『週刊SPA!』にて、サウナへの愛や救済を緩やかに描いた人気連載『湯遊ワンダーランド』が涙の完結。コミックス最終巻の発売に合わせ、著者・まんきつ(元・まんしゅうきつこ)さんの日常に密着した取材を、前後編にわたってお届けします。
まんきつさんの巣鴨散策に密着したロケ企画編に続いては、舞台を埼玉県「湯乃泉 草加健康センター」に移しての対談編。
『湯遊ワンダーランド』の担当編集者であり、作中の主要キャラクターとしても登場する高石智一さんにご参加いただきます。
同氏は、こだま『夫のちんぽが入らない』や爪切男『死にたい夜にかぎって』などの話題作を送り出した敏腕編集者であり、まんきつさんにも負けず劣らずのハードコア・サウナー。
もはや「温浴施設のオマケ」を軽く超えた本格料理の数々、決して腹を締めつけることのない館内着の開放感を得て、よりディープな「サウナ」の魅力、そして『湯遊ワンダーランド』制作の裏側に迫ります。
▲まずは草加駅へ……
▲そこから送迎シャトルバスに乗り10分……
▲到着!
サウナーの聖地で味わう、続・“五感ビンビン飯”
──本日もよろしくお願いいたします。お風呂の後はカラオケされてたんですか?
まんきつさん:星野源の『地獄でなぜ悪い』を。
高石さん:僕は歌ってるフリです。音痴なので、すみません。
──ところでまんきつさん、その後、体調いかがでしょう?
まんきつさん:今日は大丈夫な気がします。やっぱりサウナに入るとリセットされますよね。高石さんもいることだし、なんでも喋りますよ!
▲まんきつさん
高石さん:今日はよろしくお願いします。でも、サウナのことは前回かなり話したんでしょう?
▲高石智一さん
▲『湯遊ワンダーランド』での高石智一さん
まんきつさん:前回は食欲がなかったので、“食”についてはちょっと薄めだったかもしれない。高石さんからも"五感ビンビン飯"の話をお願いします。
高石さん:じゃあ、まずは何か食べましょうか。そのほうが話しやすいと思うので。
まんきつさん:わたしはいつも「トマトサンラータンメン」(970円)なんですよ。辛さが選べるんですけど、ふつうのでも結構ピリっと本格的なんです。サウナの後ってどうしても塩分が欲しくなりますよね。ここのレジには塩飴が売ってますけど、梅干しを売ってるところもあるぐらいで。
高石さん:僕はまず「氷すい」(450円)にします。ここのサウナ室は入り口のクーラーボックスに氷が用意されていて、今日もそれを舐めながら入ってましたけど、やっぱりサウナ上がりにはこういうものがいい。口の中が気持ちいいので。
そのあとで「カツ重」かな。これはまんきつさんが漫画の中でも描いてたメニューですね。
『湯遊ワンダーランド』より/©kitsuko mashu / fusosha
まんきつさん:やっぱりサウナ上がりに食べたいものって決まってきちゃいますよね。揚げ物とか辛いものが無性に食べたくなる。韓国料理とか火鍋とかもいいですよね。
高石さん:逆にキツいのは寿司とか刺身じゃないですか? 嗅覚が鋭くなっているのか、ふだん気にならない魚の生臭さがつらい。グニャッとした食感もできれば避けたいです。
▲高石さんが頼んだ『氷すい(氷に砂糖水をかけたもの)』。「これ、まっ白ですね。フルーツ系のほうが写真映えしましたかね……」
まんきつさん:それで思い出したんだけど、わたし、サウナの後に「馬刺し」があるお店に入ったことがあって、その時はメニューの字面を見ただけで軽い拒否反応があった。こんなこと話すと牛や豚に悪いですけど、馬刺しって馬の屍体をダイレクトに連想させるじゃないですか。すごく"隠"なものを食べている気になっちゃうんです。マグロのお刺身とかもそうですけど、色からして血のイメージがあるし……。
