ビールの「注ぎ」を極めたチェコのブランド公認タップスターの店で、ビールとチェコ料理との衝撃的な出合いを体験した

ビールの「注ぎ」を極めた日本人初の「タップスター」の称号を持つ佐藤裕介さんに、「注ぎ」の奥深き世界と、チェコのビール「ピルスナーウルケル」とチェコ料理を堪能できる店「BULVÁR TOKYO」の魅力をお聞きしました。

いつからだろう、ビールの注ぎ方にこだわるようになったのは。

どのようにビールを注ぐのか、だけではなく、グラスのチョイスやビールを冷やす温度も含めた「注ぎ」によって、同じビールでも香りや舌触り、味わいが変わる。

そう信じるようになってからというもの、いろいろな注ぎ方を見よう見まねで試し、食器棚はさまざまな形のグラスであふれ、家族からは白い目で見られるようになった。

「別に変わらないよ」「プラシーボ効果ってやつでしょ?」と、たまに言われる。そんな時こそ、自分自身にこう言い聞かせるのだ。「“注ぎ”が分かる人生で良かった」、と。

この話に共感する人は、いや、逆に1ミリも理解できなかった人にこそ、ぜひ一度訪れてほしい店がある。チェコのビール「ピルスナーウルケル」とチェコ料理を堪能できる東京・日本橋の「BULVÁR TOKYO(ブルヴァール トーキョー)」だ。

オーナーの佐藤裕介さんは、日本人初のピルスナーウルケル公認タップスターとして注ぎを極めた人物だ。ハマればハマるほど奥深い注ぎの世界と、店のこだわりについて、佐藤さんにお聞きした。

▲ビアブルヴァード株式会社 代表取締役 佐藤裕介さん

ビールを最高の品質で提供するピルスナーウルケル公認の注ぎ手

──本日はよろしくお願いいたします。佐藤さんは日本人初のタップスターに認定された方とお聞きしていますが、タップスターとはどのような称号なんですか?

 

佐藤裕介さん(以下、敬称略)タップスターとは、チェコのピルスナーウルケル公認の注ぎ手のことです。チェコで研修を受け、筆記・実技試験に合格した者だけに与えられる称号で、注ぎ方も含めてビールを最高の品質で提供すること、そしてブランドの歴史や品質を自らの言葉で語り、その魅力を発信していく役割も担っています。現在は世界各地に約430人、日本には14人のタップスターがいます。2023年の日本人の研修には、私もサポート・指導スタッフとして帯同しました。

 

──そうなんですね。そもそも、ピルスナーウルケルとは、どんなビールなんですか?

 

佐藤:日本で造られているビールのほとんどがピルスナーと呼ばれる種類のビールなのですが、その元祖と言われているのがピルスナーウルケルです。ピルスナーの由来でもあるピルゼンという街で1842年に創業し、現在に至るまで伝統的な製法と品質を守り続けています。具体的にはチェコ産の大麦、ホップ、軟水を使い、「トリプルデコクション」という独自の糖化方法で醸造しています。炭酸の爽やかなキレと、芳醇(ほうじゅん)でスパイシーな香り、カラメルのようなコク、甘みと苦みの絶妙なバランス、その唯一無二の味わいによって、世界中に熱狂的なファンを生み続けています。もちろん、私もピルスナーウルケルの魅力に取りつかれた一人です(笑)。

 

── 一刻も早くピルスナーウルケルを味わいたい気分ですが、もう少し話をお聞きしたいと思います(笑)。タップスターになるための研修では、どんなことを学ぶのでしょうか?

 

佐藤:まずは工場を巡りながらブランドの歴史や信念に触れるとともに、独特な成分や製法の原理を学びます。自社で麦芽を作っているので、その精麦の様子を見学することも。それから、ピルスナーウルケルの伝統を守り続ける上で欠かせない、パラレルブルーイングという手法も学びます。これは、現代のステンレス製の樽でビールを造ると同時に、一部は昔ながらの木樽でビールを造るというもの。両方を飲み比べることで今のビールと昔のビールの味わいに変わりがないことを証明するんです。そのために木樽職人を何人も雇っているんですよ。

 

──すごい情熱ですね。木樽で造ったビールも売っているんですか?

