きしめんのルーツの秘密は「いもかわうどん」にあり!?
この『メシ通』で私、永谷がしつこいほど取り上げている、きしめん。モチモチ&ツルツル食感の麺、そして、ムロアジやさば節でとったダシとたまり醤油を合わせた野趣溢れる味わいのつゆ。2、3日食べないと禁断症状に陥ってしまうほど私はズブズブにハマっている。
※写真はイメージ
いつものようにきしめんを食べていたときのこと。ふと「きしめんの“きし”って何だろう?そもそもきしめんのルーツって……」との疑問を抱いた。と、同時に今まで何も考えずに、きしめんの美味しさを訴えてきた自分が恥ずかしくなった。
すぐさま愛知県麺類食堂生活衛生同業組合のホームページをチェックすると「様々な説があってどれも確かなものはありません」と、あった。
ええっ!? ちなみにその説というのは、
1.「雉麺」説
江戸時代、尾張藩の殿様が雉(きじ)肉入りの田舎うどんを好んで食べたことから「雉麺」がなまって「きしめん」になったという説。きしめんに入る油揚げはその名残ともいわれる。
2.「紀州麺」説
紀州藩の殿様が尾張藩の殿様にお土産物として献上した麺が「紀州麺」と呼ばれ、いつの間にかそれが転じて「きしめん」になったという説。
3.「棊子麺(けしめん)」説
「棊」とは「碁石」のこと。平たく延ばした生地を竹筒で碁石の形に抜いた、丸い碁石の形をした麺が中国から伝来し、後に平たくて細長い麺になっても名前はそのまま残ったという説。
う~ん……。どれもイマイチ説得力に欠けるというか、なんか、こう、スッキリしないんだよなぁ。そんななか、愛知県の三河地方に住む友人から「きしめんの発祥は刈谷市の今川町辺りって聞いたことがあるじゃんねぇ。旧東海道にそれを示す“碑”もあるで行ってみりん」との有力な情報を得た。
となればさっそく現場へ急行!
旧街道を思わせる古い街並みの中に碑を見つけた。そこには「旧『芋川』の地 ひもかわうどん発祥地」と書かれてあった。
碑の下に書かれていた説明を読んでみる。
いもかわうどん 江戸時代の東海道の紀行文にいも川うどんの記事がよくでてくる。この名物うどんは「平うどん」で、これが東に伝わって「ひもかわうどん」として現代に残り、今でも東京ではうどんのことをひもかわとよぶ。平成14年3月 刈谷市教育委員会
ということはつまり、この「いもかわうどん」がきしめんのルーツと何か関係があるということなのか。
『好色一代男』『東海道中膝栗毛』にも登場するいもかわうどん
ますます謎が深まるばかりなので前出の友人にたずねてみると「いもかわうどんは、刈谷市一ツ木町の『きさん』ちゅう、うどん屋さんで食べられるで行ってみりん」とのこと。
ならばと、きさんというお店へ。ひもかわうどん発祥地から車を走らせること約5分で到着した。
ごくフツーのうどん屋さんにしか見えないが……。
こちらが店主の都築晃さん。いもかわうどんについて話を聞かせていただいた。
尾張と三河を隔てて流れる境川の三河側、現在の刈谷市北部が三河国芋川にあたります。江戸時代、芋川にあった茶店で売られていた平打ちのうどんがいもかわうどんと呼ばれていたようです。井原西鶴の『好色一代男』や十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも登場しています。それが尾張(名古屋)へ伝わって、きしめんになったのではないかと思います。
芋川の地で生まれたので、私は漢字で芋川うどんと表記しています(都築さん)
『好色一代男』や『東海道中膝栗毛』といえば、江戸時代の超メジャーな書物。うん、説得力がある。都築さんは続ける。
芋川うどんが平打ち麺だったことは事実ですが、具体的にどんな味だったのかまではわかっていないんです。おそらく、当時は大量の麺を大鍋で煮込んでいたと思います
そんな推測から、芋川うどんは味噌煮込みうどんの麺と同様に、小麦粉と水のみで打つ。また、当時は製粉技術も現在ほど進んでいないことから、あえて小麦の皮のギリギリまでを使い、粗く挽いた小麦粉を使っているという。
だから、麺は真っ白ではなく、ご覧の写真のように、やや黄色がかっているのが特徴だ。
「小麦粉は国産ですが、できるだけ地元産の食材を使おうと思い、たまり醤油やみりんは三河産です」(都築さん)
あったかいツユでも、冷やしでも旨い!