やっぱりサウナはとことん“陽”の世界だと思うので、こっちも無防備になっているから、なるべくポジティブでゆるいものに囲まれていたくて。
──そういえば、さっきサウナのテレビでドラマが流れていたんですけど、いきなり女の人が脇腹をブスッと刺されるシーンがあって……
まんきつさん:そうそう! そういうのもドキッとする。わたし、以前サウナで「名探偵コナン」を観てたんですけど、人のかたちの血だまりが出てきて、アニメですらダメだった。少しでも“隠”の要素が入ると過剰に反応しちゃうんですよ。
──でもまんきつさん、漫画の中ではだいぶ“隠”なシーンも描かれてますよね。
『湯遊ワンダーランド』より/©kitsuko mashu / fusosha
まんきつさん:漫画は“隠”あっての“陽”ってことですから。“陽”だけだとサラッと行きすぎちゃうので、意図的に“隠”を入れているんです。
高石さん:(「氷すい」を食べながら)やっぱり刺身は温度的なものもあるのかなぁ……でもソフトクリームとかは最高に美味しいし。
まんきつさん:ソフトクリームも完全に“陽”のものだよね。形といい色といい、“牛の乳”っていう穏やかなイメージといい。
──「馬刺し」の対極にあるのが「ソフトクリーム」なのかもですね。
まんきつさん:確かに! あ、「手作りコロッケ」(460円)もきた。これ、すごく美味しいんですよ。メニューにつくり方が解説されてますけど、「北あかり」とか「ノーザンルビー」など4種類のジャガイモをブレンドしていて、いつも揚げたてを出してくれるんです。
高石さん:ここは羊羹も手づくりだし、蕎麦も手打ち。ふつうのレストランとして経営しても絶対に流行るってぐらいごはんが美味しい。もう少し手を抜いたり楽してもいいのになって思います。
まんきつさん:ここのメニューは全ジャンル網羅してるよね。韓国料理フェアの期間限定メニューには「タッカンマリ」まであったし、とにかく美味しいものばかり。
高石さん:コロッケを食べてて思ったんですけど、サウナの後は聴覚も研ぎ澄まされているから、サクッとした音というのもすごく心地よく感じられますね。
▲黄金色の「カツ重」(880円)も到着。これまた専門店顔負けの味!
──ところでサウナの後に白米ってどうなんですか?
まんきつさん:サウナーでおにぎり好きは多いかも。わたしも大好き。やっぱり具はシャケがいいな。
──トーストって感じじゃないですもんね。
まんきつさん:確かにトーストはサウナからいちばん遠い食べ物かもしれない。ここのメニューにもないし。
高石さん:バターを舐めるのは塩分補給によさそうですけど。
──パスタはどうですか?
まんきつさん:あまり凝ったものでなければいいと思います。練馬の「貫井浴場」にはとても美味しいナポリタンがあるんですよ。具も玉ねぎ、ピーマン、ソーセージとオーソドックスなんですけど異様に美味しいんです。「オリーブオイルで作るんですか?」と聞いたら、ふつうのサラダ油で作ってると教えてくれました。
高石さん:サウナと食事のバランスって結構難しくて、料理がイマイチな施設だと、サウナの後にどこかに食べにいくことになるじゃないですか。だから僕はたとえば上野のサウナに行こうって決めたら、事前にその近くの飲食店を調べてから行くようにしてるんですけど、そのリサーチにすごい時間をかけてしまうんですよ。
サウナは決まってるのにごはんが決まらない。だから結局サウナにも行かないって日があるぐらいで。
あ、「トマトサンラータンメン」もきましたね。
高石さん:まんきつさん、カメラを向けられてますよ。「わぁ!」とかやらなくていいんですか?
高石さん:本当にやるんだ。
「テーマ別・おすすめサウナ」の頂上決戦
──高石さんは最近どんなサウナに行かれてるんですか?
