<<第一章>>
昭和生まれの人なら知らない人はいないであろう予言者、ノストラダムス。
恐怖の大王がやってくるという1999年の予言に震えながら青春時代を過ごした方も多いのではないでしょうか?
占星術や予言で知られるほか、医師でもあったノストラダムスは、なんと料理研究家の一面も持っており、ジャムのレシピを残しているという情報を入手!
どんな終末的レシピなのだろう、きっと、満月の夜に黒トカゲを燻したり、バラの朝露を集めて水晶製の器に入れたりするに違いない。そしてその本は、第一巻の途中で未完に終わっていたりするんだ……! などと妄想を膨らませていたのですが……
……調べたら、あっさり見つかりました。
しかも、日本語訳バージョンまで出ていました。
▲『ノストラダムスの万能薬』(八坂書房)
こちらの本もお借りしながら、ノストラダムスがいかなる人物か、あらためておさらいしましょう。
筆者が描いたこのスケッチをノストラダムスと思って、おつきあいください。
こうして見てみると、恐ろしげなイメージの割に、優しい顔をした人物だったのですね。
ノストラダムスは、16世紀のフランスで活躍した医者でした。
こちらの、クヌート・ベーザー編 明石三世訳『ノストラダムスの万能薬』(八坂書房)は、1552年にフランスで出版され、その後ドイツ語に翻訳された書物です。
本書はそれを現代の日本人に読みやすいよう翻訳したもので、彼が実行していた自然療法の数々が掲載されています。
その項目は、肌を白くするローションや、歯をきれいにするパウダー、短時間でヒゲを染める石鹸、さらには「異常なほどの色情と欲情がわき起こる」(53ページ)強壮グリーン・ポマードなるものの作り方に至るまで幅広く、どれも欲望に満ちた現代人の興味をそそるものばかりです。
実際にそれらを作ってみようと思ったのですが、必要な材料は「乾煎りした真珠」「青のラピスラズリ」(ともに93ページ)、「丸三日間、大蒜(にんにく)、葱、酢など不快な臭いのするものを口にしていない若者の唾」(42ページ)など、蓬莱の玉の枝級に入手困難なものばかりなので、やむなく諦めました。
しかし、ページをめくってゆくと、後半に驚くほど素朴なレシピの数々が!
そのトップに掲げられているのが、レモンの皮と果肉の保存法。
つまり、レモンのジャムです。なんともほのぼの!
ほかにもカボチャやクルミ、ビター・チェリーなど、さまざまな食品を保存食にする方法が書かれています。
ちなみに、うまく保管できなかったレモンは、こうなります。
レモンの皮と果肉の保存に必要な材料はレモンと塩、砂糖、水のみ。
ラピスラズリなどのミステリアスな材料は、一切出てきません。これなら、自分にもできるはず!
そう軽々しく思ってしまったのですが、ここから約1カ月、ノストラダムスのジャム作りという名の牢獄に閉じ込められることとなります……。
<<第二章>>
さっそく、なにはともあれレモンの入手です。
レモンは2ポンド程度の量で作ればよいよう。
ひとまず現在イギリスで使われているポンド(1ポンド=約453.6g)を採用し、907gのレモンを用意することにしました。
皮ごと使うので、ノーワックスのものや無農薬のものなどを用意してください。
レモン1個は平均100g前後です。今回は、7個と数切れを使用しました。
これを「一切れが指二本分の幅になるように縦に六等分ないしは七等分する」(124ページ)という指示があり、さっそく戸惑いましたが、数分考えて解決。
おそらく、こんな感じかと!
果肉と皮を切り分けて
水を張った鍋に入れます。
レモンをよく洗って水を捨て、種は捨てずに残します。
水はうっすら黄色く色づいており、水溶性のビタミンCが溶け出している! と思うと捨てることがためらわれましたが、レシピ通りに進めます。
もちろん捨てずに、レモンウォーターとして飲んでもかまいません。
続いて、新しい水を入れてひとつかみの塩を加え、二日ほどそのまま置くようにとの指示が。
2日間置いてみました。生活のひとコマにも、ノストラダムスのレシピは違和感なく溶け込んでいます。
特に大きな変化はないようです。
こうした作業のひとつひとつがノストラダムスに指示されたものだと思うと、なんだか不思議な浮遊感のようなものを感じ、手がフワフワと浮くような感覚に襲われます。
この状態から、さらに水を替えて塩を入れ、2日間置きます。
これを3、4度繰り返すようにとのこと。一刻も早く完成品を手にしたいので、迷わず3回でいきます。
途中、どんな味がするんだろう? という出来心から、レモンをひとかけらかじってしまいました。果実の酸味と濃い塩分、これはどこかで味わった気が……そうだ、梅干しだ!
捨てるレモン塩水も、やはり梅干しテイストです。
こんなことをしている間に、すでに9日間経っています。
さて、その「3回」、つまり2日×3=6日間が過ぎました!
今度はこれを1日置いたあと、新しい水と毎日取り替えるという行為を9日間続けなくてはなりません。
理由は書かれていませんが、きっとレモンに含まれた塩を抜くためなのでしょうね。
こうして、早くも19日が経過。
そろそろ初夏の暑さを感じつつあったので、いかに塩を入れているといえどもカビてしまうのではと心配になり、冷蔵庫に入れました。
19日間冷蔵庫を占拠するという行為は、理解のある家族がいたり、あるいはひとり暮らしだったりと、それを許す環境があって初めて成り立つということが、この画像からおわかりいただけるかと思います。
水を替えて9日目、やっとレモンを火にかける許可が下ります!
