坂本龍一氏のバズ記事から掘りさげてみた「人はナゼ飲食店のBGMが気になって仕方がないのか」

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坂本龍一氏のニュースがバズった理由

元YELLOW MAGIC ORCHESTRAメンバーで、アカデミー賞作曲家としても世界的に知られる音楽家の坂本龍一氏が、ニューヨーク・マンハッタンにある行きつけの日本料理店「Kajitsu」のBGMがあまりにもひどいのに耐えきれず、みずから店主に申し出てノーギャラで選曲を引き受けた。

amass.jp

2018年7月末に配信されたこのニュース、『メシ通』の読者なら記憶している人も多いだろう。記事は爆発的な閲覧数となり、かの「はてなブックマーク」の数も1500に迫る大反響。ネットユーザーたちのあいだでも賛否両論が巻き起こり、とにもかくにもバズりまくった。

  • むしろ、ひどかった以前の選曲を知りたい。
  • 自分も「BGMを変えてくれ」とお店に言ったことがある。
  • お店の雰囲気に合ったBGMが流れていると、また訪れてみたくなる。
  • 料理、サービス、内装、そして音楽もお店の一部なのでこだわるのは当然。
  • 料理はプロが作る。選曲もプロがやるべき。

b.hatena.ne.jp

ニュースに肯定的な意見を要約すると、およそ上記のような感じ。メシが好き、音楽も好き、そんなユーザーたちにとって「外食とBGMの関係」はヒジョーに大きな関心事であり、それぞれの好みや意見がしっかりとあるのだなあと痛感。

筆者もそのひとりだ。最近はシェフやオーナーが元ミュージシャンだったり、音楽マニアだったりするお店も珍しくない。こだわりを感じるBGMのお店が増えている気がする。というか、さすが教授(坂本龍一氏のニックネーム)、愛するお店の音楽を変えさせるほど、食と音のマリアージュに敏感なのだなあと感じ入り、記事を読んだ直後にさっそく自分の意見をツイートしてしまったほど。

ところでこの件、現場のプロや研究者はどう見ているのだろうか。

飲食店をはじめさまざまな店舗への音楽配信で知られる大手企業「USEN」の番組制作担当者と、「食と音」について詳しい心理学者に、このニュースに対する感想と、飲食店とBGMの関係について聞いてみることにした。

 

ジャズは飲食店に重宝される

音楽配信企業最大手である、株式会社USEN(USEN-NEXT GROUP)コンテンツプロデュース統括部制作部で、実際にお店に配信する曲のセレクトを担当している部長の村田徹さんと、課長の小島万奈さんにご登場いただこう。

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▲USEN制作部の村田さん(左)と小島さん

 

はじめに、このニュースに関する率直な感想をうかがった。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019111418p:plain村田さん:正直ビックリしましたね。行きつけのお店とはいえ、選曲をさせてほしいと申し出るのは、坂本龍一さんならではだと思います。普通に考えるとなかなかハードルが高いかと。あと、お客さんがどんな雰囲気で食事しているお店なのか、店内のざわつき具合はどんな感じなのか、きっと静かなんだろうなとか、仕事柄いろいろ想像しました。お店に行って確かめてみたいです。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019111446p:plain小島さん:実際にプレイリストを聴いてみて、とても教授らしい世界観だなあと感じました。ポストクラシカル、エレクトロニカ、アンビエントなどのジャンルを織り交ぜて、日本料理の空間を演出していますね。記事を読んだら、以前はブラジリアンポップス、マイルス・デイビス、アメリカのフォークミュージックなどが流れていたとありましたが、それぞれ単体ではとても良い音楽なので、選曲そのものがお店の空間に合っていなかったのだと思いました。

 

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話を聞いていると、さすが、おふたりとも音楽に詳しい。USEN制作部は各スタッフが特定の音楽ジャンルに特化して選曲の仕事をしているそうで、小島さんの専門はジャズだという。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019111446p:plain小島さん:ジャズって、飲食店でとても重宝されるジャンルなんです。昔、日本食のお店のBGMといえば、お琴か、歌謡曲だったと思いますが、今、たとえばおそば屋さんでジャズは普通ですよね。状況がガラっと変わったのは、2000年くらいからです。