高石さん:最近行ってよかったのは埼玉の川口にある「スパヌサドゥア」ですね。ネットではそんなに評判になっていないんですけど、サウナはちゃんと熱くて、暗さもとても落ち着きます。水風呂も深くて柔らかいし、あと黒湯もある。サウナに関してはやっぱり温度が重要。自分はしっかり熱くないとダメで。
まんきつさん:そういう意味では、ここ(湯乃泉)のサウナは上級者向けだよね。
高石さん:最上段での「ロウリュ」(注:熱したサウナストーンに水をかけることで蒸気を発生させ、室内の温度を一気に上げて発汗を促す、フィンランド式の入浴法)がエグい。ただ、なんでも揃っていて長居できる施設という意味では初心者にもオススメできるんじゃないですか。マンガもたくさんあるし、住みたくなる。
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▲「麻雀室」のソファーも座り心地抜群。勝ってもお風呂、負けてもお風呂
まんきつさん:あと、ここは女性に対してすごく細やか。お化粧用の女優ライトがあったり、ヘアアイロンがあったり……あ、もちろん自分の漫画を売ってもらってるからって宣伝してるわけじゃないですからね(笑)。こんな施設が都内にあったら最高なのになって、くるたびに思うんです。
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──それでは都内のサウナも紹介していただけますか? 今日は3つのテーマを用意してきたんです。まずは「夜中にひとり」。このテーマだとどこがオススメでしょう?
高石さん:それってもう24時をまわってるイメージですか?
まんきつさん:だったら「ルビーパレス」ですね。新大久保と東新宿の中間にある女性専用の施設で、終電逃して帰れなくなっちゃったときなんかもよく行ってました。
新大久保のコリアンタウンを歩くのも異国情緒があっていいし、施設内で食べられる韓国料理も本格的。遅い時間までやってるアカスリも、韓国のオバチャンが「ウチュブセニナテ(うつ伏せになって)」とやってくれます。それがかなり強めで、痛いぐらいで。
高石さん:僕は錦糸町の「ニューウイング」です。夜中にサウナに行くときは、ヘトヘトに疲れているときが多いので、いかにひとりでリラックスできるかが大切。
ここのサウナ室は常にヒノキの香りが漂っていて落ち着くんですよ。初代のファミコンなんかも置いてあるので、黙々とドクターマリオをやるのもいい。何も考えずに単純な娯楽に没頭できる時間は貴重だと思います。
──つぎは短時間でも楽しめるサウナということで、「忙しすぎる人へ」。
まんきつさん:なるほど……それなら上野の「センチュリオンホテル&スパ」かな。駅から歩いて2分ぐらいで、女性は3時間いても1,000円なので、コンビニ感覚のサウナとして利用してました。
アメニティーも充実しているので手ぶらで行けるし、スチームが出る美顔器まである。マッサージ機もタダのやつが4台あるんですけど、それの足揉みがすごく気持ちよくて。歩き疲れた人がサッと入ってサッと出るにもちょうどいいと思いますね。
高石さん:「神田セントラルホテル」もWebサイトにある優待券を刷り出して持っていけば1,000円ですね。ここはビジネスホテルなんですけど、地下のお風呂をビジターに解放しているんですよ。
お風呂は決して広くない、というか、むしろ狭いほう。でも、そのコンパクトさが気に入ってます。テレビのない静かなサウナ室は瞑想向きだし、水風呂も深くて冷たい。椅子とか外気浴スペースもないから浴槽の縁に座って休むしかないんですけど、それも時間短縮に繋がる。「時間なくてあのお風呂には入れなった」みたいな心残りもない。
赤羽の「コスモプラザ」も似た感じの使い方をしてます。
──最後は「カップル向け」でお願いします。
高石さん:難しい……。
まんきつさん:豊島園にある「庭の湯」かなぁ。水着で入れるバーデゾーンは男女いっしょにロウリュを受けられるので楽しいと思います。ただ、そのゾーンには水風呂がないんですよ。
