渋イケメンの国・インドを旅する写真家が忘れられない「生涯最高のチャイ」と「3日間食欲をなくしたバッティ」

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インドの「渋イケメン」とは何か?

「渋イケメン」を知っているだろうか。インドの男たちのことだ。

バイクでアジアの国々をめぐり、人びとの飾らない表情を撮り続ける写真家、三井昌志さん。彼の写真集に『渋イケメンの国 ~無駄にかっこいい男たち~』『渋イケメンの世界 ~美しき働き者たちへの讃歌~』の2冊がある。

渋イケメンの国 ~無駄にかっこいい男たち~

渋イケメンの国 ~無駄にかっこいい男たち~

  • 作者: 三井昌志
  • 出版社/メーカー: 雷鳥社
  • 発売日: 2015/12/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

ともに、インドで撮影された個性的で魅力的な男たちの写真集である。

ページをめくれば、めっぽう強そうな筋骨隆々の男、日常の服装が意図せずイケてる天然オシャレ男、枯れた詩情を感じさせる哲学者のような男……。

いずれも日本では出会えなさそうな、渋くてかっこいい男たち。その雄姿が、強い目ヂカラと、雰囲気抜群のインドの風景とともに切り取られている。

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▲現地で長期レンタルしたバイクでインドを旅しながら撮影する三井さん  (©三井昌志)

 

こんな味のある写真を撮れるなんて、めちゃくちゃディープな旅をしているに違いない。そして「メシ通」読者の知りたいインドの食にまつわるユニークな体験もきっと多いはず。さっそく、三井さんに話を聞いてみることにした。

話す人:三井昌志(みついまさし)さん

三井昌志

1974年京都市生まれ、東京都在住。神戸大学工学部卒業後、会社員を経て2000年12月から10カ月に渡りユーラシア大陸一周の旅を行う。以降、写真家としてアジアを中心に旅を続け、人々の飾らない日常と笑顔を撮り続けている。現地でバイクを調達して、行き先を決めずに移動するのが、旅の定番スタイル。2018年までにインドをバイクで6周し、合計10万キロを走破した。旅の経験を生かしたフォトエッセイの執筆や講演活動を精力的に行う一方、広告写真やCM撮影など、仕事の幅を広げている。「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2018」においてグランプリを受賞。出版した著作は9冊。訪問国は39ヶ国。

公式ウェブサイト:たびそら

 

なぜか腐女子にウケまくって……

最初に渋イケメンを撮影するようになったきっかけから聞いていこう。

 

三井さん(以下敬称略):撮影でインドに行くことが多くなってから「インドのおっさんたち、メッチャかっこいいやん!」と気づいて、ずっと撮っていました。仕事で汗して勤しんでるような、肉体労働者系の男性たちです。とはいえ、やっぱり日本では、子供や女性たちの写真のほうがウケるんだろうなとも、そのときは思ってましたね。

 

三井さんは、アジアの女性や子供たちをテーマにした写真集も過去に何冊か出版している。被写体のテイストを大きく変えた渋イケメン写真集が実現した理由のひとつは、ツイッターやブログで発表した写真が、多くの女性たちに支持されたことだった。

 

三井:いわゆる腐女子って言われるような、マンガとかを趣味にしているタイプの女性たちにすごくウケたんです。中には「渋イケメンの写真は子宮にダイレクトに来る」なんて評してくれる人までいて、とても嬉しいんですけど、まったくの予想外でもありました。それまで自分としては、「男がかっこいいと思う男」を撮っていたつもりだったので。 

 

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▲インド伝統の砂糖菓子「パタサ」を作る渋イケメンな職人。沸騰させたザラメに重曹を加えて、丸い形に落として固めるだけのシンプルなお菓子だ。手作業だから大きさはバラバラだが、それもまた「味」のひとつになっている (©三井昌志)

 

無駄にかっこいい=モテとは無縁

「無駄にかっこいい」のが渋イケメンなのだと、三井さんは言う。

 

