ガパオだけで130種類以上集めた本の著者にインタビューしたら奥が深すぎた【タイ料理好き必読】

ガパオとは「ガパオの葉とともに炒めた料理」のこと。本場のタイではガパオ専門店が提供するアレンジ系も多数登場しており、いまも日本や台湾などタイ以外の国も含めて進化、発展しているそうです。

「ガパオ」のレシピだけで130種類ものっている本、爆誕!

メシ通リポーター(よ)ことワダヨシです。

このたびタイ料理の「ガパオ」だけに焦点を当てたレシピ本『ガパオ タイのおいしいハーブ炒め』を、私が関わっている出版レーベルのferment books(ファーメント・ブックス)からリリースしました。

 

▲表紙には、シンプルな牛肉のガパオ

 

 

ferment-books.square.site

 

タイ料理本は数あれど、「ガパオだけに限定した本」はおそらく日本初ですし、ものすごく振り切った内容に仕上がったと自負しています。

ざっくり内容を説明すると、「ガパオ黄金比」のコーナーで基本的なガパオ・レシピの骨格を紹介し、「無限ガパオ」の章では130種類にもおよぶバリエーションと、そのレシピを解説しました。

ガパオの多様さを理解しつつ、実際に130種のレシピを作ってみることができます。

さらに「ガパオロジー」のコーナーでは、ガパオのタイにおける発祥、歴史、そして現在のタイでのガパオ・ブームについて紹介。また日本でのタイ料理の普及と日本のガパオについて、深く掘り下げています。

今回は、タイ料理家で「ガパオ・リサーチャー」でもある、著者の下関崇子さんに、あらためてお話をお聞きしながら、ガパオの魅力をご紹介していこうと思います。

 

本の著者:下関崇子(しもせき・たかこ) 

タイ料理家。元プロキックボクサー&ムエタイ選手。2000 年、ムエタイ修行のために渡タイし、タイ料理に目覚める。「かぼちゃの卵とじ」のような日常的惣菜や、バンコクのコンビニやファストフードのメニュー、「トムヤムプリッツ」のような市販品など、普通のレシピ本には絶対にのらないアイテムを含む多数のタイ料理を再現し、その 600 以上のレシピを『バンコク思い出ごはん~食べたい!タイ料理88レシピ』『暮らして恋したバンコクごはん〜タイ料理レシピコレクション』(ダコトウキョウ)『バンコク空想移住  〜365日タイ料理 虎の巻レシピ』(Bangkok Shower)の3冊に掲載 。All About 毎日のタイ料理ガイド担当。日本エスニック協会アンバサダー。カルチャースクール等でムエタイレッスンも行っている。

 

 

タイ人のダンナに「こんなのガパオじゃないよ」とダメ出しされて……

──まず、下関さんがガパオにハマった理由を教えてください。

 

下関ムエタイ修行がきっかけで2000年からタイのバンコクに住み始め、トレーナーだったタイ人と結婚して子供が生まれて、2006年に家族で日本に戻りました。そのころ自宅でもタイ料理を手がけ始めたのですが、初めて作ったガパオをダンナに出したときに「これはガパオではない」って言われてしまって、「えっ? なんで?」と。それがきっかけかもしれませんね。

 

──どこが「ガパオ」じゃなかったんでしょうか?

 

下関ひき肉を細かくほぐすように炒めて、ポロポロのそぼろ状にしてしまったのが原因でした。

 

下関さんがダンナさんにダメ出しされたガパオを、いま再現するとこんな感じ。ひき肉はそぼろ状、ガパオはイタリアンバジルで代用し、目玉焼きは日本風の蒸し焼きに

 

──ポロポロ肉にNGが出たと。でもこれ、一般の日本人がイメージする「ガパオ」としては普通とも言えますよね。その一件で夫婦げんかになったりはしなかったんですか?