 

佐藤:いいえ、工場見学の際にしか飲めません。私も研修の時に試飲させてもらいました。木樽で造ったピルスナーウルケルは無ろ過なので現代のものと全く同じ味わいとは言えないのですが、方向性は一緒だとすぐに分かりました。こうやって180年以上前の味を守り続けているのだと思うと、感慨深いものがありますよね。

このようにブランドストーリーをはじめ、材料や醸造、運搬、管理、注ぎ、それからSNSの発信方法なども含めて、ピルスナーウルケルにまつわる全ての要素を学んだ上で、現地の店でバーテンダーの修行をしました。若いお兄ちゃんにみっちりしごかれたのですが、日本とは異なるビール文化に深く触れることができたので、とても刺激的な体験でしたよ。

▲佐藤さんのタップスター認定証

ヨーロッパから輸入した機材で注ぎ方の研究を重ね、「サトウ注ぎ」を生み出す

──佐藤さんがなぜタップスターを目指したのかを知りたいのですが、その前にバーテンダーという仕事との出合いや、「注ぎ」にこだわるようになった理由を教えてください。

 

佐藤:私がこの世界に入るきっかけとなったのは、学生時代にアルバイトでバーテンダーを始めたことです。当時はカクテルを作っていたのですが、もともと理系だったこともあってお酒の製法や香りなどの成分、分量による味わいの変化、機材の仕組みなど、科学的な奥深さにどんどんハマっていきました。卒業後、そのまま就職してバーテンダーとして働いていた時に、会社がビール専門店を立ち上げることになり、修行のためにヨーロッパ各地を回ったんです。そこで出合ったピルスナーウルケルに衝撃を受けました。

 

──何が衝撃的だったんですか?

 

佐藤:まさしく、ビールの注ぎ方です。日本ではサーバーからグラスに液体を注ぎ、その上にサーバーの泡付け機能を使ってクリーミーな泡をのせるのがスタンダードな注ぎ方でした。でも、チェコの店で提供されているピルスナーウルケルは最初に泡を注ぎ、その下に液体を注ぐ「ハラディンカ」という注ぎ方が主流だったんです。そうすることで適度に炭酸ガスが抜け、舌触りは滑らかになり、ビールの甘みと苦みが見事に調和する。もちろん、銘柄も機材も炭酸も日本のものとは異なるのですが、「注ぎ方で同じピルスナーでもこんなに味わいが変わるのか!」と感動したのを覚えています。

 

──炭酸ガスを抜くことに、どんなメリットがあるのでしょうか?

 

佐藤:お腹に炭酸ガスがたまらないので、何杯も飲めるようになります(笑)。

 

──なるほど(笑)。確かにヨーロッパの人はずっとビールをおかわりしているイメージがあります。

 

佐藤:日本では炭酸ガスをしっかり入れる注ぎ方が一般的です。特に夏場など蒸し暑い日本の気候にはピッタリですし、キリッとした喉ごしが好きな方もいると思います。一方で、最初に液体が口に入らないことが苦手な方や、すぐにお腹いっぱいになってしまうのが理由でビールを敬遠する方もいます。その方々にピルスナーウルケルのハラディンカを飲んでいただくと、その味わいの違いに驚かれることが多いですね。

 

──そうすると、新しくオープンしたビール専門店では、やはり「注ぎ」にこだわったお酒を提供していたのでしょうか?

 

佐藤:そうです。帰国後、銀座で開業したビール専門店「PILSEN ALLEY(ピルゼン アレイ)」は当初、アサヒスーパードライだけを提供するというとがったコンセプトの店でした(笑)。ただし、機材はメーカーのものではなくヨーロッパから輸入したものを使い、注ぎ方の研究を重ねました。そして、メーカーが推奨する「シャープ注ぎ」のほか、チェコでの学びを活かしつつ、適度に炭酸ガスを抜きながら一度に注ぐ「サトウ注ぎ」、日本の注ぎの名手として知られる大先輩に教えていただいた、じっくりと炭酸ガスを抜く2度注ぎの「マツオ注ぎ」。3種類の注ぎ方をご用意し、その違いを楽しんでいただけます。

▲ヨーロッパから輸入した機材(写真手前)

──チェコのハラディンカから着想して生まれたのが「サトウ注ぎ」なんですね。ちなみに、メーカーの機材では「サトウ注ぎ」や「マツオ注ぎ」は難しいのでしょうか?

 

佐藤:メーカーの機材でも注ぎ方を工夫すればできますよ。ただ、ヨーロッパの機材のほうが炭酸ガスをコントロールしやすいので便利です。見た目もかっこいいですしね(笑)。サトウ注ぎ、飲んでみますか?

 

──ぜひお願いします!!