三井:つまり、「かっこよさにメリットがない」んですよ。というのも、インドでは男女ともに恋愛結婚はほとんどしない。近代化した都市部の事情は違うかもしれませんが、ヒンドゥー教やイスラム教では文化的に親同士が決めた相手と結婚することが多くて、自由恋愛の競争があまりないんです。結婚式で初めて会うなんてカップルも珍しくないんです。結果、外見で異性にアピールする機会も少ない。

 

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なるほど。日本では恋愛や結婚で有利になるために、男女とも外見を気にするのが常識のように思われているが、それはあくまでわれわれの常識でしかない。インドの男たちは過剰にモテを意識しなくていいわけだ。

 

三井:モテを意識しない無意識のかっこよさ。そこに生物としての根源的なたくましさのようなものが現れているんでしょうね。そこに共鳴してくれた女性が多かったんだと思います。

 

2冊の渋イケメン写真集を眺めていると、働く男たちに目が行く。そして、渋イケメンがいるのは、なにも力仕事の現場だけに限らない。例えば、スパイスの効いたインドのミルクティー「チャイ」を売る店の主にも、客にも、渋イケメンは多いのだ。

 

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▲チャイを飲むだけでサマになるのが渋イケメンなのだ (©三井昌志)

 

三井:道端のチャイ屋さんにも渋イケメン、多いですね。インドでは日本の自動販売機並みにどこにでもあるのがチャイ屋さんなんですけど、僕はインドでお金を払ってチャイを飲んだことがないです。

 

チャイがタダに?なぜだろう。

 

三井:男たちがたむろしてチャイをすすっているところに通りかかると、たいてい声がかかるんですよ。「どっから来たんだ?」「何してるんだ?」って。で、「日本から写真を撮りに来ました」って答えると「じゃあ、ここに座って一杯チャイを飲んでいきなさい」となる。

 

砂糖たっぶりでがっつり甘くて、場所によっては生姜とカルダモンの風味が効いたスパイシーなミルクティーは撮影旅行のちょっとしたオアシスだが、こうしてふるまわれた一杯の代金を払おうとしても、受け取ってもらえないことがほとんどだそうだ。

 

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▲渋イケメンのチャイ店主は、チャイの作り方まで渋い (©三井昌志)

 

三井:あまりお酒を飲む習慣がないインドでは、チャイのお店が男性たちにとっての情報交換の場であり、社交場であり、憩いの場なんです。そんなところに僕みたいな外国人がひょっこり現れるわけで、彼らにしてみれば珍しい出来事だし、ちょっとしたアトラクションなんですよね。だから、僕も彼らを楽しませるつもりで接して、お礼としてのチャイはありがたくいただく。

 

羊飼いが作ってくれた泥水と羊乳のチャイ

渋イケメンにふるまわれたチャイのなかでも、三井さんの記憶に深く刻まれているのが、グジャラート州の羊飼いの男性が作ってくれた一杯だ。

 

三井:200頭ぐらいの羊を連れて草原を旅している羊飼いのおじさんに出会ったんです。とにかくすごくかっこいい人だったので、ついて行きました。 

 

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▲まさに、渋イケメンの羊飼い。出で立ちすらも心なしか、おしゃれに見える (©三井昌志)

 

三井:彼と何時間か行動をともにしたんですけど、日中の気温35℃くらいでとても暑くて汗もかくし、のどが渇くんですよね。彼自身も、もちろん水分補給しなきゃいけない。ただ、見渡す限りの草原で、水飲み場はないし、もちろん店なんかまったくない。かろうじて、羊たちの水飲み場があったんですけど、乾期のせいか、かなり干上がったようなため池で、明らかに水が茶色い。それで彼、その泥水をすくって「ほら飲め」って僕に言うんですよ。

 

三井さんは、これまでかなりの時間と回数、インドを旅してきた。最近は、インドの生水を飲んでも腹をこわすことなんてまったくないほど、インドの食環境に慣れた。

「腸内細菌もほとんどインド化したかも」と笑う三井さんだが、さすがにこの泥水ばかりは口にできなかった。善意で水を勧めてくれている羊飼いのおじさんには悪いが、ここは丁重にお断りしたそうだ。

