荒木町にNEWオープンした「しらす料理」の専門店
「しらすの魅力に取り憑かれて、しらす料理の専門店を開いた女性がいるらしい」
そんな衝撃的な噂を聞いて訪れたのは、新宿区荒木町(※)。
個性的な飲食店が立ち並ぶこの街で、2019年5月にNEWオープンしたのが、その名も「土佐しらす食堂 二万匹」です。
(※2020年1月8日編集部追記:現在は六本木にお店は移転いたしました。詳細は記事末のお店データをご確認ください)
▲路地の雑居ビルの地下にひっそりと佇む「二万匹」
私もしらすは大好きだけれど、まさか専門店まで開いてしまうほどの“しらす愛”って……。
そして、専門店を開けるほどしらす料理にはバリエーションがあるのだろうか……。
さまざまな疑問を抱きながら、薄暗い階段を降りて噂のお店に向かいました。
▲店内は明るく清潔。カウンターと奥にテーブル席がある
岩本さん:こんにちは、「土佐しらす食堂 二万匹」の岩本です。
──本日はよろしくお願いします。階段を降りてくるとき、ちょっとドキドキしていたんですが、素敵な内装ですね。
岩本さん:ありがとうございます。こちらは普段、ワインバーなんですよ。そこを木曜日と金曜日だけ間借りして、しらす料理の専門店を開かせていただいているんです。
──そうなんですね、良い意味でイメージと全然違いました。これなら女子会やデートにも合いそうです。
岩本さん:ワインなども取り揃えているので、女性のお客様も多いですよ。実は私はソムリエなんです。それで、しらすに合うワインなんかもオススメしています。
──ソムリエなのに、しらす専門店を始められたんですか。「しらすに合うワイン」なんてあるんですね。
岩本さん:しらすも魚介の一種なので、ギリシャ、南仏、ポルトガルなど魚介の豊富な土地のワインはペアリングにぴったりなんです。ワインに合うメニューもたくさん取り揃えているので、ぜひ見てみてください。
背徳感でいっぱいになる「しらす料理」メニュー
▲ランチもディナーも、とにかく「しらす」
──しらす料理って、こんなにバリエーションが出せるんですね。そして1/3くらいがビストロっぽい洋風メニュー。チーズと焼いたり、豚やハーブと煮込んだり。
岩本さん:想像がつきにくいかもしれませんが、洋風メニューもしらすと合うんですよ。ワインとの相性もバッチリ。
──そして気になって仕方ないのが「禁断のしらすバター丼」ですね。
岩本さん:それは本当に危険な一品で……。常連さんたちが「背徳感でいっぱいだ」と言いながら、それでもリピートして召し上がられます。
──本当に危険そう……でも取材だし、ここは食べておかないとですね(食べてみたいだけ)。
岩本さん:それでは「禁断のしらすバター丼」と「豚肩肉のしらすハーブ煮込み」。あとは和テイストで「夏野菜としらすの揚げびたし」。そしてシンプルに「そのまんましらす」なんていかがでしょう?
──最高です。ぜひお願いします。
絶品のしらす料理を実食
岩本さん:それではまずは「そのまんましらす」から。お醤油など垂らしてもいいですが、そのまま召し上がっていただくのがオススメです。
▲そのまんましらす(350円+税)
──本当に「そのまんま」ですね。大根おろしも何も乗っていないのは逆に珍しいかも。
▲箸で掴んだ瞬間に違いを感じた
──あ、なんだか箸での掴み心地が柔らかいような……。
岩本さん:気付いちゃいましたか? ぜひそのまま食べてみてください。
──うわっ……。
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▲夢見心地なふわふわ感
──すごい。ふわっふわです。
岩本さん:そうですよね。ふわっふわですよね。
──そして最初は薄味かな? と思ったのですが、噛むほどに旨味と優しい塩味がどんどん溢れてきます。こんなしらすを食べたの、はじめてです。
岩本さん:私もこのしらすの「ふわっふわ感」と美味しさに衝撃を受けまして。気づいたら、このお店をオープンしちゃっていました。
──これはお醤油とかを垂らすのがもったいない。しらすだけでエンドレスで食べられちゃいそうです。
岩本さん:私はこのしらすにダイブして埋もれたいです(笑)。そんな想いを持ってお店の名前を「二万匹」にしたんですが、実はしらすの二万匹ってたいした量ではないなとオープンしてから気付きました。
──確かに(笑)。人が埋もれるくらいだと100万匹くらい必要かもしれませんね。それにしても美味しいなあ。
しらすからは出汁もとれる
▲夏野菜としらすの揚げ浸し(650円+税)。季節感のある野菜に、しらすがドーン
岩本さん:次はこちらの「夏野菜としらすの揚げ浸し」をどうぞ。
──しらすを野菜にのせて……。
▲しらすの役割はトッピングだけではない
──わ〜、野菜に出汁が浸みてますね。しらすも出汁を吸って、ふわふわ感を残しながらもとろけるような舌触りです。それにしても、この出汁が優しいのにしっかり旨味があって美味しい。
岩本さん:その出汁、実はしらすがベースなんですよ。