 

確かに、ジャズには料理やお店自体を高級に見せる効果がある。

小島さんは高級日本食店向けの番組「美食空間向けジャズ」を担当しているそうで、その選曲コンセプトを聞けば、坂本龍一氏に迫りそうなディープなこだわりとマニアックさで驚いた。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019111446p:plain小島さん:すごく高級な割烹とか寿司店は味で勝負しているので音楽は必要ない。そういう意見も多いのですが、それでも冷蔵庫や空調などの雑音があるので、それを中和しながら食事の邪魔をしない、そして、ちょっとだけ彩りを空間に添えられる音楽って何だろうと考えました。実際のお寿司屋さんに場所をお借りして、音を流してみて確認したり試行錯誤を繰り返したんです。結果、たどり着いたのはモダンジャズの、それもモード時代の手前に録音されたピアノのソロ演奏でした。

 

いきなり専門的なジャズ用語が飛び出したが、簡単に言えば「モード時代以前」とは1950年代くらいまでの、比較的素朴な響きのあるジャズのジャンル。具体的なピアニストとしては、レニー・トリスターノ、バド・パウエル、ハンク・ジョーンズなどがイメージに近いそうだ。しかも、すべてピアノソロでそろえてしまうのではなく、10曲に1曲はギターのソロ演奏も混ぜることで、聴いた印象にうっすら変化をつけるという凝りよう。

音楽関係の専門家からは「鍵盤をたたくピアニストの手さばきと、寿司を握る板さんの手元の動きがシンクロするようだ」とおほめの言葉をいただいたそうで、USEN顧客の評判も上々だという。それにしてもUSENに、ここまでピンポイントの選曲をしている番組があるとは知らなかった。

 

海鮮居酒屋さんの演歌にもこだわりの選曲が

制作部の部長である村田さんは、J-POPや演歌が専門。担当されている「大漁☆演歌名曲選」という番組もオモシロい。

選曲テーマは北島三郎や鳥羽一郎などによる「漁師」「漁港」を歌った演歌だ。

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f:id:Meshi2_IB:20181019111418p:plain村田さん:この番組を作ったのは、ちょうど大間のマグロが話題になっていた時期で、お店に大漁旗があるような海鮮居酒屋さん、大衆的なお寿司屋さんなどに提案すべく選曲しました。とにかく「行くぞ~っ、大漁だ!」っていう景気のいい歌ですね。なかには、海に出た男性のことを岸で待っている女性を歌った曲もあるんですが、その系統はしんみりしてしまうので、ちょっと違うんですよ(笑)。元気のいい歌ばかりを選んでいます。

大漁☆演歌名曲選 | USEN(有線)音楽放送 番組案内 | music.usen.com

なるほど、各ジャンルにそれぞれのこだわりがある。ジャズから演歌まで、さすがUSEN、幅広い。

 

ドトールコーヒーのマニアックなBGMの秘密は……

飲食店のBGMに対するスタンスは時代的な変化があるそうで、およそ5年くらい前から、明らかに音楽にこだわるお店が増えはじめたという。

BGMがクローズアップされるようになったのはなぜだろう?

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f:id:Meshi2_IB:20181019111418p:plain村田さん:確たるエビデンスがないので印象でしか語れませんが、お店のオーナーさんの世代が変わってきたことが大きいと思います。早い人だと20代で起業するケースもありますし、若いオーナーさんほど、料理だけでなくBGMもお客さんをもてなす要素のひとつとして重視する傾向があるような気がします。

 

個人店はもちろん、チェーン店もここ数年で変わってきたという。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019111446p:plain小島さん:著作権関係をクリアにしたいのでUSENにオリジナル選曲のBGMを依頼してくださるチェーン店さんも増えました。全国に何店舗もお店があって、以前は各店で独自に選曲していたけれど、ブランドイメージを統一したいので、全店共通で流す音楽を選んでくださいとか、いろんなケースがありますね。