 

下関まさか! ウチにはリングがないですから(笑)。ふだんダンナは料理に文句を言うような人ではないし、そもそも味付けではなく肉の状態にダメ出しされたのが、「え、そこ?」と、かえって引っかかってしまって。
あと、ダンナは料理のプロでも食通でも何でもないですが、いわば「タイ料理ネイティブ」ではあるので、そのダンナが違和感を覚える線引きラインが私にとっては新鮮だったんです。

 

──なるほど。「ネイティブ」という言葉が出ましたが、語学でも、文法的には間違いではないけれど、ネイティブはこういう言い方はしない、とかありますよね。
長らく下関さんの活動を拝見していますが、外国料理や食文化に対する教科書的な態度と一線を画すような部分があって、常に「料理のネイティブチェック」を受けられる環境が、それに一役買っているようにも思います。

 

下関そうかもしれませんね。

 

下関さんのダンナさんのヨードさん。ムエタイからボクシングに転向した元世界ランカーで、現在はキックボクシングジムでトレーナーをつとめる(画像提供:下関崇子)

 

──その後は、かたまり肉を包丁でたたいて、粗びき肉にする、という調理法でガパオを作るようになったんでしたね。

 

下関そうなんです。ただ、かたまり肉をたたいて粗びきにしてもいいし、大きめに切り分けた肉をガパオにしてもいい。ミンチ肉を使う場合は「そぼろ状」にしないように炒めるなど、いろんな作り方があるんです。
逆に「そぼろ状」に炒めて、パスタやセンヤイ(タイの幅広麺)とあえるとか、さまざまなスタイルのガパオに応用する調理法を今回の本では幅広く紹介しています。

 

まだ日本人が知らないタイ現地の定番ガパオたち

──かたまり肉をたたくスタイルといえば、『ガパオ タイのおいしいハーブ炒め』の表紙に掲載したガパオがそうでした。撮影が終わったあとにいただきましたが、すごくおいしかったです。これは牛肉なんですよね。

 

下関日本では「ガパオ=鶏ひき肉炒めの目玉焼きのせ」というイメージがありますが、タイでは豚肉や牛肉でも作りますし、イカやエビなど魚介類のガパオもよく食べます。
ガパオタレー(海鮮ガパオ)と呼ばれる、イカ、エビ、ムール貝などの海鮮五目ガパオや、ガパオルアミット(ミックスガパオ)というメニュー名の魚介類とひき肉を混ぜたガパオも、タイの定番です。

 

▲エビ、イカ、ムール貝の入ったガパオタレー(海鮮ガパオ)

 

──ぼくはピータンのガパオも好きです。

 

下関ピータンのガパオは中華系のお店の定番で、一度、ピータンを素揚げにしてから豚ひき肉を加えてガパオ炒めを作って、さらにガパオの葉の素揚げをのせます。素揚げをのせるスタイルは「ガパオトートクローブ」と呼ばれていて、シャリシャリした食感と味わいがポイントですね。

 

▲ピータンのガパオはシャリシャリに素揚げしたガパオの葉をのせるスタイル

 

──他に、タイの定番系ガパオにはどんなものがありますか?

 

下関最近では、ムークローブと呼ばれる皮目をカリカリに焼いた豚肉や、ヌアトゥンという牛スジを煮たものをガパオにするのが定番入りしつつあります。時代によって食材のブームが入れ替わるのも、ガパオの楽しいところなんです。

 

▲ガパオヌアトゥン(牛スジのガパオ)。牛スジをやわらかく煮たものは、クイッティアオ(米麺)の具として昔から食べられている

 

タイと日本のガパオ文化を考察した「ガパオロジー」

──ところで、とても初歩的な話になりますが、そもそも「ガパオ」というのはタイハーブの名前ですよね。

 

下関ガパオの葉は、英語で「ホーリーバジル」と呼ばれるバジルの一種です。タイでは、ガパオの葉を使った炒めもの料理全般を「ガパオの葉炒め(パット・バイガパオ)」と言い、「ガパオ」はその略称。
つまり、料理の「ガパオ」とは、「ガリバタ炒め」的な調理名ということになります。だから具材は何でもアリなんです。

 

▲ガパオの葉。これが入ってこそ「ガパオ」

 

──つまり、具材は何でもアリとはいえ、ガパオの葉が入っていなければ、「ガパオ」とは呼べないわけですね。

 

下関基本的にはそうです。ただ、日本に定着したガパオの面白いところは、飲食店やレシピに「ガパオの葉の入っていないガパオ」がけっこうあること。

 

──SNSとかで「この店のガパオにはガパオの葉が入ってなかった!」とか、ちょっとした騒ぎになったりしていますよね。
今回の本では、日本的な解釈でアレンジされたガパオもとりあげています。家庭料理、ふだん着の料理、日常の料理に焦点を当て続けている下関さんらしさを、そこに感じました。

 

下関学校給食として提供されたガパオの葉の入っていないガパオや、シソの葉やイタリアンバジルでガパオの葉を代用したレシピも紹介しています。

 

