※本記事は2019年末時点での情報になります。
日本人の知らないモンスターシティ「重慶」
中国の大都市名を複数あげよ。というクイズを出されたら、みなさんはすぐに答えられるだろうか。
北京、上海、広州。
ぱっと出てきそうなのは、このあたりの都市名かもしれない。ちょっと詳しい人なら成都、天津、深圳、大連あたりもあがるだろう。
が、日本人の多くが忘れている都市が、実はまだある。
それは、重慶。
重慶といえば、香港の「重慶大厦(チョンキンマンション)」や、中華料理店の「重慶飯店」の名で聞き覚えがあるかもしれない。
オールド香港ファンなら、懐かしの名作映画『恋する惑星』の原題が『重慶森林』だったことを思い出す方も中にはいるだろう。
その重慶がいま、相当スゴいことになっているらしいのだ。
いったい、どうスゴいのか?
重慶という都市のプロフィールを箇条書きにまとめてみた。
- 北京、上海、天津とならぶ中国の4大直轄都市のひとつ
- 人口:3000万人超(東京都の約3倍、市の規模としては世界最大級)
- 面積:8万2400km²(北海道とほぼ同じ)
- 中国の「西部大開発」政策により近年、猛スピードで近代化
- なのに2015年まで市内に国内外からの観光客の姿はほぼナシ
- しかし2016年に観光地として中国国内で突如大ブレイク!
- その主な要因は重慶が舞台の映画『从你的全世界路过』の大ヒット
- さらに動画アプリTikTokにおいて重慶の映える映像が大量投稿される
- いまや中国の国内旅行先で屈指のメジャースポット。
- 中国イチの「火鍋天国」であり全土的には「重慶火鍋」として知られる
- が、日本では依然としてほとんど知られていない……
いちいち参考リンクは貼らないが、初めて知った事実がほとんどじゃなかろうか。
▲これが重慶火鍋だ! 9分割の鍋が特徴的(写真提供/近堂彰一)
中国イチの火鍋天国であることを含めて、新しい重慶のオモシロさを教えてくれる本が、今回ご紹介したい『重慶マニア』(パブリブ刊)だ。
ちょい懐かしい感じのするサブカル本っぽいテイストで、重慶のマニアックな観光スポットを紹介しまくっており、中国マニア、アジアマニア、秘境マニア、辛いモノマニア、歴史マニア、建築マニア、乗りものマニアなどなど各種マニアの琴線にヒットしそうなポイントだらけ。
今回は『重慶マニア』の著者であり、文字どおり日本随一の重慶マニアでもある近堂彰一さんにインタビュー。
火鍋シーンの盛り上がりを中心に、知られざる中国のオモシロ都市、重慶の魅力を聞いた。
話す人:近堂彰一さん
まずは池袋「知音食堂」で腹ごしらえ
さて、今回のインタビューで訪れたのは、東京都内のチャイナタウンとして知られる池袋の有名中華料理店「知音食堂」。
激辛中華好きの間でもつとに有名な店だ。
さっそく近堂さんにメニューから何品か選んでもらった。
重慶っぽい料理をとリクエストして出てきたのは……
知音食堂メニュー①歌楽山辣子鶏(2,880円)
▲知音食堂を訪れる者のほとんどがオーダーするという定番メニューがこの「歌楽山辣子鶏(ホー・ルー・サン・ラー・ツィ・ジー)」。唐辛子まみれになった揚げ鶏が実に香ばしい。
近堂さん(以下敬称略):これは重慶でもよく食べられていますね。現地のはもっともっと辛いですけども(笑)、こちらの店のはほどよい辛さでイケます。
知音食堂メニュー②毛血旺(1,780円)
近堂:鴨の血を固めた豆腐状の具が入った辛いスープ、「毛血旺(マオ・シュエ・ワン)」です。これも重慶人は好きですねぇ。
知音食堂メニュー③酸辣粉(880円)
近堂:「酸辣粉(スァン・ラー・フェン)」は、さつまいもが原料で、わりとヘルシーな一品です。麻辣の重慶において異色を放つ酸辣(すっぱ辛い味)で、重慶を訪れる観光客の誰もが食べますね。
知音食堂メニュー ④梅菜と豚肉四川風蒸し物(1,280円)
近堂:これは豚肉はもちろんですけど、下に敷いてある高菜みたいなのが白飯にめちゃくちゃ合うんです。
知音食堂メニュー⑤四川麻辣火鍋(骨スープ&マーラースープ 1,200円、具は別)
▲具は手前から時計回りに、豆腐(200円)、スペシャルタレ(250円)、香菜みじん切り(190円)、チンゲンサイ(400円)、ラム肉スライス(1,200円)、黒キクラゲ(400円)、大豆もやし(300円)、エビ団子(900円)(撮影:編集部)
▲具はたくさんのメニューから選択可能
(撮影:編集部)
近堂:火鍋を日常的に食べていない日本の方であれば十分なくらい刺激的な辛さとシビレなのではないでしょうか。一方、右側の白湯(骨スープ)はホッとするくらい優しい味つけなので、火鍋ビギナーであればこの2色スープを頼むのがおすすめです。
知音食堂メニュー⑤爆炒もやし(880円)
近堂:箸休め的に。「爆炒」というネーミングが中国っぽいですね。
永遠のライバル、重慶vs成都
さあ、辛ウマな魅惑の料理がテーブルに並んだ。
四川といえば、そう麻辣だ。四川料理の花椒の痺れと、唐辛子の辛さにハマる日本のファンも近年ジワジワと増えている。
ここでひとつソボクな擬問が。
重慶って四川なんじゃないの?
