消費社会において、大量の商品を供給し続ける大手メーカーの製品は、いつでもどこでも不自由なく手に入れることができ、ありがたいものである。その一方で、大量生産はかなわないが、大手にはないこだわりや独自性によって生き残り続ける中小メーカーもまた、消費者の購買意欲を掻き立てる。
横浜にある製麺所「株式会社丸紀」も、そんな魅力的な中小企業の一つ。麺文化が深く根付いたこの街で、大手メーカーに負けじと50年以上、市民の食卓を支え続けている。
茹で麺のそば・うどん、ラーメンから蒸し焼そば、最新作の「横浜ナポリタン焼そば」まで、バリエーション豊富な総合麺メーカーだ。
今回は、そんなローカルの製麺所が地道に刻んだ歴史と、新たな展開について取材し、紹介していく。
昭和の面影残す本社工場を取材!
▲横浜市港北区にある丸紀の外観
横浜市営地下鉄ブルーライン・新羽駅から綱島方面へ歩き、鶴見川沿いの住宅街の中にたたずむ丸紀の本社工場に到着。
このコンパクトな建物の中であらゆる麺を生み出していると思うと、なんだかワクワクしてくる。目を閉じれば商品が出来上がる湯気と香り、包装機から聞こえるガシャンガシャンという音、活気に満ちた光景が浮かび上がってくる。
どこか懐かしさと親しみを感じたのは、筆者もかつて食品工場に長く勤務した経験があるからだ。
▲1972年の株式会社化以降、大事にしているという表札
事務所入り口にてご挨拶をする。半世紀以上の歴史を持つ会社だが、意外にも創業当時の写真や資料は残っていないのだそう。事務所に掲げられている木製の表札がただ一つ創業当時から残されているものだという。
始まりは戦前の澱粉工場
▲株式会社丸紀・常務取締役の川口尚紀さん
丸紀の創業者・川口紀史さんの息子である、常務取締役の川口尚紀さんにお話を聞いた。
──会社のルーツは製粉工場だったのですね。
川口さん:はい、さらに遡ると社長の父、私の祖父にあたる川口竹則という人物が、戦前に農林水産大臣を務めた河野一郎氏と、今の横浜市瀬谷区にかんしょ(さつまいも)澱粉工場を立ち上げたことから始まります。
──河野一郎さんと言えば、今の行政改革担当大臣の河野太郎さんのお祖父さんですね。
川口さん:そうです。澱粉工場を立ち上げてからは河野一郎さんは政治家に専念し、竹則が主に経営に携わりました。
──澱粉工場では、どんなものを作っていたのでしょう。
川口さん:糊など、主に工業用の製品だったようです。戦後食糧需要の増加もあって、私の父である川口紀史がそのノウハウを生かせる製粉工場へシフトさせました。当時は、そば粉を製造して街のおそば屋さんへ卸したり、大手製粉会社から粉を仕入れて販売するといった業務を行っていました。
さらに高度経済成長で豊かになっていくにつれて食糧需要はさらに高まり、普及し始めたスーパーマーケット向けに、茹で上げたそば・うどんを販売し始めます。
その後より生産体制を強化すべく、1972年に現在の横浜市港北区・新吉田東に工場兼本社拠点を移したのが、「株式会社丸紀」としてのスタートとなります。
▲「丸紀」のルーツである澱粉工場を立ち上げた、川口竹則氏の肖像
──横浜市内のスーパーでは丸紀の商品を見かけることが多いですが、売れ筋商品はどのあたりでしょうか。
川口さん:おかげさまで50年以上やっていることで、地元メーカーを大事にしてくれるスーパーさんが多いです。売れ筋商品は「蒸し焼そば」ですね。あとは元々そばから始まった会社なので、「茹でそば」も結構取り扱っていただいてます。
全国展開よりも地元のお祭り
▲売れ筋は蒸し焼そば類。「深蒸し焼そば(260円)」は筆者も家庭での焼そば作りに愛用。「大盛り太麺焼そば(280円)」は1玉200gというのが嬉しい
──スーパーや大手会社との取引をされているようですが、全国的に丸紀の麺が使われている例はあるのでしょうか。