──え、しらすで出汁を? 初めて聞きました。
岩本さん:私は高知の出身なんですが、現地ではしらすで出汁をとる文化があるんです。「しらす汁」という、しらすのお吸い物みたいな料理もあります。
──知らなかった。ちゃんとしらすから出汁が出るんですね。
岩本さん:料亭では鯛などの頭や骨、アラから出汁をとったりしますよね。身よりも濃厚な良い出汁がとれるのですが、臭みが出ないように血をしっかり落とすなど手間がかかります。
でもしらすは、そうした手間をかけずにそのまま使って大丈夫。頭も骨も丸ごと使用することになるので、良い出汁がしっかりとれるんです。
──なるほど。このお料理も、トッピングとしてはもちろん、実は出汁としてしらすが大活躍しているんですね。
岩本さん:はい。出汁として捉えることで、いろいろな楽しみ方ができます。そのひとつ、「豚肩肉のしらすハーブ煮込み」も召し上がってみてください。
▲豚肩肉のしらすハーブ煮込み(1,400円+税)。しらす料理でこの発想はなかった
──これは…優しいのに深い味ですね。先ほどとまた違う味わいですが、こちらも出汁(スープ)が効いてますね。お肉自体はあっさりしていて、噛むごとに沸いてくる肉汁と出汁が口の中で混ざり合います。
岩本さん:こちらはしらすと豚肉をそれぞれ「魚介性」と「動物性」の出汁として考えています。2種の出汁を使うことで双方の足りない部分を補い、より深い味わい・コクが出るように調整しました。
──しらすが主張はしないのに、しっかり仕事していますね。こんな使い方があったなんて驚きました。
岩本さん:そして最後はこちら。「禁断のしらすバター丼」です。
ついに禁断のアレを食してみる
▲禁断のしらすバター丼(1,200円+税)。出てきた瞬間、芳醇な香りが……
──うわ〜、しらすがたっぷりで、ご飯が見えない。そしてこのバターの量。これは確かに禁断メシですね。
岩本さん:温かいうちに混ぜてください。ご飯の熱でバターを溶かし、全体に絡めるのがポイントです。
▲バターが溶けるにつれて、良い香りが漂う
──バターが溶けて、すごく良い香りがしてきました。まるで高級なお菓子屋さんとかパン屋さんにいるような。
岩本さん:実はそれ、エシレバターを使ってるんです。
── え、エシレバター(※)なんですか。しらす丼にエシレバター? しかもこんなに?
※エシレバター:フランスのエシレ村、およびその周辺だけで作られる最高級バター。ミシュランの店やロイヤルファミリーなど世界のセレブたちに愛されている
岩本さん:最高のしらす丼を求めていろいろなバターを合わせていたら、エシレがいちばん合ったんです。
──また一段と禁断度が上がりました。本当に、この香りだけでワインが飲めそうです。では肝心のお味を……。
▲鼻息が荒くなる筆者。鼻息まで良い香り
──う……うっまーい! これをしらす丼と呼んでしまっていいものか……。まったく新しい食べ物です。もう和なのか洋なのか、ジャンルもわからない。とにかく美味しいです。
岩本さん:ありがとうございます。私も大好きです(笑)。
── 食べる前から香りがすごいですが、口に運ぶと口内で爆発するようです。最初はエシレ感がすごい。でも味はエシレバターが前に出過ぎることがなく、しらすとエシレ、そしてお米がしっかり絡み合って一体化しています。
どの食材も単品では優しい味わいなのに、合わさることで旨味が重なりあい、とにかく濃厚で……噛んでいる間、ずっと幸せです。
岩本さん:このしらす丼を目当てに、リピートしてくださるお客さまが多いんです。
──これは確かにハマります。他では食べられない一品。でも丼だし、バターたっぷりだし、夜いただくにはカロリーが気になっちゃう……。でもでも、この料理のことを思い出したら食べずにはいられなそう。本当に「背徳的な味」ですよ。
岩本さん:うふふ。またぜひ食べにいらしてください。
運命に導かれて、しらすの道へ
▲しらすを抱えて幸せそうな岩本さん
──ところで岩本さんはソムリエとして働かれていたと伺いましたが、なぜしらすの道に?
岩本さん:銀座のビストロで10年ほど店長兼ソムリエとして働いていたんですが、地元の高知が大好きで、よくお客さまたちに高知の話をしていました。そうしたらたまたまご縁をいただいて、高知の観光特使を任せていただくことに。
そんなときに、これもたまたま遠い親戚から「東京でしらすの展示会をやるから、手伝いにきてくれ」というオファーをもらったんです。
──ご親戚がしらす関係のお仕事をされていたんですね。
岩本さん:とは言っても、実はそれまで親戚のしらすを食べたことがなくて。イベントで初めてそのしらすを食べて、衝撃をうけたんです。「なんだ、このふわっふわで旨味の強いしらすは!?」……と。
──私がさっき受けた衝撃と同じだ。
岩本さん:そこで親戚に、なんでこんなに美味しいのか? と聞いたところ、これまた衝撃の事実を知ったんです。実は、市場にあるしらすの多くは、白さをだすために漂白されているってご存知ですか?