重慶の料理って、要は四川料理ってことでしょ?
答えはNOだ。
説明しよう。重慶市はかつて四川省に属していたが1997年に国の直轄市として独立した経緯がある。だから本来、重慶料理は四川料理とかなり近い……はず。実際、似たような要素も数多く見受けられる。
しかし、こと火鍋に関しては、重慶人の誰もが「重慶火鍋と四川火鍋は違う! まったく別のものだ」と力強く主張するのだそう。
近堂:火鍋に限らず、あらゆる面で、重慶の永遠のライバルが四川省の省都である成都市なんです。ライバル、というか、ぶっちゃけ仲悪いですね(笑)。隣同士とはいえ、距離も300kmあって、東京と名古屋くらい離れているし。
隣同士ほど仲が悪かったりするものだが、成都と重慶もそうなのか。
成都は「天府の国」などと呼ばれ昔から豊かな都。人々の性格も、物腰が柔らかく洗練されている。ただ重慶人からすると、これが何やら取りすました、お高くとまったイヤミな感じに映るらしい。
それもそのはず、元は労働者の街だった重慶は、武骨で実直、正直者で飾り気がない気風。ものごとをはっきり言うので喧嘩も絶えない。
近堂:デート中のカップルが大ゲンカし始めて、彼女のほうが彼氏をボコボコに殴っている光景とか、よく見ますよ。もう彼氏はひたすら耐えるしかない。男のほうが手を出したりすると、さらに彼女の友だちが集まってきて集団で反撃されるんです。
なんと! 女性が相当強いらしい。
近堂:あと、あくまで自分の印象ですけど、重慶人は怒りっぽい。特に、ものをはっきり言わないとプンプン怒りだすんです。例えば食事をしていて、お世辞っぽい感じで「まぁ、おいしいよね」とか言うとすごく怒り出す。正直に言え! と。自分が食事に招待しているくせに、料理が気に入らないと「まずい! まずい!」って平気で言い放つし(笑)。
歯に衣着せない毒舌。瞬間的にガーっと熱くはなるが、冷めてしまえば後に引かずサッパリ。それが重慶の人々なのだという。
もちろん、ライバルの成都に対しても、その舌鋒は鋭い。
近堂:成都の料理は味が薄くてまずいとか、成都の男はナヨナヨしていて気持ち悪いとか、重慶人は成都の悪口をよく言いますね。それには僕も同意できるので、一緒になって成都の悪口を言っています(笑)。
ちなみに両市は2020年に成渝地区双城経済圏と設定され、ダブルシティとして開発中。従来の関係性にも変化が出てきているかもしれない。
重慶人の尋常ならざる「火鍋愛」
では、火鍋についてはどうだろう。重慶人が言うほど成都と決定的に違うのだろうか。中国の火鍋はどこも似たような味なんじゃないかと思ってしまうのだが……。
近堂:違いますね(とハッキリ)。まず重慶火鍋は麻辣の「麻」が強い。四川火鍋がどちらかというと唐辛子の「辛み=辣」を強調するのと比べて、重慶火鍋は山椒の「痺れ=麻」が強烈です。あと、濃厚さが違いますね。四川火鍋が植物性の油を使っているのに対して、重慶火鍋の油は牛脂。だから、すごくコッテリしていて、ビリビリするんですよ。もともと重慶は労働者の街なせいか、料理の味も濃厚なんです。
▲写真を見れば一目瞭然、鍋のスープの表面には唐辛子と花椒がこれでもか! と浮いている。口の中が唐辛子の辛さと花椒のビリビリで大火事になっているところが想像できるビジュアルだ(写真提供/近堂彰一)
成都に行くと「四川火鍋」と「重慶火鍋」の看板を両方見かけるが、重慶では「四川火鍋」の看板を掲げた店をほとんど見かけないというのも、彼らのプライドを表している。重慶火鍋は重慶人にとって欠くことのできないアイデンティティなのかもしれない。
近堂:重慶人の火鍋愛は尋常じゃないですよ。年末の忘年会シーズンなんかだと、みんな週5で火鍋を囲んでますから。
店先の看板で「2色鍋は提供しない」