 

音楽好きに「おや?」と思わせるツウっぽい選曲のBGMで話題になっているチェーン店のひとつが「ドトールコーヒー」だが、実はドトールの音楽も数年前からUSENが担当している。一般の顧客向けとは別の専用回線で、ドトールだけのオリジナル選曲を各店舗同時配信しているそうだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019111446p:plain小島さん:ドトールさんの場合は、チェーン店とは違うオリジナルの選曲にしたいという要望をいただきまして、時間帯で変化するお客さんの層に合わせて選曲を変えています。朝はゆったり、フレッシュなイメージで。混んでくるお昼は元気でテンポ感もあるソフトなサンバや60年代ポップスを。午後は「頑張らない時間」をテーマにカフェらしいゆったりした曲が中心。夕方以降は、男性のお客さんを意識して、スムースジャズ、AOR、80~90年代のポップスも少し選んでいます。

 

お客さんからの選曲に関する質問も多いようで、ドトールコーヒーに問い合わせると誰でも全曲プレイリストがもらえるそうだ。

食空間における音楽の重視は個人店からチェーン店まで、最近の注目すべき傾向であり、お客さん側の意識も高まっている。そんな時代背景も重なって坂本龍一氏のニュースに注目が集まった、ということは言えるかもしれない。

 

食の心理学、ガストロフィジックス

さて、食と音楽の関係をサイエンスの見地からズバリ解説してくれたのが、立命館大学・食マネジメント学部の和田有史教授。専門は実験心理学で、味覚はもちろん、視覚、聴覚、触覚など、人間の感覚の相互関連について深い知見をお持ちだ。

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▲立命館大学の和田教授。国内でも前例のない「食マネジメント学部」という新しいジャンルを切り開いている

 

和田教授にさっそく、件のプレイリストを聴いた感想をたずねてみた。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019113513p:plain和田教授:ゆったりした音楽が多くて、和食のうま味をじわ~っと感じられそうですね。以前のひどかったという選曲にはブラジルのポップスなどが入っていたそうですが、踊りたくなったり、「カンパーイ!」ってしたくなるような陽気な音楽は、確かに静謐(せいひつ)な和食に合わないかもしれない。

 

確かに。

坂本龍一氏は、「料理は桂離宮のように美しいのに、BGMはトランプタワーのようだ」って表現していたっけ(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019113513p:plain和田教授:お店って、味だけでなく雰囲気全体を味わう部分も大きいじゃないですか。味覚だけでなく、聴覚、視覚、触覚など、人間はつねに多くの感覚から情報を受け取っています。それらの情報が一致したメッセージを持っているとき、その一致した部分が強調されて、良い体験になる(あるいは悪い体験にもなる)。チャールズ・スペンスも、そういうことを言っていますね。

 

チャールズ・スペンスとは「ガストロフィジックス」という食にまつわる心理学で知られているオックスフォード大学の研究者。和田教授のお知り合いだそうだ。

このスペンスさんが書いた『「おいしさ」の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実』という本に出てくる、「食と音」関連の実例がめちゃくちゃオモシロい。

例えば……

  • ワインショップでフランス音楽をかけると、フランスワインが売れる。
  • テンポが速い音楽をかけると、食べるスピードも、お客さんの回転も速くなる。
  • ポテチを食べているときの「パリパリ」音を増幅し、クリスピーな食感を強調する装置がある。
  • 聴きながら食べると、甘味、酸味など、特定の味覚を際立たせる曲が実際に存在する。
  • ロンドンのミシュラン三ツ星レストラン「ファット・ダック」のメニューには、イヤホンで波の音とカモメの鳴き声を聞きながら食べる、海をテーマにした料理がある。

などなど。音楽や音と、食の体験がいかに強く関連しているか、よーく理解できる。ぜひ、ご一読あれ。

「おいしさ」の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実

「おいしさ」の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実

  • 作者: チャールズ・スペンス,長谷川圭
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/02/28
  • メディア: 単行本

 