 

三井:そうしたら、おじさん、おもむろにチャイを作り始めたんですよ。

 

羊飼いの男は、まず辺りから枯れ木を集めてきて火を起こした。そして、ため池の泥水を鍋にすくって沸かす。彼は紅茶の茶葉や、鍋、茶こしなど、チャイをいれるための道具一式をいつも持ち歩いているのだ。

ミルクは、引き連れている羊からその場でしぼる。しぼりたてで超新鮮なフレッシュミルクだ。やがて、チャイが出来あがった。これなら飲めるだろうと、羊飼いがカップを手渡す。受け取った三井さんは、おそるおそる一口すすった。

 

三井:これが、本当にうまかったんです。

 

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▲羊飼いの渋イケメンが作ってくれた心づくしのチャイをすする 。「野趣溢れる」なんてもんじゃないくらいワイルド。だけど、めちゃかっこいい……(©三井昌志)

 

なんと。泥水は大丈夫だったのだろうか。

 

三井:もちろん土の味はしましたよ。泥水を沸かしただけなんで、当然ですよね。でも、それがまたコクになっているというか、ちょっと大地の味みたいな感じもして。ミルクはしぼりたてだからうまいに決まってますしね。そのチャイを、見渡すかぎり200頭の羊以外何もないような場所で、おじさんと二人さし向かいですする。その、なんとも言えないシチュエーションも含めて、僕がインドで体験した最も印象的な飲み物と言ったら、このチャイですね。

 

インドで体験した最高に美味しい料理

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 ▲インドではその土地土地で独特の味付けに出会う(©三井昌志)

 

三井さんは、自身のブログで『メシ通』的にとても気になる記事を書いている。題して「美味しいインド料理にありつくための鉄則」

tabisora.com

いわく、肉を食べたければムスリム(イスラム教徒)の店へ、ベジタリアンならシク教徒の店へ行くべし。そして、南インドのミールス、ドーサ、ワダなどは、おおよそどこで食べても美味しい鉄板メニュー。そう書かれている。これは、ぜひ現地で確かめてみたい。

 

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▲南インドの典型的なミールス。現地流のカレー定食といったところか(©三井昌志)

 

三井:まず一般的に日本では、インドがヒンドゥー教徒の国だと思われていますよね。でも、イスラム教徒など他宗教の人びとも少なからず暮らしていて、食文化的にもそれぞれかなりの存在感がある。それと、地方によって食文化にかなりのバリエーションがあります。インドを何度も旅していると、それがだんだんわかってきて、どこへ行けばどういう食事にありつけるのか、おおよそつかめてくるものなんですよ。

 

これまで食べた中で、美味しかったインド料理は何だろうか。

 

三井:ムスリムのお店のビリヤニは本当に最高ですね。あと、タミルナドゥ州などで、もし揚げたてサクサクのワダに出会えたら、何を置いてもこれを食べるべきです。衣のサクサク感と豆粉のしっとり感、爽やかなココナッツ・チャトニの後味。たまりませんね。

 

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▲南インドの朝食で忘れてはいけないのが手前のワダ。豆粉を揚げたドーナツだ (©三井昌志)

 

「バッティ」は……ばっちい!?

三井さんの場合、基本的に撮影のために旅しているのであって、食べ歩きやグルメが目的ではない。とはいえ、やっぱり美味しいものを食べるに越したことはないのだという。なぜなら、あまりにマズいものを食べてしまうと、気持ちも落ち込み、旅に少なからぬダメージを与えることだってあるのだ。

そんな三井さんを、食後3日間も落ち込ませるほどにマズかったものがある。それは、ラジャスタン州の郷土料理「バッティ」だ。

 

三井:バッティは、簡単に言えば全粒粉の生地を丸くボール状にまるめて焼きしめたようなものです。街角では牛糞の上にバッティを並べて焼いていました。インドでは牛糞、汚いものじゃないんですよ。大切な燃料ですし、インドでは女性が素手で扱っているようなものです。