▲泡をたっぷりと立てながら注ぎ……
▲適度な流量の液体を絡ませるように満たしていく

▲泡があふれるほど豪快でありながら……

▲滑らかで繊細な泡ときれいな黄金色に輝く液体……

▲完成です。サービングの所作が最初から最後まで美しい

▲「Asahi スーパードライ サトウ注ぎ」(820円)

──炭酸ガスが程よく抜けているからか、麦芽のうま味とホップの香りが存分に伝わってきます……! いつも飲んでいるアサヒスーパードライとは確かに違う。そして、クリーミーな泡がひんやりしていて、泡までおいしいです。

 

佐藤:違いを楽しんでいただけたようで良かったです。シャープ注ぎやマツオ注ぎと飲み比べてみるのも面白いので、今度ぜひ試してみてください。

 

「注ぎ」を極め、ピルスナーウルケルとチェコの伝統料理を堪能できる店をオープン

──その後、どのような経緯でタップスターを習得することになったのでしょうか?

 

佐藤:アサヒグループホールディングス株式会社がピルスナーウルケルの事業を買収し、2018年から国内販売をスタートしました。今後、日本のマーケットにどう展開するのかを考えていくにあたって、私たちの店がもともとアサヒビールさんとのつながりが強かったことや、ヨーロッパの機材を使ってピルスナーウルケルの注ぎ方を参考にしていたこともあって「タップスター制度を日本に広めていく第一人者になってほしい」と、お声がけいただいたんです。まさか、あのピルスナーウルケルに仕事で携われるとは思っていなかったので、本当に光栄でしたね。

 

──もともと店で提供していたアサヒビールが、大好きなピルスナーウルケルを買収するとは、数奇な運命の巡り合わせですね。タップスター習得後、いつ頃「BULVÁR TOKYO」を立ち上げたのでしょうか?

 

佐藤:2018年10月、チェコに行ってタップスターを習得し、2019年7月にオープンしました。ピルスナーウルケルとチェコの伝統料理をテーマに掲げた店です。ピルスナーウルケルはハラディンカのほか、たっぷりの泡と少なめのビールを注ぐ「シュニット」、泡を堪能する「ミルコ」、3種類の注ぎ方をお楽しみいただけます。また、アサヒスーパードライも先ほどお伝えした3種類の注ぎ方で提供しています。ハラディンカ、ぜひ飲んでみてください。

▲最初に泡をたっぷりと注ぎ、
▲泡の下に液体を入れていく

▲これがチェコ伝統の注ぎ方「ハラディンカ」

▲「ピルスナーウルケル ハラディンカ」(1,380円)

──濃厚かつクリーミーで、大麦麦芽の甘みと香りがとっても豊かですね。後味はほんのり苦くキリッとしたキレも感じます。そして、鼻から抜ける香りがなんともリッチなこと……。こりゃうまい……。

 

佐藤:ピルスナーウルケルは甘みが大きな特徴の一つですが、実は苦みの値もアサヒスーパードライの倍ぐらいあります。それでも、あまり苦みを強く感じないのは、ハラディンカという注ぎ方によって甘みが苦みをコーティングしているから。炭酸ガスも適度に抜いているので、しっかりとした味わいなのに飲み続けることができるんです。

 

──確かに、キリッとした喉ごしを楽しみつつも、炭酸感は穏やかでお腹にたまる感覚がありませんね。次のひと口がすぐに欲しくなります(笑)。

▲泡の量は「3finger(指3本)」と決まっている

──お料理についても教えてください。提供しているチェコ伝統料理は現地で学んだ味を再現しているのでしょうか?

 

佐藤:基本的には現地のレシピを忠実に再現しています。ただし、日本の酒場文化にローカライズしている部分もあります。例えば、チェコでは薄味の状態で料理をサーブし、お客さんが自分で味付けを調整することが多いのですが、日本では完成した状態でサーブするので、塩加減などは多少調整しています。ほかにも、チェコではワンプレートで提供する料理を、日本ではみんなでシェアする文化が根付いているので大皿で提供するなど、食べ方や楽しみ方の違いを考慮して日本向けにアレンジしています。

つい最近までチェコから来た留学生がアルバイトをしていたのですが、その子のおばあちゃんのレシピを教えてもらったり、仲良くしているチェコ出身の醸造家からレシピをいただいたり、常に現地の味を研究して追求し続けています。

 

──本場チェコの味が楽しめるんですね。

 

佐藤:そうですね。日本在住のチェコ人の方々もよく来店されます。それから、チェコに行ったことのある方が「本当にチェコにいるようだ」と言ってくださったことがあって。それは単純に料理や飲み物だけがチェコを再現しているのではなく、店やそこにいる人たちが醸し出す雰囲気からチェコを感じ取ってくださったと思うんですよね。そういう言葉を聞くと思わず目を細めてしまいますね。

▲「シュニッツェル(Schnitzel)」(1,880円)。たたいて薄く伸ばした豚肉を薄い衣でカラッと揚げたカツレツ。サクサクの食感と豚肉の凝縮されたうま味を堪能できる。タルタルソースはもちろん、フルーツジャムの酸味・甘みとの組み合わせも好相性

▲「タタラーク(tatarák)」(1,680円)。馬肉に玉ねぎやピクルス、スパイスなどをお好みで混ぜ合わせ、ニンニクをすりこんだパン「トピンカ」にのせて食べる。肉のしっとりとした食感、かめばかむほど広がるうま味。トッピングやパンとの相性も抜群で、ピルスナーウルケルがどんどんすすむ

 

──ちなみに、チェコのビール文化と日本のビール文化で違いはありますか?