話を聞いているうちに、どうしても芋川うどんが食べたくなり、都築さんに作っていただいた。
目の前に運ばれてきたのが「キジメン」(1,000円)。そう、きしめん発祥の「雉麺」説に基づいてメニュー化された一杯である。
昔は本当に雉肉を使っていたそうだが、入手が困難となり、現在は鶏肉を入れているとか。たまり醤油を使ったつゆのまったり感と噛むごとに小麦の味と香りが広がる芋川うどんは抜群の組み合わせ。これは旨い!
「芋川うどんの味そのものを楽しむには、こちらがオススメです」と、都築さんが運んできたのは、「おろしころ芋川うどん」(850円)。
きしめんはツルツルしている舌触りが、小麦の皮、いわゆる「ふすま」が入った芋川うどんはザラザラ。きしめんと比べて、麺の厚みもある。これが実に野趣溢れる味わいなのだ。
冷たい芋川うどんは、ほかに「ざる芋川うどん」(700円)があり、こちらも旨い。
「志の田」と聞けば、名古屋人はきしめんかうどんを想像する。この「志の田きしめん(うどん)」は、名古屋周辺エリア限定のうどんメニューで、具材に刻んだ油揚げとカマボコ、ネギが入り、白醤油ベースの上品な味わいのつゆが特徴だ。『きさん』では「志の田芋川うどん」(650円)を用意しているほか、すべてのうどんとそばメニューを芋川うどんに変更できる。
ご当地カラー全開の味噌煮込み&まぜめん
では 芋川うどんの数あるメニューのなかでも都築さんの自信作をご覧いただきたい。
それが「味噌煮込み芋川うどん」(850円)。
刈谷市からほど近い岡崎市は八丁味噌が有名です。八丁味噌は煮込むほどに美味しくなりますから、おそらく当時は味噌鍋に芋川うどんを入れて提供していたのではないかと。推測の域を出ませんが(都築さん)
フーフーしながら、ひと口食べてビックリ! 八丁味噌ベースのつゆが芋川うどんの小麦の味と風味を見事なまでに引き出していてメチャクチャ旨い。目を閉じて食べると、江戸時代に街道を行き交う人々の賑やかな声が聞こえてきそうである。
ちなみにこの「味噌煮込み芋川うどん」は、伊勢湾岸自動車道の刈谷ハイウェイオアシス(一般道からも利用可能)でも販売されている。
値段は4人前で1,500円。ぜひお試しを!
芋川うどんは、きしめんと同様に平打ちなのでつゆをよく吸う。「味噌煮込み芋川うどん」のように、つゆが濃厚でもそれに負けないほどの力強さもある。そんな芋川うどんの特長を生かした新作がこれ。
「芋川まぜめん」(900円)。
今年の夏、地元の小学校の子供たちに芋川うどんのアイデアレシピを考案してもらったんです。このメニューは子供たちが考えたレシピが基になっています(都築さん)
食べ方は巷で話題の「台湾まぜそば」と同じ。よくかき混ぜて食べるだけ。味の決め手となる台湾ミンチは自家製で、めんつゆがベース。にんにくや唐辛子は控えめのやさしい味付けなので、女性でも安心して食べられる。麺を食べ終えたら、「ご飯」(小150円)を注文して「追い飯」で締めるのもオススメだ。
芋川うどんからどのような経緯できしめんと呼ばれるようになったのかは定かではない。まったく資料が残っていないというのは、きしめんが大衆のなかで生まれ、今日まで守り続けてきたからだろう。芋川うどんを食べながら、謎に包まれたきしめんのルーツに思いを馳せてみてはいかがだろう。
取材協力:愛知県麺類食堂生活衛生同業組合
http://www.aichi-udonsoba.com/
お店情報
きさん
住所:愛知県刈谷市一ツ木町7-14-1
電話番号:0566-27-8537
営業時間:11:00~14:00、18:00~21:00(20:00L.O.)※平日夜は予約制
定休日:水曜夜、木曜
ウェブサイト:https://www.hotpepper.jp/strJ000411723/