、大変な時間をともに過ごした大事な仲間なんですよね。
──皆さん仲が良いですよね。
羽光:鬱も治りましたしね。
──素晴らしいです! ところで落語って、言い方が良くないんですけど、「うまくなるコツ」みたいなものはあったりしますか。
羽光:逸見さん(筆者)はお芝居の経験はありますか。
──いいえ。ないです。声の仕事はむかーし少しだけ……。
羽光:声優さんですね。お芝居だったら、基本的にはひとつの役に入り込むかんじですよね。でも落語はね、たくさんの登場人物をひとりで演じ分けないといけないんです。
──受賞された『ペラペラ王国』にも、子どもからお年寄りまでたくさんの登場人物が出てきていました。
羽光:たくさんの人を演じるためには、ひとつの役を深く演じすぎないようにすることを心がけたりしてますね。すべての人物に、どこか自分のキャラクターを残しておく。それがコツでしょうか。
──コツ、難しいです……。
羽光:『ペラペラ王国』だったら、子どもがおじいちゃんに話すときは目線を上に向ける。おじいちゃんが子どもに話すセリフのときは目線を下にしたりして。
「おーい」と人を呼ぶときには目線を遠くに向けるとかね。ここでも、ひとつの役に深くなりきってしまっていたら、こんなに次々と登場人物を演じ分けるのは無理ですよね。
──なるほど! 目線でも演じる。あまりに自然すぎて気が付きませんでした。
▲落語といえば「そば」がよく出てきますが……
──では、食べ物が出てくる落語で好きな噺は?
羽光:『ふぐ鍋』が好きですね。熱い鍋をハフハフ食べるところがおいしそうで好きなんです。ふぐを食べるのも好きです。たまにしか食べられないけど、一度息子が食べてみたいと言い出して、一緒に食べに行きました。
『らくだ』『二番煎じ』『ちりとてちん』など、落語にはお酒もよく出てきますね。日本酒はそんなに得意ではなかったけど、落語でやるようになってから好きになりました。
▲自宅での息子さんとのひととき(写真:笑福亭羽光さん提供)
──江戸の庶民の食生活っていいですよね。
羽光:冷蔵庫がなかったこともあるんでしょうけど、初ガツオとか旬のものをよく食べていますよね。今はスーパーで買い物してもそれほど季節のものを食べるわけではないんで、そこはちょっといいなと思います。
「メタ構造」の落語が好き
(写真:笑福亭羽光さん提供)
──『ペラペラ王国』ですが、どのように生まれたんですか。
羽光:メタ構造の話が昔から好きなんです。映画だと、『インセプション』とか『カメラを止めるな!』とかですね。
──『ペラペラ王国』はメタ構造で、物語のなかにまた物語が生まれていって。ポワンポワンポワンといいながら世界がどんどん重なっていきましたよね。不思議な世界でした。
羽光:あと、SFも好きですね。以前マンガを一緒に作っていた相方がSF好きでね、教えてもらってずいぶんと読みました。SFって、落語のアイデアになりやすいんですよ。
──羽光さん、SF落語会されてますもんね。『ペラペラ王国』はメタ構造でありながら、SFの要素も感じました。
羽光:ネタを5、6個作って、お客さんの反応を見ていきます。あまりウケなかった作品はボツになります。10本作って1本残るくらいですかね。
──10本作って残るのが1本とは! シビアですね。
羽光:僕のテーマといえば、青春・童貞・エロじゃないですか。
──はい。「私小説落語」ですね。
羽光:学生時代、僕、クラスでスクールカースト底辺だったんですよね。
──そうなんですか。
羽光:当時は(若いから)性欲が強いのに童貞でモテなくて、もちろん彼女なんているわけない。クラスメイトにはキショがられてる。そんな自分が恥ずかしいという、いたたまれない青春時代でした。
──あの当時、陰キャと陽キャ、今よりくっきり別れてましたもんね……。
羽光:あの時代って、クラスで一度挫折したらなかなか逆転できないというか、辛い現実のまま何十年も経って、今もそのままの人、多いと思うんです。ニートになっていたりとか。働けていても、お給料が安いままだったり、正体不明のプレッシャーを感じ続けてたりとか。
──はい。
羽光:そんな、かつての自分に向けて、僕は新作落語をつくっているんだと思います。
イケてない青春時代を味わった人と、現在イケてない人のための落語を
──羽光さんの創作の源がわかったような気がします。
羽光:現実が辛いけれども、抜け出せないでくすぶっている。若い人でもそんな人、多いんじゃないかな。マンガでも今、転生モノって流行ってますけど、もうひとつのジャンルですよね。ここではないどこか、自分ではない誰かとして生まれ変わるっていう話が流行っているのは、現実が辛いからかなと。
──不思議なジャンルですよね。こういったマンガを読んでる若い世代にも、羽光さんの落語は響くんじゃないでしょうか。
羽光:そうだと思いますね。現実が辛い皆さんに笑ってもらいたくて書いてるので。ウケると、かつてのイケてなかった自分が癒されていく気がするんです。
そして、僕の姿を見て、もう一度何かにチャレンジできる元気を取り戻して欲しい。僕、何度も何度も挫折して鬱にまでなって。それでもこうしてやり直せるんだっていうことを伝えたいですね。
──あんなにエロいネタなどを喋っているのに、こんなに真面目なことを考えていたのですね!
羽光:根は真面目ですよ! いや本当にね、人と比べない、競争もない。そんな落語には、人を癒す力があると僕は信じてるんです。これを読んでる若い人、ぜひ入門の際は僕の一門にどうぞ(笑)。
──羽光さん、今日はありがとうございました。これからも羽光さんの新作落語を楽しみにしてます!
(※この記事の取材は緊急事態宣言前の2020年12月に行ったものと、オンラインで取材し加筆したものです)
笑福亭羽光 しょうふくてい・うこう
1972年生まれ、大阪府高槻市出身。落語家。お笑い芸人、漫画原作者を経て2007年笑福亭鶴光に入門。2013年第12回さがみはら若手落語家選手権優勝、第24回北とぴあ若手落語家競演会北とぴあ大賞。新作落語『ペラペラ王国』にて2018年渋谷らくご大賞創作大賞、2020年NHK新人落語大賞受賞。2021年5月真打昇進予定。
令和3年落語芸術協会真打昇進披露興行
公式ホームページ
撮影協力:ギャラリーエフ