──なぜそういうガパオが日本で誕生したのか。レシピだけでなく、「ガパオロジー」(ガパオ学)のページで、日本の食文化を考慮に入れつつ分析もしており、併せて読むことで、下関さんの食文化論を読み取ることができました。
ガパオの葉が日本国内で入手できなかった時代は、シソの葉やイタリアンバジルなどの代用食材に置き換えて作ってきたわけで、そういった「日本のガパオ史」についても詳しく解説してくださいましたね。

 

下関日本のガパオの歴史だけではなく、タイのガパオ史についても調べて書き進めました。ガパオの発祥や、ガパオがタイ人のソウルフードとされる背景などについて考察しています。

 

サブ材料たっぷりの「邪道の極みガパオ」とは?

──本書では、その昔、宮廷で食べられていたという「宮廷ガパオ」を現代によみがえらせたものや、50年前のタイのレシピで作ったガパオも掲載しましたが、現在食べられているガパオと、大きな違いはありますか?

 

▲海鮮宮廷ガパオ。ショウガ、白粒コショウ、タイカルダモン(インド料理に使用するカルダモンとは別のスパイス) なども使用する香り豊かな一品

 

下関もちろん「ガパオで炒めたもの」という基本は変わりませんが、タイでも、時代によって調味料やメイン食材、サブ食材として入れる野菜に流行があるようです。例えば、タイのSNSなどでは、「ガパオに何の野菜を入れるか」がよく話題になります。

 

──日本のタイ料理店では、赤ピーマン、緑ピーマン、タマネギが入っていることが多いですよね。

 

下関タイでもタマネギが入っていることがありますが、マストではありません。日本でピーマンやパプリカを入れるのは、タイのプリックチーファー(辛さ控えめの大きめな唐辛子)の代用から始まったのではないかと思っています。

 

──本書で「邪道の極みガパオ」として紹介したレシピには、さまざまな野菜が入っていました。

 

下関私が住んでいた2000年ごろのバンコクの屋台では、ひき肉のガパオに、かさ増しの意味もあるのでしょうが、ササゲを入れることが多く、ベビーコーンやニンジンなどのサブ材料が入るお店もよくありました。最近のタイでは、野菜を入れるのは邪道という意見もあり、野菜を入れずにガパオの葉をバサッとたっぷり入れるスタイルを好む人が多いですね。

 

▲昔はどこの屋台でもよく見かけたガパオへのオマージュ「邪道の極みガパオ」

 

──野菜を入れないことで、よりガパオの葉の独特な香りが楽しめる気がします。

 

下関ガパオの葉は、他のハーブにはないツンとくる苦みと、土っぽいような、大地のような香りがします。これが材料や調味料とからむと、あ~ガパオだなぁ~という味わいになるんですよね。

 

「ガパオ黄金比」に慣れたら自分のアレンジを加えてみよう

──ガパオを作るときの調味料については、本書で「ガパオ黄金比」という配合を紹介しましたが、ここにたどり着くまでの下関さんのこだわりって、何かありますか。

 

下関こだわらないのが「こだわり」かな。ガパオの味付けは、日本のから揚げの下味や野菜炒めの味付けみたいなもので、作る人によって千差万別。「これが正解」というのはないんです。

 

──確かに、醤油、ナンプラー、オイスターソース、シーイウダム(タイ黒醤油)、シーズニングソース(タイで多用される醤油系調味料)など、ベースとなる調味料は、どのレシピ本もだいたい同じですが、調味料のチョイスや、組み合わせ、配合は、作り手によってさまざまです。

 

下関正解がないとはいえ、ガパオを作ったことがない人が、いきなり自分流で作るのは難しいので、基本となる調味料の考え方を「ガパオ黄金比」として、覚えやすい分量で提案しました。ここから辛さや甘さを自分好みに調整をしてもらえればOKです。

 

──実際、「ガパオ黄金比」で作った読者の方から、「いままで適当に作っていたけど、ガパオ黄金比で作ったら、びっくりするぐらいおいしかった」という声をいただきました。

 

下関油をケチらない、ニンニクを効かせる、唐辛子を入れた分だけ砂糖も入れる、というように、屋台料理的なバランスで、日本人が食べてもおいしく感じるパンチのある味を目指しました。そして最後にたっぷりガパオの葉を加えます。

 

──ぼくがガパオを作るときは、最後に火を止めてからガパオの葉を加えて、混ぜるようにしています。この方が、ガパオの葉の香りが飛ばなくていいような気がするのですが、どうでしょうか?