川口さん:現在はPB(プライベートブランド)商品向けにも卸してはいるのですが、それほど大きなロットでもなく、全国的に展開することは会社としてあまり積極的ではありません。
ただ、県外の小売店などから「横浜フェア」「かながわフェア」などといった催事販売でお声がけがあった際は協力させていただいております。
──あくまでも、横浜の麺文化を伝えることに軸足を置いているというわけですね。
川口さん:そうですね。学園祭だったり町内のお祭りといった各種イベントでも、業務用焼そばの注文を多くいただいております。
▲丸紀創業当時から販売している茹でそば「麺匠 日本そば」(100円)
──2020年は、新型コロナウイルスの脅威が全世界に影響を与え続けていますが、丸紀さんはどんな影響を受けていますか。
川口さん:家で食事をすることが増えている影響もあり、特にスーパーでの焼そば系商品の売り上げが増えております。
一方でイベントや屋台などで使用される業務用焼そばについては、注文ゼロの状況が9月になっても続いています。会社全体では大きな売り上げの落ち込みはなく助かっていますが、今後どうなるかわかりませんね。
丸紀流・麺作りの鉄則三ヶ条
▲丸紀本社工場にも案内してくださった
──工場では毎日どのようなものを、どれくらい製造しているのでしょうか。
川口さん:そば・うどん、中華麺、焼そばなどを、家庭用・業務用含め一日平均で約3万食、大晦日の年越しそばなどの繁忙期になると一日に約10万食製造しています。
──丸紀としての美味しい麺作りのこだわりは何でしょうか。
川口さん:まず一つは使用する粉を厳選していること。この見極めのノウハウは製粉会社時代から引き継いでいます。
もう一つは季節によって湿度も変わってくるので、そこに合わせて配合を変えて常に一定の品質に仕上げていくこと。
そして、効率ばかりを求めないこと。機械に頼らず、時に手打ちをするなど、ひと工程を増やすことで良い商品に繋げています。
▲粉を練って
▲帯状に延ばされ
▲製麺され、蒸し器のラインに入っていく
▲1玉分に分けられ
▲包装され
▲出荷を待つ
──丸紀のコンセプトとして掲げている「独創的であり、ユニークであり続ける。どこにでもある製品より、オリジナルで勝負する」という姿勢は、どこから生まれてくるのでしょうか。
川口さん:ここ10数年のスーパーの生麺・茹で麺・蒸し麺売り場は、大手3社の寡占状態となっていて、我々のような中小メーカーは売り場を確保することが難しい状況が続いています。
大手資本と戦っていくにあたって、価格優位を高めるのはどうしても難しい部分がありますので、非効率であっても手作りだとか、大手メーカーが手を出さない食品だとか、丸紀でしか出せない商品にこだわり続けています。
▲「職人の聖域」シリーズの商品は全12種(株式会社丸紀Webサイトより)
──Webサイトにある「職人の聖域」シリーズなどは、まさにそのような思いに沿った商品の数々ですね。
川口さん:中小メーカーだからこそ、いい意味で小回りの利くというか、そういったメリットを生かした商品作りをし続けていきたいということですね。
毎月第一土曜日は直売会も開催
(写真提供:株式会社丸紀)
──最近では「麺の直売会」といったイベントも開催されていますが、どのような思いから始められたのでしょうか。
川口さん:「麺の直売会」は、2019年の春から毎月第一土曜日(9:00〜11:00)に、本社前で開催しています。
ラーメン屋さんだとスープを飲み切ってくれたとか、残されたとか、そういう場面でお客様の反応は読み取れますよね。しかし、工場で作り、それを出荷していく日々だと、数字から商品への反応を想像するしかなくて。