『湯遊ワンダーランド』より/©kitsuko mashu / fusosha
高石さん:「庭の湯」、僕は物足りないです。サウナがぬるい。
まんきつさん:それが“カップルに優しい”ってことじゃないかな? 実際あそこ、めちゃくちゃカップル多いですから。水着を見にきてるひとりのおじさんもいますけど。
高石さん:それにしても“カップル向け”ってなにが基準なんだろう……裸で混浴サウナっていうのは日本だとまずないし、静岡にある「サウナしきじ」なんて飲食スペースも別々だから、ここみたいに館内着のまま男女いっしょに遊べるところはみなカップル向けでいいような気も。
まんきつさん:そうですね。
高石さん:都内じゃないですけど、静岡の「スパリゾートオアシス御殿場」ってところはすごくよくて、“日帰り旅行の目的のひとつにサウナがある”というのはカップル向けかもしれない。新宿駅や東京駅からバス1本で行けるから楽だし、水がいいからごはんも美味しいし、大行列のハンバーグ屋「さわやか」にも歩いて行ける。僕にとってのサウナの聖地は「しきじ」じゃなくて「オアシス」です。
まんきつさん:だったら名古屋の「SaunaLab(サウナラボ)」は? 事前予約でスペースを借り切って遊ぶところなので、男女OKのプランであればプライベートサウナみたいに使えるかもしれない。グループカップルにおすすめ。
高石さん:“グループカップル”ってなんですか? もしかして“ダブルデート”のこと言ってます?
まんきつさん:それだ! それそれ(笑)。アハハハハハ……。
もしもサウナをつくるなら
──もしご自分でサウナを経営されるとしたら、どんな施設にしたいですか?
高石さん:これも難しい……。
──『湯遊ワンダーランド』の最終巻にはテントサウナの購入を考える高石さんが登場しますよね。
高石さん:テントサウナってそんなに高くないんですよね。スペースさえあれば誰でも楽しめるんです。
ただ、サウナって、施設に行くまでの過程であったり、帰り道に夜風が気持ちよかったりというのも込みでの体験だと思うので、できればずっと客のままでいたいっていうのはあります。
あまり知られてないところを自分で見つけて、たまたま入ったらすごくよかった、みたいな体験はすごく楽しい。だから経営となるとなぁ……。
まんきつさん:そんなに悩まなくていいんだよ。想像なんだから。わたしは鶯谷の「萩の湯」チックなお店にしたいですね。サウナの体感温度は90度ぐらい。水風呂18度ぐらいで、あえてぬるめにしますね。
水風呂はめちゃくちゃ冷たいのも好きなんですけど、ぬるいのにゆっくり入るのも好きなので。
高石さん:初心者向けにするんですか?
まんきつさん:そのかわり、サウナ室は真っ暗にして、コーラン(イスラムの詠唱)とか流すの。
高石さん:何かの教祖になろうとしてるんですか?
まんきつさん:教祖にはなりたくないけどルンルン気分の人を増やしたいなって思います。ウキウキした人が増えてみんなの集合意識で世界がハッピーになったらいいなって。2019年はアセンションする人がたくさんいるからサウナがそのトリガーになったら……
高石さん:そういうことばかり言ってるとまたアル中のときみたいにパラレルワールドに迷い込んじゃいますよ。
僕はやっぱり“ひとり用サウナ”かな。1時間とか2時間単位で個室を貸す、漫画喫茶みたいなサウナ。僕自身、自意識過剰で人の目を気にしすぎるところがあるから、そういう施設があったら通うと思う。会社の人とバッタリというのもなくなるし、Twitterで「あのサウナーも来てるのか」と知って気が散ることもないし。
僕にとってのサウナって、ひとりになって考え事をしたり、逆に何も考えないでいる時間をつくるためにある場所なんです。そういう人ってたくさんいると思うから、需要はあるんじゃないかな。
──経営は大丈夫なんでしょうか?
高石さん:まぁ、潰れますよね。慈善事業みたいな気持ちで取り組まない限りは“火の車”になる。でも、まんきつさんのウキウキハッピー施設よりはこっちのほうが健全な気がするけどなぁ。まんきつさんはお布施が欲しいんですか?