近堂:重慶人は重慶火鍋を愛するあまり、相手が日本人だろうが、誰だろうが激辛の重慶火鍋を平気な顔ですすめてきます。「辛いの大丈夫?」って聞いてくることもないし、火鍋に関しては一切手加減がないですから。もしも「辛いのは苦手」と自己申告しようもんなら「まったくしょうがねえなあ」という感じで「はぁ~っ!」ってため息をつかれたりしますね。僕は食べるのはもう全然大丈夫なんですけど、翌日はトイレが正直ちょっとツラい(笑)。
火鍋愛もここまでくればもう文化そのものといっていいだろう。
近堂:面白かったのは、ある重慶火鍋の店の看板に「当店は二色鍋は提供しない。妥協点は小辛のみだ」と書いてあって、すごく重慶っぽいなあと。
▲これが「当店は2色鍋は提供しない。妥協点は小辛のみ」というその看板。重慶人の総意のようなフレーズだ(写真提供/近堂彰一)
ピンとこない人に説明しよう。日本の店で食べる火鍋というと、赤い麻辣スープと白濁した辛くないスープが鍋の仕切りで2色に分かれている状態を想像するだろう。あの2色鍋を提供しないということは、つまり「うちは麻辣一本!」と高らかに宣言しているのである。もし辛くないのが希望なら「スープを小辛にすることくらいなら許してやろう」というわけだ。なんちゅう潔さ。
麻辣スープばかりに気をとられてしまったが、重慶火鍋の具材はどんなものが入るのか。
近堂:まず、センマイやアヒルの腸とか内臓系からスタートしますね。重慶人は10秒くらいささっと鍋にくぐらせただけで食べてしまいますが、それだとかなり半生なので、初めて食べる人は重慶人のマネをせず、じっくり火を通すことをおすすめします。内臓系のあとは豚肉を入れることが多いです。
火鍋の脇に目をやれば、右上側にはガチョウの腸、左下には豚の肝、センマイが見える(写真提供/近堂彰一)
野菜系はどんな具材がはいるのだろう?
近堂:ジャガイモやエノキとかですね。ただ野菜類は最後に入れないと「苦みが出る!」とか言って重慶人に怒られます。
我が国とは逆の発想に思えるが、重慶にも鍋奉行がいるってとこか。
近堂:でも、重慶人は野菜をあまり好んで食べないんです。女の子でもあんまり食べない。野菜はなんというか「ザコメシ」っぽい扱いというか、やっぱり肉が中心です。
健康志向より食欲優先……。うむ、これも潔い。
なんと火鍋の温泉まで
近堂:重慶ではいろんな火鍋があって、カップラーメンみたいな火鍋もあれば、ピザみたいに超速でデリバリーもしてくれるし、あとなぜか温泉もあります(笑)。
▲カップ火鍋。いうなれば火鍋味のカップラーメン(写真提供/近堂彰一)
▲重慶市内にある火鍋温泉。いくら好きでもほどがある(写真提供/近堂彰一)
その他にも、火鍋街やら火鍋マウンテン、火鍋祭などなど、重慶人たちの熱すぎる火鍋愛をビシビシ感じる火鍋ネタはまだまだ尽きないのだが、全部紹介していると記事が終わらなくなるので、あとは『重慶マニア』を読んでいただくことにしよう。とにかく彼らがここまで火鍋を愛していることはよく分かったはずだ。
近堂:「火鍋に合う」っていうこともあるけど、重慶人はとにかくお酒が大好き。ビールも日本同様、キンキンに冷えたのが出てきますよ。
▲一般的に中国では「体に良くない」という理由で、冷やした飲み物が好まれない。冷たい水より白湯やお茶、ビールもぬるいのが出てきたりすることが多いが、重慶は例外らしい(写真提供/近堂彰一)
ダンジョン感が魅惑的な重慶の街並み
火鍋トークがオモシロ過ぎて、ついつい聞くのを忘れてしまっていたが、そもそも近堂さんが重慶にハマったきっかけは何だったのかも興味深いところ。
近堂:上海に留学しようとしていたのですが、その前にいろんな中国の街を知っておこうと思って各地を巡っていたんです。で成都や、雲南省の昆明に行ったあと、辿りついたのが重慶だったんですけど、もう街そのものに相当強い衝撃を受けました。
街そのもの?