 

下関最後に余熱で火を通したほうがガパオの葉が鮮やかな緑色でフレッシュな感じに仕上がります。ただし風味に関しては、タイでも余熱派と、しっかりガパオの葉に火を通す派がいるので、どちらがいいのかは一概には言えません。

 

──いろいろなガパオ・レシピがあるということですね。ガパオ炒めができたら、これをライスに添えて、目玉焼きをのせて、出来上がりですね。

 

下関日本ではガパオに目玉焼きはマスト、のように思われていますが、タイではオプション扱いで、焼き加減も店によって異なります。基本的には多めの油で揚げ焼きにします。

 

──ライスはやっぱりタイ米ですか?

 

下関日本米も悪くないですが、香りのいいジャスミン米がおすすめです。辛いガパオってどうしてもごはんが進んでしまいますが、ジャスミン米ならパラパラで軽い感じなので食後にお腹が重くなりません。本書でも紹介した炊飯器や湯取り法(※多めの水で米を茹で、湯を捨てて蒸らす炊飯法)で、簡単に炊けますよ。

 

▲ガパオにはパラパラと軽く、香りのいいタイのジャスミン米がおすすめ

 

──あと、唐辛子入りのナンプラーを添えるんですよね。

 

下関プリックナンプラーですね。これはナンプラーに唐辛子の輪切りを漬けた調味料で、ガパオの味を足したいときに、ちょっとずつかけながら食べます。プリックナンプラーには、ニンニクやホムデーン(タイの紫小タマネギ)を入れたり、マナオ(タイのライム)を搾ったりしてもいいですね。

 

▲プリックナンプラーは、粉末唐辛子、グラニュー糖、唐辛子入りの酢などと並ぶ卓上調味料の1つ。最終的な味の調整は食べる人がするのがタイ流

 

本場・タイではガパオムーブメントが盛り上がっている

──本書の発売前に、告知を見た多くの人から「ガパオだけで1冊の本になるのか?」と聞かれました。130品ものガパオが掲載できたからこそ、1冊になったわけですが、これだけたくさんの「ガパオ」を集めるのは大変だったでしょう?

 

下関私も最初は、ここまでガパオのバリエーションがあるとは思ってませんでした。でも、ガパオについて調べている中で、例えばタイ人の料理系ユーチューバーが、日本の冷凍餃子をガパオにしていたり、さまざまな進化系ガパオが登場していたりすることがわかり、ネタはまだまだ尽きません。

 

▲餃子の餡(あん)にガパオを入れるのではなく、焼餃子そのものをガパオの具にするという、タイ人のアイデアおそるべし

 

──確かに、本書の発売後にタイ・バンコクでガパオのコンテストが開催され、新感覚のガパオがノミネートされていましたね。タイでもガパオ・ムーブメントが盛り上がっている印象を受けます。

 

下関タイの料理サイトでも、定番のタイ料理をガパオ味にアレンジしたり、パスタやピザなどの洋食にガパオを合わせたりしたメニューが紹介され、「ガパオ」という調理法の汎用(はんよう)性の高さを感じます。
そんなタイのブームに刺激され、私も、白子など日本の食材でガパオを創作してみました。これがまた、ガパオの味付けが合うんです。

 

▲日本オリジナルガパオとしておすすめなのが、この白子のガパオ

 

──白子のガパオは、おいしそうですね。

 

下関ぜひ、今年の冬に作ってみてください。調味料をそろえるのが面倒な人は、輸入食材店や業務用スーパーなどで売られている、食材と炒めるだけのガパオの素が手軽でおすすめです。鶏ひき肉以外にも、いろんな食材で試してみると楽しいですよ。

 

・・・

 

ガパオの葉とともに食材を炒める「ガパオ」が、タイ料理のワンジャンルとして大きな存在感を放ち、タイのみならず日本でもこれほどまでの広がりを見せていること自体に、ガパオという料理の不思議さを感じます。

「ガパオ」の何が、ここまで人々を魅了するのか? 

下関さんも、その謎を解き明かすために日夜「ガパオ」を追い続けているに違いありません。ぜひみなさんも『ガパオ タイのおいしいハーブ炒め』を手に取って、その魅力を実感してください。

書いた人:(よ)

(よ)

「ferment books」の編集者、ライター。「ワダヨシ」名義でも活動中。『発酵はおいしい!』(パイ インターナショナル)、『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment books)、『台湾レトロ氷菓店』(グラフィック社)など、食に関する本を中心に手がける。

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