 

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▲全粒粉をピンポン玉ほどの大きさに丸めて、牛糞燃料で焼き固めたバッティ (©三井昌志)

 

郷に入っては郷にしたがえ。牛自体が聖なる存在のインドでは、牛糞は汚くない。

そう、なんど念じてみても、やはり日本人の心には何かわだかまりのようなものが残る。うーん、食べ物を牛糞の上に……。

 

三井:食堂で注文すると、数個のバッティをテーブルに持ってきた店員が、皿の上でいきなりそれを握りつぶすんです。ボール状のバッティが完全にボロボロ、粉々になってから「はいどうぞ」って。僕が「えー、これ食べるの?」って言うと「悪かった悪かった」と、ボロボロに崩したバッティにギー(バターから作ったオイル)をかけまわしてくれましたけど。

 

バッティは、もともと口の中の水分を奪う食べ物のようで、油をかければ食べやすくなるということらしいのだが、それでも三井さんはダメだった。

 

三井:いやー、これはマイりましたね。

 

カレーかければ少しはマシになりそうな気もするが。

 

三井:カレーもかけるんですけど、それでもダメでしたね。もう本当に、味がないというか。郷土料理と聞くと印象はいいんですけど、それが必ずしも美味しいとは限らないと思い知りました。

 

店を選べば、もしかしたら美味しいバッティにめぐり会えるのかもしれないが、とにかく三井さんの話を聞いていると、そのマズさはトラウマレベルだったようで、その日から3日間は食欲が出ず、体調までおかしくなってしまったという。

 

三井:おそらく心理的なものだったと思うんですけど、チャパティを焼いている香りとかを嗅ぐだけで、胃の入り口がキュウと閉まってしまうような感じがして辛かったです。もう、胃袋が拒否している。そのくらい口に合わなかったんですよ。

 

朝食は「レイズ」のサワークリーム&オニオン味

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▲インドを旅していると、食が人と人をつなぐ場面も少なくない (©三井昌志)

 

食欲不振のあいだ、三井さんは果物とポテトチップスを食べてなんとかしのいだ。

 

三井:ポテトチップスは、アメリカのメーカーで最近日本でもよく売っている「レイズ」のサワークリーム&オニオン味。ポテチはこれと決めているんです。 

 

聞けば三井さん、インド旅行中の朝食にもポテトチップスを欠かさないそうだ。

ちょっと前まで、インドでポテチといえば「マサラ味」か「プレーン」ぐらいしか選択肢がなかった。普段の食事がほとんど「マサラ味」なので、ポテチまで「マサラ味」は勘弁してほしい言う。味の選択肢が増えたポテチが、三井さんにとって、ちょっとした精神安定剤のような役割を果たしているみたいで、なんだか興味深いエピソードだった。

 

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昨年(2018年)は、「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2018」でグランプリを受賞し、ニューヨークでの個展もひかえている三井さん。最後に、今後の抱負を聞いてみた。

 

三井:仕事に打ち込んでいる男たちの姿を写すことで「彼らはかっこいいんだ」というメッセージを発信したいんです。別に特別な仕事じゃなくてもいい。例えばインドでは製塩工場で毎日塩を運んでいるだけの男でも表情に迷いがない。日本人の仕事観には、とかく「自己実現」とか「やりがい」とかがついてまわると思うんですが、インドの男たちは、たとえ貧しくとも、自分と仕事に誇りをもって生きている。そのシンプルな力強さに打たれます。今後は、そのかっこよさを、日本だけでなく海外の人たちにも伝えられたらと思っているんです。

 

三井さんの撮影した渋イケメンたちのかっこよさは、きっとニューヨークの人びとにも伝わるに違いない。

 

書いた人:(よ)

(よ)

「ferment books」の編集者、ライター。「ワダヨシ」名義でも活動中。『発酵はおいしい!』(パイ インターナショナル)、『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment books)、『台湾レトロ氷菓店』(グラフィック社)など、食に関する本を中心に手がける。

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