──いえ、ぜんぜん知りませんでした。それは衝撃。
岩本さん:しらすは「白い方が売れる」と言われていて、加工の際に漂白されることが多いらしいんです。あと、しらすは足が早いため、多くのしらすに保存料も使われています。そうしたさまざまな添加物などが加わることで、本来の「ふわっ」とした食感や、繊細な旨味が失われていくそうなんです。
──あの繊細な旨味にはそんな秘密が。
岩本さん:しらすの加工は昔から、加工時に煮釜から出る大量の水蒸気や、乾燥機で使用する莫大な空気を野外に排出するため、工場の窓や原料の搬入口のシャッターなどをすべて開放しているのが一般的でした。
しかし近年は害虫の混入問題や温暖化などさまざまな外部要因で、昔に比べて菌が増加しやすい傾向になっているそうなんです。
──なるほど。
岩本さん:そこで、できるだけ密閉された工場内で、害虫の混入や浮遊菌・落下菌を防ぐ設備が求められているのですが、親戚の家はもともと「しらすを加工する機械をつくる工場」だったんです。
──設備が整っていたんですね。
▲衛生管理を徹底した工場でしらすを加工している
岩本さん:そのうえで水揚げされたしらすを、すぐに洗浄・乾燥・冷却するなどさまざまな手間を加えることで、検査機関で「無菌扱い」と言われる、菌数300以下のしらす作りを実現しました。
──「菌数」という基準があるんですね。
岩本さん:しらすは菌数との戦いで、少し気を抜くとすぐに1,000個、5,000個、10,000個と無限に増加してしまいます。国の基準では100,000個までは食品として認められているのですが、やはり菌数が多いと保存料が必要に……。
そんななか、その工場のしらすは衛生管理を徹底することで菌数を「無菌」レベルまで抑えられているため、煮沸などの加工工程で保存料を使用しなくても大丈夫になったんです。
──なるほど。設備と知識、そして手間が必要なんですね。
岩本さん:そのうえで、15年以上研究して生み出した特許技術の製法で、減塩でも美味しくて、ふわっふわな食感に仕上がるしらすをつくっています。
▲無添加・無漂白・減塩仕上げ。ふわふわ食感&旨味たっぷりな美味しさの秘密はここら辺にあるのかも
──ご親戚がそのしらすを作っていたって、運命ですね。
岩本さん:そうなんです。観光特使に任命された数年後に、たまたま親戚がつくっていたしらすに出合って……。ビストロの仕事も好きだったんですが、「自分だから話せるストーリー」を伝えていきたいと思って、ワインからしらすにシフトしました。
──岩本さんだからできる活動ですね。これまでのビストロ、ワインの経験も活かされている。しらす一本だけだと、こんなメニューの発想には行き着けなそうです。
しらすの底力を伝えたい
▲しらすに合うワインもオススメしてくれる
──今後の目標はあるんですか?
岩本さん:もっと「しらすの底力」を伝える活動ができたらと思っています。今日は親戚のしらすの話が中心でしたが、そもそもしらすって美味しいし、栄養価も高いし、もっと親しまれてもいい食材だと思うんです。
──確かに、日常的にしらすを食べる文化って、あまりないかもしれません。
▲カウンターには、しらす料理がずらり
岩本さん:今日食べていただいたように、しらすの食べ方っていろいろあるんです。あと離乳食でもよく使われます。ただ市販のしらすは塩分が強いものが多く、お母さんたちは塩抜きしてから食べさせている。
しらすの製造技術が全体的に上がって、保存料や塩の使用を控えたしらすが一般的になれば、そういった苦労や心配がなくなります。「しらすのスタンダード」をもっと上げていけたらいいなと思います。
──しらすに対する熱量がすごい。
岩本さん:お店も今は週に2日間だけですが、もっと伝える機会を増やすため、通常営業できる店を作れたらと思っています。
──いいですね。でも、禁断のしらすバター丼の誘惑が増えるのは困るな。
岩本さん:ぜひまた背徳感を味わいにいらしてください(笑)。
「土佐しらす食堂 二万匹」は、ふわっふわのしらすと、背徳感と、店長の愛に溢れた素敵で危険なお店でした。
しらす好きはもちろん、そうでない方もぜひ訪れてみてください。
その際は、禁断のしらすバター丼にハマりすぎないよう、ご注意を。
お店情報
土佐しらす食堂 二万匹
住所:東京都港区六本木7-10-30第2清水ビル1F
電話番号:電話番号は現在非公開。FBメッセージで予約を受け付けています。
営業時間:16:30〜23:00
定休日:日曜日・祝日