そもそも「味」って、なんだろう

さらに、和田教授が教えてくれたのは、オズグッドという心理学者が提唱していたSD(セマンティック・ディファレンシャル)法という測定法で、料理と音楽が「合っている」かどうかも、心理学的にある程度は分析が可能だそうだ。

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f:id:Meshi2_IB:20181019113513p:plain和田教授:料理や音楽でもいいし、絵画や芸術、色、言葉の印象など、なんでもいいのですが、ある対象について、良い/悪い(評価性)、強い/弱い(力量性)、速い/遅い(活動性)などのいくつかの形容詞の対で何段階かに評価してもらうんです。そうすると、あらゆる対象への感情的評価が「EPA空間」と呼ばれる三次元の散布図にプロットできる。例えば、ある実験(※)の結果ですが「緑色、ベートーヴェンの『田園』、ヴィヴァルディの『四季:春』、幸福、創作、ヒバリの鳴き声」などは近い空間にプロットされている。なんとなく、わかる感じがしませんか。文化によって多少の差が出るんですが、人類でだいたい共通していると言われています。

(※)大山正, 瀧本誓, 岩澤秀紀: セマンティック・ディファレンシャル法を用いた共感覚性の研究-因子構造と因子得点の比較-. 行動計量学, 20, 55-64, 1993.

 

つまり、坂本龍一氏にとって、かつての「Kajitsu」の料理とBGMは、EPA空間において全く違う場所にプロットされていた、ということかもしれない。

なるほど~!

食の体験というものは、めちゃくちゃ階層的な構造を持っていると和田教授は言う。

 

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▲「味」の階層構造をあらわした図

 

f:id:Meshi2_IB:20181019113513p:plain和田教授:そもそも「味」って、何だと思いますか。ものを食べると、まず舌の味蕾(みらい)にある味細胞の受容体が反応して、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の五味が体験される。辛味や渋味は、狭義においては味覚ではなく、痛覚なんかと一緒の三叉(さんさ)神経で伝搬される体性感覚なんですよ。でも、一般的には当然、味のうちですよね。さらに、においが鼻から、加えて口に入れて咀嚼(そしゃく)している食べものから喉を通って二方向から入ってくる。においとの相互作用が味にとって重要なのは明らかです。そこに食感、舌触りが加わる。食べ物の見た目、お店の内装など視覚情報も味を大きく左右します。その上には、文化的な要因もある。グルメ系SNSで高得点を獲得(笑)、なんていうメディアの情報も加わって味の印象が変わる。そういう考え方をすれば、BGMも十分に味の要素のひとつだって言えますよね。

 

和田教授の心理学からのコメントと、USENの村田さんのお話をクロスさせれば、料理の味やプレゼンテーションはもちろん、音楽も、さらにはお店のコンセプト、内装、照明、客層やメディアへの情報の出し方なども含めて、多感覚にアピールする総合エンタメのようにお店を考えている意識的なオーナーが増えてきたのが、ここ数年なのかもしれない。

きっと、坂本龍一氏にとって「Kajitsu」というお店は、音楽以外のすべての要素が心地よいメッセージを発していて「EPA空間」的にも完全一致していた。そう、あとは音楽だけを修正すれば、もうパーフェクト! だからこそ、やむにやまれず「チーフ・プレイリスター」を名乗り出たのだろう。

なーんて、すべて勝手な憶測で書いております。

違っていたら教授、スミマセン。

これはもう、坂本龍一氏と、お店を直接取材してみるしかないな。

次回はニューヨークからお届けします(あくまで希望)。

BGM

BGM

  • アーティスト: YELLOW MAGIC ORCHESTRA
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックダイレクト
  • 発売日: 2003/01/22
  • メディア: CD

▲そういえばこんな名盤もあったっけ……

 

書いた人:(よ)

(よ)

「ferment books」の編集者、ライター。「ワダヨシ」名義でも活動中。『発酵はおいしい!』(パイ インターナショナル)、『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment books)、『台湾レトロ氷菓店』(グラフィック社)など、食に関する本を中心に手がける。

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