この日を迎えた喜びはなんと言ったらいいのでしょう、雪解け、というような気持ちが一番近いでしょうか。やっと、ジャム作りらしい工程にとりかかれるのです。
奇しくも、東京の桜は満開。
あたたかな風を感じつつ、鍋を火にかけます。
全体がよく煮えてきたら火からおろして、白い布の上にあげるようにとの指示が。
まだこの段階では、砂糖は使っていません。繊維がほぐれてグズグズしたテクスチャーになりました。このまま冷まして、水を切ります。
そして、レシピにまたしても謎の部分が。
「適量の砂糖を用意する」(124ページ)とあるのですが、その適量がどのくらいなのかは書かれていないのです。
現代のジャムは、日本の低糖度のもので50%前後、フランスなどのものは65%以上の糖度が主流だということと、
16世紀当時は砂糖が貴重で今ほど気軽に手に入らなかった点を鑑み、約1kgのレモンに対し、400gの砂糖を使うことにしました。
また、「砂糖を水に溶かしておく」(124~125ページ)という記述があったのですが、この水が真水なのか、レモンから切った水なのかも判断が難しいところです。
今回はレモンを漬けておいた水だろうと判断し、砂糖を混ぜました。
みるみる、砂糖は溶けてゆきます。
レモンの果肉と皮ではなく、このレモン砂糖水を火にかけます。糖度が高いので、加熱するとこのようにブクブクと泡立ちます。
ここまでで、19日も経ちました。我が子のように見守ってきたこのレモン、決して焦がすわけにはゆきません。
ノストラダムスも、初心者は焦がしやすいので注意しようと本の中で教えてくれています。
最終的に、このようなシロップ状を目指します。
レモンシロップを皮と果肉とともにガラスの容器に入れて、翌朝まで置きます。
こちらが、一晩置いたもの。
全体はもったり、どろっとゼリー状になっているのに、水が分離しているような状態になりました。
この状態から、皮と果肉を引き上げて火にかけ、煮詰めるのだそうです。
すると、部屋じゅうにかぐわしい香りが!
果実は、神と太陽のたまもの。思わずそんな気持ちにさせられる、あたたかく、生命に満ちたよろこびの香りがします。
もしかしたら、この複雑極まる工程の果てに、こんなにもよい香りのする物体がもたらされることまで、ノストラダムスは考え抜いていたのでは?
あんまりいい香りなので、ビールにシロップを入れたところあまりにもおいしく、ジャムにするのをやめようかと思ってしまうほどでした。
続いて、鍋の中身を再度さきほどの器に戻し、3日間ほど置きます。
そしてまた水が出たら引き上げて煮、戻すということを、あと1カ月続けなければならないそうです……。
日を追うごとに「間違ってもここで焦がしてはならぬ」という思いが強くなっていきます。
あくまでも弱火をキープ、そしてひとときも目を離してはなりません。
どんどん水気はなくなり、ねっとり重くなってきたようです。
当初の、夏の日だまりのようなフレッシュな香りから、おばあちゃんが作ってくれたレモンパイ、とでもいうような、なつかしい香りに変化してきました。
そして、1カ月続けるはずの煮詰め作業ですが、大分水分が飛んでしまい、これ以上やったら焦げるのでは? と思わせる色味と硬さに達したため、ここで煮詰めるのを断念。
27日間の制作期間を経て完成したのが、こちらです!
重さを測ってみると、360g。
はじめに用意したレモンの半分以下の重量になりました。
煮始めた当初のとろみや美しい照り・ツヤはなくなり、レモンの繊維のぽそっとしたテクスチャーや、べっこう飴のような香ばしさの印象が強くなっています。
ジャムというより、レモンピールの砂糖漬けに近い仕上がりです。
これまで、ノストラダムスのジャムと歩んだ日々を思いながら、封印。
いやー、長かった……。
夏の大地のようなあたたかさと、実り切った果実のような心地よい重さが、約1カ月という時間の重みをずっしりと手のひらに伝えます。
トーストに、惜しげもなく大量のノストラダムス・ジャムをのせました。
味は……現代的な、普通のレモンジャムです!
とにかく、驚くほどノーマルな味でした。
レモンの爽やかな香りとほろ苦さが中心で、酸味はあまり強くありません。
逆にいえば、いろいろな点で物資が乏しかった16世紀の人々も、21世紀とそう変わらない味のジャムを食べていたともいえますね。
ジャムというより、調味料と考えてもいいかも。鶏肉の煮物なんかに合いそうです。刻んでクリームチーズと混ぜてもおいしそう。
ビールに入れて楽しむのも、オツなものでした!
というわけで、ノストラダムスのレモンジャムは、フツーにおいしい、真面目なジャムでした!
ノストラダムスの予言に対する解釈には諸説あり、半ば神のような存在にすらなっていますが、このジャムのフツーのおいしさが、ノストラダムスも人間だったんだよなあということを実感させてくれます。
このジャムを実際に食べ続け、数日後、私のTwitterアカウント
にて体調や心境の変化もお伝えいたします。お楽しみに!
※この記事は2017年5月の情報です。