まんきつさん:ほらきた。高石さんは「まんきつさんはお金儲けばかり考えてる」っていうんですけど、実際は全っ然そんなことないですからね。わたしはブランド物も身に着けないし、都内のタワマンに住むぐらいなら地方の山小屋を選びたいぐらいですから。むしろ「僕はお金に興味ありませ~ん」みたいな顔してる高石さんが、お金欲しいと思ってるんだよ。
高石さん:これ、まんま原稿にしてくださいね。
まんきつさん:だって「僕はお金とかじゃないから」みたいに言い過ぎるのって怪しくない? ふつうは思ってても口に出さないでしょうよ。
高石さん:「お金を好きにならないとお金は集まらないよ」ってよく言ってるじゃないですか。
まんきつさん:それはそういう言葉があるってだけで、自分の考えじゃない。そもそもお金のこと考えない人は「お金じゃない」なんて口に出さないし、お金について話題にもしないでしょ?
高石さん:その目こわいのでやめてください。
まんきつさん:高石さん、わたしのことを“キレキャラ”にしようとしてるんですよ。漫画の中ではめちゃくちゃヒドいこと言ってますけど、実際は本当に穏やかな人間ですよ、わたし。
高石さん:今後は“穏やかキャラ”推しにしたいんですか?
まんきつさん:本当に穏やかなんですって!
高石さん:必死じゃないですか。
まんきつさん:だって(取材チームの)みなさん、いま話してて、わたしがキレてるところって想像できますか?
高石さん:こんな幸せな空間でキレられたら手に負えないです。畳で喧嘩はイヤですよ。
まんきつさん:だからそれやめろって。こないだ会った人にも「もっと怖い人だと思ってました」って言われたし、本当に迷惑なんですよ。
以前も「高石さんはいつもまんしゅうさんにイジめられてかわいそう」とツイートしてた人がいたので、わたしは「本当は優しいですよ」とツイートしたんですよ。そしたら高石さんが「まんしゅうさん優しいけどすぐキレる」って入ってきて。
高石さん:記憶にないですね。……でもまぁ、エゴサしてると、たまに「ちょっと読み方を間違えてるのかな」って人はいますね。エッセイとはいえ、あくまで漫画なので。
『湯遊ワンダーランド』より/©kitsuko mashu / fusosha
まんきつさん:わたしも漫画みたいなキツい口調じゃないですからね。むしろあれは高石さんが私に喋らせたい言葉。高石さん、自分が出てくるページは重点的に赤字を入れてくるんですよ。
高石さん:「自分自身が登場している」とは思ってません。ただ、自分によく似たキャラがスベってるのは見ていて悲しいから、そのぶん赤字が多くなるってことですよ。それもこれも、愛着があるってことです。
まんきつさん:まぁ……そうだね。もちろんわたしも100パーセントの自分自身ではないからなぁ。エッセイ漫画を描く人って、自分自身を俯瞰して見る癖のある人が多いんじゃないかな。
まんきつ次回作は『カウンセラーズ・ワンダーランド』?
──すでに次回作の構想というのはあるんでしょうか?
まんきつさん:最終巻のおまけ漫画にも描いたんですけど、『湯遊ワンダーランド』の連載が終わった後に、カウンセリングに通い始めたんです。
──箱庭療法を体験されてましたね。(注:箱庭療法/砂の入った箱にミニチュアを置かせ、ジオラマ風景をつくらせることで被験者の心理状態を探るカウンセリング)
まんきつさん:あれは本当に内面が出るんですよ。虐待を受けた子どもの箱庭を見ると、ぐちゃぐちゃになった引き出しの中身をそのまま砂の上にばら撒いたみたいなものがあったり、人のミニチュアが頭から砂に突き刺さって足だけ出てるとか、かなり怖い結果になってて……。
高石さん:僕もメンタルクリニックにいったときに木の絵を描かされましたよ。躁鬱傾向があるかどうかのテスト。ただ、カウンセリングって、そういうテストからもう一歩踏み込んだものだからお金もかかるし、「自分はまだいいや」って敬遠してる人も多いはずですよね。
まんきつさん:これが実際に受けてみると、自分の気持ちに明らな変化が現れるんですよ。最近は会う人会う人に「昔みたいにオドオドした部分がなくなった」って言われますし、心理学の本なんかを読んでみても、いわゆる“アダルトチルドレン”から脱却した多くの人がカウンセリングを受けてるんです。どの本にもカウンセリングがいちばん有効だと書いてある。
『湯遊ワンダーランド』より/©kitsuko mashu / fusosha
──さっきのファンレターの話もそうですけど、『湯遊ワンダーランド』を読んで、サウナへの偏見がなくなったという人はたくさんいると思うんです。それはまんきつさんの実体験が広く伝わったからこその反響だと思うんですが、今度はカウンセリングをテーマにそれをやろうとしている、ということですか?