重慶の風景がそこまで鮮烈だったということだろうか。
近堂:重慶に初めて行ったのは2014年頃だったんですけど、発展の波が内陸部に波及し始めた頃で。近代的な超高層ビルとスラム街が同居しているような感じで、市内のどこを歩いても風景が目に焼き付いたんです。
なにより彼の心を捉えて離さなかったのは、その地形なのだとか。
近堂:比較的平らな上海や北京と違って、重慶は急峻な山と崖と大河が一体となった街。猛烈に起伏が激しくて、高低差がすごい。だから街の立体感がスゴイんですよ。
たとえば崖に沿って立っているビルなどに入り、その場所が1階だと思っていると、実はそこは24階で、本当の1階は崖の下の方にある、なんて不思議な構造はザラ。
▲街中には無数の階段と坂が存在する(写真提供/近堂彰一)
林立する高層ビルに、階段だらけの街並み、大河をはさんで峻険な土地をつなぐ高すぎる橋、モノレールやロープウェイなど空中を行きかう乗り物、ビル間のわたり廊下、道路のヘアピンカーブやジャンクション──。日中戦争が残した防空壕が店として活用されていたりもする。とにかく街と建物の構造が独特なのだそうだ。
▲どこを歩いても立体的な街並みが続く(写真提供/近堂彰一)
▲一般のビルをモノレールが貫通して走る、独特の構造 (写真提供/近堂彰一)
近堂:一言でいえば「ダンジョン感がハンパない」。こんなに起伏の激しい大都市は世界中探しても見当たらないんじゃないでしょうか。
このあたりのネタも彼の著書『重慶マニア』に満載なので、ぜひチェックしてみてほしい。
▲近堂さんが「天空橋」と呼ぶ、ビルに架かる橋。写真中央の小さな通路がそれだ(写真提供/近堂彰一)
▲映画『千と千尋の神隠し』を彷彿とさせる観光名所も(写真提供/近堂彰一)
日本で重慶火鍋は食べられるのか
最後にひとつだけ、近堂さんに教えてほしいことがある。
話をうかがっていたら、コッテリ&ビリビリの重慶火鍋が無性に食べたくなってしまった。本場の味を日本国内で楽しむことはできないのだろうか?
近堂:うーん、重慶のあの味を忠実に再現している店は、日本にはなかなかないですね。重慶火鍋の看板を出している店でも、やっぱりかなりあっさりした味というか、手加減した感じの辛さです。店によっては、「もっと濃くして」とか「もっと重慶っぽくして」とリクエストすると、やってくれる店はありますよ。「本当に食べられるの?」って必ず心配されますが(笑)。
なるほど、これは本場に行って食べてみるしかなさそうだ。
もしかしたら、これまで日本ではあまり知られていなかった「重慶火鍋」が国内でもブレイクするかもしれない。
火鍋をはじめ本場仕込みの激辛中華が食べたくなったら
▲店内は暗めの照明。大陸流フランクな接客もまた魅力ナリ
▲もちろん、火鍋もありますよ!(撮影:編集部)
そんな本場仕込みの味、体験しない手はない!
撮影/平山訓生
お店情報
知音食堂
住所:東京都豊島区西池袋1-24-1 宮川ビルB1
電話番号:050-5280-8027
営業時間:月、火、金曜日、祝日、祝前日11:30~翌0:30、水、木曜日11:30~翌1:30、土日: 11:30~翌2:00
定休日:なし
書いた人:(よ)
「ferment books」の編集者、ライター。「ワダヨシ」名義でも活動中。『発酵はおいしい!』(パイ インターナショナル)、『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment books)、『台湾レトロ氷菓店』(グラフィック社)など、食に関する本を中心に手がける。