「もっとお客様とふれあうことが大切なのではないか」という思いから直売会を始めました。何より、できたての麺をお客様へ提供できる機会にもなりますから。
▲手打ちそばの実演販売も(写真提供:株式会社丸紀)
──お客さんからの反応はいかがですか。
川口さん:おかげさまで参加されるお客様も徐々に増えてきましたし、近隣の方々に「丸紀」という会社を知ってもらえる良い機会となっています。
この前いらした方からも「ここに工場があるのは知っていたけど、何を作っている会社かわからなかったんだよね」と言われまして。
そりゃそうですよね、湯気しか出てなくて、パン屋さんのように香ばしい匂いがするわけでもありませんから。「ああ、スーパーで売ってたあの商品はここで作っていたのか」と改めて知っていただけて。
やはりそのようなちょっとした意見に向き合えるという意味でも、始めて良かったと思っています。
──ここまでのお話を聞いていますと、地域密着の経営をされてきたことがうかがえます。横浜の豊富な麺文化について、どのような思いがあるのでしょうか。
川口さん:横浜は港町ということもあって、いろいろなものを受け入れてきた歴史を持っていると思います。サンマーメンやナポリタンなど横浜が発祥の麺料理は多いですし、新しい文化を受け入れやすい市民性もあるのではないかと思います。
最新作「横浜ナポリタン焼そば」
──今年に入って「横浜ナポリタン焼そば(280円)」という新商品をリリースされました。開発のきっかけはなんでしょうか。
川口さん:地元に根差した商品が欲しくて、以前から横浜発祥のサンマーメンなども販売してきましたが、同じく横浜発祥のナポリタンは、より幅広い世代の方が親しみやすいのではないかと。
──焼そばも親しみやすい料理ですが、なぜ普通のナポリタンでなく「ナポリタン焼そば」なのでしょうか?
川口さん:当初は本物のナポリタンにしたくて、麺もデュラム・セモリナ粉(※スパゲッティに使用されるデュラム小麦の引き割粉)を使用したもので試作を繰り返したものの、シーズニングとの相性という点でしっくりいかず、太麺の焼そば麺を使い「本物のナポリタン」から「ナポリタンらしさを感じる焼そば」に落ち着きました。
▲太麺の焼そば麺とシーズニングが各2食分入っている
──シーズニングにはどんなこだわりがありますか。
川口さん:我々は製麺がメインですので、シーズニングは別のメーカーにお願いして、何度かテストを重ね、一番焼きそば麺がナポリタンに近くなるものをチョイスしました。
──メーカーさんには何を求めましたか。
川口さん:あまり濃い味付けにならないように、と。先ほども申しましたが、幅広い世代に親しんでいただけるように家庭でのアレンジが利くテイストにしてもらっています。決して薄味というわけではないのですが。
──ケチャップを追加したり、粉チーズをかけたりというアレンジはご家庭で。ということですね。
▲これまでとは異なる、温かみのある柔らかなデザインに
──今回パッケージのデザインはフードイラストレーターのまるやまひとみさんに依頼されたとのことですが、どんな意図があったのでしょうか。
川口さん:今まで弊社では、商品開発にしてもデザインにしても、どうしても黒基調で武骨な男性的な感じになってしまっていて。
ラーメンとか焼そばであればそれでも良かったのですが、今回は「洋食」「オシャレ」というイメージがあったので、白基調で女性の方にデザインしてもらおうと考え、まるやまさんへお願いしました。
──まるやまさんには何を求めましたか。
川口さん:「ここをこうしてくれ」ということはあまり求めませんでしたが、やはりスーパーでの販売が主なので、「主婦の方が手に取りやすいデザインにして欲しい」ということは伝えました。
某ハンバーガーチェーンのイラストのようなテイストがいいなと思っていたところ、見事イメージ通りに描いてくれました。