 

佐藤:まず、飲む量が違いますね。飲める人は500mlの液体が入るジョッキで10杯ぐらい平気で飲むんです。楽しみ方も、日本だとビールは食中酒としても親しまれていますが、チェコではひたすらビールだけを飲み続けて、最後に少し食事をして帰る人が多かった印象です。イギリスやドイツ、ベルギーなどの国も同じような文化でした。

 

──じゃあ、佐藤さんも現地では10杯ぐらい?

 

佐藤:そうです。私、実はお酒弱いんですけどね。

 

──えーっ、意外です!

 

佐藤:すぐに顔が赤くなっちゃうんで、体質的には飲めないタイプなんです。でも、郷に入れば郷に従えですからね。現地の人と同じぐらい飲んで楽しくさせてもらいましたよ。

 

「注ぎ」で、ビールの楽しみ方が広がる

──改めて、「注ぎ」の魅力はどんなところにあると思いますか?

 

佐藤:そうですね。まず大前提として、私は日本のビール文化をすごくリスペクトしています。誰もが同じようにおいしく注げる機材の品質も素晴らしいですし、炭酸ガスがしっかり入ったキリッとした喉ごしのビールも大好きです。だからこそ、店でも「シャープ注ぎ」という従来の注ぎ方を提供しているのです。

一方で、その注ぎ方が日本のビール文化として定着した結果、「ビールはお腹いっぱいになる」「最初の1杯しか飲まない」という考え方が広まってしまった側面もあると思っています。私はチェコに行き、ビールの注ぎ方に多様性があることや、注ぎ方によってさまざまな味わいが楽しめることに心から感動しました。そうやって、ビールの楽しみ方に広がりが生まれること、ビールの新たな魅力を発見できることが、「注ぎ」の面白さだと思います。

 

──ちなみに、佐藤さんは缶ビールも飲むんですか?

 

佐藤:もちろん、飲みますよ。

 

──やっぱり、缶で飲む時も注ぎ方にこだわりますか?

 

佐藤:こだわる時もあれば、全くこだわらない時もあります。

 

──そうなんですね! 勝手な偏見かもしれませんが、非常にこだわっていらっしゃるのかと。

 

佐藤:なぜか「佐藤は缶から直接飲むことはない」と思われがちなんですけど、直接グビッといくこともありますよ(笑)。お酒は嗜好(しこう)品ですから、いろんな楽しみ方があっていいと思うんです。例えば、ジョッキを凍らせることを推奨していないビールメーカーもあるのですが、私は断熱タンブラーをキンキンに凍らせてビールを飲むこともあります(笑)。人それぞれ、その時の気分に合わせて自由に楽しめるのが、お酒のいいところですよね。

 

──注ぎを極めたプロの注ぎ手であると同時に、佐藤さんご自身が本当にお酒を好きで、お酒文化をリスペクトされているんですね。

 

佐藤:そうだと思います。もちろんタップスターとして、ピルスナーウルケルのパッションや注ぎの魅力を広めていくという役目はあるのですが、お酒文化を愛する一人の人間として、いろんなお酒の楽しみ方や、お酒と共に過ごす素晴らしい時間をみなさんと共有していきたいですね。

 

──なんだか注ぎの魅力だけでなく、お酒や人生の楽しみ方まで教わってしまった気がします。本日はありがとうございました!

 

店舗情報

BULVÁR TOKYO

住所:東京都中央区日本橋室町1-12-6 日本橋ムロホンビル4 2F・3F
電話番号:03-6910-3590
営業時間:月〜金 17:00~23:00(フードL.O. 22:00、ドリンクL.O. 22:30)、土 16:00~23:00 (フードL.O. 22:00、ドリンクL.O. 22:30)
定休日:日曜日・祝日

 

書いた人:松山響

沖縄生まれ東京育ち。

編プロ→ブランディングカンパニー→フリー編集者/ライター。

女性誌のグルメ特集で“カフェ巡り”の真髄に触れ、食品宅配サービスのPR媒体で自炊にハマり、日本全国の酒蔵ストーリーをつくる企画に挑戦して太るなど、食と酒には公私ともにお世話になっている。

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