まんきつさん:そうですね。やっぱり何事も体験してみないことにはわからないし。
──体験してないことは漫画にならない。
まんきつさん:正直なところ、わたしが実体験にこだわる理由や原動力がどこにあるのかっていうのは、自分でもよくわからないところがあるんですけどね。生きづらさを感じて困ってる人が、わたしの漫画をきっかけに少しでも前向きになってくれれば、とは思いますけど、そこまで献身的に取り組んでいるわけではないですし……。
でも、自分自身も漫画に救われてきたのは確かなんです。高校生のときに、本当に学校に行きたくなくて、そのときにめちゃくちゃ面白い漫画に出会えたことで少しだけ元気になって、不登校にならずに済んだという経験があるし、漫画家になった以上は、落ち込んでいる人をちょっとでも元気にしたいなって気持ちは……やっぱりありますね。
高石さん:そのカウンセリング、インチキじゃないんですか?
まんきつさん:ちゃんと話聞いてた? (カウンセリングは)すごい気持ちいいんですよ。 「今まで大変だったね」ってすべてを肯定してくれて。でも高石さんは口を開くなりインチキだインチキだって。
高石さん:警戒心が強いんですよ。
──こうしておふたりのやりとりを見ていると、理想的な漫画家と編集者のタッグという気がします。どこかしらに違う資質がないと、前には進まないような気がしますし。
まんきつさん:確かにそれはあります……。わたしと高石さんはお互い得意分野が違うので、そういう部分では本当に助けられていますし感謝もしてるので。
高石さん:本当かなぁ……。
まんきつさん:そこは警戒しなくていいんだよ。
──『湯遊ワンダーランド』はサウナ漫画ではありますけど、ここに描かれているのは、もう少し大きなものですよね。読む人誰しもに心当たりがあるはずの感情の揺れであったり、自意識との付き合い方であったり……
高石さん:僕としては、サウナを知らない人が読んでも面白いように編集したつもりです。
まんきつさん:ただ、サウナを知るとより面白いというのは絶対にあると思いますよ。
高石さん:サウナを体験する前と後で2回読んでもらえるというのが理想ですね。
あと、この作品ってなんだかんだで“明るい人たち”に読まれてると思うんですよ。絵柄も明るいといえば明るいし、著者のイメージだったり、表紙の印象だったりもあって、ワイワイしているサウナ好きには届いていると思うんですけど、本当に暗い人にはまだ届いていない気がしていて。
まんきつさん:それはそうかもね。
高石さん:本当にサウナが必要なのは楽しい人よりしんどい人のほうですよね。そういう人たちにこの作品を届けられたらいいなと思います。一瞬でもいいからそのしんどさをサウナで下ろしてほしい。部屋で閉じこもっているぐらいならサウナに閉じこもっていたほうがずっといい。
まんきつさん:こういう発言はすごく頼もしい。せっかくの対談なんだからそういうことだけ話していればいいんだよ。……でも、本当に頼りにしてます。うん……信頼してますよ。
高石さん:本当かなぁ……。
お店情報
湯乃泉 草加健康センター
住所:埼玉県草加市北谷2-23-23
電話:048-941-2619
営業時間:年中無休24時間営業(お風呂は朝8:00まで/朝9:00清算)