──「ナポリタン焼そば」は大手メーカーからも過去に販売されていますが、あまり馴染みがなかったのか、すぐに店頭から姿を消していますね。
川口さん:弊社が把握しているものだけでも大手数社が過去に販売していますが、いずれもすぐに消えています。A社が出しては消え、直後にB社が出す……といった流れが続いていて、ナポリタン焼そばのニーズは間違いなくあると思うんですよね。
ただ、大手さんの場合は大ロットで販売する分、広く売らなければならず、数字が求められるのでしょう。
──小回りが利く丸紀さんの出番がやってきましたね。
川口さん:そうですね。なかなか大手さんのように派手な“打ち上げ花火”は上げられないけれど、“手持ち花火”でも息長く販売し続け、じっくりと定着させられたらいいなと思っています。
「横浜ナポリタン焼そば」を家で作ってみた
筆者も改めて「横浜ナポリタン焼そば」を購入し、パッケージ裏面の「おいしい召し上がり方」に忠実に、自宅で作ってみることにした。
1袋に2食分あるので、1食はナポリタンらしい具材を揃え、もう1食はもっとカジュアルに冷蔵庫にある具材で作ってみた。
▲1食目は玉ねぎ、ピーマン、マッシュルーム、ベーコンと正攻法で
▲調理前の麺をアップで見てみよう。スパゲッティと視覚的に異なるのは、ちぢれを入れているということ。このちぢれがソースに絡みやすく、味が付きやすい秘訣である
▲粉チーズをあしらって「横浜ナポリタン焼そば」1食目の完成。ナポリタンらしく仕上がった。
実食。ナポリタンが持つ上品な甘さと、焼そばのB級な香ばしさがマッチしていて美味しい。優しい味わいだがしっかり存在感を示しているシーズニングの味が良く絡み合う。
ややちぢれた太麺の焼そば麺のもっちりとしてコシのある食感は、白飯のおかずとして十分に成立し、筆者はこれで白飯をおかわりした。炭水化物万歳。
▲「追いケチャ」をする。さらにナポリタンらしくなった。シーズニングのうま味とトマトケチャップの甘さがうまく絡み合って幸せな気持ちとなる
▲2食目はありあわせの食材で。小松菜、椎茸、赤ピーマン、豚小間を使ってみる
「横浜ナポリタン焼そば」2食目の完成。見た目は焼そば(いや、焼そばには間違いはないのだが)。オレンジがかった色彩にナポリタンの面影が残る。
実食。具材からして焼そばそのものなテイストになったが、これはこれで美味しくできた。シーズニングのトマトのうま味が、どんな具材でも合わせやすい優しさを持っている。
よりナポリタンからかけ離れるかもしれないが、辣油を追加してみる。ほど良い辛さがとても良い感じだ。
「横浜ナポリタン焼そば」は、普通に作っても十分美味しいが、川口さんがお話していた通り、各家庭の冷蔵庫事情に合わせて、いろんなアレンジができる仕様となっているのは、50年以上家庭向けに作り続けてきた丸紀の成せる業に他ならない。
改めて上記の商品群を見て欲しい。横浜発祥と言われる「サンマーメン」に「タンメン」、今や全国区の「家系ラーメン」、そして「ナポリタン」。
品質・オリジナリティ・地域密着を兼ね揃えた丸紀は、50年以上の歴史の中で横浜の麺文化を完全網羅すべく商品開発に勤しみ、家庭でも楽しめるように最適化してくれているのだ。
我が地元にこんなメーカーがあることは実に誇らしく、もっともっと愛していくべきだと、派手には外出しにくい昨今だからこそ、尚更に思うのであった。
書いた人:田中健介
横浜発祥と言われるスパゲッティナポリタンを愛し、2009年より「日本ナポリタン学会」会長として、横浜を中心にナポリタンの面白さを発信する。著書に「麺食力-めんくいりょく-」(2010年、ビズ・アップロード)、連載に「はま太郎」(星羊社)の「ナポリタンボウ」(2017年〜)など。